メインシナリオ#58 不審者
千代の車の中。
なんとか保護することができた冥菜は、虚ろな目をして後部座席の中央に座っていた。右に未果、左にうららが座り、冥菜の肩や手に触れて寄り添っている。
近くの自動販売機に行っていた黎太が戻ってきて、助手席からペットボトルを伸ばした。
「本条先輩、お茶買ってきましたけど…
大丈夫ですか?」
「ありがとう…ええ、もう大丈夫です」
黎太以外にも人がいるからか、冥菜の態度は他人行儀なものだった。
冥菜がお茶を一口飲むのを見届けて、運転席に座っていた千代がカーナビを現在地に戻す。
「さて、改めまして。あたしは柳千代
柳ハウスっていう学生寮の寮母やってるの
うららちゃんたちの保護者みたいなものかな」
にこりと千代が微笑む。冥菜はゆっくりとお辞儀した。
「私立山藤女子高等学園二年の本条冥菜です
大騒がせしてしまってすみません」
「んにゃあ、とりあえず怪我とかなくてよかったよ
お話できるなら、なにがあったか聞いてもいい?」
「はい…。えっと、どこから話せばいいのか…」
「ゆっくりで大丈夫だよ。無理しないで
話したくないことまで話さなくっていいから」
両手でペットボトルを包むように握って、冥菜は目を伏せた。少しして、顔を上げる。
「さっき、たまたま探している人を見かけて
後を追いかけていたんです」
「探している人?」
千代が首を傾げる。黎太も、そこは話しかけるじゃないのか、と細かいニュアンスの違いを気にかけていると、冥菜がそこを補強した。
「あたしの友達が探しているって人で…
名前はたしか…土御門影明という――」
それを聞いた瞬間、黎太と千代が同時に目を丸くした。
「土御門…!?」
「影明…!?」
「黎太? 千代さん?
どうしたんですか、二人揃って…?」
運転席と助手席がまったく同じリアクションを見せたからか、後部座席の女子三人は不思議そうにきょとんと首を傾げる。
黎太はその名前に心当たりがあったのだ。
うららや冥菜と同じ、選べる☆5キャラの一人、土御門ナナ。ホームページにあるナナの『夢や目標』の欄には、『行方不明になった親戚を探すこと』と書かれていた。
アニメでは冥菜と同じ制服を着ていて、年齢も同じ。同じ学校で同じ学年なら、冥菜と交友関係があってもおかしくない。学校の一致、名字の一致。ナナの探している親戚についてはノーヒントだが、ここはあくまでもゲームの世界だ。ここまでくれば、冥菜とナナが友人で、ナナの探している親戚が影明という男性であると仮定してよいだろう。
ただ、黎太には、千代が驚く理由がわからなかった。アニメ世界線ならまだしも、黎太のソシャゲアカウント世界線において千代とナナの接点はないはずだからだ。
黎太が無言で千代の様子を窺うと、千代もまた、じっと黎太を見つめていた。
「黎太君はなんで――と、そんなことより!
冥菜ちゃんって言ったね、そいつどこにいた!?」
千代の様子が豹変する。切羽詰まった様子で、ずい、と小柄な身体を大きく捻って冥菜に迫る。
「えっと、ボウリング場の駐車場で――」
「すぐそこの!? まじか、ちょっと寄るよ!
皆シートベルトちゃんと――」
早口でそう言いながら、千代は運転席に座り直してサイドブレーキを引き――そんな千代を止めるように、冥菜が大きい声を出した。
「――やめてくださいッ!」
空気が張り詰めて、静まりかえった車内に、震える冥菜の声が溶けていく。
「話はここからです。ボウリング場の駐車場で
土御門さんは、もう一人の男性と会っていました」
「もう一人の男性…? どんなやつ?」
「名前はわかりません。黒い車に乗っていて
六十代くらいの顔立ちの、体格の大きい人でした…」
「六十代くらいの男…ねぇ…いったい誰だ…?」
千代は腕を組んで唸る。眉間にしわを寄せてフロントガラスを睨みつけるように目を細める横顔は、別人ではないかと思うほどに怖い。
その恐ろしさに事情を聞く勇気が出ず、黎太は息を呑む。
千代の怖い顔を見ていない冥菜は、そのまま事情の説明を続けた。
「とにかく、その人と目があっちゃって
そしたらクラクションを鳴らされたんです
それであたし、怖くなって逃げて…小路君に電話を」
千代は肩の力を抜いて、顔の険しさを消す。いつもの親しみやすい雰囲気に戻ると、再び冥菜の方を向いた。
「そっか。それは怖かったね…
ごめん、深追いはやめるよ」
「助かります」
「ううん。代わりといっちゃなんだけど
あたしさ、警察に知り合いがいるんだ
よかったら、会ってもらいたいんだけど、いい?」
「今すぐでよければ、いいですよ?」
「こんな時間だし、もちろん明日以降で大丈夫だよ
冥菜ちゃんだってお家に帰らないとでしょ…
――って、あれ? 今すぐがいいの?」
聞き間違いに気づいた千代が首を傾げる。冥菜は視線を泳がせて、小さく頷いた。
「その…仕事の都合で、両親今晩いないんです
家はあたし一人になっちゃうから…その…」
言葉尻を濁す冥菜の心境を推し量った黎太が言う。
「ま、こんなことがあって家で一人は怖いですよね」
黎太としては親切のつもりで代わりに言ったつもりなのだが、お節介だったらしい。かっ、と顔を赤くした冥菜にギロリと睨まれた。
「べ、別に怖いってわけじゃ――!」
きゅるるる、と冥菜の腹の虫が鳴り、さらに冥菜が真っ赤になった。あまりのタイミングの良さに千代も笑う。
「あは、とりあえず帰ろうか!
冥菜ちゃん、今日は家に泊まりな? ご飯もあるよ」
「え、でも、ご迷惑じゃ」
「そんなの気にしなくていいよぉ
学生寮だし、子供百十番の家でもあるんだからっ」
えっへん! と胸を張る千代が誰より子供っぽい、と苦笑しつつ、黎太も冥菜に頷いてみせる。
「わ、わかりました……じゃあ、お言葉に甘えて」
「んっ! 落ち着いたら親御さんに電話させてね
娘さん一晩預かりますって伝えとかないとだから」
千代はギアをドライブにチェンジして、車を走らせた。
お待たせしました……! 次回は年明け、お正月休みが終わったあたりにはアップできるように頑張ります。




