小説『事件の印象』-2
小説『事件の印象』-2
事件は解決したが、被害は続いている。
亡くなられた方のご冥福を祈るとともに、みなさまのご健康を祈ります。
【Caution!】
※この小説は虚構 (フィクション) であり、実在の登場人物・組織・団体などとは一切関係ありません。
〈前回〉『事件の印象-1』小説
〈松本サリン事件〉1994年 (平成6年) 6月27日
https://note.com/ichirikadomatsu/n/ndcd7c33f3d9c
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〈地下鉄サリン事件 (地下鉄駅構内毒物使用多数殺人事件) 〉1995年 (平成7年) 3月20日
私がテロ対策を話しても妻は信用しなかった。いちおう著名な短大は出ているが、普通の主婦がそこまで考えられるかと言えば無理だった。
妻の妹も「可能性はあるけれど」と否定的だった。妹の夫も同じ「そこまで考える必要はないでしょう」という意見だった。
誰もが身近にテロを感じていなかった。感じていないからこそ力説した——してしまった。
妻の両親にも私は危険性を述べたが、義母は私を気狂い (原文ママ) 扱いした。
悪意の想像力がない人は、愚者である。
(カサンドラだな。)
私は、トロイの予言者のようだった。
カサンドラはギリシア神話のトロイ王女だ。カサンドラは太陽神アポロンに愛され予言の力をえるが、その予言はアポロンがカサンドラを捨てる未来だった。捨てられることを恐れたカサンドラはアポロンの愛を拒絶するが、アポロンは「カサンドラの予言を誰も信じないように」と呪いをかけてしまった。トロイの木馬を運び込めば破滅すると予言したが、誰も信じなかった。
(次に何かあれば壊れるな……。)
私は妻や子を (私なりに) 愛していたが、妻はそうでもないようだった。何かがおかしかったが、それが何かを表現することができなかった。
結果的には別れてからそれが何か気づくのだが、若く人に甘い私には想像できなかった。
一方で、私の父や母や妹は素直に対策を聞いていた。単純に賢いのだろう。幸せがすぐに壊れることを知っているのだ。
*
地下鉄サリン事件は、身近なテロだった。方法は真似され、アメリカ同時多発テロ事件 (The September 11 attacks, 9/11) に続く。
「バカが……」
妻は絶句していた。本当に起こるとは思っていなかったらしい。現実の恐怖はそうしたものだ。
※The Phantom Menace
「それにしても被害が少なすぎる」
「こんなにたくさん被害にあっているのよ!」
地下鉄サリン事件の死亡者は14人。負傷者は約6,300人。
「予想と桁が違う」
「何を言っているのよ!」
妻はパニックになってしまった。こうなるともう何を言ってもムダだった。落ち着くまで待つしかない。
寝かせたあと、一人でビールを飲んだ。
「あまりに稚拙すぎる。軍隊ではない素人」
正直、犯人が何をしたいのか理解できなかった。
NSDAPが製造していたほどの兵器にしては、規模が小さすぎるのだ。
別に私は大量虐殺者ではないし、そうしたことも望んでいない。しかし、思考は最悪のことまで考えるものだ。
「もしかしたら……」
情報が届いていないだけで、実際はテロが進行しているのではないのか。
出席していない人間は手をあげることができない。情報がないところが、一番重篤なのだ。それは1月17日の阪神・淡路大震災で社会が学んだことだった。
繰り返すが、犯人が何をしたいのか理解できなかった。
頭と金と時間がある前提の無差別大量殺人なら、他を選ぶ。わざわざ毒ガスなんて使わない。日本国を滅亡させる目的ならより洗練された方法がある。
犯人像は高度の知性がありながら間抜けで、計画性がありながら完遂できない未熟者。金と時間と施設がある。
そこまで考えて、かなり安心した。情報がすべて流れていないと気づいたからだ。日本の警察は優秀だ。
翌朝、私は妻に「警察は何らかの情報を得ているはずだ」と話して安心させた。
「どうしてそんなことが分かるのよ?」
「違和感だよ。その違和感を説明できないけれど」
結果的には、警察組織は阪神・淡路大震災の情報から教訓をえたのだろう。冬の試練は春の花を彩る。
「私はあなたが恐いわ」
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〈日本国を滅亡させる方法〉#blackjoke




