メインシナリオ#2 ソシャゲ世界にログイン
プレイヤーネームを本名そのままで入力し、確定アイコンをタップする。
八文字以内ということで、ひらがなでもいけると思った黎太だが、とりあえず漢字にしておいた。
横にしたスマホの画面の中で、CGアニメーションが始まる。
黎太の天恵スキルが判明するシーンを描いたプロローグを見終えると、そのままアドベンチャーパートが始まった。
背景は、アニメにも出てきた県立美羽高校の校門前だ。画面端に、入学式の立て看板が華やかに置かれている。
画面中央に、真新しいセーラー服を着たCGの未果が登場した。
『(空埜未果)
黎太、入学おめでとう!』
『(小路黎太)
ありがとう。未果も、入学おめでとう』
『(空埜未果)
ありがとう
校長先生の話、長かったね。ちゃんと聞いてた?』
『(小路黎太)
あ、ああ、まあ…』
スマホを持つ黎太の指の力が、自然と強くなった。
校長先生といえば、ついさっきのアニメ第一話Cパートでいかにもなにかありげな雰囲気を醸し出していた男である。
『(空埜未果)
さては聞いてなかったんでしょ、仕方ないなぁ
すっごく大切なことを言っていたんだよ?』
『(小路黎太)
――すごく大切なこと?』
『(空埜未果)
ほら、やっぱり聞いてなかった
今年から、美羽高校の校則がちょっと変わって
ラビリンスに挑戦できるようになったんだよ!』
『(空埜未果)
私立ならともかく、公立の高校ってさ
ラビリンスへの挑戦が校則で禁止されてるでしょ?
勉強や部活動を優先するべき、ってことで』
『(空埜未果)
この美羽高校も、昨年度まではそうだったんだ
でも、校長先生が県の教育委員会に掛けあってまで
変えてくれたんだって! 嬉しいよね!』
『(小路黎太)
ラビリンス挑戦は楽しそうだし、誰もが憧れるしな
それにしても、随分熱心な人じゃんか』
『(空埜未果)
私たちの気持ちを大切にしてくれているみたいだね
本当に校長先生には感謝感激だよ』
アニメ第一話を見た直後だからか、リアル黎太の内心では校長先生への警戒心がうなぎ登りである。
『(空埜未果)
早く寮の大家さんにも報告したいし、帰ろう!』
『(小路黎太)
そういや、俺たち引っ越したんだよな
ついうっかり実家に帰るところだったぜ』
と、ここからはアニメで語られた事情とそっくりだった。
こうして画面が切り替わり、画面全体に舞台となる街の地図が表示される。
『(空埜未果)
黎太、寮に帰ろう!」
黎太たちの暮らす学生寮のある箇所に『!』が表示され、そこをタップすると今度は学生寮の中の背景に切り替わる。
――こうしてチュートリアルを兼ねたストーリーを読み終えた黎太は、ホーム画面に戻るアイコンをタップした。
スマホの画面が、千葉市を俯瞰するような背景に切り替わる。そのまま自動で初心者応援ログインボーナスのウィンドウが広がった。
七日分のプレゼント内容が表になっている画像が広がり、完了スタンプが押される。初日は、天結晶を三百個も貰えるようだ。
タップすると、次は事前登録ログインボーナス画面になる。こちらでは、天結晶三百個、ラビリンスコイン五百枚、選べる☆5確定ガチャチケットを一枚が手に入る。
もう一度タップすると、次はアニメ放送開始記念ログインボーナスだ。こちらでも天結晶やいくつかのアイテムを貰い、次の画面でサービス開始記念ログインボーナスを貰い――もはやいくつあったか覚えていないログインボーナスマラソンを終えた黎太は、ホーム画面に戻ってきて一息吐き、天井を見上げる。
「やたら続いたなぁ」
ゆっくりとスマホに目を下ろすと、学生寮のリビングを背景に、茶髪を右サイドテールにした小学生の女の子――柳千代という大家さんがいて、ミッション画面が広がっていた。
デイリーミッションに『メインシナリオを1話視聴する』という項目があり、それを達成したので開いたようだ。どうやら天結晶が十個貰えるようである。
よくよく見ると、『デイリー』の他に『ウィークリー』『トータル!』というタブもあった。『!』がついている以上、そちらでもなにか達成しているのだろう。面倒くさいので一括受け取りアイコンをタップすると、内容確認ウィンドウが、天結晶だけで五項目ぐらい埋まっていた。他にも使い道のわからないアイテムが数種類。
「なんか、すげーたくさん貰えるんだな……とりあえず、☆5キャラ手に入れたら今日は寝るか」
ホーム画面に戻り『ガチャ』のアイコンをタップ。画面が切り替わり、華やかなエフェクトをバックに、未果が一人立っていた。
『(空埜未果)
どのガチャを回すの?』
選べるのは『ノーマルガチャ』と『選べる☆5ガチャ』の二つ。
迷わず『選べる☆5ガチャ』をタップすると、ガチャの選択肢が消えて五人の美少女が並ぶ。それぞれの☆5衣装を着て、照れたり笑ったりしてとても魅力的に映った。
『(空埜未果)
キャラクターをタップすると詳細が見れるよ』
黎太はなんとなく、五人よりも後ろに立っていた未果をタップする。すると、未果は苦笑を浮かべた。
『(空埜未果)
いや、私じゃなくてさ。誰にする?』
リアクションが面白かったので、もう一度未果をタップ。すると、目が見開いて、さっきより頬が朱に染まる。
『(空埜未果)
か、からかわないの! ほら、選んで!』
いつまで続くのだろうか、という好奇心と、もしかして未果を選べる隠しギミックがあるのでは? という期待に胸を膨らませ、黎太は未果を連打し続けた。
どうやら未果のリアクションは複数かつランダム表示らしく、二度目の『か、からかわないの! ほら、選んで!』の次に初見のリアクション『もうっ! 早く選びなさい!』が返ってくる。
結局すべてのリアクションを二~三回見たあたりで、五種類なのだと悟り、黎太は五人の☆5キャラの詳細を確かめるべく指を伸ばす。しかし『ホーム』アイコンに触れてしまい、画面を戻してしまった。
すぐさま自動で開かれるウインドウ。
『この世界を救うために、ログインしてくれますか?』
アプリをやっているとたまにある、ユーザーに評価を求めるアンケートのような画面だ。
それにしても質問文にウィットが効きすぎている。普通は『このゲームはいかがですか?』か、そもそも『簡単なアンケートにご協力お願いします』あたりだろう。
そう違和感を持ちつつも、黎太は運営からの遊び心だろうと、軽い気持ちで『YES』をタップした。その右手人差し指が、画面から離れなくなる。
「あれ」
寝ぼけているのかな――反射的に右手の甲で目元をこすろうとして肘を曲げると、左手で持っていたスマホも一緒に引っ張られる。
おかしい。
人差し指が、画面から離れない。
それどころか、熱を持っていたはずのスマホの画面が、冷蔵庫にしまってあるプリンのように冷たくなった。柔らかい感触が、人差し指の先端から広がっていく。
「ちょ、え、は!?」
ずぶずぶと、人差し指がスマホの画面の中へと消えていく。第一関節まで飲み込まれたが、痛みはない。ただただひんやりして、どこか粘性のある柔らかさが、消えて見えなくなった指先から伝わってくる。
「え、ちょ待って、いやいやいや」
スマホの画面が指をゆっくりと浸食をし続けるなか、中指の背中も当ててしまった。瞬間、中指も吸収が始まる。
「なんだよこれ……どうなってんだよ!?」
あまりの恐怖に呼吸が乱れ、黎太の背中は気色悪い汗でインナーシャツが張りついている。体温が低下する感覚を受けた脳に続いて送られた電気信号は、右手薬指の浸食も始まった感触。
「ふあ……ッ」
いよいよ精神が耐えきれなくなったようで、黎太は気を失ってその場に倒れ込んだ。