メインシナリオ#42 花園のプチラビリンス
「わあー! 綺麗な花畑~!」
ラビリンスポートで瞬間移動すると、そこには未果が感激の声を上げるのも納得の光景が広がっていた。
赤、オレンジ、青、黄、紫……色鮮やかな花たちが、遙か遠く、見渡すかぎりに広がっているのだ。なにより、ほのかな土の香りの中に、心安らぐ蜜の香りが混じっている。
「これはもう、綺麗を越えて幻想的と言っても
過言ではありませんね…!」
うららもいつもより高めのテンションで一歩踏み出す。いったい誰が管理しているのか、この花畑にはまるで通路のように除草された土の道が伸びていて、適度に広場のような開けた場所や、枝分かれするように分岐していくポイントもあった。
女子二人が花畑に見惚れる一方、黎太は一人、正面遠くへ焦点を投げていた。
「俺はあの樹が気になりますよ
…あの上に行けたりするんですかね?」
黎太が注目しているのは、遠くにそびえる巨大な樹だ。
神々しさすらある焦げ茶色の幹は高層ビルのように垂直に上へ伸びて、円卓のような平たい枝葉を、分厚く、大きく、広げている。
黎太たちのいる位置から巨木までの距離は、何百メートルも離れているように思えた。
それでもなお、はっきりと存在がわかるのだから、近づけばもっと太く、立派に見えることだろう。
「あれがこのプチラビリンスの中心地
〝核樹〟と呼ばれているものらしいです」
さすがはうらら、物知りだ。
「ここからでは遠くてさすがに見えないようですが
幹を螺旋階段のように登れる足場があって
あの上に登ることもできるようですよ?」
「本当ですか!」
「ただ、そこにはこのプチラビリンスの主
プラントフラウンというボスクリーチャーがいる
とも書かれています。強くはないそうですが」
ふぅむ、と黎太は唸って考えはじめた。
クエストの依頼人は〝花を摘んでいたら奇襲を受けた〟という書き方をしていた。奇襲、つまり予期せぬ戦闘なわけだから、ボス戦ではないだろう。
それに、奇襲を受けて敵の正体も見ていないとなると一撃で倒された可能性が高い。
ラビリンスに入れるのは、大前提としてクラスライセンスを所有している者だけであり、かつ最低でもシャドウ込みで三人いなければならない。それで正体がわからない以上、全体攻撃でユニット全員が一撃で屠られたか、あるいは睡眠、混乱などの意識が奪われる状態異常をかけられてから自然治癒する前にHPがゼロになったか……。
少なくとも、この部屋の脅威はプラントフラウンというボスクリーチャーだけではないのだろう。
「なるほど…じゃあ、あの大きく広がった枝葉の上が
ボス部屋、もとい戦闘フィールドなわけですね
タンコブザメのボス部屋より全然広そうですけど」
「タンコブザメのボス部屋は体育館程度でしたが
対して、あの樹上は直径百メートルくらいですから
…学校の敷地全体より少し小さい程度ですかね」
未果も感嘆の息を吐いた。
「それでもそれくらいなんですね…
なんだかもっと広く思えます」
「ま、雲海のラビリンスは、事実上洞窟みたいに常に
壁と天井があったからなぁ…
その点こっちは地平線まで花畑だ。開放感が違うぜ」
言いながら、このプチラビリンスはどこまで広がっているのだろうか、という疑問に直面する。
終わりが見えないのだ。山なり人里なり、遠くにあってもいいだろうに。
もっとも、訊くまでもなくうららが説明してくれた。
「核樹の及ぼすラビリンスの魔力範囲は、おおよそ
半径一キロメートルだそうです。残念ながら
それより外側は、魔力境界面の見せる幻ですよ」
「魔力境界面…?
つまり、魔力的に空間に仕切りがあると?」
「ええ。魔力を可視化できる手段があれば
まるで星空に包まれているように見えるそうですよ
もっとも、核樹の上限定でのことだそうですが」
つまりは、まっすぐ突っきれば端から約二キロで、反対側の端に辿り着くわけだ。
巨大な核樹とおよそ百ヘクタールもの――視覚的には無限に広がる花畑。そりゃあ絶景百選にも選ばれるというものだろう。
「ラビリンスで咲いているってことは、これ全部
魔力で育つ魔系植物ってことかぁ…
どれどれ、私も摘ませてもらおうかな」
未果が膝を合わせてしゃがみ込んだのを見て、黎太は素早くうららとアイコンタクト。
クエスト通りなら、この未果の行動がユニットを全滅させるトリガーとなり得る……が、未果が一輪の赤い花を摘んでも、なにか黎太たちの周囲で異変が起きた様子はなく、うららが慎重に辺りを見渡す。
「…クリーチャーはおろか、なにも起きませんね」
「依頼人は趣味とも書いていましたから
花を摘むこと自体は日常的にしていると思われます
よほどの低確率、ないし他にも条件があるのかも」
黎太がそう予想を口にすると、うららは難しそうに眉根を下げた。
「これはミステリー小説さながらの面倒くささが
ありそうですよ…?」
「まあ、簡単に解ける謎なら、依頼人だって
報酬払ってまでクエスト発注しませんよ」
だからこそ、探索に役立つスキルを持つレンジャークラスの仲間が欲しい――脳裏にこのあいだ未果が引き当てた☆5冥菜のカードを思い出していると、突如未果の鋭い声が黎太の意識を引き上げた。
「黎太! 西川先輩! 警戒態勢ッ」
土の小道を歩いていた黎太たちに向かって、遠くから花畑を突っ切ってくる獣の影。すかさず黎太がスマホをかざすと、クリーチャーを解析するアプリが敵の素性を解析した。
「ハチカイコグマ! レベル二十、火属性ッ!
…二十!?」
レベルの高さにスマホを二度見。ちなみに現在、黎太のレベルは十三。うららと未果が十八だ。
その間にもみるみる接近してきたその獣は、体長一メートルほどの小熊だった。熊というより、毛むくじゃらな塊といったほうがいいかもしれない。茶色の体毛はカチカチと固そうで毛量が多く、まるまるとした頭部すら体毛に隠されている。まるで頭から毛布にくるまっているかのようなボリューム感。四肢は太く、爪は鋭く長い。
――そんな敵の容姿を見て、未果とうららは表情を蕩けさせていた。
「蜂蜜食べたすぎて養蜂を始める熊さん
…なんか可愛いっ」
「うぐっ、わたしたちこんなに可愛いクリーチャーと
戦わないといけないんですかっ!?」
「ちょっと女子二人!?
そういう油断が今回みたいなクエストに
繋がるかもしれないんだぞ!?」
「もう、わかってるって!」
黎太の注意で未果は気を持ち直し、魔力弾を発射。
ぐもう、と保護欲をかき立てる悲鳴を上げて、ハチカイコグマが花畑に倒れる。
瞬間、耳に届いたのは、風を切る低い羽音。そしてうららのひっくり返った悲鳴。
「ひぁ――!? っつぅ……ッ!」
「西川先輩!? うわ、でかっ!?」
見れば、うららの周囲に人の頭ほどはある蜂が二匹、飛び交っていた。
恐怖心を押し殺して魔力弾を放つも、やつらは素早く、攻撃があたらない。
黎太は魔力を全身に纏わせて、うららに駆け寄った。
スマホを構えると、レンズがミツバチにしては巨大なクリーチャーを捉える。
「オオミツバチ…! 二匹とも水属性レベル十九!
西川先輩、刺されました?」
「ええ…ですが大丈夫です。クリーチャーは魔法生物
たとえ毒があったとしても、状態異常の毒なら
わたしの回復スキルで治せますから…!」
「ですけど先輩、素早くて小さい敵は厄介ですよ
大振りな攻撃や点での遠距離攻撃は当たらない…!」
言っている間にも一匹が突撃してきて、黎太は相打ち覚悟で拳を振るう。先月のタイムアタックイベントでシャドウの琴音がやっていたことの見様見真似だ。
纏わせた魔力は固く実体化し、見事にオオミツバチを殴り飛ばした!
すかさず魔力弾で追撃すると、これも命中。未果のスキルB「もう一歩踏み込みたい」の高火力攻撃で追撃したこともあって、苦戦せずに倒すことができた。
「よしっ…!」
「二匹追加です、小路君!」
「なっ」
振り向けば、うららの言うとおりオオミツバチが増えている。
これはもしかすると、と、黎太は構わず未果を探した。
未果はハチカイコグマから距離を取りつつ魔力弾を浴びせており、既に黎太たちから大きく距離を取っている。
「未果ー! 全体攻撃頼む~!」
「はーい!」
未果は、全属性に対して高倍率を叩き出す陰属性。そのスキルA『スキップしたい気分』は、敵全体に対してダメージを与える全体攻撃だ。さらに、クリティカルを出しやすいという特徴もある。
ダメージを蓄積しておいたことが功を奏し、ハチカイコグマも含めてオオミツバチの群れを一掃した。
「はぁー…。こうも広々としたエリアだと
無尽蔵に敵クリーチャーが涌いて出てくるな…」
「こういう時に、敵を一手に引きつけられる
ブロッカークラスのメンバーがいると
戦闘がぐっと楽になるんでしょうね…」
いつもとは違うラビリンスの環境に振り回されながら、黎太たちは少しずつ奥へと進んでいった。




