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マナリアが出ていった扉を見つめるロブ以外の一同。
「さすがに酷でしたね。私もここまで話すつもりはありませんでした」
「しょうがないだろ。死ぬ物狂いで戦わないと、本当に死んじまうんだから」
ロブのいうことは最もだ。
でも、もっとやり方があったなとカーンは思う。
同じパーティーなのに、自分だけが溶け込めず仲間に入れない。
その空気が痛いほど分かるカーンは、後悔を口にする。
「にしても、マナリアが知らないところでやれば、アイタ!! なにするんですか、ロブ!」
カーンが口にした言葉を、ロブは頭を引っ叩いて止めた。
やれやれといった表情で、ロブは語り始める。
「馬鹿だな、カーン。それをやったら、本当にマナリアの心が壊れちまうよ。私は何も知らなかった。私だけ、辛い思いをしてないってよ。俺達は適応力が高すぎる変人の集まりだ。まともな思考回路は、どこかで捨ててきたはずだ。ヴィラは傭兵時代に死にかけてたときか、ナーテルは悪魔と体を共存させたときか、カーンは僧侶時代にたくさんの死に目を見たときか。まあ、詳しくは知らんが、そんな感じじゃないのか?」
ロブの推測が当たっているのか、3人は目を点にして口を開けた。
「ロブ坊、あなた、魔女より魔女してる自覚ある?」
「ああ? 大体わかるだろ、んなもん」
あっけらかんとするロブに対して、ヴィラがぼそっと呟く。
「……普通は分からないと思うぞ」
「私は先ほどの会話から推測されたのですかね。確かに私は大事な人を目の前で殺されました。それに、守れなかった命を何度後悔したか分かりません。なるほど、確かにマナリアにはないかもしれません。死という底知れぬ恐怖を身近に感じた経験が」
死。
それは誰しもに必ず起こる現象。
心臓が止まるか、頭と胴体を切り離されるか、戦いで死ぬか、毒や病気、寿命で死ぬか。
方法は色々あるが、確実に訪れるもの。
それが、死だ。
彼ら彼女は、死と隣り合わせた経験がいくつもある。
底知れぬ恐怖と絶望と、死にたくないという抗う気持ち。
死の恐ろしさを知って初めて、何をしてでも生き残るという思いが生まれるというものだと、経験者達は思う。
辛いから死にたい、不幸だから死にたい。
そうじゃない。
辛くても、不幸でも生き抜く。
あの恐怖を、味わいたくないから生きる。それだけだ。
「俺たちは死にかけた経験があるから、何をしても生にしがみつきたいっていう気持ちがある。だけど、マナリアにはない。ないわけじゃないけど、足りないんだ。なにせ、本物の死の恐怖を知らない。この前は確かに危なかったが、そこまでじゃなかったはずだろ、ナーテル」
「まったく、魔女の秘密を暴こうとするなんて、悪い子供ね坊やは」
まるで知っているかのような問いかけに、ナーテルは怪しげに笑う。
いつも気のいいお姉さんの雰囲気と話し方、表情を見せるナーテルが、初めて魔女の顔を見せた。
魔人との戦いでも、四天王の戦いでも、魔女の顔を見せなかったナーテル。
光以外の魔法を使える優秀な魔法使いの姉的な存在ではなく、彼女はどこまでも魔女と言われる存在だと知らしめるかのように。
そんな恐ろしげな表情を見せても、何事もなくナーテルを抱き寄せるヴィラに対して、ナーテルは甘える仕草を見せる。
「隠した力を持っているのは、ロブだけではなかったということか」
「そうね。でも、これは本当に使えないわ。私、魔族を殺すことは躊躇しないけど、あなたたちを殺したくないから」
悲しげな目に、カーンは度数の高い酒を飲みながら、笑う。
「秘密の多い女はいい女ですよ、ナーテル」
「ミステリアスって素敵でしょ?」
「……俺も好ましく思う」
「キャー」
またしても、話をすり替えたカーンに対して、ロブが呆れながら口を挟む。
「話それ過ぎ、戻すぞ。さっきも言ったが、マナリアにはそれがない。運悪く勇者になっただけの普通の女の子だ。死神の鎌が首にあたる感覚をしらない。そして、希望だった金髪兄ちゃんのパーティーも全滅。マナリアの力を100%引き出すのも俺たちの仕事だ」
ロブには、マナリアの力がまだ解放されていないと考えている。
歴代の勇者達の英雄譚で語られる勇者の圧倒的な力。それをマナリアはまだ解放していない。
今のマナリアになら、後衛のカーンでも勝てるとロブは思っているから。
実際に、人の潜在的な力を計れるナーテルもまた、マナリアの魔王を倒せるはずの力が目覚めていないと感じている。マナリアの中に眠る圧倒的な強者の力。魔女も恐れる勇者の力が、奥底で眠っていると確信している。
ナーテルがマナリアに付いていったのは、その力を見たかったから。
好奇心旺盛な彼女が、最初にマナリアを選んだ理由はそれだ。もっとも、今は仲間達を気に入っているので、絶対に死なせたくない気持ちもある。
だからこそ、仲間が生き残るための条件として、マナリアの力の解放が必須だった。
「問題はどうするか、よね」
「半殺しにするしかないか。 死線を何度か超えてから、俺も力を増していった。なら、マナリアに同じことをさせれば」
とんでもないことを言い出すヴィラに、ロブは待ったの声をかける。
「うーん、どうだろうな。俺たちがマナリアに何も言わず、マナリアを襲ったら、あいつは多分受け入れてそのまま殺されると思うぞ」
「なら、却下よ」
力の解放には、実際に死線を体験させるべきかと言ったヴィラと、仲間に襲われたマナリアは死を選ぶとロブ。マナリアが死ぬなら意味がないとナーテル。3人は、ない頭を必死に動かした。
そこにカツンと、酒のグラスを置く音が響く。
「……なにも今すぐ死神様の鎌を首に当てさせる必要はないでしょう」
「? どういうことだ」
「きっと、マナリアは今すぐにこんな戦いを止めてみんなと逃げ出したいはずです。でも、我々には逃げるという選択肢がない。なにせ、逃げればいずれ魔王に殺されると分かっているからです。あれだけ大々的に広められては、魔王も我々の人物像を知っていておかしくない。マナリア以外の私を含めた4人は、戦って勝つしか生き残る選択肢しかないと知っている」
黙って話を聞いていたロブが、納得した顔で口を開く。
「でも、マナリアはそうじゃない。マナリアの中には選択肢が二つある。戦って生き残るか、それとも、戦わず逃げて生き残るかの2択ってことか」
「そうです。選択肢があるからこそ、マナリアの中には、迷いが生まれる。その迷いを断ち切って、戦って勝つしか、生き残る道はないと教えてあげればいい」
「……それはかなり難しいように感じるが。マナリアは、俺たちがいるせいで戦っている。俺たち全員が死んで、マナリアだけが生き残れば、マナリアはきっと戦わずに逃げると思うが」
ヴィラは難しい顔で推測する。
今はまだ戦えているマナリアだが、マナリアだけが生き残った場合、マナリアはきっと逃げることを選ぶと、ヴィラはそう考えている。
決して、ヴィラがマナリアを批判しているわけではない。
ナーテルも、カーンも、ロブも、そしてヴィラの中でも、マナリアは勇者の称号を与えられただけの、普通の女の子だ。自分たちという枷のせいで、マナリアは戦わざるを得ない状況になっている。枷が無くなれば、本能的に逃げたくなるのが、人間という生き物だ。
圧倒的な強者を目の前にして、尻尾を巻いて逃げていく人間を、ヴィラは幾度となく見てきた。
ヴィラが思うに、マナリアはそういうタイプの人間だと思っている。今は、自分たちがいるせいで、マナリアが逃げられないだけで、自分たちが死ねば、マナリアは逃げると思うと考えている。
それで逃げ切れるのなら、ヴィラはそれでもいいと思っている。
マナリアには普通に幸せになってもらいたい。それは、今からでも決して遅くはないと思っているから。
ただ、魔王という不確定要素が存在している限り、最終的にマナリアは必ず殺されると考えている。
カーンの考えが分かったのか、ロブがカーンに質問する。
「あー、多分だけど、勇者の英雄譚にある話だよな、カーン?」
「英雄譚?」
英雄譚に関わってこなかったヴィラは、疑問の視線をカーンに向ける。
「そういうことです。勇者の英雄譚で、勇者が覚醒する時はいつだって、仲間の危機に反応しています。自分が殺されたら、他の仲間はどうなる? 私がやらないとみんな死ぬ、と言った具合にね」
「マナリアも同じということか」
「そういうことです」
ヴィラの言葉に、カーンも理解されて嬉しそうに頷く。
「要は、マナリアの力の解放条件もきっと、俺たちの誰かが死ぬと思わせることが必要ってことだよな? いまだにマナリアが覚醒できてないのは、俺たちも死にかけただけで、まだ戦えると、絶対に負けないっていう気持ちがあったから。マナリアも、本能的に察して覚醒しなかった」
話をまとめたロブに感謝しつつ、カーンは話を戻す。
「そういうことです。なので、今まで通り、残りの三天王と魔王を相手にすればいいのです」
「三天王って」
「あら、面白くていいじゃない」
カーンのギャグっぽい何かを拾うとロブは呆れた表情で、ナーテルはクスクスと笑った。
「ん? だが、具体案がでていない。結局、俺たちは何をすればいいんだ?」
ヴィラは具体案を望んだ。いつだって、作戦は必須だ。咄嗟の対応力は求められるが、概ねの作戦は決めておいた方がいいと考えるタイプなのだ。
マナリアを覚醒させるには、仲間に死の危機が訪れることが必須なのは分かった。
だが、そうさせるのに、どういった行動をするべきなのか、教えられていない。
「残り三人なのだからいいでしょう。そんなことよりも、方法は簡単だと思いませんか?」
「この4人の内の誰かが、次来る敵に殺されればいいってことだろ?」
「……殺されるのはダメだろ」
ロブの答えを、即座に否定するヴィラ。
確かに、全員で生き残る話をしているのに、誰かが死んでは、本末転倒である。
「ごめんごめん。要は、俺たちの誰かが魔人に殺されるとマナリアに思わせればいいんだって」
「かなり難しい話だな。下手をすれば、本当に死んでしまう」
「一ついいかしら?」
かなり危険な賭けに、ナーテルが手をあげて会話を止めた。
どうぞと、カーンはナーテルに質問の機会を与える。
「この作戦って、マナが覚醒する前提の話で進めてるわ。このままいけば、間違いなく誰か死ぬと思うけど」
ナーテルのいうことは最もだ。
仮に、マナリアに仲間が魔人の手で殺されかけるところを上手く偽装できたとしても、マナリアが覚醒しなければ、待っているのは誰かの死か、もしくは全滅だろう。
殺される瞬間をマナリアに見せるということは、実際に生きるか死ぬかの選択肢を、目の前に突きつけられるのだ。
たとえ、死を回避できたとしても、戦線復帰できぬほどの大怪我を負う可能性もでてくる。いつもの陣形を保てないマナリア達のパーティーは、あっという間に誰かしらが死ぬか、全滅待ったなしだ。
「人生賭けた大博打ってことよ。 それくらいやんなきゃ、覚醒しないだろって話。だからこそ、俺が殺されかける役目をやるよ」
危険なことをしようとしてるにも関わらず、ロブはいつも通りの軽口を叩く。それをやらせまいと、ヴィラがロブを睨んだ。
「いや、俺がやるべきだろ。ロブの力を借りるわけにもいかん。お前はまだ若い」
「あら、それなら私がやるべきよ」
「前線で戦うのは俺たちだ、ナーテル。俺たち2人のどちらかがやらねばならん。なら、俺が最も適している」
年齢のことをいうと、即座にナーテルが出てくる。
ヴィラは、前線での話だと、ナーテルに会話の余地を与えない。
危険なことは、自ら買って出る。
それが、傭兵で最も人望があり、最強の名を得たヴィラという漢だ。
「年齢は関係ないだろうが。俺が一番適任だって言ってんだ」
ロブは恐れていた。ヴィラも確かにやれないことはないが、仲間を必死で守るその姿は、あまりにも危険だし、ヴィラの中にはもう逃げるという選択肢がないから、死に急ぐ気がしたのだ。
「まあまあ、3人とも。それが本当に実行できるかなんて分かりませんよ?」
カーンはのんびりとした口調で言った。
四天王の中でも最弱と自ら誇らしげに散っていった魔人ゴー。
最弱の四天王に苦戦したのだ。次に来る四天王の1人に、やられない保証はない。
なにせ、相手も死ぬ気で生き残るために、戦いにくるのだ。
状況は同じである。
「それもそうか。今のままじゃ、全滅だったわ」
せっかく話がまとまったと思ったが、振り出しに戻された気分になるロブ。
「なるようになるわよ、きっと」
「ならなかったら?」
ナーテルは微笑みながら、ヴィラに全体重をのせて寄りかかった。
どこか投げやりで、でも諦めていない口ぶりのナーデルに、ロブは追撃する。
ロブの質問に対して、妖艶に笑うナーテル。
「みんなで死ぬしかないじゃない。それにほら、一人で死ぬのは怖いけど、みんなで死ねばきっと怖くないし、むしろ楽しいわよ。人類のためにここまでやったんだもの、神様も許してくれるでしょ。全員生存か、全滅するか。誰も残りものにならなきゃいいのよ」
「魔女らしい考え方ですね。ですが、それもまた一興」
「はは、確かにな。残りもの勇者パーティーには、相応しいな。俺たち全員、残りものだったわけだしよ」
生き残りはいらない。
生きるも、死ぬも、全員一緒に。
変わったもの同士の答えだが、それもまた、このパーティーらしいと笑った。
「素敵だ、ナーテ。今夜もいい夜にしよう」
「きゃー、ヴィーったら!」
「はいはい、ごちそうさまでした。んじゃ、俺は帰るわ」
そのまま帰ろうとするロブに対して、カーンはしっぽりと酒を飲み微笑みながら、ロブに投げかける。
「マナリアによろしくお伝えくださいね」
「……そこは、黙って見送れや」
「はっはっは、へらず口坊主ですから」
「偽坊主め」
坊主らしくない僧侶のカーンの言葉に対して、つまらなそうに答えるロブの反応に、カーンは満足そうに酒を楽しんだ。
6話目は、本日18時に投稿いたします。
しばらくお待ちください。