メインシナリオ#60 黒幕確定
翌朝。
さすがに昨日あんなことがあったばかりで一人で帰路に着かせたくないと言い張る千代に対し、冥菜はもう大丈夫ですからと遠慮する。それからあーでもないこーでもないと二転三転しているところに大あくびをしながら黎太が起きてきたこともあって、黎太が冥菜を送り届けるという折衷案に落ち着いた。
「昨日は騒がせちゃって悪かったわね」
「いや、なにはともあれ無事でよかったよ」
二人きりだから、冥菜とため口で話しても問題ない。冥菜も冥菜で、肩肘を張る必要がない。歩道を並んで歩く二人は、久しぶりに精神的な開放感を覚えていた。
「で、昨日は小路君以外にも人がいたから
聞けなかったけど――あなたのとこの校長先生
いったい本当は何者なわけ?」
細めた目で見つめられ、気を抜いていた黎太はぎょっとしてのけぞる。
「な、何者っていうと」
「前にあなたが言ったんじゃない…
他の世界から来た人を見かけたら教えてくれって」
このタイミングでその話題、ということは。
「じゃあまさか、あの駿河源助っていう校長先生が
俺と同じく別世界から来た人間だっていうのか!?」
血相を変えて冥菜に詰め寄る。冥菜は少しだけあごを引いて「顔が近いわ」と文句をつけるも、咳払いして答えた。
「ええ、そうよ…。ただし、あなたと違って
得体の知れない禍々しいオーラだったけどね
悪霊なんかよりよっぽど危険な気配がしたから…!」
冥菜の身体は小さく震えていた。昨晩、未果たちと一緒にいる間はすっかりいつもの調子を取り戻したかのように見えたが、どうやら演技だったようだ。
「悪霊なんかよりって言われても…別に、人間だろ?
そりゃこの世界、魔法はあたりまえに使えるけど
そのあたりの法整備や防犯措置は整ってるし――」
人の放った魔力は、血液や指紋のように個人を特定できる。そして物体や液体に付着した場合には長期間残留するのだ。無風なら空気中にもしばらく魔力の残滓が残るとのこと。
そして、魔力を用いた犯罪を防止するべく、国内には防犯カメラのように魔力検知機が至る所に設置されている。防犯カメラと違うのは、全方位に広範囲に検知できるという点だ。
だから魔力を用いた犯罪はすぐに感知&記録され、そのまま個人の特定に繋がる。従って、ラビリンスの外で魔力を悪用する知能犯はまずいない。
駿河源助には校長先生という表向きの肩書きがあるから、その地位を守るためにも、魔法でなにか仕掛けてくることはないだろう。
「――でもそれは魔力の話でしょ!?
もしあたしの霊視能力と同じで、あの男も
得体の知れない超能力が使えたらどうするのよ!」
青ざめた顔で、しかしものすごい剣幕で冥菜が迫ってくる。黎太は気圧されながらも笑いかけて、落ち着くように促した。
「お、おいおい、落ち着けって…
人通りが少ないとはいえ
誰が聞いてるかもわからないんだぞ」
「そうね、取り乱したことは謝るわ…」
幸い、周囲に人はいなかった。冥菜は荒く息を吐く。
「まあなんだ、悲観しててもしょうがないさ
うまく関わらないようにしていけばいいって」
そう黎太なりに励ましの言葉をかけたものの、冥菜の表情が和らぐ様子はない。
「…どうしてあたし
こんな眼を持って生まれてきちゃったのかしら」
「…辛いのか?」
おそるおそる尋ねると、冥菜は自嘲気味に鼻で笑う。
「あたりまえでしょ。人に知られればおかしな人扱い
家じゃ完全に神の使い扱いよ
実際、神様のパシリにされてるわけだし」
あなたを尾行したことだってそうだったじゃない、と、昏い笑顔を足下に向けたまま、冥菜の足が止まる。
「おまけに浮遊霊に絡まれるわ、悪霊に狙われるわで
ろくに落ち着けやしないのよ? それどころか
昨日なんてあんな不気味なオーラを見ちゃったし」
閉じた瞳から、透明な雫が滲み出た。ぎゅっと握った拳は震え、腕に、肩に、伝わっていく。
「もう散々よ…こんな眼さえなければ
あんなに怖い思い、しないで済んだのに…!」
黎太は、咄嗟に冥菜の手を握った。驚いて顔を上げる冥菜と目を合わせ、真剣に告げる。
「じゃあその眼、俺に譲ってくれないか
元の世界に戻るために、どうしても必要なんだ」
「は…っ? あなた、な、なにを言って…」
いきなりの猟奇的な発言を聞いて、冥菜はおもわずたじろいだ。
黎太はすぐに明るく笑う。
「はは、冗談だって。なに本気にしてるんだよ」
「…冗談になってないわよ」
冥菜の表情から強ばりが抜けた気がして、黎太は自分でもよくわからないおかしさに吹き出した。
クツクツと笑う黎太だったが、ギロリと冥菜に睨まれる。
「なによ。人をからかってそんなに楽しい?」
「いや、悪い悪い…なんかさ
千代さんはもしかして、ここまでわかってて
俺に本条を送らせたんだろうなって思ってさ」
誰より子供っぽく振る舞っている千代だが、あれで不思議と頼りがいがあるのだ。きっと、冥菜が苦しい気持ちを我慢していることも見抜いていたのだろう。
冥菜が、肩を竦めてフッと微笑む。
「…だとしたら、敵わないわね」
だな、と黎太も笑った。そして、パン、と音を立てて手を合わせ、冥菜に頭を下げる。
「なあ、本条。その眼で苦労してるって知って
こんなことを頼むのもなんなんだけど…
また今度、クエスト手伝ってくれないか?」
「ずいぶん大仰な言い草ね。――さては
気晴らしの場でも作ってやろうってことかしら?」
見抜かれたか、と頭を上げづらくなった黎太に、してやったりと冥菜が笑う。
「そうね、せっかくのお誘いだし、受けてあげる
でもいいの? そんなに他の女の子に優しくして
空埜さん怒らせちゃうんじゃない?」
「む、なんでそこでアイツが出てくるんだよ?」
たしかに元の世界で〝雲海のラビリンス〟について知った時、黎太と未果は幼馴染という設定だった。
しかし未果にとっての今の黎太は、幼馴染の身体を乗っ取った異世界人なのだ。
ゲームシステムの都合上、ADVパートで好感度を稼いでしまっている自覚はあるが……それでも、まさか恋心を抱いているほどではないと、黎太自身は考えている。
「そう…まあいいわ。とにかく
その件についてはあたしたちだけの秘密ね」
冥菜の眼差しはどこか冷ややかだった。
「ああ、助かる」
そうして話しているうちに、少しは気が紛れいったようだ。冥菜の表情が、だんだん柔らかくなっていく。
しかし、冥菜が霊視能力で苦しんでいることを解決してやれたわけではない。
早く元気づけてやりたいと、黎太は未果とうららにメッセージを送るのだった。




