32、和やかな時間
今私はペロポネアの皇族と共に馬車に乗っています。
ふと、気がついたんですが護衛少ないですね。
カシウスさんだけですよ。大丈夫なんですかね?
「ノビリア皇女とアーストゥティリア皇女は皇族ですよね?」
「皇女なんだから当然だよ。あと、アーストゥティリアって長いでしょ? ティアでいいよ。…それがどうかした?」
「いや、護衛というか従者というかそういう人達が見当たらないので少し疑問だな、と…皇女に対して愛称は駄目だと思います」
「へぇ、なら皇族として私をティアと呼ぶことを命ずる。もし破ったら……分かるよね♪」
……破るとステキな奴隷人生?
でも、ここまで言われたら呼ばない方が失礼にあたるでしょう。
「ではティア皇女「あ、皇女もなしで」
え………そ、それはかなり危険な香りがします。
「流石にそれは無理です。本人が納得していても周囲の人から殺されます」
「そうですよ、ティア。皇族は敬われなくてはならないのです。だから……誰もいない今のような時しか駄目です」
ノビリア皇女からの援護射撃かと思いきや、友軍誤爆。
「私もイブキとは親しくなりたいです。駄目ですか?」
首を僅かに傾げ、少し不安げな声で聞いてくるノビリア皇女のお願い攻撃が発動。
私には…これは抗えないです。
「で、ではこの三人きりの時だけなら…」
「でもイブキちゃんの事だから〜さんとか付ける気でしょ」
「駄目ですかね?」
「何か他人行儀じゃん。ここは…お姉ちゃんとか?」
「ティアお姉ちゃん?」
「かはっ!!! イブキちゃん最高!!」
………お姉ちゃん……………おねえちゃん……………オネエチャン……………
―――――
アナタハ?
「…ま、待った。我慢出来ないわ! ………アレシアと言ったわね、今日から一緒に暮らしなさい」
ダレナノ?
「絶対…怪我しないで下さいな」
――――――
「イブキちゃん!? イブキちゃん!!?」
あ……倒れてしまいましたか。
「大丈夫です。記憶が一部戻る時に倒れちゃうんです。だから問題ありません」
「いいえ。大丈夫じゃありません。お顔が真っ青ですよ」
「イブキちゃん、水飲む?」
「お願いします」
ティア皇女から貰った盃から水を一気に飲み干します。
…これで大分楽になりました。
お二人には心配かけてしまいましたね。
「本当に、大丈夫ですから。心配かけてすみません」
「ならいいのですが…」
「記憶が戻る時に倒れるという事は何かを取り戻したんですね?」
あ、カシウスさんいたんだ。
「はい、ほんの少しですけど」
「それは良かったじゃないですか。記憶を取り戻す為に旅に出ているんでしょう?」
「そうです」
「よかったら、それまでの経緯なんかも知りたいですね。力になれるかも知れません」
確かに、私には分からない手掛かりがあるかも知れません。
私はヘイス村での出来事から話し始めました。
それにしても、何か忘れているような?
「…という訳です」
………あれ? カシウスさん何で手を剣にかけてるんですか?
「…イブキさんは騎士達から逃げているんですか?」
あ、それか。
…何でか、つい全部話してしまったのです。
「カシウス、剣から手を離しなさい」
「駄目です、出来ません」
「カシウス、五年振りの彼女がいなくなるぞ!」
「……だ、駄目です! もしも途中で記憶が戻って襲われたらどうするんです!?」
「イブキちゃんが私を………」
ティア皇女、ここは顔を赤くする場面じゃないと思うのですが。
「そっちの意味じゃない!!! 百に合うアレを持ち込むな!! …そもそも記憶喪失の話だって真実なのやら、最初から同情を引こうとしたのかも…」
パシン!
ノビリア皇女が振り上げた手は見事にカシウスさんの頬に直撃します。
「イブキは私の大事な友です。侮辱は罷りなりません」
こんな短期間で私をそこまで……うぅ、何だか目頭が熱いです。
「くはぁ!! カシウス、見ろ! この泣き顔を! 暗殺者に見えるのか!?」
「う…み、見せないで下さい。彼女いるんで」
何か酷いですよカシウスさん。
「どうだ!? 疑うのを止めるのか? 止めないのか? どっちだ!?」
私は光学兵器なんですかね?
私を見る度カシウスさんの顔が赤くなっていきます。
「分かりましたよ! 私も男です。信じてやろうじゃありませんか!!」
ほぼやけくそですねぇ。
「カシウスさん、信じてくれてありがとうございます」
「やめてぇ! 上目遣いは駄目だって!」
「……私に感謝などされたくない、か…」
それとも上目遣いに対して嫌悪感があるんですかね?
どちらにしても少し悲しいです。
「カシウス、彼女はおろか世間の評判まで捨てるなんて勇気あるね」
「えぇ!? 違いますよアレシアさん、私はあなたの可愛いさに……ってこれはこれで評判が落ちるわ!!」
私が可愛いって……カシウスさん、あなたちっちゃい子が守備範囲なんですか?
「あらまあ、カシウスは幼女趣味なのかしら?」
「ノビリア様!! それは誤解です! というかさっき、予防線張ったよね!?」
「カシウスは幼女趣味………と」
「その手帳に書かないで!!」
「駄目♪」
「何でカシウスさんはティア姉の手帳を恐れているんですか?」
何がカシウスさんをあれほどまで必死にさせるのでしょうか。あそこまで毒舌を吐かれても諦めないなんて、まさか被虐趣味まであるんですかね?
今は、カシウスさんとティア姉の頭脳戦という名目の一方的な言葉責めが繰り広げられているのでノビリア姉に聞いてみます。
ちなみにお姉ちゃんと呼ぶと……うぐ、このように何故か頭痛がするので姉と呼称する事にしました。
「それはですね……ティアの手帳に書かれたら帝都中の噂話になってしまうんです。私も何回か噂を流されました…」
その穏やかな微笑みの奥ではどんな感情が渦巻いているのでしょう。
それはともかくカシウスさんはこのままだと帝都レクサンドリア中で幼女趣味だとひそひそとおばさま方に囁かれるのですか。
気の毒な気がしますが、私はあまり好かれていないみたいなので関わると嫌がられるでしょう。
私は傍観者になりました。カシウスさん、頑張って!!
「あ、あの。何ですか?」
何故かまたノビリア姉に抱きしめられ、頭を撫でられてしまう。
はふぅ……
「ごめんなさい。つい、可愛らしかったもので……」
か、かかか可愛らしいだなんて何を言っていられるのでございまするのかね?
「あら、お顔が真っ赤になりましたね」
「か、からかわないで下さぃ……」
「私はからかってなんていませんよ。イブキは私が見た中でも特別可愛いらしいです」
「………………!?」
「あぁ、何だかギュッてしたいです」
「あ! 姉様ずるいですよイブキちゃんを………ええい! 両方ヤッテしまえ!!」
「ティア?」
「この度は真に申し訳ございません」
……何かパターン化している気がします。