九十五、幕切れ
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太陽が地平線に沈み始め、空が赤く染まりきった頃、アレシアは記憶を失う直前に訪れた時と同じ島の上空に滞空していた。アレシアが見下ろす島は、一見木々や雑草などの自然しか存在しない無人島のように見える。
だがこの島こそが、魔族の国なのだ。
モノクルによる解析によれば、結界は変わらず存在するらしい。恐らく結界の中には近代的な都市が隠されているのも変わらないはずだ。
以前は地下から侵入したものだが、今回は大丈夫だろうか……ん? お迎えかな、私に向かって十機の飛翔物体が接近してくる。
球体の胴体に直角翼、左右の翼端に垂直安定板を備え、正面から見ればアルファベットのHのようにも見える特異な形状のアンノウンは、翼下に搭載した四発の空対空ミサイルを一機二発ずつ、計二十発のミサイルをアレシアへ向けて発射した。
何故全弾発射しないのだろう、小手調べのつもりか?
こっちは端から全力でいかせて貰うぞ。
アレシアは大出力型02式460ミリ陽電子砲を物質創造し、問答無用で発射。百メートルを越える長砲身から放たれた青白い陽電子の光線は、射線上に存在する物質を残らず消し飛ばす。アレシアに向かって音速を越えて迫るミサイルはおろか発射母機であるアンノウンも消滅させ、光線は最後の目標に魔族の国を守る結界を選んだ。光線はあたかも障害など存在しないとばかりにいとも簡単に結界へ直径四十六センチの穴をぶちあけ、アレシアの侵入への通路を作る。
アレシアは陽電子砲を一旦消して、ゆっくりと閉じようとしている結界を飛行ユニットの菱形水晶質の六枚の翼を畳んでくぐり、内部へ侵入していく。
結界の内部には、以前と変わらぬコンクリートとガラスで構築された近代都市がそびえていた。そして都市の中央にもまた、以前と同じく地球の超大国の主が住まう“白い家”を模した建築物が夕日の色に染まっているのが見えた。
“白い家”の地下からは老人の強大な魔力が変わらず存在している事を、右目に掛けたモノクルに搭載された魔力検知システムが測定不能の四文字を半透明緑色のディスプレイに表示させる事で把握する。
もう身勝手な真似はさせない。ここで叩き潰す。
アレシアは“白い家”への四キロの行程を数秒で消化。“白い家”直上一千メートルに陣取り、老人目掛け大出力型02式460ミリ陽電子砲を再度発射。
閃光が空を縦に切り裂き、“白い家”は老人の潜む地下シェルターもろとも光線に貫かれた。だが、彼の老人の魔力は些かも減じてはいない。
外したか? まあラッキーヒットを期した一撃だからいい。本命は単純明快。老人へ近付く為のルート構築さえ出来れば目標は達成だ。私の心情としてはこのまま大量破壊兵器を気の済むまで叩き込んでやりたいところだが、聞かねばならない事がある。
アレシアは陽電子砲によって“白い家”に空けられた直径四十六センチの穴を下り、老人の魔力をたどっていく。
“白い家”の地下に建造された幾つもの施設を降っていき、数十の床と天井が頭の上を過ぎていったその部屋に老人はいた。
以前と同じだ。白を基調とした二十畳程の部屋で重厚かつ幅広な木製のデスクに肘を付き、赤い生地で覆われた細やかな細工の施されたチェアに座って茶色いローブを頭から羽織っている……魔族の王。彼はローブの隙間から濁った碧い瞳を覗かせ、アレシアを見詰めてくる。
見詰められていると自覚した瞬間、激しい嫌悪感に襲われる。
「ふぇっふぇっふぇっふぇ。生きていたのか」
彼のしわがれた声が空気を震わせアレシアに届く。その声は表面は笑っているようにも聞こえるが、心の奥底の深い怒りが隠し切れておらず、アレシアの神経を逆なでする。
「驚きましたか? そんなはずないでしょう。あなたの飛行艦隊を消し飛ばしたのは私ですから」
その怒りに触発された私は、思わず挑発的な言動を吐いてしまった。
「ほぅ、やはりオヌシの仕業であったか」
穏やかな声音。だが彼の怒りが増幅しているのが、肌で感じられる。
「この忌ま忌ましい小娘めが!」
怒りは、爆発した。
彼は両手をアレシアへとかざし、十の指から朱い閃光を放つ。その全てがジグザグと複雑な軌道を取りながらアレシアへと迫りくる。
回避はこの狭い室内では厳しい。防御だ。
半透明の【魔法障壁】を前面に展開。全ての閃光を受け止め、なっ、何で!? すり抜けた!?
【身体強化】で急ぎ後方へ跳躍したアレシアは、自分で開けた穴へ引っ込む。陽電子砲でぶちあけた穴は地下三十メートル近いこの地下室の床よりさらに深い縦穴を穿っており、アレシアは手足を突っ張って今以上落下しないようにする。
十の閃光が頭上を通過した事を確認し、穴から飛び出たアレシアは【電子砲】を十数回乱射しながら赤光剣片手に老人との距離を詰めに打って出る。
さっきの閃光を見るに、彼の攻撃は障壁無効化が可能。ならば、室内で魔法の撃ち合いになれば防御を封じられた私は圧倒的に不利。近接戦闘は得意ではないが、えり好みしている余裕はない。
【電子砲】は彼の黒い魔力障壁により易々と阻まれたが、その間彼からの攻撃はなかった。音を置いていく速度で一気に距離を詰める。
右手に握った赤光剣から刀身を延ばし、一メートルも離れていない老人の床と平行に掲げられた左腕へ向かって下から上へ赤光剣を握る右手を振り上げた。
「死ね! さっさとこの世から失せろ!」
「……っ!」
ちいい、あの爺さんまだ手加減していたのか。閃光の発射速度を見て、撃たれる前に退避出来ると踏んだ私の読みは大外れだ。
アレシアが赤光剣を彼の左腕目掛け振り上げきる前に、右手から朱い閃光が放たれた。アレシアは辛うじて10式戦車のモジュール装甲を物質創造して直撃は避けたが、部屋の端から端まで吹っ飛ばされた。
まあ、壁にぶちあたる前に自動展開型魔法障壁が文字通り自動で発動してくれたから無傷だが。
直撃部分が融解しているモジュール装甲を消し、再度老人と向き直る。
「クククククク。オヌシは大して成長しておらんようじゃの、え?」
歯をカチカチとうちならし、私を嘲る魔族の王者。
確かに、このままじゃ勝てない。速度、魔力、共に劣っている以上、私がどんな行動を取ろうとも隙一つ見せない老人に危害が加わる事はないだろう。
だが、私はまだ切り札を残している。まだ実戦でろくに使えてない、制御もままならないのだがこれしか手段がないのでは仕方あるまい。
自動展開型魔法障壁、封止。私は押さえ込んでいた魔力を解放する。
アレシアは先程と全く同じく跳躍し彼の左腕へと斬り掛かる。
「っ!? アガアアアア!!」
しかし老人は反応する事が出来ず、そのまま左腕を床に落とした。アレシアからすれば、腕が切り離されてから随分と遅れて老人が痛みを知覚したように感じる。
「キサマ何をした!」
残った右手で切り口を押さえながら、アレシアを墳怒の形相で睨み付ける老人。先程までとは違い、今のアレシアにはそれが虚勢にしか見えない。
「何って、ただ私はあなたの腕を斬り、またここに戻っただけですが?」
口の端を吊り上げて言い放つアレシア。
「お、おのれええぇ!」
激昂し右手をアレシアに向ける老人。老人の魔力が右手へ集束していく。
だが余りにも遅い。
両肩両足に、鋼鉄で出来た鈍い銀色の槍を突き刺し、壁に固定してしまう。もうあんたには抵抗はさせない。
「っぁあぁああっ!」
悲鳴を上げる老人。少しやり過ぎたか? いや、大人しくするにはこうでもしないと駄目だったさ。
「私の質問に答えて貰います。あなたは私に何を仕掛けたんです?」
アレシアは老人を張り付けた壁に向かってゆっくりと歩きながら尋問を始める。
「ぐぅうぅ……ワシも、ここまでか……クソォ……まだだ、まだワシは……」
老人は体の各所から大量の血液を垂れ流し、真っさらな壁を朱に染め、磨き抜かれた大理石の床に大きな血溜まりを作るまでの重傷を負わせて尚、鋭い眼光を放っている。しかしそれは目の前にいるアレシアにではなく、何か別の者へと向いているように思える。
何故私を見ない? 何故だ!?
「うわごとはいいから早く質問に答えて下さい! レクーサさんは何者なんですか!? 何故私に彼女を寄生させた!? 早く答えるんだ!!」
デスクを踏み台にして、老人の首をわしづかむ。
「忘れんぞ……マッカーシーズムのクズ共が……」
フードが頭からずれ顕わになった、深く皺の刻まれた醜悪な顔は焦点のぶれた目線を不規則にキョロキョロと動き回し、憎しみを視界全体に拡散させているようであった。
「ちっ、錯乱してるのか? くそっ! いいから質問に答えろ! 貴様のお陰で何人が死んだと思ってるんだ! 自分だけ安らかにあの世へ行くつもりか!」
老人の頭を壁に叩き付ける。壁がひび割れ、パラパラと朱く染まった壁紙が破片と化した強化コンクリートと共に床へ堆積する。
「答えろ! 答えるんだ!」
頭を叩き付ける。何度も何度も叩き付ける。魔力で強化された老人の頭は、次第に頭蓋を歪ませながら辺りにべっとりと脳奬と血液を撒き散らし壁を瓦礫に変えていく。
「はっ、ははははははははは! ワシはフィリップ‐フィリポヴィッチ‐インプレカートロフ! キサマらなぞワシの前では塵芥に過ぎぬわぁ! 消え去れぇっ!」
「黙れ! さっさと質問に答え……」
老人の肉体が輝いて……いや、違う。老人の肉体に……頭から手足の先に至る体の隅々に描かれた紋章が紫色の光をほとばしらせている。
「フィリップ‐フィリポヴィッチ‐インプレカートロフ! 何をする積もりだ!」
「ハハハハハ! ハハハハハハハハ! レークティスシムスは不滅だ! ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
瞬間、世界は紫光に包まれた。