メインシナリオ#29 選べる☆5ガチャ
〝雲海のラビリンス〟ホーム画面の市内地図において、千葉中央駅の右側にあたる位置に、市役所はあった。
税金の支払いや各種手続きの紹介などのポスターが貼られた壁。各種窓口への矢印を引きながら伸びる通路。利用者の通る範囲は整理整頓が行き届いている割に、スタッフしか入れないエリアは狭くごちゃごちゃしている不思議な――それでいて見覚えのある感覚。
背もたれのないオレンジ色の一人用ソファが連結するように数十人分と並ぶ中に、黎太はうららと並んで座っていた。
二人が見つめる先、住民総合窓口課の七番カウンターでは、未果と千代が並んで手続きを行っている。保護者欄の署名は千代でも大丈夫らしい。
「発現おめでとうございます! これで受理しますね
ライセンス発行までに少しお時間かかりますので
そちらのソファで座ってお待ちください」
未果たちの対応をしている係員の声がこちらまで聞こえて、うららが「終わったみたいですね」と微笑んだ。
「お待たせ黎太
西川先輩も、来てくれてありがとうございます」
「いえいえ。ちょうど学校を出たところでしたから
それより、どんな感じですか?」
うららが待ちきれない様子で尋ねると、未果が一枚のA4用紙を見せてくれる。
『魔力測定結果/空埜未果様
クラスランク/☆1
属性/陰
クラス/アタッカー
天恵スキル『次元干渉』/自身のクリティカル発生時、ダメージ軽減効果を一つ無効化
スキルA_『スキップしたい気分』/敵全体に中威力の魔力攻撃。90秒間、自身のクリティカル率を一段階上昇
スキルB_『もう一歩踏み込みたい』/敵単体に超高威力の魔力攻撃』
「おお、陰属性…!
また珍しい属性を引き当てましたね」
「たしかすべての属性に対して弱点を突けるんだよな
で、スキルはクリティカルに関することばかり
…めっちゃ良くないか?」
うららと黎太にうらやましがられ、未果は満悦の笑みを浮かべた。
「うん! 攻撃なら任せて!
ただ、陰属性は全属性から弱点を突かれるから
防御面が怖いかな…?」
これまで天恵スキルが発現せずに苦しい思いをしていた分、その喜びもひとしおなのだろう。抑えきれない興奮が、未果の身体をうずうずと震わせる。
「みんな長短あるんだ、カバーしあうのが仲間だよ!
…あたし、今のうちにトイレ行ってくるから
もしライセンスの発行終わったら先受け取っててね」
千代につられてうららも行くと席を外し、二人がお手洗いのマークに従って離れていく。
「なあ未果。天恵スキルって、俺のもそうだけど
常日頃から発動しているものなんだろ?」
「うん。たぶん気づいたと思うけど…
私が黎太のスマホを別世界の黎太のに変えた原因が
この〝次元干渉〟なんだと思う」
黎太と未果は並んで座り、黎太のスマホを二人で構える。
もっともソファは一人分ごとに小さな荷物置きのようなスペースがあって、その分身体を傾けるせいで、余計に顔が近づいてしまう。
なんとか意識しないように、と黎太が未果の顔を伺うと、同じことを思っていたのか、緊張気味な表情の未果と目があった。
黎太は咳払いしつつ、話を続ける。
「確認だけど、仮に二つ目の天恵スキルが発現したら
またここまで来て手続きしないと
クラスライセンスにできないのか?」
「そりゃそうだよ。私や黎太みたいに
普段の生活に影響が出るのもあるんだから
一度発行すれば、切り替えは自由にできるけど」
「なら…☆5ガチャ、引いてみないか?」
ここで? とまばたく未果に、黎太はスマホを近づけた。
未果に触れてもらい、音量をミュートにしてガチャ画面を出す。
「西川先輩の☆5を出せば
またここに来ることになるんだろ?
なら、今日中に先輩のも済ませようと思って」
未果はなるほどと納得して、うららをタップした。
ウィンドウが広がって、ステータスやスキルの詳細が表示される。もっとも、すべての数値は最大まで育て上げた時のもの、という注釈が入っていた。
レベルは百。HPは三千を超え、MPは二百三もある。他ステータスも百を超えており、特にMDFはほぼ二百――どれをとっても、今の黎太には桁違いにしか見えない数値だ。
「どうでもいいけどさ、なんでこの絵の西川先輩は
家にいるのに制服にエプロン姿なわけ?
普通、制服は着替えるでしょ」
未果の言うように、うららの☆5のイラストは、お菓子作りのワンシーンを描いたものだった。背景はたしかに柳ハウスのキッチンだ。学校の制服の上からファンシーな可愛いエプロンに身を包み、できあがったクッキーをつまんで顔の横に掲げ、はにかんでいる。
「まあ、そりゃゲームの仕様だろ…
ソシャゲとしていろんなイラストを出さないと
俺の元いた世界じゃ大事な課金要素だし…」
制服にエプロン姿の方がユーザーのウケがいいからじゃないかと思いつつも咳払い。
黎太は未果に真面目な話題に話をすり替える。
「とにかく。ユニットは最低三人必要だから
さっきまでは選択肢になかったんだけど…
未果をユニットに組めるようになったなら話は別だ」
黎太はまだ千代たちが戻ってこないことを確認して提案する。
「今の☆3西川先輩は木属性。今回のボスは金属性で
相性が悪い。それに、先輩とは今後も組むんだ
複数の属性を持ってもらったほうがいいと思う」
未果はどう思う? と確認すると、未果はすぐに喜んで頷いてくれた。
「うんっ。私もそれに賛成
…ね。決まりってことなら
私ちょっとやってみてもいい?」
自分の生きている世界がゲームになっているのだ、興味がわかないわけがないだろう。
黎太はもちろんと操作を譲って、じっと画面を覗き込んだ。
未果の指が、『このキャラに決めた!』をタップする。
画面が暗転、真っ暗になったところに、フキダシが表示される。今は市役所の中なのでミュートにしているが、もし音を出せば未果の声でボイスが聴けただろう。
『(空埜未果)
それじゃあ、ガチャを回すね!」
「ゲームの中の私が私に向かって喋ってる…
というかこのガチャを回す私って
いったいどこにいることになってるの?」
「なんかすごいな…ものすごくまっとうな疑問なのに
状況がメタメタしすぎる」
ゲーム世界の中で本人が自分の出てくるゲーム画面を見ているという、どれが本物なんだかよくわからなくなる状況の中、それでも未果の持つスマホの画面は派手ながら短いガチャ演出をやりきった。
カードイラストから背景の部分だけを切り取った状態のうららが画面いっぱいに表示され、ソシャゲの如く――ソシャゲなのだが――初入手時のセリフを表示した。
『(【秘密の隠し味】西川うらら)
こ、こんにちはっ!
わ、わたしは、西川うららと申します…!
このたびは水属性のヒーラーになりましたっ』
『(【秘密の隠し味】西川うらら)
ラビリンスに挑戦するみなさんを、回復魔法で
できる限り支援します! …大役、ですね…っ
頑張りますので、何卒よろしくお願いします!』
『(【秘密の隠し味】西川うらら)
…あ、自己紹介もしないと、ですよね
県立美羽高校三年で、文芸部に所属しています
趣味はお菓子作りで…今度なにか作ってきますね?』
画面が切り替わり、ガチャ選択画面――といってもノーマルガチャ一択だが――に戻ってくる。
『(空埜未果)
やったね! この調子で次も頑張ろうっと!』
黎太が未果と共になんともいえない感覚に襲われていると、突然あさっての方向から今まさに見ていた人の声が飛んできた。
「はわわぁっ!?」
西川先輩!? と声をハモらせ、黎太は未果と共に声のした方へ。
トイレへと続く廊下の壁際に、薄く青く全身を輝かせるうららがいて、顔を真っ赤にして立ち竦んでいた。
そばには千代もいて、ハンカチをポケットにしまいながらうららの変化に驚いている。
「おお! もしかしてこれ
天恵スキル発現の光じゃない!?」
すぐにうららを包んでいた輝きは収まり、周囲の人たちもそれぞれ納得したように頷いて落ち着きを取り戻す。誰もがさりげなく祝福の拍手を送ったくらいで、連鎖的にパニックを起こす人は一人もいない。
「…ん? 天恵スキルが発現すると身体が光るんなら
未果の時はなんで光らなかったんだ?」
「寝てる時なら気づけないじゃん
だいたい黎太だって昼寝してる時だったんだよ?」
そういうものなのか、と納得しつつ、黎太は未果と共にうららたちのもとへ駆け寄った。
「はぅ…小路君たちにまで聞こえたんですね
は、恥ずかしい…うぅ…」
うららは壁に肩を預け、両手で顔を隠している。隠し切れていない肌が赤いのは、羞恥心のせいだろう。体調に異変がないならなによりだ。
「まあまあ…。それより、本当に発現したんですか?」
「そりゃあ、ちゃんとしたことは
調べてみないとわかんないけど
ここは市役所。すぐにでも調べられるよ?」
千代が答えてすぐ、悲鳴を聞きつけたらしい職員の女性が駆け寄ってくる。驚きますよね、と居たたまれなさそうに顔を隠すうららを励ましつつ、魔力測定を受けるよう案内してくれた。




