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玖拾壱、伊吹編 嗚呼、素晴らしき安寧哉




「えへへへ! あたしの勝ちーっ!」


「あぁ、参ったよ」


自分は現在、謎の奇怪な生命体が多数生息している洞窟に迷い込み、偶然かは分からないがソールスと名乗る若干六歳前後の少女と遭遇し、床に座りながらソールスと本日三十回目となる一般的にオセロと呼ばれる盤上競技をしている。


いいのだろうか、これで。こんな得体の知れない場所で呑気にオセロなどしていていいのだろうか。いや、明らかにこれは現実逃避だ。そうでなければオセロ三十回とか普通はやらない。よし、今からこの閉塞状態から抜け出す為、現実を見据えて合理的な行動をしていこう。


「ソールス、そろそろオセロは終わりにしないか?」


「そーだね。じゃあ次は将棋やろ!」


ソールスは天真爛漫の笑顔を浮かべながら、将棋盤をどこからともなく持ち出してくる。


「いや、そうじゃなくて、ここが何処なのかやレクーサとは誰かとか、そういう事について話し合いたいんだ」


「え、と? 伊吹が何言ってるかわかんない。そーゆーことって、どーゆーこと?」


分からないだって? 自分としては子供でも理解出来るようにかみ砕いて話したつもりだったのだが。なら、もっとかみ砕いて幼児にも理解可能なレベルで……。


「あー。つまりだな……」


「あたしが王将使うね!」


「……」


自分が説明にまごついている僅かな間で既に駒が並べ終えられており、対面にはソールスがキラキラと目を輝かし将棋盤を挟んで座っている。


ま……まあ、一局程度ならいいかな。






「あっ!」


「王手だ」


小さい子供相手だからと言って、わざと負けてばかりでは子供に感づかれる恐れがある。十回に一回程度の頻度で自分が勝つ事で、子供側の勝利に信憑性を持たせるのだ。


「むー! もう一回!」


「ははは。次はどちらが勝つかな」


自分は駒を並べ直し……しまった。いつの間にか、つい十局は打ち合っていた。


いかん。ここは心を鬼にして……。


「どうしたの? 早く始めようよ」


「ん、ああ。そうだな」




心を鬼にして……。


「やったー! 勝ったー!」


「ソールス、話があるんだが……」


「次はチェスね!」




鬼にして……。


「あっ! そのナイト、取っちゃうの?」


「……いや、間違えだ。こっちのビショップを取ろう」


「えへへへ! ナイトでクイーンを取りまーす!」


「な……何だと(棒読み)」




「伊吹、楽しいねー」


もはや百に迫る回数の盤上競技をこなしてなお、ソールスはニコニコと笑みを絶やさない。そんなに盤上競技が楽しいのだろうか。いや、レクーサとやらに一人だけでこの怪奇生命体の跋扈する洞窟に閉じ込められていた寂しさの反動から人と接する事を過度に求めているのだろう。一体どれだけの期間、レクーサに閉じ込められていたのだろうか。閉じ込められていた期間のソールスの心境を思うと、中々彼女の願いを拒めない。


「ん、ああ。そうだな」


「じゃあね、次は何をする?」


だが、流石に盤上競技百回はきつい。


「少し休まないか? 随分頭を使った気がするよ」


「あ! じゃあ、甘い物食べるといいんだよ!」


そう言うとソールスは何処からともなく赤い包み紙に包装された板チョコを取り出して渡してくれた。


「こ、これは……!」


間違いない、明治だ。パッケージと銀紙を剥がし、パキッと小気味よい音を鳴らせながら一口サイズにしたチョコレートを一欠片口の中へと放る。


口内でとろけるチョコレートからは、日本の誇る製菓会社の味に寸分違わない。信じられないが、本物だ。


感動した!


幾年振りの某製菓会社のチョコレートの味に心を躍らせる。気が付けば、あっという間に胃の腑へ送り込んでしまっていた。


しまった、よく味わっておけばよかった。後悔先に立たずとは、上手い言葉もあったものだな。はあ……。


「伊吹、まだあるよ?」


「助かる!」


ソールスから渡された板チョコの数は六。これだけあるなら二、三は一気に食べてしまっても問題なかろう。


「……あたしも食べたくなってきちゃった」


ははははは! 久しぶりにひどく幸せな気分だ!




六枚目を完食し、取り敢えず満足感を得た自分は、ここでようやくソールスが何処からこの嗜好的にも栄養的にも最重要品であるチョコレートを取り出したのか、それ以前に将棋盤やオセロ盤等も一体何処から取り出したのかという問題点に気付いた。


「ソールス、この板チョコは何処から手に入れたんだ?」


「え?」


気付かぬ間に口の周りをチョコレートでベタベタにしたソールスが振り返る。何と言う勿体ない事を。地球でならいくらでも補給可能だが、ここでは十分の一グラムですら貴重だというのに……しかしながら、まさかまだ幼いとはいえ女児の口周りに付着したチョコレートを回収して食べる訳にもいかない。


「口の周りがチョコレートまみれじゃないか。ほら、動くなよ?」


幸い、ハンカチティッシュは所持していた。皺一つない水色のハンカチで、ソールスの口周りを拭う。


「ありがとう、伊吹」


「いや、いいんだ。それよりこのチョコレートは何処で手に入れたのか教えてくれないか?」


「い、伊吹。怖い……」


「あ、すまない」


チョコレートという最重要品目の事だから、少し力が入りすぎてしまったようだ。


「それで、どうなんだ?」


「ん。物質創造」


そう言うなり、何の気負いもなく板チョコをその手に創造した。


な、何だと? ソールスは……チョコレートを、物質創造出来るというのか……何と言う事だ! 世界で最も優れた能力じゃあないか!!


それを造作もなく行ってしまうとは……それはもはや、神にすら匹敵する所業と言っても過言ではないのではないか!?


「伊吹、そんなにびっくりした?」


ソールスは自身の行った事の重大さを理解していないらしい。驚く事は意外だという目線を向けてくる。


「あ、あぁ…………」


ソールスが奉るべき高貴な存在だったとは……何故今まで気付かなかったのであろうか……これは早速、参拝をば……。




いやいやいやいや。何を考えているんだ。


落ち着け。落ち着くんだ。ソールスのした行為は余りにも衝撃的だった。あの食物の中で頂点、否、物質の頂点に立つチョコレートを創造した事については確かに称賛してしかるべきである。だが、奉るって何だ。何を奉るんだ。ソールスをか? 馬鹿か、今時現人神なんて時代錯誤もいいところじゃないか。よしんば奉るとして名をなんとするんだ。そもそも、望んでもいないのに奉られるソールスの立場を考慮に入れれば、これほど迷惑な事もあるまい。


「何を馬鹿な事を考えていたんだか……」


「え?」


「い、いや。何でもない。それよりチョコをもう少し貰えないか?」


「いーよ。はい」


「すまない」


取り敢えず、チョコを食べて頭を冷やそう。


ん、いや待てよ。寧ろチョコレートによってあんな馬鹿な考えが浮かんだんじゃ……。


いや! チョコレートに罪はない! 罪はチョコレートからあんな思考経路を辿った自分にある。


くそ、埒があかん。考えるのはやめて、チョコレートを味わう事に専念しよう……。




自分がソールスからチョコレートを頂こうと手を延ばした次の瞬間、ソールスと自分は新たな空間へと転移していた。


「はあ……」


事態の急変と、それに慣れてしまっている自分に嫌気がさすよ。やれやれ……次は一体どうなるのやら。事態が好転してくれれば幸いだ。


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