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短編/解説/調査相談(レファレンス)  作者: 門松一里


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エロイーズ・デュフール、ショーン・B・キャロル「消え去らぬ偉大な神話」(ネイチャー、2013年8月)

# 消え去らぬ偉大な神話


フランスの生化学者・細菌学者で、狂犬病ワクチンやコレラワクチンを発明したルイ・パスツール(Louis Pasteur, 1822年12月27日 - 1895年9月28日)には、〝消え去らぬ偉大な神話〟があります。


狂犬病ワクチンで助かった人が、パスツールの墓を守って自死したという神話です。


神話なので嘘ですが、どうしてそうした事実でないことが広まったのでしょうか。


Wikipedia に掲載されている資料を引用しましょう。

cf.

https://ja.wikipedia.org/wiki/Louis_Pasteur

“History: Great myths die hard”. Nature (2013年8月). 2025年8月3日閲覧

https://www.researchgate.net/publication/258056954_History_Great_myths_die_hard


---


## 歴史:消え去らぬ偉大な神話

エロイーズ・デュフール、ショーン・B・キャロル(訳:門松一里)


〝History: Great myths die hard〟

Héloïse D. Dufour and Sean B. Carroll


画像:ジョセフ・マイスター――狂犬病ワクチンを初めて接種された人物は、パリのパスツール研究所にいた。


### 消え去らぬ偉大な神話


ルイ・パスツールの狂犬病ワクチンにまつわる物語の一部が誤りであると判明したことを受けて、エロイーズ・デュフールとショーン・キャロルは、科学的寓話がどのように生まれ、広まり、そして消えていくのかを考察する。


---


ジョン・スノウによる1854年ロンドンのコレラ流行の終息、ジョセフ・リスターによる防腐外科の発展、アレクサンダー・フレミングによる抗生物質ペニシリンの発見――科学と医学の歴史は、このような英雄的な人物による偉業の物語に満ちている。


しかし、これらは神話である。現実に基づいてはいるものの、綿密な歴史研究によって、それらが決して正確とは言えないことが明らかにされている(1, 2)。そして、歴史家たちによってすでに暴かれているにもかかわらず、そうした寓話は生き続けている――書物の中で、テレビで、教室で、そしてオンライン上で。


私たちは、科学史におけるもう一つの物語――ルイ・パスツールの狂犬病ワクチンによって最初に命を救われた人物、ジョセフ・マイスターの英雄的な死――もまた神話であることを明らかにした。ここでは、マイスターの物語を分析することで、このような神話がいかにして生まれ、なぜそれほどまでにしぶとく生き残るのか、そしてそれを打ち砕くために何ができるのかを理解する。


#### マイスターはいかにして死んだのか


1885年7月、ジョセフ・マイスターという9歳のフランス人の少年が、狂犬病にかかった犬にひどく噛まれ、ほぼ確実な死に直面していた。ところが、幼いマイスターは医学史に名を刻むことになる。彼は、ルイ・パスツールの狂犬病ワクチンによって治療され、命を救われた最初の人間患者となったのである。


半世紀以上にわたり(3)、英語(4-6)およびフランス語(7)の双方で語られてきたこの物語は、劇的な結末を与えられてきた。1940年、命を救われてから55年後、マイスターはパリのパスツール研究所で門番として働いていた。物語によれば、その年の6月にドイツ軍がパリへ侵攻した際、兵士たちは研究所に押し入り、パスツールの墓への立ち入りを要求したという。そして、自らの命の恩人の安息の地をナチスに明け渡すくらいならと、64歳となっていたマイスターは自ら命を絶ったとされている。


2年前、生物学者ジャック・モノー(8)に関する著書のために占領下のパリでの生活を調査していた際、私たちはパスツール研究所の公文書館(9)で、ウジェーヌ・ヴォルマンによる同時代の記録(日記)に出会った。ヴォルマンは同研究所のバクテリオファージ研究室の責任者であり、施設内に居住していた人物で、その記述はマイスターの自殺について広く流布している説と真っ向から矛盾していた。この日記は、神話が形成される過程で、日付・手段・動機のそれぞれが改変されてきたことを明らかにしている。


広く繰り返されてきた物語では、マイスターはフランスにドイツ軍が侵攻した直後の6月14日(4)あるいは6月16日(5)に自殺したとされている。しかし、ドイツ軍がパリに進駐してから10日後の6月24日、ヴォルマンはこう記している――「今朝、マイスターが死亡しているのが発見された」と。しばしば、マイスターは拳銃で自らを撃ったと報じられているが(5, 6)、ヴォルマンは「彼はガスによって自殺した」と記している。また、いくつかの資料では、ナチスがパスツールの墓を冒涜するのに耐えられなかったために自殺したとされているが(3-7)、ヴォルマンはそのような出来事には一切言及していない。それどころか、彼はマイスターが「ひどく落ち込んでおり」、さらに「妻と子どもたちはすでに去っていた」と述べている(9)。彼らは他の何百万人もの人々と同様に、迫り来るドイツ軍から逃れるためパリを離れていたのである。


私たちは関心を強め、マイスターの死に関する公刊された記述(10, 11)に加え、パスツール研究所の公文書館および博物館に残されている複数の文書資料(12, 13)を精査した。さらに、マイスターの孫娘であるマリー=ジョゼ・ドゥムロンは、親切にも私たちのインタビューに応じてくれた。これらの資料を総合すると、ヴォルマンの記述が裏付けられるとともに、マイスターの自殺の動機についてもさらなる光が当てられる。どうやらマイスターは、自分の家族が敵の爆撃で死亡したと信じ込み、彼らを避難させたことに対する強い罪悪感に打ちのめされていたらしい(文献11、およびM=J・ドゥムロンへの個人的な聞き取りによる)。フランス崩壊の混乱の中では、愛する者たちからの消息を得ることはほとんど不可能であり、そのためマイスターは彼らが無事であることを知らなかった。実際には、彼の妻と娘たちは、彼が自ら命を絶ったまさにその日に帰宅していたのである。ヴォルマンが記しているように(9)、「人生には、驚くほど精妙な残酷さがある」。


家族を失ったと思い込み絶望した一人の男が、彼らが帰宅する数時間前にガスコンロを用いて自ら命を絶ったというこの物語は、悲劇的である。しかしそれは、侵略者に立ち向かった謙虚な奉仕者という神話とは大きくかけ離れている。私たちの資料によれば、真実が最初から覆い隠されていたわけではなかった(10, 11)。では、この神話はいかにして生まれたのだろうか?




#### 神話の形成


近年数十年にわたる多くの科学史家の研究から、神話形成の一定のパターンが浮かび上がってきているように見える(1, 2)。マイスターの物語のような例は、いくつかの事実に基づいてはいるものの、それらが「偉人」像に合うように、あるいはそれを作り出すために形作られていくのである。


たとえばフレミングは、確かにカビの抗菌作用をもつ物質を分離し、それにペニシリンと名付けた。しかし、14年後に人間に用いられる抗生物質としての薬剤の開発に彼自身が関わっていたわけではなく、さらにはその開発を担った科学者たちと接触していたわけでもなかった(1, 2)。この神話が形成される要因は比較的容易に見いだすことができる。ペニシリンの臨床試験が初めて成功裏に報告されたのは1941年、第二次世界大戦のさなかであり、感染した傷が甚大な死傷者を生み出していた時期であった。戦時下の新聞編集者たちが、読者を鼓舞し励ますために英雄的な物語を求めたのは当然のことである。そうした記事は、この奇跡の薬を、何年も前にフレミングが偶然発見した出来事にまで遡って語った――1944年6月12日付の『タイムズ』紙が述べたように、「我々が望まずして血なまぐさい戦争に投げ込まれたその時に……この最も強力な手段を与えられていたことは、天の配剤が我々に味方した結果であった」。同様に、マイスターの物語もまた、おそらく戦争の影響によって一部が歪められたのであろう。彼の自殺に関する英雄的なバージョンは、パスツールの伝説をいっそう装飾すると同時に、抵抗の物語としての役割も果たしている。


神話は繰り返されるうちに、次第に現実から乖離し、独自の生命を帯びるようになる。マイスターの物語にドイツ兵や地下納骨堂への立ち入りが関わるようになると(3)、自殺の日付はナチスがパリに到着した時期へとより近づけられていった。さらに彼は拳銃で自らを撃ったとされるようになり(6)、それも第一次世界大戦時のリボルバーを用いたと語られるようになった(5)。なかには、彼がナチスによって射殺されたとする記述さえ存在する(14)。


フレミングの伝説もまた、さらなる美化が試みられてきた。その一例として、フレミングが元イギリス首相ウィンストン・チャーチルの命を二度救ったという主張がある。子供のころ、フレミングは溺れかけていた幼いチャーチルを救い、さらに後年にはペニシリンで英国の指導者を治療したとされたのである。しかし、これらの主張はいずれも最終的には否定されている(nature.com/hfakhl, リンク切れ)。それにもかかわらず、真実が入手可能であるならば、なぜ作り話はいまだに広まり続けるのだろうか。


歴史家たちは、ある種の神話が繰り返し語られる主な理由は、それらが優れた物語の要素を備えているからであると、以前から認識してきた(1, 2)。しぶとく生き残る神話には、英雄と悪役が登場し、悲劇と勝利が描かれ、そしてクライマックスとなる行動や啓示が提示される。たとえば、スノウはロンドンのコレラ流行を地図化し、その原因を汚染された公共の給水ポンプに正しく帰属させた。しかし都合の悪いことに、彼がポンプの取っ手を外して流行を終息させたわけではない。その措置を取ったのは委員会であり、それも流行がすでに収まりつつあった後のことであった(1)。


「粘り強い神話には、英雄と悪役が登場し、悲劇と勝利が描かれる。」


神話はまた、主人公の称賛すべき特質を誇張する傾向がある。リスターは、敵対的な環境の中で科学的真理を守る風変わりなアウトサイダーとして描かれるが、実際には彼の石炭酸の使用は当時としてそれほど革命的なものではなかった(1)。また、パスツール研究所の多くの構成員がドイツ軍に対して抵抗を行ったのは事実であるが、マイスターの自殺が歴史に刻まれたのは、それがパスツールの卓越性の現れとして描かれたからであった。


神話はまた、著者が一次資料や二次資料ではなく、相互に参照し合う既存の著作群に依拠する場合にも増幅されていく。同じ物語の同一のバージョンに繰り返し触れるほど、人はそれを真実として受け入れやすくなる。この現象は、現在ではインターネットによってさらに強められている。では、私たちはどのようにして本当の物語へとたどり着くことができるのだろうか? そして、それを行うことにはどのような重要性があるのだろうか?




#### 神話の解体


科学に関する神話は有害である。それらは、研究者を非凡な存在として描き、迅速かつ直線的に壮大な進歩を成し遂げるかのように見せることで、科学の歴史とその過程を歪めてしまう。こうした物語は、科学の進展の速度やその複雑さに対する一般の人々や学生の理解に、とりわけ深刻な悪影響を及ぼす。たとえば、フレミングの神話は、医学的に実用可能な薬を生み出すために必要とされる膨大な時間、労力、そして追加のデータを無視している。そして、実在の偉人たちに架空の業績を帰することによって、どの学生も到底到達できないようなスーパーヒーロー像を作り上げてしまうのである。


語り手――すなわちジャーナリスト、作家、映画制作者、科学者、教育者――は、情報源に関して常に注意深くある必要がある。言うまでもなく、一次資料や、十分に裏付けられた二次資料が最も望ましい。しかしながら、はるか過去の出来事に関する事実を探ることは困難で時間のかかる作業であり、広く繰り返されてきた説をそのまま受け入れてしまいたくなる誘惑があることも、私たちは認めざるを得ない。実際、ヴォルマンの日記が発見されていなければ、著者の一人(S.B.C.)もまた、マイスター神話を広めてしまうところであった。それでもなお、少なくとも私たちが歴史を脚色してしまいがちな傾向を自覚していれば、確かな証拠もなくそれをそのまま繰り返すことを控える助けにはなるだろう(1, 2)。


もう一つの重要な手段は、いったん神話が打ち破られたならば、その真実がきちんと広く知られるようにすることである。この取り組みにおいて、インターネットは利点でもあり、同時に欠点でもある。マイスターの事例では、神話が雪だるま式に膨らみ、ついには明らかに偽物である「同時代の新聞記事」までもがオンライン上で広く目に触れるようになり、時には正当な資料として引用されている(nature.com/wqo2z6, リンク切れ)。


しかし、この力は有利に活用することもできる。たとえば Wikipedia は、広く参照されることの多い初期情報源であり、主として一次資料および二次資料の利用を促している。したがって、神話の解体に取り組む者は、自らの研究成果、とりわけその情報源が、この百科事典において適切に参照されるようにするべきである。さらに、 Google Books のようなツールを用いれば、膨大な出版文献を精査することも可能である。実際、このような調査によって、ある読者がフレミングとチャーチルに関する神話を暴いたのである。


神話は、優れた物語を求める私たちの欲求を満たすがゆえに生まれる。しかし、それを取り除くための強力な方法は、同じく満足感を与える事実によって虚構を置き換えることである。ジョセフ・マイスターの場合、家族の身を案じて絶望し、彼らが帰宅する24時間も前に自ら命を絶ったという事実は、十分に胸を打つ物語である。しかし、それがもはやパスツールの伝説を輝かせるものではない以上、今後の科学伝記作家たちがマイスターの死を同じように広く語り継ぐかどうかは、まだ分からない。


**Héloïse D. Dufour and Sean B. Carroll**

are at the Howard Hughes Medical Institute,

University of Wisconsin–Madison,

1525 Linden Drive, Madison, Wisconsin 53706, USA.

e-mail: [deleted]


1. Waller, J. Fabulous Science: Fact and Fiction in the History of Scientific Discovery (Oxford Univ. Press, 2004).

2. Allchin, D. Sci. Educ. 87, 329–351 (2003).

3. Dubos, R. Louis Pasteur: Free Lance of Science (Little, Brown, 1950).

4. Faunce, T. A. Pilgrims in Medicine: Conscience, Legalism and Human Rights (Martinus Nijhoff, 2004).

5. FitzGerald, J. What Disturbs Our Blood: A Son’s Quest to Redeem the Past (Vintage Canada, 2010).

6. Gapp, M. Chemical Heritage 19, 18–19 (2001).

7. Deville, P. Peste et Cholera (Seuil, 2012).

8. Carroll, S. B. Brave Genius: A Scientist, A Philosopher, and their Daring Adventures from the French Resistance to the Nobel Prize (Crown, 2013).

9. ‘Journal d’Eugene Wollman’, Pasteur Institute Archives, fond Eugene Wollman, cote WLL1.A.1.

10. Journal des débats politiques et littéraires 152, 2 (16–17 August 1940).

11. Vet. Med. 35, 5538 (1940).

12. ‘Mort de Joseph Meister’, note by Marneffe, H., Pasteur Institute Archives, fond Hubert Marnette, cote MRF. ARC.13 (copy by H. Marneffe of notes taken by Noel Bernard).

13. ‘A propos du suicide de Joseph Meister’, note by Perrot, A., Museum of the Pasteur Institute.

14. Magill, F. N. Masterplots II (Salem Press, 1993).




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