31、インペリアルファミリー
………何だか、騒がしいです。
「………?」
目を覚ますと何故か馬車にいて、寝かされています。そして二人の女性と一人の男性が私を見つめています。
これ、どうなってるの?
「気がつかれましたか。気分は如何ですか?」
男性の方が話し掛けて来ました。彼は茶髪に茶眼で……何だか幸薄そうな顔だと感じます。造形は平均より上なんですが、やはり第一印象はカッコイイとかクールだとか言う褒め言葉より運が悪そうです、と言いたいです。ただ、体の一部を守る軽鎧や腰にさしている剣は伊達ではないと本能が警鐘しています。それでも…あぁ、人生苦労してそうだなという雰囲気を纏っています。
「えーっと………悪くないです」
そんな失礼極まりない事を考えていたので、返答が遅れてしまいました。
「それは良かったです」
「ねえ、名前はなんて言うの?」
私に名前を尋ねて来たのは茶髪を肩にかかる位にした茶眼の好奇心の強そうな十五当たりの美少女。
もう一人はサラサラの金髪を腰まで伸ばしていて、目の色は茶眼。何というかおっとりというか優雅というかそんな感じの茶髪の娘より少し年上の印象を与えるこれまた美少女。
「私は、イブキです。イブキ‐アレシア。あなた方はどう呼べばいいですか?」
「ふ〜ん。イブキ、ね。私はアーストゥティリア‐レノンガルド‐ペロポネアだよ」
「私はノビリア‐レノンガルド‐ペロポネアと言います。よろしくお願いしますね」
「私はカシウス‐G‐サルウァスです」
「そうですか。それで何で私は馬車に乗せられているのでしょうか?」
ん、あれ?………ぺ、ペロポネア?
「それはですね。アレシアさんが街道にて倒れていたの…「ま、待って下さい。ペロポネアというのはもしかしなくてもこの国の皇族の証じゃありませんか?」
説明していたカシウスさんには申し訳ないんですが、ここをしっかり聞いておかないと後で不敬罪で首が飛びかねません。
「そうだよ。私、アーストゥティリア‐レノンガルド‐ペロポネアはペロポネア帝国の第二皇女なのだ!」
「ふふ。私、ノビリア‐レノンガルド‐ペロポネアはペロポネアの第一皇女なのですよ?」
え?これは…何がどうなっているのですか???
「その、皇女殿下が何で私を助けたのでしょうか?」
「あら、困っている民を助けるのは当然ですよ」
「だって、あのまんまだと馬車に踏み潰されちゃいそうだったし。それに、これほどの逸材を見逃す訳にはいかないしね」
理由は違いますが、主に親切心から助けてくれたみたいですね。
「理由はともかく、凍死しかけていたのは事実です。助けて頂きありがとうございます」
あぁ、私は睡魔に敗北してしまったんですね。
アレは恐ろしく強大な力を持ってますからね。つい、ころりといっちゃったんでしょう。
見回してみるとこの馬車はすごいですね。壁紙は落ち着いた焦げ茶色に所々金の刺繍。両脇に置かれ今私が座っているソファーは馬車の揺れを完璧に吸収し、中央の据え付けのテーブルは明らかに大理石。しかも白大理石、黄大理石、桃大理石を見事に組み合わせた一品です。
それにしてもこの馬車は何処へと向かっているのでしょう。来た道を戻っていない事を願います。
「それで……この馬車はどちらへ向かっているのですか?私はティオキアへと向かっているので反対側へ進んでいると私の努力が水の泡になるんですが」
「それなら安心してよ。私達もティオキアに向かっているからさ」
「それにしても……一人なんですか?お父様とお母様は?」
「あー………それは…その…」
どう言えばいいのでしょうか?困りますね。
「カシウス〜、駄目じゃん。察してあげなきゃ」
「す、すみませんアレシアさん。何だか聞いてはいけなかったですか?」
「い、いえ。そうじゃないんです。両親は死んでいないというか、死んでいるかも分からないというか………」
「カシウス今日は野宿かな?」
何だかアーストゥティリア皇女の笑顔が恐ろしく感じます。
笑顔が怖いって表現として間違っている気がしますが、現に感じている事ですから仕方がないのです。
「申し訳ありませんでした!」
その圧力に負けたのか本当に悪いと感じたのか、カシウスさんは体を垂直に曲げて謝って来ました。
しかしこれは誤解ですからね。ただ、記憶喪失についてどう言うべきか迷っていただけですからね。
「あの、違うんです、両親と死別なんてしてませんから!そ、その……私、記憶を一部失ってまして!」
う………やはりと言うべきか、カシウスさん野宿で凍死は回避されたものの、空気が重くなります。
「それは…お辛いでしょうね」
「あ、あの?」
いつの間にかノビリア皇女の膝上に乗せられ、顔を胸に埋められてしまいました。
お…大きいですね。じゃなくて!!
「は、恥ずかしいな……と思ってたりするのですが」
もう、顔が真っ赤っ赤なのですよ。
そしてそれを自覚するとさらに恥ずかしくなる負のスパイラル。
「ふふふ。大丈夫ですよ、ここには人が殆どいませんし外から見られる恐れもないですから」
そういう問題じゃなくて、この体勢がなんです。
そしてこの膨らみが問題なんです。
「はぅっ!!!わ、私も混ぜて!!」
何でアーストゥティリア皇女まで!?
サンドイッチ状態………ぐ、ぐはっ。
「あれ?イブキちゃん顔が真っ赤だよ?そんなに恥ずかしい?」
アーストゥティリア皇女が笑みを浮かべつつ尋ねてきます。
ですが、私はもはや喋れる状態ではないのです。
僅かに顔を縦に振ります。
「うぅっ!二人まとめて食べちゃいたい!!…が、我慢出来ないよ!」
な、何を食べるんですか?私はそれが食物である事を願います。
「あぅ……や、やめて下さい…」
服の中に手を入れないで!!
私の体がピンチに陥りますが、ここで今まで空気だったカシウスさんが防衛軍として現れます。
「アーストゥティリア様。それ以上はお止め下さい。色々と駄目です」
「私の邪魔をする気!?」
「いや、ちょっと外の空気吸って来まーす」
逃げた!?弱い、弱すぎですよカシウスさん!!
ここまでか………しかし、真のピンチに救世主は現れるのでした。
「ティア。いい加減にしないと怒りますよ?」
「うえ?」
多分皇族の必須スキルなのであろう笑顔で脅迫をノビリア皇女が使用しました!!
その威圧感はさっきアーストゥティリア皇女が放ったものとは桁違いです。
「ご、ごめんなさい」
あっという間にアーストゥティリア皇女の暴走を鎮圧。ついでに抱っこから解放されます。
「イブキ、ティアが変な事をしてしまってごめんなさいね。あの娘、私にもあの調子だったの」
過去形……一体何をして止めさせたんでしょうか。どうやらノビリア皇女は怒らせるといけないタイプみたいですね。肝に銘じておきましょう。
「それで、記憶がない事とティオキアに行くのにどんな関係があるの?」
アーストゥティリア皇女はさっきまでの事はなかったかのように私の話を促します。
「どうやらロウダス島に私が過去いたみたいなんです。ですからそこで私の過去を調べつつ、記憶が戻る事をはかります」
「ふ〜ん。記憶喪失ってそういう事をすると治るんだ」
「記憶というのは木みたいな感じらしいです。だから何か記憶喪失以前に印象深かった出来事をまた体験すると枝が揺さぶられて記憶が戻る、とか何とかお医者さんは言っていました」
「人の体って複雑なんですね」
「まあ、だから記憶の断片に残る場所、人物を訪ねてみようと思っています」
「それって大変じゃない?」
「こうでもしないと戻りませんから」
まあ、ロウダス島に行く事で記憶が戻る事を祈りますよ。