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 ロブが異変を感じる少し前。


 マナリアは、ロブの諦めに近い言葉を聞いた気がした。

ロブの声は小さかった。爆音が轟く戦場で、ロブと距離のあるはずのマナリアに聞こえるはずがなかった。


 でも、マナリアには確かに聞こえたのだ。チラリと横目で、ロブの聞こえる方を向く。


「ロ、ブ?」


 ロブを見たマナリアは、驚愕した。


 ロブの皮膚の隙間から血が流れ、手は潰れて、徐々に小さくなっていくロブの姿を。


(むり、かも)


 ロブの諦めに近い言葉を聞いたマナリアが硬直する。


(ごめん……マナリア、みんな)


 さらに、聞こえてきた言葉に目を見開いた。


「ヨソミ」


 その隙を見逃すほど、四天王ミーは甘くない。

瞬きほどの早く鋭い闇の魔法が、マナリア目掛けて飛んでいく。


 マナリアは気がつかない。

今にも死にそうなくせに、笑っているロブを見て、マナリアは心の底から何かが湧いてくるのを感じた。

 

(ロブが、死ぬ?)


 飄々として、感情的にならず、1番年下のくせに大人っぽくて、でも少し生意気で。

自分がロブに恋をしていることを自覚したのは、つい先日のことで。


 ロブの体温を感じて一つになって、辛くて悲しくて逃げ出したくなっていた心を満たしてくれたロブという存在。


 ロブだけではない。マナリアはいつだって、みんなに守られて生き延びてきた。

今はどうだ。自分だけほぼ無傷で、他のみんなは血まみれで傷だらけで、魔力だってほとんどなくて。


 周りを見れば、いまだに誰も諦めてなかった。


 諦めていたのは、マナリアだけ。


 年下の青年や、仲間に守られて生きていた自分。

沸々と心臓が熱を帯びていく。この感情はなんだろうと、彼女は考える。


(怒り……私は怒ってる?)

 

 みんなはマナリアに言ったのだ。1人が死んだら、みんなで死ねばいいって。生き残るなら、全員で生き残ろうって。でも、今の状況はどうだ?


 仲間のために命を投げ出して、自分以外の仲間を助けようと必死だ。


(ああ、ロブの言いたいことが少しだけ分かった気がする)


 全員が全員に支えられて生きてる。

誰か1人でも死んだら、このパーティーは全滅する。


 それくらい、みんなはみんなを大切にしていたんだと、本心からそう言っていたんだと知った。


(なのに、みんな。自分を犠牲にして、誰かを生かそうとしている)


 それは決して悪いことじゃない。

でも、それは、ある意味このパーティーにとって裏切り行為に等しい。


 このままだと、誰かが生き残ってしまうじゃないか。


 誰か1人でも死んだら、絶対に後悔するじゃないか。

誰か1人でも死んだら、痛くても辛くても、それを乗り越えられるくらい仲間との楽しい旅が終わってしまうじゃないか。


 誰か1人でも死んだら、みんなが後を追うに決まってるじゃないか。


 残りものだから集まったのに、生き残りなんてごめんだと、マナリアは強く思った。


(嘘つき、嘘つき、みんなの嘘つき)


 優しい嘘なんかいらない。だったらもっと厳しい言葉で今のままじゃダメだと叱って欲しかった。カーンみたいに自分を傷つける修行だってできたと、考えが巡るマナリア。


 それで、みんなと一緒に魔王を倒して、生き残りたいじゃないか。


 力及ばすなら、みんなで死ぬって言ったじゃないか。


 自分が犠牲になればいいなんて甘えを、マナリアは許さない。


 なにより、守られてばかりの自分を、マナリアは決して許さない。


(誰かが死ぬなんて、絶対に私は許さない!)


 ガチャンと、解錠した音が、マナリアだけに聞こえた。

魔力を生成する器官である魔臓と心臓がグッと熱くなり、体から力が溢れてくるのをマナリアは感じた。


「……」


 四天王ミーの放った闇の魔法が、マナリアに当たる直前。


 マナリアは姿を消した。


「……オワリダ」

「く……そ?」


 下を向いていたロブは、ふと疑問を感じた。

なぜか体が軽い。ロブは使命を果たせずに死んだのだと思った。


「いってぇ……」


 ロブは前のめりに倒れていた。そして、確かに自分が生きているということを全身の痛みで自覚する。

重すぎる四天王バーの攻撃で、潰されたと思っていたロブは、どうなっているのか前を見た。


「マナ、リア?」

「……」


 マナリアの深海に近い深い青色の髪がフワフワと浮いており、全身からは、煌めく空色の光を纏わせている。横顔が見えると、マナリアの星を散らした夜空の瞳には、真ん中に一番星の光が強く発している。


 ロブは瞬時に悟った。


 マナリアの眠っていた力が、本当に解放されたと。


 ロブが惚けていると、マナリアは姿を消した。

目の前には四天王バーが、立ったまま動かない。


「はは、死んでら」


 その言葉と同時に、四天王バーは倒れこんだ。

辺りを見渡すと、全ての四天王が息の根を止めていた。

 

 そして中央には、圧倒的な輝きと美しさと力を放っているマナリアが堂々と立っている。


「絶対に誰も殺させない。今度は、私がみんなを守るわ」


 その立ち姿、その言葉、その勇ましさ。


 まさしく、真の勇者。


 ロブは、どうにか仰向けになって、地べたに大の字にして寝転んだ。


「あーーーー、いきてるーーーー」


 その言葉を最後にロブは気を失ったのであった。


 ハッと目を覚ますと、ロブはまだ戦場だった場所で寝転んでいた。

 

「お、痛くない」

「あー、起きましたか? まったく、緊張感のない男ですね。あなたは」


 呆れながらも、嬉しそうに笑うカーン。

カーンもやはり死にたくないし、仲間を失いたくなかったのだろう。


 言葉は少々辛辣ながらも、安堵の籠った思いがひしひしと伝わるロブは照れくさそうに返す。

 

「無理言うなって、緊張の糸が切れたんだよ。つか、本当に死ぬところだったし」

「でしょうね、まったくあんな無茶をして。誰か1人でも死んだら、このパーティーは全滅だと言ったのは、あなたでしょうに」

「ははは、ごめんごめん、おっと」


 両手を広げると、柔らかい感触が手に当たったロブは、さっと手をどける。

ロブが隣を見ると、穏やかな顔ですやすや眠っているマナリアがいることに気がついた。


 マナリアを起こさないように、頬に触れるロブは、優しい笑顔でマナリアを見つめている。


「我らが英雄のマナリアも気を失ってるのか」

「ええ、急激に力を目覚めさせて、意識を保てなかったのでしょう。ロブの次に危なかったのは、マナリアでしたよ」

「そうだったのか」


 無理をさせて申し訳ない気持ちと、力を解放して自分たちを生き残らせてくれたマナリアに、ロブは心の中で感謝を伝える。


「つか、お前よくあの状態から回復したな」


 ピンピンとしているカーンを見て、今更ながら驚くロブに、くすくすとカーンは笑った。


「ふふ、気合いですよ。と言いたいところですが、私が信仰している我道様が、まだ見たいから力を貸してやると言って、回復させてくれたおかげですが」

「……戦闘中に助けて欲しかったな」


 苦笑いをしながら答えるロブに、カーンは淡々と告げる。


「手助けしてくれるような神様じゃありませんからね。今回も、全員が私の力で回復できるところを、早めてくださったのです。そもそも、全ての傷を癒したのは我道様ですからね。あなたも感謝してくださいよ」

「ありがたき幸せ」

「まったく、あなたらしいです」


 心のこもっていない言葉に、カーンはまた呆れた顔に戻った。


 カーンとの会話を終えて、ロブは辺りを見渡す。

ヴィラとナーテルの姿が見えないことを不思議がるロブは、カーンに2人の居場所を尋ねる。


「2人は?」

「ナーテルは水浴びに、ヴィラは夕食の調達です。街まで戻る気力が今日はないので、美しい夜空を見渡しながら野宿をすることに決まったので」

「なるほどな」

「ロブ!!」


 獲物を肩に担いで来たヴィラが姿を現した。

両腕も戻り、ピンピンとした様子を見たロブは安心しながらも、ロブの怒りを含んだ声に、ブルリと体が震えた。


「ありゃ……お怒りだ」

「しっかりと、お説教されてください」


 助けるつもりはないとカーンはそっぽを向いて、野宿の準備のためテントをいそいそと張っていく。

獲物を雑に置いたヴィラは、ずしずしとロブに近づく。

 

 ロブは思い体を起こして座ると、ヴィラに両肩を掴まれて、前後ろにブンブンと揺らされた。


「し、しぬー」

「お前、死ぬ気だったのか!?」


 熱の入った言葉に、ロブは目を逸らした。

本気で心配してくれる仲間に、照れくさい感情が湧いてきて、途端に恥ずかしくなったのだ。


 だが、ヴィラの言葉を否定しなければと思い、目を見てヴィラと話す。


「んなわけねぇって……ただ、咄嗟に体が動いたんだ。仲間が死ぬと思ったら、動いちまったんだよ」


 それは事実だ。

最前線のヴィラが死ねば、本当に終わると思ったからこそ、ロブは咄嗟に自ら犠牲にしてヴィラを救ってしまったのだ。


 己に使命があることすら忘れて。

それくらいロブにとって、今の仲間もまた、かけがえのない大切な存在へと変わっていた。


 ヴィラもそう言われると弱い。

なにせ、ヴィラもまた仲間を失うくらいなら自分が犠牲になる精神を持ち合わせていたから。


 でも、ここで注意しなければ、ロブはまた同じことを繰り返すと感じたヴィラは、悪いと思いつつも無茶な願いを言葉にする。


「2度と……、2度とあんなことはするな!」

「善処するって。まぁ、でも結果オーライだろ。 そもそも、ヴィラも同じだからな!! 自分を犠牲にしようとすんじゃねぇぞ!」

「ぬ」


 軽く答えるロブに、ヴィラはまたしても、どれだけ仲間が大切か熱意を伝えようとするも、ロブにも同じことを指摘されてたじろぐ。そこに、助け船を出したのがカーンだ。


「まあ、確かに結果オーライですね。三天王もとい、四天王を全員やりましたからね。残るは魔王ただ一人」

「うまくいけばいいけどな」

「なるようになりますよ。残り物には福がありますからね」

「そうだな。さてと、ちょっと抜けるぜ」


 気だるい体を無理やり起こして立ち上がるロブを、止めに入ろうとするヴィラ。

ヴィラはロブの体が満身創痍の状態を見ていたため、かなり心配している。


「あ、こら! 話はまだ」

「ドロン!」


 一言声を出すと、ロブはそのまま闇へと消えていく。

こうなると、ヴィラには手を出せないため、空を切った手を引っ込めた。


「ぬ……消えた」

「はは、してやられましたね。これではどこにいるか分かりません。さ、ご飯にしましょう。久しぶりに、あなたの美味しい男料理が食べたいですよ、私は」

「……説教は帰ってきてからでいいか」


 カーンに言われて、まんざらでもない気持ちになったヴィラは立ち上がり、料理の支度をしようとする。

そこで気が付いた。ヴィラの恋人、ナーテルがいないことに。


「ん? そういえば、ナーテルは?」


 カーンもまた不思議がる。ヴィラの後を追いかけてナーテルは森へと入ったので、追いついて一緒に行動していると思ったからだ。


「おや、一緒に水浴びに行ったのかと思いましたよ。 さっぱりしたいと言ってましたし」

「そうか。よし、夕食を作ろう。お前さんも手伝ってくれ、カーン」

「任せてください。女性にモテるため、日々料理スキルをあげているのです」


 モテても付き合う気がないのではと突っ込み待ちのカーンだが、ヴィラはそれを真に受けている。

ロブであれば、すぐに突っ込みを入れてくれるのだが、ヴィラはいささか鈍かった。


「ほう、そうだったか。では、期待している」

「ふふ、ええ。おっと、マナリアに敵がいたずらするといけませんね。防御魔法をかけておきましょう」


 突っ込まれないこともまた一興と、カーンは一人微笑みながら、マナリアの周りに結界を張った後で、ヴィラに付いていった。


9話目は、1月23日0時に投稿いたします。


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