アザーシナリオ#2 東中イレブン結成!
その日、午後の授業の一枠を使って、部活動紹介が行われた。サッカー部も正式に部として存在しているようで、ちゃんとアピールタイムはあった。
この一週間は新入生部活動見学期間となり、新入生は一人一日二カ所以上、部活動を見学して回らなければならない。
ただし、入部先が決まっている生徒は話が別だ。ここで、偶然とはいえ面倒ごとを回避できたのはよかったな、と思うのが黎太である。
「ハイ注目~。この美少女敏腕マネージャー恵美様が、見事に初日から一年生を二人も捕まえてきました~。拍手ー」
校庭にぽつんと置かれた、全校集会の時に教師陣が乗る朝礼台。まるで自分が校長先生だと――それどころかこの世を統べる女王だといわんばかりに腕を組んで、真っ赤なジャージ姿の恵美がグラウンドに体育座りさせた九人の男子たちを見下している。
赤か青のジャージを着た九人の男子の先輩たちは、逆らえないといった様子で、しかし気のない拍手を送っている。
そんな彼女の偉大なる後ろ姿を見つめながら、黎太は淡々とツッコミを入れた。
「自分で美少女って言うんですね……」
瞬間、グラウンドに座っていた九人の男子たちがスタンディングオベーション!
「よく言った名も知らぬ新入生! この女尊男卑な社会に革命を!」
「ちょっと遥人! あんたら男子九人もいて女子あたし一人の極小サッカー部になにが女尊男卑な社会よ! だいたい君も人の冗談にマジレスしないの!」
恵美が睨みながらも腕を掴んできて、朝礼台の中央に立たされる。
「はい自己紹介!」
「は、はい! えっと、一年一組の小路黎太です。みなさんみたいに上手くなりたいです。よろしくお願いします!」
体育会系の部活に入部したとは思えない覇気のなさだが、それでも最後は勢いよく挨拶し、しっかり腰を折った。瞬間、九人の男子の先輩たちが湧き上がる!
「男子としてよろしくな!」「あたしをはぶるな!」「一緒に女帝を倒そう!」「誰が女帝よ!」「目指せ圧政からの解放!」「誰も恐怖政治なんて敷いてないじゃない!」「一緒に自由を勝ち取りに行こう!」
「あんたたちサッカーの話をしなさいよォォォォ!」
ぜぇ、ぜぇ、とツッコミ疲れた恵美が、それでもと司会進行を努めて黎太ともう一人の一年男子を入れ替える。
硬そうな黒髪はとげとげしていて、おまけに目つきまで鋭い。背丈こそ黎太より少し低い百五十センチくらいだが、刃が怪しく閃く銀のナイフのような少年だった。
「オレは、一年二組の瀬戸内神賀です。ウイング少年サッカークラブでフォワードやってました。よろしくお願いします」
「経験者か、頼もしいな!」「フォワードって右? 左? ……左利きっぽいな」「そうなん? そしたら僕がミッドフィルダーに下がるわ」「じゃあ小路君を右側に入れてフォローしよう」
さすがにサッカー少年の集まりだけあって、経験者が来たとなればさっそくサッカーの話題になるようだ。
しかしなにか思うところがあるのか、神賀は遠慮がちに手を上げて物申そうとしている――が、誰も気づきそうにない。
「くぉーらあんたたち! 瀬戸内君がなんか言いたそうにしてるでしょーが!」
「すみませんっしたぁーっ!」
恵美の一声でずらりと綺麗に土下座で並ぶ先輩たち。いくらなんでも脅えすぎではあるまいか。
フン、と荒い鼻息を鳴らす恵美に引いた視線を向けてから、神賀は男子の先輩たちに向かっていった。
「あの、歓迎してくれるのは嬉しいのですが、オレ、入部するつもりは……」
「ないの?」
ここで恵美が男子より先に反応するあたり、なるほどこの部のヒエラルキーの頂点に彼女が立つのは必然だといえる。
真剣な恵美の眼差しは鋭く、男子の先輩方の脅え具合から見ても下手に刃向かえばなにをされるかわかったものではないだろう。黎太はハラハラしながら見守った。
「その、申し訳ないんですが、オレ、隣町の……」
「サッカークラブね。なるほど、そりゃそうだ」
恵美は、うんうん、と腕を組んで頷いてから、挑発的な笑みを浮かべた。
「でも、今決めるのは早計なんじゃない?」
「どういうことです?」
「そら、今朝までのあたしなら、君を試合に出してあげられないから引き留めなかったわ。でも、そこにいる小路君は入部してくれるって言ってくれたの。瀬戸内君が入ってくれるなら十一人揃って、ウチも試合に出られる。わざわざ隣町に行かなくたって、高い会費を払わなくたって、サッカーができる環境になるのよ? ここでもいいんじゃない?」
「な、もう入部を決めた……?」
神賀が黎太に意外そうな視線を向けてきて、黎太はぎこちない苦笑を返した。
「いや、俺初心者だからさ……あんまりクラブチームと部活動の違いもわからないし」
「ああ……そういうことか」
神賀は小さく溜息をついて、落胆したように目を閉じた。
「すみませんが、先輩。オレは」
「だーかーらー。なにも見ないうちに決めるなって言ってんでしょーが。別にみんなの実力を見たら最後、絶対に入らないといけないってわけじゃないのよ?」
「でも、所詮このサッカー部なんて隣町のクラブに比べたら」
「――あ゛?」
ビリッ――まるで空気に電気が流れたように、その場にいた全員が痙攣する。それほどの威圧感が、恵美から発されたのだ。
「今、所詮っつったか」
神賀が咄嗟に頭を下げて、言い方が悪かったですと謝罪した。
黎太も神賀を救うべく、先輩たちに助けを請おうと手を挙げて……神賀以上に青ざめて震えている先輩たちを見て、為す術がねぇと手を下ろした。
「悪かったわねェ、トレーニング環境が劣ってて。でもあたし優しく言ったわよねェ、別に見てから決めてもいいんだよって。……あんたたちも聞いてたでしょ?」
恵美が脅える男子たちに同意を求める。しかし、もはや頷くことすら不可能なほどに、彼らは凍えていた。
それでもただ一人、今朝トリックプレーを決めていた――そして先ほど遥人と呼ばれていた赤ジャージの先輩が、勇気を振り絞って答える。
「いや恵美おまえ、言い方は優しくなかっただろ。挑発的だっただろ」
「今論点そこじゃねーんだわ」
「ひぃぃすみませんでした!」
怖ぇぇぇ! とはいえトリックプレー先輩はもうちょっと頑張ってください……! ――黎太は内心泣きながら、怒りの収まらない恵美となんとか立ち向かう神賀を見ていることしかできない。
「こうしない? 瀬戸内君がウチの誰かと一対一で試合する。で、瀬戸内君が勝ったら今週の部活動見学、各日一枠分ウチのハンコ押してあげるわ。ウチの顧問、今年から赴任してきたんだけどね、サッカー詳しくないからって部の運営はあたし任せなの」
顧問が名ばかり……これはいよいよ恵美の独裁政治じゃないか――と黎太が震える中、神賀はあごを引いて質問する。
「オレが負けたら、強制入部……ですか?」
「話が早いじゃない。そうね、一対一だからコートは半面。キーパーをこの中から選ぶと不公平に見えるから、キーパーはなし。そのかわりシュートを打っていいのはペナルティエリア内だけ。三点先取で勝利。他に質問は?」
「ボールがコートの外に出たらどうしますか」
「そのラインから相手のドリブルでスタート。あ、対戦相手は好きに選んでいいわよ。ただし、小路君はなしね」
「相手は誰でも構いません」
「そう? せっかくあたしを選べる余地を残してあげたのに」
「サッカーの大会で相手は選べませんから」
恵美は一瞬目を丸くして、嬉しそうに口角を上げた。
「気に入った。じゃあそうね、小路君」
突然名前を呼ばれて、黎太は文字通り飛び跳ねた。
「はい!? え、俺がやるんですか!? 負けますよ!?」
「アハハ! 違うわよ、話聞いてたでしょーに。瀬戸内君と戦う人を君が選んでってこと。フフ、面白い子ね」
びっくりした、と胸を押さえて動悸を沈めつつ、黎太は名前も知らない先輩たちに目を向ける。そしてすぐに、トリックプレーの得意な先輩と目を合わせた。
「じゃあそちらの……名字がわからな……トリックプレー先輩で」
「あらま。九分の一のキャプテン引き当てちゃったわこの子」
「キャプテンだったんですか!?」
「そうよ? ついでに名字も大当たり。そいつのフルネームはトリックプレー遥人」
「な、なんと……!」
「んなわけないだろなんで信じちゃうんだよ小路君!? 恵美もピュアな後輩で遊ぶんじゃない! 俺は林原遥人ですよろしくね!?」
黎太は騙された恥ずかしさに顔を赤くしながら、行く末を見守った。




