十八、ダンケルク撤退行
私はグレリアへ向けて亡命した。
グレリアは鎖国しているので、身を隠すにはもってこいだろう。
……涙が止まらない。おかしいなあ。地球からこっちに来ても特別何も感じなかったのに。
スカ……モノクルで見た所、鎖国はグレリア連邦王国があるグレリア島を囲む高さ三百メートルにも及ぶ魔法障壁が維持しているようだ。
私には意味ないが。
グレリア島の白い崖を見ながら、視線の先に都会の明かりを見る。
これから第三の人生が始まる。
朝を迎えたグレリアの大都市には、霧が立ち込めている。
私は霧に紛れ、悲嘆に暮れていた。
「……どうしたのかな?お嬢さん」
何だか、紳士のなりをしたおじさんに声を掛けられた。
「……な…ヒック…なんでも……ないです…グスッ……」
…はあ、どうしてこんな事になったんだろう?
魔力が多いからって…………はあ。
「……うぅ…」
「迷子かな?場所か何かを教えてくれれば案内してあげるよ、さあ言ってごらん」
「…ほ……ほっといて下さい!」
もう、何が何だか分からない。
私はただ走り回った。
「はあ……はあ………はあ………」
……少し気が晴れた。とにかく、悪いのは魔族。ならば、魔族がいなくなればいい。
そのついでにアルバランガを救おう。
そうだ!魔族を退治すればいいんだ!!
私はとりあえず希望の光を手にした。
ならば……手掛かりは………政府に内通者がいると言っていたな。
内通者が魔族なら簡単だ。スカ……モノクルには隠匿魔法を分析し、何が隠匿されているかを明らかに出来る。ただし、明確な範囲が分からないと使えないのが欠点だ。だが魔族は、額を解析すればすぐに分かる。
問題は……魔族に人間が協力している場合。
これは、魔族に有利な事をしている人間を監視しよう。
そして接触した所を…………叩く。
よし、そうだ、まだ終わりじゃない。反撃だ。
……先ずは資金。食べなきゃ死ぬ。何かないか?グレリアにもギルドはあるんだろうか。
今は……午前6時40分。ちらほら人も歩き出している。
聞いてみるか。
「あの、ギルドへはどう行けばいいんですか?」
尋ねたのは警官風の厳ついおじさん。
見かけとは違い、親切だった。
一時間程歩き、看板が立っている煉瓦造りの大きな建物が目に入る。
どうでもいいが、文字は同じだ。
中に入ると……あれ?
中はまるで会社のようだ。
ともかく、受付嬢と話をする。
「…何か御用かな?」
「あのー、ギルドに入りたいのですが…」
「残念だけど、十二歳以下の子供はギルドには入れないの。ごめんね」
まさか、労働法でもあるのか?…なら。
「…失礼ですが、こう見えても二十一です」
地球で過ごした年月を合わせればこのくらいだ。……もう二十歳過ぎてたか………
「嘘はダ〜メ」
「嘘じゃありません!!」
私達の口論に見かねたのか、誰かが割って入って来た。
「…まあまあカリーナさん。魔法師には特別な人もいるんだから」
「しかし、課長…」
私の援護をしてくれたのは、出社して来たスーツを着こなした切れ目の男性だ。何か、有能そうな空気を纏っている。
「失礼しました。僕は、グレリアギルド協会討伐部魔物課のギルデロイです。よろしく」
「…私は就職活動中の魔法師のイブキです」
「私は知りませんよ課長」
「分かってるって。では、イブキさんこちらに」
私とギルデロイ課長は階段を昇り、三階のある部屋へ入った。
そこは、デスクが所狭しと並んでいて、現代の会社のようだ。まだ8時前というのに、三分の一位が仕事をしている。
その奥には彼の部屋がある。中は木机に椅子二脚だけだ。机には書類が積まれているが。
「さて…イブキさんでしたね。これから私の質問に答え、簡単な検査をします。この結果で採用します。いいですね?」
「分かりました」
その後、名前、志望理由、目標等を聞かれる。まるで、入社試験だ。
「…ふむ、では何で泣いていたんですか?」
「…はい?」
な……何で分かるんだ?
「顔に泣き跡が付いていますよ」
う…顔を洗っておけばよかった。
「……それは…お金がない…住む場所もない…からです」
「……………まあ、いいです。では、この石を触り続けて下さい」
課長は深く尋ねることはなかった。
その石は半透明の水晶みたいな四角い石で、ケーブルがギルデロイの持つ白い石版に繋がれている。
空気を変える為、すぐに石に触れる。
「……おお……まさか………」
ギルデロイ課長は驚いているが、何が分かったのだろう。
「…分かりました。イブキさん、あなたを我がグレリアギルド協会討伐部のレベル3に入隊していただきます」
「あの、詳しい説明お願い出来ますか?」
「いいですよ」
グレリアギルド協会は、半官半民の会社でグレリア内で唯一魔物の討伐が合法的に行える。
システムとしては、魔物が発生すると住民から現地の警察、警察からギルド協会へ通達され、ギルド協会から討伐部隊が派遣される。討伐部隊所属の者は、支給品の携帯魔力話機で連絡を受け目的地へ向かう。運営費用は国費と株、給料は基本給プラス出来高。
討伐部隊にも強さのランクがあり、下からレベル1から5まである。
レベル1は、見習い的な扱いで上位の支援、単独任務はレベル2から。レベル5にもなると小国の軍事力に匹敵するらしい。さらにレベル毎にノルマが存在し、毎月一定数は任務をこなさなくてはならない。つまりそれだけ魔物がいるという事だろう。
そして、大事な事だが魔人なんていない。
寧ろグレリアの一般市民は殆ど魔力がない。
地球のように、魔力格差が大きい。ちなみに、アルバランガ大陸では中流層が大半を占めている。つまり……アルバランガ大陸は平等に少しずつ、グレリアはある者はある、ない者はない。
魔人について聞いた所、数百年前当時の政権が鎖国政策を止め、アルバランガ大陸本土の戦争に介入した事があり、派遣した最精鋭魔法部隊をグレリア全てだと本土の人達が勘違いしたそうだ。
それにより今でも本土の人達には、グレリアは最強の国だと思われている。
「……では、これで終わりです。社員証を渡すので、二時間程待ってて下さい」
そう言ってギルデロイ課長は出て行った。……何をするかな。
あ……考えちゃダメ……
ふと、お姉ちゃんの顔が浮かぶ。私は慌てて気を反らそうとした。
……無理。でも、泣いては駄目だ。くっ…堪えろ、だ……駄目。
「……うぅ…」
「イブキさん、まだ時間かかりますがどうしますか?」
危ない、ギルデロイ課長が戻って来たのにびっくりして涙が引っ込んだ。助かった。話題を転換する。
「…住む所がないんです」
「………」
「…何かコネクションありませんか?」
「…いや。それ位ありますけどね、少し図々しくないですかね?」
これは死活問題だ。
私は段ボールの家に住む気はない。
「…お願いします……」
「………うっ。わ、分かりました。探しますよ…………上目遣いは反則だよ…………」
ギルデロイ課長はよく分からないがぼやきながらも携帯を弄り始めた。
「……あ、うんそうだよ。……………実は新しく雇った人が住まいを探しててね……分かるよ、本当さ………ありがとう、助かる…………じゃあ、今度何か差し入れでも持ってくよ」
グレリアでは一般家庭にも魔力話機が普及しているのだろうか?アルバランガ本土との格差がすごいな。
「イブキさん、貴方の住まいはベッカー街のアパートです。部屋は220。細かい事は管理人であるフッガーに聞いて下さい」
「ありがとうございます!」
やっと生活基盤が出来たか。
ふふふふふ、見てろよ魔族。
私にちょっかいを出すとどうなるか教えてやる。
一度撤退してもなあ、ノルマンディーの如く戻って来てやる。ふふふ、ハハハハハハハハハハハハハ!!
「…イブキさん?大丈夫ですか?」
「…何も問題ありませんよ」
私は魔王討伐を決心した。