メインシナリオ#5 黎太と未果の叶えたい願い
「別世界の地球じゃ、私たちがソシャゲに、かぁ
なるほどねぇ…」
腕を組んで唸る未果は、意外にもすんなりと状況を理解してくれているようだと、黎太には見えた。
「俺が言うのも変な話だけど…信じてくれるのか?」
「信じるってわけじゃないけど…
非科学的ってだけで否定はできない、が正しいかな」
未果は力なく笑って、二方向あるカーテンの片方を開けた。
窓の向こうには、朝の晴れ空と、ゲームの舞台となっている千葉県千葉市の街並みが広がっている。太陽は見当たらず、目に見える建物の影の向きからみて、この部屋は南と西に窓を面しているらしい。
千葉県と言っても、ここはあくまでゲームの架空世界だ。ディズ○ーランドという遊園地があるべきところにディズミーランドという遊園地があり、セブン○レブンというコンビニがあるべき位置にはムゲンイレブンというコンビニが店を構えている――そういう世界観設定のソシャゲ世界だ。
「否定はできない…?」
「ラビリンスは、あらゆる願いを叶えてくれる
たとえ、どんな願いでも」
未果の口から真剣な声音で語られたその文言は、公式ホームページにも書かれていた文章だった。CMでも男性のナレーションで流れていたし、宣伝の時は必ずといっていい頻度で出てくる文言だ。
「逆に言えば、なにが起きてもおかしくないんだよ」
「本当に、なんでもありってことかよ…!」
理不尽だ、という嘆きと同時に、光明を見いだして、黎太の口端がつり上がる。対して、未果は不服そうに首を傾げた。
「でも、誰がどんな願いをすれば、
黎太と別世界の黎太が入れ替わることになるんだろ」
「さあ、そのあたりはまったく想像つかないな
でも…わかりやすくていいじゃんか」
「え?」
未果の両目が丸くなる。その視線は、窓の外を見つめる黎太の横顔に釘付けになった。
微塵も悲観した様子のない――それどころか、やる気に満ちあふれた熱を瞳に讃え、黎太は架空の千葉市を見つめながら訊く。
「要するに、ラビリンスに叶えてもらえばいいわけだ
俺を元の世界に戻してくれ、ってな。違うか?」
「…………」
返事がなくて、未果に目を向ける。未果からの熱い視線に気づいて、だからこそ返事が来ないことを怪訝に思う。
「空埜さん?」
「え!? あ、いや、そうだね!
その通りだと思う! うん!」
未果は、なぜか顔を真っ赤にして早口になっていた。
「なんでそんなに動揺するんだよ…
ラビリンスで願いを叶えるって、そんなに難しいの」
声が詰まる。『か?』が言えなかった。黎太的には、伝えたいことをできる限り短く端的にまとめているつもりなのだが、まだまだ慣れが必要みたいだ。
「それはそうだよ
世界中にラビリンスはいくつもあるけど
一つとして、その全容は解明されていないんだ」
「つまり…どうやって願いを叶えるのかが
わからないってことか」
「うん。だからこそ、たくさんの人たちが
ラビリンスに挑もうとするんだけどね」
そう語る、未果の顔に影が差す。
黎太は、公式ホームページのキャラクター紹介ページを思い出していた。
選べる☆5のキャラクターたち五人に加えて、未果のプロフィールも掲載されていたのだ。
趣味や特技はもちろん、誕生日から血液型、果ては胸のカップまで明記されていたが、今思い出すべきは『夢や目標』の欄である。
「そういえば、空埜さんの夢って
ラビリンスの謎を解き明かすこと…だったよな」
それどころか、ゲームをスタートすれば『雲海のラビリンス! ラビリンスの謎を解き明かそう!』というボイスがあるほどである。その気持ちは相当に強いはずだ。
「その動機って、聞いてもいいのか?」
すると、未果は失望したように瞳から光を消した。
「まさか忘れたの…?」
「公式サイトにはそこまで詳しく書いてなかったんだ」
「…これは本当に、別世界の黎太なんだね」
外見がこっちの世界の黎太のままだからか、未果もまだ突然の異常事態に適応できていないようだ。
それはともかく、動機を知らないだけで黎太の中身が入れ替わったことを信じるくらいの内容だというのだろう。自然と黎太は息を呑む。
「私のお母さんは、大学の准教授だったんだ
ラビリンス研究の最先端に立っていたんだけど…
研究のためにラビリンスに潜って…死んじゃったの」
俯きながらも浮かべる微笑は、昏い。
そんな重い設定が、と言ってしまいそうになる口を押さえて、黎太はなんとか相槌を打つ。
「そう、だったのか…
じゃあ、俺たちで解き明かさないと、だな」
瞬間、未果の顔がパッと上がった。なにに驚いたのかはわからないが、黎太は思ったことを口にする。
「なに驚いた顔してるんだよ
お母さんの無念、俺たちで晴らしてやろうぜ」
「…う、うん。でも、そうじゃなくて
本当に…私の知っている黎太じゃないの?」
ついさっき信じてもらえたと思ったが、どうやらまた嘘疑惑が上がったらしい。荒唐無稽な話だから、仕方はないが。
「いや、本人だったらこんな質問しないだろ」
「そ、そうだよね…
言っていることが昔とそっくりだったから、つい」
「へえ。こっちの世界の俺、性格は似てるのか…?」
「ふふ、さあどうでしょう
それこそ、公式サイトに載ってなかったの?」
からかうように指摘されて、そういえば、と思い返してみる。
元々ユーザーの分身となるキャラクターで、かつアニメのために名前がつけられただけなものなのだろう、これといった性格やプロフィールは明記されていなかったはずだ。
黎太はアニメ第一話をしっかり見ていたが、主人公の割に驚くほど影が薄いと感じていた。冒頭から終始、選べる☆5ヒロインたち五名に振り回されっぱなしで、主人公の個性を描写したシーンはなかった。そういう意味では、面倒見がよく世話を焼くのを楽しんでいるのだろう、とも推測できる。
「驚くほどに没個性的だったなぁ
空埜さんのことなら
身長や体重まで載ってたのに…」
「は?」
やべ、と思った時にはもう遅い。
未果の放つ極寒の威圧感が、六畳一間の黎太の部屋をみるみると冷やしていく。