第31話:ついに旦那さまとご対面……?
徹夜明けで朝ごはんを食べた後、仮眠を取った私は、眠い目を擦りながらベッドから起き上がった。
湯浴みしたとはいえ、一晩中リクさんと魔法を使っていたため、まだ体が重い。でも、冷たい雨に打たれても風邪を引かなかったし、無事に薬草を守れて本当によかったと思う。
ただ、急に服を汚してしまうと、着替えが用意できないわけであって……。
「奥方、今日は替えの服がない。少し大きめの服でもいい?」
「全然大丈夫ですよ。ふぁ~……」
都合よく予備の服が乾いているはずもないので、今日は嫁いできた時に用意してもらっていた、サイズが合わない服を着ることになった。
早速、マノンさんに手伝ってもらいながら、おしゃれなワンピースを着せてもらう。
「奥方、脱いだ服はもらう。着る服はこれ。はい、バンザイ」
いつもはまったりとした雰囲気で着替えるのだが、今日のマノンさんは様子がおかしい。
気合いが入っているというか、軽快な動きをしているというか。妙にテキパキと動いてくれている。
一応、昨晩のことで心配させないようにと、薬草菜園を守っていたことは伝えていない。嵐で汚れたわけではなく、水溜まりに転んで濡れたと言っておいた。
深く追及されなかったから、気づかれていない……と思う。
そんなことを考えている間に着替えが終わり、私は貴族令嬢っぽいワンピース姿になった。
以前着た時のように、肩紐がズリ落ちてくることはない。
「思ったよりもピッタリサイズ」
「ちょっと太りましたからね。今後はもう少し気を付けた方がいいかもしれません」
鏡に映る自分を見ても、随分と健康的になったと自覚する。
痩せこけていた頬がふっくらとして、顔色もいい。こんなにも可愛い服を着せてもらうと、まるで王都に住む貴族令嬢みたいだった。
自意識過剰かなと思う反面、公爵家という高い身分の一員になったんだから、これくらいの気持ちでいるべきだと思う。
本当はもっとアクセサリーを身に付けて、貴族らしさを表に出すべきなのだが……。
旦那さまは好みはどうなんだろう。今度、リクさんに詳しく教えてもらおう。
いや、思い切って旦那さまに会わせてもらえないか、お願いしてみようかな。せっかく家族として迎え入れてもらっているのに、顔も合わせてもらえないのは悲しいから。
こういうのはタイミングが大事だけど……、と考えていると、マノンさんに服を軽く引っ張られる。
「奥方、今日は屋敷で過ごしてもらう」
「あれ? 野菜畑に行かないんですか?」
「嵐が過ぎたばかりで、まだ山道が危ない。あと、その服は普通の布」
なるほど。魔物の素材を使った服ではない限り、街の外には出してもらえないみたいだ。体に疲労もたまっているし、今日は大人しくしておいた方がいいかもしれない。
本音を言えば、できるだけ早く野菜畑の様子は見に行きたいけど、さすがに自重しよう。
無事に嵐を乗り切ったばかりで、街にいろいろ被害が出ている以上、騎士団も忙しいはず。
我が儘を言って困らせるわけにはいかないし、スイート野菜もあれだけ成長していたら、枯れる心配はないだろう。
「じゃあ、今から薬草菜園だけでも見に行こうかなー」
「うん、わかった」
そう言ったマノンさんが近づいてくると、なぜか私の手を取り、優しく握ってきた。
「ちゃんとした服がないから、屋敷でも護衛する」
妙にギラギラしているマノンさんの瞳を見て、なんとなく察してしまう。
これ、私が嵐の中で過ごしていたの、完全にバレてるよね。専属侍女であるはずのマノンさんを野菜畑に追いやったから、拗ねているんじゃないかな。
私としては、嵐の被害に巻き込まれないようにと、雨が弱いうちに野菜畑に行ってもらったつもりだ。もし彼女が屋敷にいたら、外で一緒に薬草を守ろうとしてくれたはずだから。
徹夜コース確定の嵐だったし、幼いマノンさんに無理強いはさせられない思っていたんだけど……。
「奥方、今日は護衛する」
マノンさんが許してくれるかは、別の話である。
どうやらライオンのプライドが刺激されて、ご機嫌斜めになってしまったみたいだ。機嫌が直るまでは、彼女の言うことを聞いておこう。
「潔く護衛されます」
「うん。それでいい」
絶対に傍にいる、と言わんばかりのマノンさんにしっかりと手を握られ、薬草菜園に向かう。
そこにたどり着くと、珍しくリクさんが一人で薬草を眺めていた。
「どうかされましたか?」
「いや、本当に薬草が金色に輝くとは思わなくてな」
「そういえば、前にも似たようなことを言ってましたよね。薬草が本来の姿に近づいている、とかなんとか」
あれはまだ、スイート野菜を作り始める前のこと。薬草から魔力が溢れ出る光景を眺めていた時に、リクさんが教えてくれたのだ。
ヒールライトは金色に輝く薬草と言われている、と。
ただ、リクさんも詳しくはないみたいで、感傷に浸るように薬草を見つめている。
「正直に言うと、半信半疑だったんだ。まさかこんな風に薬草が育つとは思わなかった」
「それは栽培している私が一番思っていることですよ。本当はこんなにも幻想的な薬草だったんだなって」
太陽の明るい日差しに照らされ、一段と輝きを増す薬草は、とても神々しい植物にしか見える。
それはもう、自分が育てたとは思えないくらいに。
「もしおばあちゃんが生きていれば、薬草が変わり始めた理由を教えてもらえたのになー……」
しかし、どうしてこうなったのかわからない。薬草が輝きを取り戻した理由が知りたくても、教えてくれる人はいなかった。
頼みの綱があるとすれば、私の旦那さまこと、マーベリックさまが何か知っている可能性があるだけなんだけど……。
そう思っていると、神妙な面持ちをしたリクさんと目が合った。
「いつか話さなければならないと思っていたんだが、良い機会だ。レーネには、ベールヌイ家の秘密を伝えておきたい」
「ベールヌイ家の、秘密を……?」
そんな大切な話をどうしてリクさんが知っているんだろう。普通は料理人が語るようなものではないはずなのに。
ハッ! こ、これは、ま、まま、ま、まさか……!
ついに旦那さまと顔合わせする機会が訪れたのではないだろうか!
「奥方、もっとリラックスした方がいい」
こ、これは絶対にそう! 緊張した顔では旦那さまに嫌われてしまうと、マノンさんが言ってくれている!
お、落ち着け、私。偶然にも、今日はおしゃれなワンピースを着せてもらっているし、まだ旦那さまに会うと決まったわけではない。
「もっと早く伝えようか迷っていたんだが、薬草がどうなるかわからない以上、後回しにした方がいいと思ってな」
しかーし! 確定と言わんばかりに話が進んでいく。
これは誰がどう聞いても、旦那さまが病に蝕まれていたとしか思えない!
万能薬と呼ばれる薬草、ヒールライトが本来の姿になったいま、ついに旦那さまと面会する権利を得たんだろう。
だから、私も心に決めなければ。化け物公爵と呼ばれる旦那さまの姿を見ても、決して怯えぬ強い心を持つことを!
人は見た目ではない。私は旦那さまの優しい心が好きなのだから、絶対に愛し続ける自信がある!
いざ! 決戦の時……!!
「わかりました。それで、旦那さまはどちらにいらっしゃるんですか?」
「……ん?」
「……んん?」
緊迫した空気がバリーンッ! と砕け散り、二人がキョトンッとした顔で眺めてくる。
「ん?」
それを見た私も、思わずキョトンッとしてしまった。
今の話の流れはこういうことでしたよね? と思っていると、マノンさんがリクさんの方を指で差す。
「ここにいる」
「えっ! ど、どこですか!!」
唐突に対面することが決まり、リクさんの後ろをチラッチラッと確認。しかし、そこには誰もいない。
マノンさんが指を差す方向には、リクさんしかいない……というより、リクさんを差しているように見える。
いや、彼は料理人ですよね。なーんて思いつつも、妙にリクさんと視線が重なるわけであって……。
「ベールヌイ家の当主、マーベリック・ベールヌイは俺だ。ちゃんと自己紹介はしたはずだが」
「リクさんが、マーベリックさま。……えっ! リクさんって、あだ名!?」
じゃあ、私の旦那さまって……リクさんってコトッ!?
「えええええええええええええええっ!」





