メインシナリオ#4 ソシャゲ世界の喋り方
「わかった、って、なにが?」
不思議そうに首を傾げる未果の正面で、黎太は突然五十音をそらんじた。
「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬ」
しかし『ね』を発音できずに口が硬直してしまう。もう一度繰り返しても、やはり『ね」は声にできない。
はて『ね』は『あ』から数えて何番目の文字だったか、と頭の中で数えていると、未果が目尻に涙を浮かべて止めてきた。
「怖い! 怖いよ! なに、どうしたの本当にさ!」
「空埜さんにも頼んでいいか? 五十音を暗唱してく」
れないか、が言えずに終わる。やはり、数十文字分しか声に出せないらしい。
「え、ええ? なんで」
「いいから」
仕方ないなぁ、と未果は困リ顔ながらに応じてくれた。
「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてと
なにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろ
わをん」
いよいよ、黎太は自分の直感が当たったことに気づいた。
未果は『と』と『な』の間、及び「ろ」と「わ」の間で一瞬声を区切ったのだ。
「あ、悪い、できれば一息で」
「一息だったけど……」
ならばいい、今度は自分でもう一度だ、と黎太は五十音表を頭に思い浮かべる。
「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬ」
やはり『ね』が言えない!
未果が不審そうな目を向けてくる中、黎太の発話実験はトライ&エラーを繰り返す。
「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてと
なにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろ
わをん!」
言いきれた! どうやら心の中で改行をイメージしながら喋れば区切れるらしい。次は区切る位置を変えてみる。
「あいうえおかきく、けこさしすせそたちつてとなに」
黎太は驚きに目を丸くした。『く』のところで間を作ったのに、今度は『ぬ』すら言えずに強制的に声が途切れてしまう――それならば。
「あいうえおかきくけこ
さしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむ」
――五十音の音読を何度も何度も繰り返し、『お』『こ』『そ』『と』『の』『ほ』『も』『よ』『ろ』でなら区切れることが判明する。どうやら、中途半端なところで間を作っても、それでは区切ったことにならないようだ。
さらに何度か続けて判明したのは、止めずに喋れるのは二十三文字まで、かつ区切ることができるのは一度の発話に対し二度まで、ということ。
……そう結論づけようとして、黎太はかぶりを振る。
五十音をそらんじる前の会話の中で、すべてが区切りよくひらがな二十三文字以内で収まっていただろうか、と。そうかもしれないが、なにか違和感が残る。そもそも、ソシャゲのテキストボックスは漢字表記だった。
黎太は、頭の中で、「この電車は、次は東京に止まります。お出口は左側です。手荷物や、傘の置き忘れにご注意ください」の文字数を数えてみた。
ひらがなに直して……五十六文字。句読点を入れれば六十文字。
「この電車は、次は東京に止まります。お出口は左側」
です、が言えない。ひらがなで三十一文字。限度のはずの二十三文字を超えている。ただし、漢字に直すと二十一文字。読点と句点を含めると、二十三文字。限度ぴったりだ。
なるほどわかってきたぞ、と、黎太の表情が楽しそうに熱を帯びていく。
「この電車は、次は東京に止まります
お出口は左側です。手荷物や、傘の置き忘れにご注」
頭の中で文字数を数え直して、黎太は仮説が正しいことを悟る。次は『左側です』で区切って、三行目にチャレンジだ。
「この電車は、次は東京に止まります
お出口は左側です
手荷物や、傘の置き忘れにご注意ください」
漢字表記で、役物――句読点をはじめ、三点リーダー『…』やダッシュ『―』、感嘆符『!』、疑問符『?』などの記号のことだ――込みで、二十三文字を三行まで。区切るところに句読点は不要で、感嘆符や疑問符は全角表記かつ、言葉が続く場合は空白が一文字分。これは間違いない。
雲海のラビリンスのゲームシナリオにおいては、三点リーダーは一つだけ、ダッシュは二つでワンセットとして表示されていた気がする……。国語の教科書にある小説のルールと一致していたり違ったりしているが、今は違うことが分かっていればいいとかぶりを振る。
「言えた! OKだいたいわかった!」
手を叩いて成功を喜ぶ黎太の大声で、未果が驚いてスマホを構えた。
「ね、ねぇ、本当に救急車呼ぶよ…!?」
「待ってくれ! 喋り方の法則は掴んだんだ
あとは感覚を掴めば、ちゃんと話せる!」
多少はつっかえるだろうけど、と弱気なことを言いつつ、黎太は今度こそ未果に事情を打ち明けた。