箸休め六品目−リンク十五、古典的罠
ファルサリア目線。
魔法実戦1では、今回夜の対魔物戦闘が行われる。
ファルサリアはいつも通りの無表情だが、内心では若干緊張していた。
(……冷静に……冷静に……そうすれば……きっと……大丈夫……かな?)
メンタル面が不安だが、恒例の転移魔法が発動して一群生徒は、西の森に散っていった。
ファルサリアが始めに出会ったのは、ブラックサガーと呼ばれる体高三メートル前後の巨大昆虫だ。
ブラックサガーの前足二本は鋭い鎌状で、地球の昆虫で言うカマキリに似ている。
キャルアァア!!
奇声をあげながらファルサリアを切り刻まんとするブラックサガー。
しかしファルサリアは、冷静に無詠唱で中級火属性魔法【射炎】を放つ。
ブラックサガーは【射炎】に呑まれ、黒焦げになった。
「【我は無知なり 故に知識を求む 探査】」
下級非属性魔法【探査】は自らの半径百メートルの視覚的、聴覚的情報が手に入る。
ファルサリアは、魔法実戦1で戦うにはそぐわない魔物を発見した。
レッドテイルドラゴン。
茶色い体に真紅の尻尾を持ち、強大な力と高温の炎、そして堅固な鱗には対魔法性能があり中級魔法以下では傷も付けられない全長五メートル、全高四メートルのギルドランクAの魔物である。
ファルサリアは悩む。自分以外でこの魔物に対抗出来るのは、自身の友達のアレシアかサハリア、又その護衛二人だけである。
余談だが、ファルサリアは護衛の名前を知らない。余り人の名前を覚えるのは得意ではないらしい。しかし、教科書は一度見ただけで覚えてしまうのが不思議である。
ファルサリアとしては、面倒臭い。しかし、ファルサリアは人が傷つくと分かっている脅威をみすみす見逃す程、冷酷ではない。
レッドテイルドラゴンには、氷魔法が有効である。
ファルサリアの最も強力な氷属性の魔法は上級魔法【氷牢】。
対象を氷製の牢獄に閉じ込め、じわじわと凍死させる魔法である。
(……一撃は……無理………なら……)
もし、【氷牢】と組み合わせるのならば切断系が有効である。切断箇所から体内へ氷結していくからである。
ファルサリアが何を考えたのかは知らないが、ともかくレッドテイルドラゴンを視認することにしたようだ。
身体強化魔法をかけ、走りだす。
(……あ……ダメ…)
ファルサリアの【探査】に、三人の男子生徒がレッドテイルドラゴンに挑もうとしている姿が写る。
「くらえ!…【空が擦れ 力は行き場を求み その活路を大地に求む 雷光】」
「【大気よ 切り裂け 風刃】」
「【大地よ 火炎よ 二つは混じり 一つを成す その流れは災厄なり 流炎】」
中級雷属性魔法【雷光】。発動速度は遅いが、アレシアの【雷撃】と同じ魔法である。
下級風属性魔法【風刃】。サハリアの使った中級風属性魔法【鎌鼬】のダウングレード版だ。
中級火属性魔法【流炎】。溶岩を対象にぶつける強力な魔法である。レッドテイルドラゴンが相手でなければ、素晴らしい威力を発揮しただろう。
案の定、これらの魔法はレッドテイルドラゴンの意識を生徒達に向ける以外の効果を生まなかった。
ギャォオオォオ!!!
威嚇の咆哮。
それだけで、生徒達は萎縮し足が震え上がる。
「…あ……ああ…」
「た………たたっ……助け……」
「ひ………あ…」
(意識を………こちらに………)
「……【射炎】」
火炎放射がファルサリアの前方で横腹を見せているレッドテイルドラゴンに直撃した。
無論、ダメージなどない。
だが、四回連続で一方的に魔法を受け続けたレッドテイルドラゴンはお怒りのようだ。
最後の一撃を与えたファルサリアの元へ突進して来た。
ファルサリアは軽々と身体強化されている体で左へ避ける。
それを見越していたレッドテイルドラゴンの象徴、尻尾が降り懸かる。
(…むぅ……)
ファルサリアは魔法障壁を展開してやり過ごすが、レッドテイルドラゴンは既に次の攻撃準備を終えていた。
レッドテイルドラゴンの本命の突進。
先程とは比べ物にならない速さでファルサリアに迫る。
「【氷よ 突き刺せ 氷柱】」
初級氷属性魔法【氷柱】。しかし、ファルサリアが莫大な魔力を注入することにより上級魔法並の力を持っている長さ十メートル、直径三メートルもある氷柱に成長した。
「【風よ 我が意に沿え 風道】」
下級風属性魔法【風道】。自らの直線状に突風を起こす。
【風道】により発射速度の増した【氷柱】は、レッドテイルドラゴンの頭目掛けて打ち出される。
ヒュオッ!!…パアアン!!
音速を突破した【氷柱】はレッドテイルドラゴンの左目を貫いた。
【氷柱】をくらい、バランスを崩したレッドテイルドラゴンはもんどり打って倒れ、辺りの木々を薙ぎ倒し、徐々に勢いが衰える。
すかさず、止めの一撃を放つ。
「【大気は震え 水は凍り 大地は霜に覆われる 我が檻は咎人を 捕らえ 苦しめ 氷結せん 投獄せよ 氷牢】」
レッドテイルドラゴン周囲に十六本の氷柱がそびえ立ち、天井を形成する。
レッドテイルドラゴンは始めこそ暴れていたが、五分もすると氷漬けになった。
カッ!!!
その時、森の東側で強烈な閃光が発生し、遅れて爆風が吹き荒れる。
(……強力な……火属性魔法……)
これだけの威力を使えるのは……又、これだけの威力が必要な敵ならば……
ファルサリアは転移魔法を使い、現場へ向かった。
「あ……あれってファルサリアちゃん…だよな?」
「やべえよ…惚れそうだよ……」
「馬鹿!まだ九歳だぞ!!」
「じゃあ、お前は可愛いとか思わないのかよ!!」
「……お……オレは……少女趣味……なのか……?」
「しかたないさ、何たって十歳以下部門で学園二大美少女だからなファルサリアちゃんは……」
学園美少女とは、学園内の男子がひそかに結成している秘密組織「美少女を眺める会」が毎月発表している月刊誌「美」で読者が選ぶ美少女のことである。
ロミリアでは「厳か」が尊ばれているので、学園側の圧力は高いが結成七十年、創刊四十年を迎える歴史ある組織である。
ちなみに、サハリアは十歳以上十五歳以下で第一位を独占中。
アレシアは投票されているが、六歳を認めるか否かで論議が尽くされている。
ファルサリアが転移を終えると、そこには焦土に立つハリアスの姿があった。
「……護衛さん……」
「ああ、ファルサリアか。……すまない、護衛でありながら守り抜くことが出来なかった……」
ハリアスは泣いていた。
ハリアスにとってもサハリアとアレシアは大切な存在になっていたのだ。
「……アレシアと………サハリアは?…」
ファルサリアには、唯一であり絶対でもある友達だ。無表情の奥には、絶望が浮かぶ。
「すまない………拉致された……」
ファルサリアの心に希望が芽生えた。
(まだ、死んでない…!………)
「【我は無知なり しかし知識を求める 我は愚かなり しかし賢なるを欲する 我は全てを見通し 我は全てを聞き 我は全てを感じ 我は全てを知る 千里眼】」
最上級非属性魔法【千里眼】。
その眼は過去すら見通し、現在を知る。
淡く輝いたファルサリアの眼には、今までの出来事を知る。
そして、残された転移の痕跡から導かれる最初で最愛の友の居場所は……
「……ロミリア……アンコナー…山中……」
「な……【千里眼】が…使え……」
「……私は……行きます……」
「は?」
転移が始める。