小説『ヒトノカタチ「人形」』(1)
ヒトノカタチ「人形」(1)
そこに何かあるとすればあるのだろう。それが目に見えないものであっても。見えているからと言ってあるとは言えない。ありはしない。それが現実だ。此の世。現身。空蝉。
いま座り考えてみれば寂しかったのかも知れない。空蝉だ。中身がありはしないのだから。そもそもが、それだ。ヒトノカタチ。人形。
少し語ろう。
私は生まれた時から哲学者だった。それは今でも変わりはしない。私がいなくなっても、それは変わりはしない。
そして、毎日考えている。これは今もそうだ。そして私がいなくなれば、もう私は考えなくても済む。とても合理的だ。死後も考えるなど、気が知れない。それで終わり。それから先はありはしない。
気づけば、それがいた。
人形だ。女のカタチをした。ヒトノカタチをした人形。美しい人形。
美の基準はどこにある。古代には美しさは真実と善といっしょだった。美しいものが正しいものか。真実なものか。美しさは清らかであると共に、妖しくなくてはならない。
その美しさが、それにはあった。
それに魂魄を入れるのは簡単だ。その名を呼べば良いだけだ。名は、そのカタチを定義し、中身を入れる事になる。
美しかった。妖しかった。触れるのを躊躇させる淫靡な背徳の心があった。
人形に心が。心はどこにでもある。己が、心にすれば、それが移る。映る。
長い時間がそこにはあった。私はまだそれに触れていなかった。
緩やかな仄かな香りが漂っていた。それの香りだった。私は躊躇い、そして触れた。
柔らかな指先がひんやりと頬に触れた。
私は、それに心を移してしまった。あるいは、それが欲したのか。
しかしまだその名を呼んでいない。魂魄は、まだだ。
愛があった。それが愛と言えるのか。この私でも解りはしない。しかし、あったのだ。愛の証明を確かめるような無粋な真似はしない。哲学者が言うのだ。愛だ。
それは私の手を借りて立ち上がり、また、眠った。私も眠った。
暫くすると、それは、一人で動くようになった。愛の勝利だ。それが愛と言えるのなら。あるいは私の見間違いでなければ、だが。
それが最初に開いた口は、「欲しい」を言葉にした。本当にそう言ったのか、私は自信がない。私の脳裏に直接語ったからだ。
欲望は人の証だ。
しかしまだ人形だった。魂魄はまだ。
美しさは人を変える。私は変わった。それに合わせて、服を縫い、着せた。丁寧な縫製を彼女はいたく気に入ったようだ。
……彼女……。まだ人形だ。私は自分でそう言い聞かせた。人形を愛するなど……。それもまた人生か……。
強い陰鬱な心根を残し、私は抱き抱かれ、その名を呼んだ。
最初の女。「イブ」と。




