ADVシナリオ#2 公園デート
タイムアタック最終日を明日に控え、学校帰りにラビリンスへと登った零太と未果とうらら。
空が赤く夕日で染まりきる頃には、三人ともスタミナはゼロ、HPも三割を切っている状態で、これ以上の無茶はきっと明日に響いてしまうだろうということで、最後のレベリングが終了した。
「ようやくレベル8…
標準レベルは10…正直なことを言えば
もう少しレベル上げておきたかったですね…」
うららが未練がましく言って、うんと伸びをする。その隣を歩く未果も、どこか悩ましそうに苦笑い。
「ですねー…私も昨日
レベル9になってから、今日は結局
ひとつもレベル上がらなかったし…」
「まぁ、やれるだけのことはやったんだ
いいじゃねーか」
レベル七の黎太からすれば、どちらも羨ましい限りである。それに☆5うららのステータスは、レベル八の時点でレベル九の☆1未果よりどの項目も十以上高いのだ。
「でもさ、今まで毎日レベル上がってたじゃん
今日だってもう少し黎太と一緒にいれば
レベル上がるかもしれないよ?」
「そうは言ったってなぁ…
あとは飯食ってのんびりするくらいしかないだろ
せいぜい三時間くらいか?」
まさか一緒にお風呂…なんてわけにもいかないので、必然入浴中の時間は〝絆の恩恵〟が発動しない。就寝中も同様だ。
となれば、今日はおよそ三時間、明日の挑戦を午後に回してその午前中までしか、EXPを溜める時間がないのだ。
「じゃあ、さ…いっそ川の字になって寝ようよ、今晩」
「へうぇ!? ちょ、空埜さん!?
なに言ってるんですか!」
うららが素っ頓狂な声を上げて顔を真っ赤にする。すると未果も大胆なことを言ったと自覚したのか、あたふたと取り乱した。
「あ、いや、変な意味じゃなくてですね!?
その、幼稚園の頃とかは一緒にお昼寝してたから
その名残と言いますか――」
瞬間、未果とうららが慌てた顔のままフリーズする。
二人だけではない、赤い空に流れていた雲もピタリと止まり、肌を撫でる風の感触も漂ってくる近所の食事の香りも感じられなくなった。
それに黎太が気付くと同時に表示される、選択肢のウィンドウ。
『未果を落ち着かせる』
『うららを落ち着かせる』
『一緒に寝ようと二人を誘う』
前にもあったな、こんなこと……と、黎太は三回目にしてさっそく慣れた様子で、二つのうちどちらを選ぶべきか迷った。――もちろん、三つめの選択肢は端から除外している。
決めた瞬間、再び止まっていた世界の時間が流れ出した。
「なぁ未果、少し焦りすぎだ」
「あぅ…ごめん
仕方ないことだってわかってはいるんだけど…
やっぱり☆1だし、発現も遅かったし、つい、ね…」
未果はついこの間まで、天恵スキルが発現せず、クラスライセンスがない状態だった。こればかりは運が悪かったとしか言いようがなく、歯痒い気持ちに悩んでいたのだ。
だからこそ、クラスライセンスを手に入れた喜びも大きく、そしてクラスランクの低さからくるステータスの弱さに人並み以上に悔しい思いを感じてしまうというのも、黎太には理解できる。
タイムアタック本番を明日に控えている今、あまりナイーブな気持ちのままにさせておきたくない。
そう思った黎太の視界に、いつもはなんとも思わない、滑り台とブランコだけがある公園が映った。
「少し寄り道していかないか?」
それだけで通じたのか、未果はこくんと頷いた。
さてうららをどうするかと見やれば、うららは微笑んで頷く。
「じゃあ
わたしは先に帰って千代さんに伝えておきますね」
「よろしくおねがいします」
* * *
自動販売機で小さなリンゴジュースのペットボトルを二つ買ってブランコに座る。
未果もそこまで沈んではいないのか、少し自虐気味に口角を上げていた。
「あはは…だめだね、私。すぐ弱気になっちゃう」
「だからって無理に強がるなよ?
西川先輩も千代さんも、もちろん俺だって
無理している未果を見る方が辛いんだから」
「う、うん…ありがと…」
未果はきゅっとペットボトルのキャップを開くと、少し黒に染まりかけた夕焼け空を見上げた。
黎太も息を合わせるように見上げる。
二人が見据える先には、小さくもハッキリと、雲海のラビリンスが浮かんでいた。
「私たち、どこまでいけるかな…」
「俺は
けっこういい線までいけるんじゃないかと思ってる」
「本当?
仮に明日までに私と西川先輩のレベルが上がっても
シャドウ込みで36しかないんだよ?」
「まあ、レベルはあくまで指標だろ?
実際のステータス値でいえば、☆1の俺たちは
☆5のクラスにまったく敵わないわけだし」
黎太は言って、スマホを未果に差し出した。
「〝次元干渉〟で俺のスマホを変えてくれ」
「う、うん…」
未果にスマホを触ってもらい、元の世界の黎太のスマホに戻してもらう。その状態なら元の世界で今も誰かがプレイしているであろうソシャゲ〝雲海のラビリンス〟を開けるのだ。
黎太はそこから『ラビリンス』をタップ。現在のランキングが表示される。ユーザー名、踏破時間、そしてユニットメンバーがわかるのだ。
「ライバルとなるのはこの世界の人たちじゃない
実際には俺の元いた世界にいるユーザーたちだ」
ユーザーがゲームの中で、こちらの世界のキャラクターたちを操作し、スキルやアイテムなどを発動して攻略している。
身体を張って参加しているのはこの世界のクラスライセンス所有者たちだが、彼ら彼女らの行動はすべて、ユーザー任せなのだ。
「う、うん…それはなんとなくわかるけど
結局のところ、やれることは変わらないよね?
なにがどう違ってくるの?」
「そうだな
一番は、俺たちのライバルに
強力なユニットがいないってところか」
上位ランカーとして駆け抜けるユーザーならば、金にものを言わせて課金し、一位を取りに来るかもしれない。ただし、そういう人たちはより上を目指すのが一般的だろう。
実際、ゲーム画面のランキングを見れば、それは明白だ。
しかし、黎太たちが挑んでいるのは、最弱の第一階層である。
第一階層の用のランキング一覧には、無制限に課金をしていると思しきユーザーは一人もいない。
それどころか、☆5ユニットを満足に五人揃えているチーム自体が、第一層のランキングには存在しないのだ。
ソシャゲとして配信されてからまだたったの二週間。そんな短期間で☆5キャラを三人も四人も集められるような人たちは、とっくに二層から先のランキングで争っている。
「な? 俺たちはうまい具合に強敵チームと争わず
このイベントに参加できる状況下にいるんだよ
メタメタしいことこのうえないけどな」
「な、なるほど…」
未果は呆気に取られたように、ゆっくりとリンゴジュースを飲んだ。
「まあそう考えると
張り合いがないって感じるかもしれないけど
おかげで一位は十分に射程圏内だと思う。どうだ?」
「た、たしかにそうかも…!
そっか…この世界がゲームにされているってことは
そういうことも起こりえるんだ…!」
未果はだんだんと表情を明るくして、くるりと黎太に輝く笑顔を向ける。
その笑顔にドキリとした黎太は、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る。
それほどまでに可愛さを感じていたのだろうか…と思った瞬間、無粋にも四角いウインドウが視界いっぱいに広がった。
『元気が出たように見えることを指摘する』
『笑顔の可愛さを指摘する』
『髪の毛にゴミがついていることを指摘する』
このタイミングで選択肢かよ!? という驚き半分、未果の可愛らしい瞬間をほんの一瞬でも伸ばしてくれたタイミングの良さに感謝半分、という気持ちで、黎太は選択肢を眺める。
――本心としては二番だが、選択肢的に正しいものは一番なんだろうな。というか、なんで三番目はいつも的外れなんだ…? と思った時にはもう、いつの間にかウインドウは消えていて、半強制的に口が動いていた。
「やっぱり可愛いな、未果の笑顔は」
「ふぇ!? な、なに急に!?」
未果がびっくりする正面で、黎太もまた信じられないと自分の口を右手で覆っていた。
どうやら、選択肢の決定は『三つの中からどれか一つ冷静に選んだもの』よりも『三つの中から素直な気持ちに一番当て嵌まるもの』が優先されてしまうらしい。
「あ、いや…
本当は元気が出たみたいだなって言おうとして…!」
「そ、そうなの…?」
咄嗟に言い訳がましく言うと、未果はそっぽを向いてしまった。その耳は、薄暗くなったこの時間でも赤く染まっていることが見てとれる。
黎太がここからどう無難な雰囲気に戻そうかとあれこれ思案しているうちには、未果も同様を落ち着けたらしく、結局沈黙を破ったのは未果の方だった。
「飲み終わるまで、ここでゆっくりしてから帰ろっか」




