メインシナリオ#8 西川うららとご対面
ごちそうさまでした、と手を合わせ、未果と協力して皿洗いを追えた黎太は、千代から色々と貰っていた。
「はい、黎太君。これがミッション報酬
天結晶とラビリンスコインだよ」
「ありがとうございます」
天結晶は、青いアメ玉のような形をしている。ラビリンスコインは、五円玉を青くして『LC』と彫ったような見目だ。
未果も実物を見るのは初めてなのか、物珍しそうに覗き込んできた。
「へえ~。なかなか綺麗ですね
これでラビリンスアイテムと交換できるんですよね」
「そう。まあそれだけじゃ足らないだろうけど
なにが何枚で交換できるか見てきたらどうかな?
ラビリンスに潜る目標にもなるだろうし」
「そうですね。ちょっと行ってみたいです。未果は?」
「じゃあ一緒に行こうかな
ついでに文房具も買いに行きたいし」
千代は嬉しそうに大きく頷くと、なにかを思い出したように手を叩いた。
「そうだ! うららちゃんも誘ってあげてよ
新しいノート買いに行きたいって今朝言ってたし」
もしかすると、一緒に暮らす間柄として、早く仲良くなってほしいという千代からの気遣いなのかもしれない。
そうでなくても、うららは黎太が初めてガチャで引いたキャラクターでもあるのだ。どんなキャラなのか――どんな人なのか、興味があった。
そんなわけで、声をかけに階段を上る。
個室にはそれぞれ鍵がかかっているが、そうでなくてもノックするのは礼儀だろう。
「西川先輩、おはようございます。小路黎太ですけど」
声をかけても返事がない。未果がドアノブを握ってみると、鍵がかかっていないようでドアは簡単に開いた。
「あの~、西川先輩~。
空埜未果です。入りますよ~…?」
「ちょ、おい未果、勝手に入っちゃ」
うららの部屋は黎太の部屋と同じ間取り。しかし大きな本棚は黎太の部屋にはないもので、少女漫画や小説がたくさん並べられていた。部屋の奥にある学習机では、黒いジャージ姿のうららがノートパソコンを広げて熱心にキーボードを叩いている。
うららは、さらさらとした髪がなびく勢いで振り返り、眼鏡の奥の丸い瞳を大きく広げた。
「ひゃあ!? わ、空埜さん!? 小路君まで!?」
小鳥のように美しくも、慌ただしい声だ。ばたばたばたんっ! と止まらない物音は、ノートパソコンを閉じる音だけでなく、大学ノートや参考書らしき本を片付ける音でもある。
「す、すみません!
ノックしてもお返事なかったもので」
「い、いえいえっ!
こっちこそ気づけなくてごめんなさい
それで、なにか用ですか…?」
恥じらっている姿を見ていると、黎太まで居たたまれなくなってくる。廊下で待っておけばよかったと思いつつ、黎太はさっそく本題を告げた。
「いえ、俺たちこれから出かけるんですけど
西川先輩も買うものがあると聞いたので…
よかったら一緒に行きませんか?」
「あ、ああ…そういうことでしたか
でも、ついて行っていいんですか?
その…二人の邪魔になるのでは」
眼鏡の位置を賢そうに直しながら、やけに最後の一言だけハキハキと言ってくる。すかさず、未果は顔を真っ赤にして否定した。
「なっ、なりませんっ!」
実際、未果は黎太の中身が異次元の存在だと知っている。もしも黎太が二次元と三次元の画面を超えた入れ替わりをしていなければ、リアクションも違ったのだろうか。
「じゃ、じゃあわたしも一緒に行こうかな…
準備ができたらすぐに出る感じです?」
「そのつもりです
アイテムショップにも行きたいので
午後の方がいいですか?」
「いえ
すぐ準備するので、リビングで待っていてください」
黎太は一旦自身の――厳密にはソシャゲ版黎太の――部屋に戻り、所有物を確認した。
紺色のウエストポーチの中にあった財布には、高校生としては充分に過ごせる日本円が入っており、今日の買い物に支障はなさそうだ。
ソシャゲ版黎太のスマホも調べてみたが、もちろん〝雲海のラビリンス〟はインストールされていなかった。さらにいえば、ソシャゲに類するものが一つも入っていない。
ネットに繋ぐと、架空の――それでいてどこか聞き覚えのある有名そうな――ソシャゲタイトルがずらりと並んでいるので、これはソシャゲ版黎太がソシャゲに興味がない、ということなのだろう。
そんなことはさておき、リビングへ。未果とうららの準備も整い、三人は街へと繰り出した。
* * *
車の方が自転車より多く行き来する大通り。うららの着ているひらひらと揺れる淡い水色のワンピースは、とても落ち着いた雰囲気で彼女によく似合っている。
「千葉市って、区ごとに特色があるんです
わたしたちの暮らす地域は文教地区といって
教育に関する施設に力を入れているんですよ」
「へぇー。ものしりなんですね
…埼玉にもそういうのあるのかな」
「いえいえ、それほどでも…って、埼玉?
お友達でもいらっしゃるんですか?」
疑問符が見てとれそうなほどに、純粋な疑問に満ちた首の傾げ方をされ、黎太は、やべ、と背筋を冷やした。
ソシャゲの外からやってきた黎太は埼玉県民だが、ソシャゲの中で生きてきた黎太は生まれも育ちも千葉県という設定である。
「いや、なんとなく…あはは
それより、アイテム交換所ってあとどれくらいです」
か? が言えずに余計に焦る。しかしうららは言及することなく、千葉中央駅の真上ですよ、と教えてくれた。
未果がはらはらした様子で会話を繋ぐ中、黎太はカタカナを発言する時は特に気をつけよう、と意識を改める。
「千葉中央駅がラビリンスポート直結駅なのは
お二人もご存じの通りだと思いますが…」
この世界では常識なのだろう、未果が当然のごとく頷いて返す。黎太は、こっちの世界では疑問に思うことすら非常識であろう「ラビリンスポートってなんですか」をなんとか堪えつつ、耳を傾けた。
「複数路線が乗り入れるターミナル駅で
かつラビリンスポート直結駅も兼ねているのは
意外にも日本だとここだけなんです」
ここで未果が「それは知りませんでした」と返すものだから、本来の黎太がどこまで知っていることなのかなんてもうわかりっこない。黎太は内心の嘆きを隠しつつ、うららの博学さへの感心を態度に出す。
「俺も知らなかったです
西川先輩って、駅が好きなんですか?」
「駅が好きというか…調べ物が趣味みたいな感じです
興味のないジャンルはとことん知らないんですけど」
たはは、と気恥ずかしそうに、うららが頬をかく。対して、黎太は相槌を打ちながらも、内心この調子、と自分を鼓舞していた。
うららに関する話題なら、黎太の言葉数が多くなることはないはずだ。それに、世界が違うことによる常識のズレも露呈しないはず。
となれば、字数制限ケアレスミスも、口を滑らせるトラップも回避できる。
――今はとにかく、喋ることそのものに慣れなければ。