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九十二、アレシア編 何かがおかしい




私の唇に触れ合うソレは熱く湿り気を帯びていて、その質感がレクーサさんとの口付けが現実に起きている事なんだと私に認識させた。


脳の奥から痺れるような感覚が伝わって来る。心地良い感覚だ。このまま続け……たら駄目だろ!


口付け? 


口付けだって!? 


私はようやく認識した現実がとんでもない事になっているのを把握する。


ともかく、離れなくては!


しかし私の腰の辺りにレクーサさんが腕を回していて、逃げられなくなっている。


攻守が逆転した。


体育座りだったレクーサさんが体を延ばし、全身を密着させてくる。彼女と私は床に寝転ぶ形となった。私が下で、彼女が上のサンドイッチ状態。


「レクーサさん、ちょ、これはどういう事ですか!?」


何とか顔を思いきり右に向け、事態を回避した私は事の顛末を詰問する。


「……逃げちゃ駄目」


ガチャリと金属の擦れ合う音と共に、私の後ろ手にされた両手首から冷たくて硬い感触が伝わる。手錠だ。これで私を捕らえるのに、レクーサさん自身の手を煩わせる必要はなくなった。両手の自由を得たレクーサさんは、両手で挟み込んで私の頭を動けなくする。


「……あなたが、私にしろと言ったのよ」


額と額を接触させ、私に囁き掛けるレクーサさん。瞳からは悪戯な輝きを放ち、その頬は仄かに朱く染まっている。吐き出す甘い吐息は私の頭をクラクラさせる。


ヤバイ。捕食されちゃう。


誤解を解かないと。


「レクーサさん、信じ合うというのは、んむっ」


再度の口付け。また痺れるような感覚が私を襲う。これ以上この感覚を味わったら、私は、戻れなくなる。




撤退あるのみ。【身体強化】で基礎能力を底上げし、レクーサさんもろとも横に転がる。これで私が上になった。


そしてそのまま立ち上がり、レクーサさんから少し距離を取る。


助かった。


私が荒い息を調えていると、レクーサさんも立ち上がってきた。


「……どうして逃げ出すの? 私のこと、嫌い?」


興を削がれたであろうレクーサさんは、私を睨み付けてくる。だが、あのような行為をいきなりされて逃げ出さない人間はあまりいないのではないだろうか。


「嫌いとか、そういう意味の話じゃありません! ななななな何であんな事をしたんですか!?」


私も、若干動揺しているようだ。ただ……いや、だってあれはないだろう。そんないきなり、さあ。


あの時感じた様々な感覚を思い出してしまい、つい唇に手が延びてしまう。


「……顔、真っ赤だよ。突然だったから、びっくりしちゃったの?」


婉然とした笑みを浮かべながら、ゆっくりとレクーサさんがにじり寄ってくる。


何なんだ、この展開は。私は何を間違ってあの隅で小さくなってそうな位臆病だったレクーサさんを、ここまで積極的にしてしまったのだ。レクーサさんの信じ合うとは、こういう意味を内包していたなんて、想定外だ。ていうか、想定出来るか。無理だろ。あー、どうすればいいんだ。レクーサさんを傷付けずにこの状態を打破し、レクーサさんからこの謎空間について聞き出す妙案はないものか。いや……これも無理だろ。


「……ふふ。やっぱり動かなかった」


「あ……」


しまった。あまりにも信じ難い出来事だったので、思索に耽っていたらレクーサさんに抱きしめられていた。


艶やかなレクーサさんの唇が迫る。


くっ、こうなれば……。


私はレクーサさんを抱きしめ返した。しかし、迫るレクーサさんの口付けは回避してそのままさらに奥へと顔を突き出し、私の口元がレクーサさんの耳たぶに触れるところまで顔と顔を突き合わせた。


引いて駄目なら突っ込んでみたが、どうだろう。ここまで顔を突き合わせさせれば、何も出来ないに違いない。


「……抵抗しても、無駄」


何を言っているのやら、現にあなたは何も出来ていないじゃないか。強がりはそれこそ無駄なこと、んっ。


「ひぅっ」


レクーサさんは私の耳たぶを甘噛みしてきた。私の耳がレクーサさんの口に弄ばれる度に何だか、こう、全身から力が抜けるというか、変な感覚に襲われる。体がその度にビクリと震えてしまう。


「レクーサさん、もう、ホント、やめましょう……」


何でこんな目に合わないとならないんだか。泣きたい……。


「……まだまだ前戯だよ」


私の耳元で上機嫌に囁くレクーサさん。これで前戯なら、本番は想像する事すらしたくない。もう私は無理だよ……。私は頑張った、うん、だから、逃げよう。


【身体強化】を使っ、あれ、何で使えない?


「……さっきそれで逃げたから。手錠に魔力封印付加しといたの」


そんな……。


「……言ったでしょ? 抵抗は、無駄」


ぺろりと耳を舐めあげられた。理性が拒否するのに反して体はビクリと歓喜の震えを見せる。


「……一緒に、気持ち良くなろう」


レクーサさんの言葉が、魅力ある提案に思える。何も難しい事なんて考えないで、快楽に耽る。楽しいかもしれない。そっちの道も意外とイイのかも……。




なんてなる訳ないだろ。ふざけるな。


こんな恥辱的な目に合うのはもう沢山だ。


いくらレクーサさんの心が脆く崩れ易いとは言え、一線を越えた行為に対してはしっかりと否を突き付けなければ、世間とズレた人間に成長してしまう。


転生前から二十年は生きている人生の先輩として、少しお灸を据えなくてはなるまい。




物質創造、発動。


赤光剣を手の中に創造してスイッチを押す。


赤い光の剣が柄から延び、超高温の刀身で手錠を焼き切る。


手錠が壊れた事で魔力封印は解除され、一気に【身体強化】で身体能力を向上させ上へ跳躍。同時にクリスタル質の翼を六枚創造し上空に滞空。レクーサさんを眼下に見下ろす。


「……何で、逃げるの?」


二度目の逃走とあってか、レクーサさんの表情は険しい。だがね、怒り出したいのはこっちなんだよ!


「当たり前じゃないですか! ああいう行為は両者の合意があってこそのものでしょう!」


「……あなたは、歩み寄ったと言ったじゃない」


歩み寄るの言葉であんな行為許される訳ないじゃないか。拡大解釈のし過ぎだろ。


「確かにそう言いましたが、私がレクーサさんに築きたかったのは肉体的関係なんかじゃありません! 信頼関係、つまりお互い信じ合いましょうと言いたかったんですよ!」


私の懸命(何しろこのままじゃ色々なものを失ってしまう)な叫びに、レクーサさんは小首を傾げた。


「…………え? 信じ合う関係になったら、みんな接吻したりするんじゃないの?」


レクーサさんは、常識だろ、と言わんばかりの表情でこちらを見つめてくる。


な、え、何それ。まさかただの勘違いでした、という事? 


うそぉ……私が今まで受けたあんな事やこんな事全てが、よかれと思ってやった事だったの? いや、まさかそんな馬鹿な。きっと私がレクーサさんの意図を読み違えているだけだよ。


「レクーサさん……私は違うと答える事を切に信じますが、まさか、今までの行為よかれと思ってやった訳ありませんよね?」


「……違うの?」


私の質問にレクーサさんは純朴に質問を返してきた。つまり、そうなのか……。何て事だ。


はあぁー……頭痛くなってきた。


「……んな訳、ないでしょう」


盛大な溜め息をつきながら、私は床に着地する。


「……何で、そんなに疲れた顔してるの?」


それはあなたが非常識にも程があるからだよ……。




これは、常識を一から叩き込まないとならないようだ。はあ。


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