キャラシナリオ#西川うらら 秘密の隠し味 前編
タイムアタックイベントももう懐かしく感じる、ある午前授業のみの土曜日。未果が急遽お料理研究部からの召集により学校に残ることになり、黎太が珍しく一人で下校していた時のこと。
学食でしっかりお昼を食べて満腹だからか、一人で勉強する気は起きない。腹ごなしにラビリンスでレベル上げしようにも、もう一人いないとそもそも入ることすらできず……と暇を持て余しながら歩いていると、スーパーに入っていくうららの姿を見つけた。もちろんうららも午前授業の帰りなのだろう、セーラー服姿だ。
千代に買い出しでも頼まれたのだろうか。だとしたら柳ハウスのグループLAINを見逃していたことになる……とにかく、見かけたのに通り過ぎるというのも変な気がして、黎太はうららの後を追いかけた。店の中、うららは左腕に買い物かごをひっかけて、スマホ片手に店内を巡っているようだ。
「えーっと、ベーキングパウダーはこのあたりかな…」
「西川先輩」
「ひゃうわぁ!?」
後ろから話しかけた瞬間、うららは両腕を引っ込ませながら飛び跳ねた。まさかそんなに驚くとは思わず、黎太は慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 後ろから話しかけてしまって」
うららは佇まいを直すと、ほっと溜息をついて眼鏡の位置も直した。
「あ、なんだ小路君でしたか…って小路君!?」
なぜ二度も驚くんだ、と思いつつ、話を進める。
「そ、そうですけど…
それより、買い物ですよね? 俺も一緒に」
「ダメです」
即答だった。きっぱり、はっきり、NO。
「…え?
あ、ああ、確かに買うものはわかりませんけど
荷物持ちくらい…」
「いえ、そうではなく…お気持ちは嬉しいのですが
小路君と一緒じゃ、ダメなんです」
拒絶されてしまった。しっかり、きっかり、NO。
「え…あ…ハイ
調子乗ってすいませんっした…」
なぜだか告白してフラれた気分になって――といっても黎太に告白の経験などないのだが――黎太はしょんぼりと回れ右した。
「…あっ! 小路君、違うんです!
二人っきりだと余計無理というか!
これ、変な意味じゃなくて、そのままの意味です!」
「本当にすみませんでしたぁぁぁああああ!」
大声で追い打ちをかけられ、黎太は猛ダッシュでスーパーを飛び出した。
* * *
「はぁ…せめて、西川先輩の
個人的な男子の好みの問題であってくれ…」
買い物の荷物持ちを買って出たというのに、なんだこの仕打ちは。しかしうららを恨めば逆恨み。そもそも、あの穏やかな聖女のような性格をした彼女があんなにもはっきりと拒絶したのだ。これは断られた男の側に問題点があるとみるべきだろう。それも、歳上趣味とか身長差とか、個人的なフェティシズムの問題ではないはずだ。だとしたら、もう少し気を遣った感じでやんわりとした断り方になるだろう。つまり、問題は深刻な可能性がある。
同じ柳ハウスで暮らしている以上、このままでは今後の日常生活にまで支障をきたす恐れがある。黎太は傷心に呻きながらも、なんとか嫌われないような努力くらいはするべきだ、と決意した。
「しかし、いったいどうすればいいんだ…?」
誰かに相談しようにも、相談できる相手がいない。なにせ、状況が状況なだけに、普通なら恋愛相談と勘違いされるだろう。これが元の世界なら頼れる友人の一人や二人くらいはいるのだが、こちらの世界で黎太の悩みを誤解なく聞き取ってくれる人に心当たりはない。
「唯一すべてを知っている未果は
今部活中だしなぁ…」
こんな理由で早退させるわけにはいかないだろう。しかしこれでは八方塞がり。千代にでも相談するか、とも考えたが、なんだかことがややこしくなりそうな予感もする。
誰にも相談しないのならば、自分で訊くか、さもなくばより怒らせること覚悟で本人に尋ねるか……そこまで考えた時、もう一つの可能性が思い当たった。
なにか、自覚のないままにうららにとって嫌なことでもしてしまったのかもしれない。うららなら、黎太とのすれ違いがあっても、本人には言わずに自分で我慢することもありそうだ。普段は未果や千代もいるから我慢もできるが、黎太と二人きりだと難しい……だから断られたのでは?
そう思考の方針を定めても、具体的に思い当たる事柄はなく……となれば、このまま嫌われたままでいるか、意を決して本人に問うか。こうなった時、黎太の答えはすぐに決まる。
ぎくしゃくした空気をそのままにするくらいなら、はっきりと原因を知っておきたい。こうなると直接本人に訊くしかないが、それはあまりに気が重く……うららが買い物を終えて帰ってくるまでの時間潰しのついでに、なにか新しい発見があればと願って、黎太は書店に赴くのだった。
* * *
「やっぱり、そうだよな
ちゃんと向き合って謝らないとってことか…」
コミュニケーション関連の本を立ち読みしているうちに、ついつい時間が経つのを忘れて読みふけってしまったことに気づいた。
急いで帰ろうと入口へ。書店の自動ドアが開いた瞬間、その先にいる今一番気がかりな人とばったり遭遇してしまった。
「あ」
「おおうわあ!? こ、小路君…!?」
相変わらず、驚き方が派手である。そして、驚いた自分に驚いて恥じらうところまでがセットなところも相変わらずだ。
想定外の再会となってしまったが、会えたことに変わりはない。黎太は逃げられないうちに、と、うららにしっかり頭を下げた。
「あの、すみません西川先輩
俺、なにか嫌われるようなことしたのかなって
考えたんですけど…よくわからなくて」
「え…? あ、いえそんな! それは誤解です…
むしろ謝るのはわたしの方ですっ、ごめんなさい!」
うららまで勢いよく頭を下げてきて、黎太は面食らったように目を丸くした。
「えっと…じゃあ、スーパーでのことは…?」
「それは…その…たまたま、運悪く、ですね
小路君だけには内緒にしたい…
そんな買い物をしたかったからなんです」
「俺だけには、内緒にしたい買い物、ですか?」
いったいどんな買い物だろう、と考えを巡らせてみるが、数秒で答えが出せればそもそも誤解するようなこともないだろう。うららが、申し訳なさ半分、恥じらい半分でそわそわしながら、打ち明けてくれた。
「その…小路君に、お菓子を作りたくて、ですね…」
俯きがちに、しかし黎太の様子を伺うような上目遣いで、うららは突然そんなことを言ったのだった。




