メインシナリオ#10 タイムアタックイベント開催!
黎太たちが喋っている間に、アイテム交換所の客が用を済ませて立ち去っていたようだ。売り子の女性が、黎太たちに柔和な笑みを向けていた。
「いらっしゃいませ~。君ら、学生さんやろ?
ラビリンスに挑戦しとるん?」
出身は関西方面だろうか、のんびりとした口調だ。もこもこと癖の強そうな黒髪も、人当たりの良さが窺える。首から提げたネームホルダーには『檜山朋絵』とあった。黎太が返事をする。
「いえ、それはまだ…
ただ、どんなものがあるのかな、と」
「ははぁ。興味持ってくれるんは嬉しぃわぁ
ゆっくり見てってな」
そう言いながらも、アイテムの一覧が書かれたチラシを一枚くれた。お礼を告げて受け取り、目を通してみる。
『ポテト:携行性の高いフライドポテト。スタミナ中回復。500LC
唐揚げ:携行性の高い唐揚げ。MP中回復。500LC
コロッケ:携行性の高いコロッケ。スタミナとMPを小回復。600LC』
「携行性の高い揚げ物ってなんだよ!?
…それにしても油っこいもんばっかりだな
回復しなきゃいけない時に満腹だったらどうすんだ」
「食べたら太るし、バッグの中に臭いがつくしで
女の子の挑戦者はあまり買ってくれなくてなぁ」
店員・檜山の嘆きに、未果とうららは「でしょうね」と頷いている。挑戦中の安全確保は大事だが、それ以上に乙女心も大切なのだ。
ラビリンス探索を助ける回復食料の他にも、ステータスを底上げするアクセサリー類もいくつかあるようだ。
武器や防具はないのだろうか、とリストを目で追っていると、突然背後から派手にクラッカーが鳴り響いた。
「なんだ!?」
各々悲鳴を上げながら振り返る。
広場中央の円形の台座――ラビリンスポートに、黙々と白い煙が立ちこめていた。もっとも、誰一人としてむせかえっていないのは、その煙があくまでも映像であるからだ。
『レディースエーンドジェントルメーン!
挑戦者の諸君! ラビリンスイベントの告知だー!』
浮かれきった男の軽い声音が響く。
煙が晴れると、ラビリンスポートのすぐ上に、純白のタキシードを着こなす細身の男が浮かんでいた。
一目見れば、すぐにわかる。あれは立体映像だ。足が床に着いていないし、男の向こう側の光景が、透けて見えている。
シルクハットにサングラスもあって顔立ちはよく見えないが、若さのある口元は楽しそうにつり上がっていた。
彼は右手に持つステッキを一振りして、仰々しく叫ぶ。
『今回のイベントはタイムアタック!
定められた階層の最奥部にいるボスクリーチャーを
どれだけ早く討伐できるかを競うぞっ!』
いきなりこんなことが起きても、誰もあの立体映像に取り乱さない。それどころか、黙って耳を傾けている。
――つまりこの世界の人にとってこの現象は常識的なことなのだろう。ならば、下手なリアクションはまずい。
『それではルールを確認しよう!
挑戦時はユニットメンバーの合計レベルに応じて
挑戦する階層の高さとボスレベルが変化する!』
『計測範囲はラビリンス突入からボスの討伐まで!
期間は明日、日曜日から十四日間の二週間!
報酬は、攻略タイムとランキングの二種類あるぞ!』
『攻略タイムとは、各階層ごとに十段階ずつ設定した
目標タイムをクリアできたかどうかで判定される!
基準をクリアすればもれなく報酬をプレゼントだ!』
『ランキングは階層ごとに集計するから
低レベルでもランキング報酬をしっかり狙える!
階層上限レベルギリギリでユニットを編成しよう!』
『ちなみに、複数の階層に挑戦した場合
ランキングは高い階層の結果だけが適用される!
挑む階層を選ぶところから勝負は始まっているぜ!』
『一方で、攻略タイム報酬は
挑戦したすべての階層分貰えるぞ!
ここだけの話、高い階層ほど報酬が豪華だぜ!』
『ランキング上位に名前を刻んだ時、そこでやめるか
上の階層に進んでさらなる攻略タイム報酬を狙うか
進むかどうかの判断も重要になってくるぞ!』
白いタキシードの男は、しゅば、しゅば、とステッキを振り回しながら、最後にとんでもないことを口にした。
『詳しくは〝ホーム画面〟から
〝お知らせ〟をチェックしてくれよな!
みんなのチャレンジ、期待してるぜッ!』
ボンッ! 再び白煙の映像が彼の身体を包んで、煙の映像が消える頃には男の立体映像も消えていた。
黎太の口は、ぽかんと開いている。……聞き間違いでなければ、たしかにホーム画面と口にしていた。
「なあ未果、ホーム画面やお知らせって
なんのことかわかるか?」
「そりゃまあ…。日本ILA協会が配信している
ラビリンス挑戦者向けの公式アプリがあるから
それのことだと思うけど」
未果はスマホを取り出した。
「別にアプリじゃなくてもお知らせは見れるけどね
ホームページやツイーターでもアップされてるし
…ほら」
未果が見せてくれたのは、日本ILA協会の公式ホームページだ。ILAは『International Labyrinth Agency』の頭文字を取ったものらしい。
「ILA、国際ラビリンス機関、か
なんか国連っぽい名前だな」
黎太の呟きを耳ざとく聞き取ったらしいうららが、得意げな顔をして人差し指を立てた。
「正確には、国連の機関ではなく国連の関連機関です」
なにがどう違うというのか。うららの指摘がさっぱりわからなかった黎太だが、少し気恥ずかしそうにどや顔を披露するうららを無碍にもできない。
「なるほど、さすが先輩、勉強になるっス
…それより未果、さっきの男は何者なんだ?」
「自称、ラビリンスの創造主」
「…ハイ?」
目を点にする黎太のリアクションを見て、未果はおかしそうに笑う。
「なんてね
日本ILA協会すら、あの人のことは知らない…
なんて言ってるけど、実際どうなんだろ」
それって大丈夫なのだろうか、と不安に思う黎太の表情を読んだのか、未果は大きく肩をすくめてみせた。
「私たちじゃ正体は確かめようがないけど
悪い人じゃないよ。実際、ラビリンス業界は
あの人ありき、みたいなところあるし」
「そうなのか…?」
「こういうイベントもILAの活動の一つだもん
おまけにボスのシャドウを用意している時点で
ILAの関係者だってネットじゃ噂されているけど」
「シャドウ?」
「クラスライセンスやクリーチャーのデータを
ラビリンスの中で再現できるの。それがシャドウ」
「そんなものがあるのか」
「ラビリンスに挑戦する時、受付で申請すれば
フレンドやゲストをユニットに加えられるの
時にはライバルとして戦うこともあるし」
その説明を聞いて、一気に黎太の理解が及んだ。
ソシャゲの他のユーザーと接触するということは、この世界ではこういう風に見えているらしい。
「逆に他の人が自分のシャドウを使ってくれると
ラビリンスコインやアイテムが貰えるんだよ」
「なるほどな
フレンド交換はしておいた方がいいってわけか」
そういうこと、と未果は満足げに頷いている。
一方、黎太はそれでもまだ、先ほどの白いタキシードの男のことが気になっていた。
結局、あの話の流れでホーム画面やお知らせという単語を口にすることはおかしなことではないのだろう――そう黎太は自分に言い聞かせる。それでも、不信感が否めない。
考えすぎであってほしい、と、どこかで願う自分に気づきながら、黎太はソシャゲ版黎太のスマホに日本ILA協会からの公式アプリをインストールすることにした。




