メインシナリオ#1 事前登録
『レイタ! 私たちと一緒に、ラビリンスの謎を解き明かそう!』
ラビリンスは、あらゆる願いを叶えてくれる――たとえ、どんな願いでも。
「ごほっごほっ!」
小路黎太は、天気予報を見ようとテレビをつけた瞬間に名前を呼ばれて、むせかえった。あやうく、着替えたばかりの高校の制服に、飲みかけの牛乳をこぼすところだった。
どうやら新しく始まる深夜アニメ『雲海のラビリンス』のCMだったそうだ。その主人公の名前が、奇しくも一致したらしい。
『アプリも同日リリース予定! 事前登録受付中!』
まさか自分の名前が主人公になっているアニメが……それどころか、デフォルトネームになっているゲームがあるとは、黎太自身思ってもみなかった。なんという偶然か。
「〝雲海のラビリンス〟ねぇ」
黎太はなんとなく、スマホで公式ページをチェックした。
「うお、マジで俺の名前がデフォルトネームになってる……」
なんと驚きの、名字まで、漢字まで、完全一致の『小路黎太』である。
いよいよ黎太は興味を持ち、サイト内のページを読んでいった。
『ラビリンスは、あらゆる願いを叶えてくれる――たとえ、どんな願いでも』
魔力に溢れている地球。
世界にいくつか存在している、クリーチャーが棲みつく迷宮――ラビリンス。
ラビリンスには危険がいっぱいだが、夢とロマンにも溢れている。
高価なお宝や美味しい食材、果てはどんな病も治せる霊薬すらもあるという。
もっとも、中に棲むクリーチャーがラビリンスの外に飛び出してくることはない。ラビリンスに用のない人間たちは、今日も気ままに暮らしている。
人は、早ければ十歳、遅くとも二十歳には、作中の天使であるクラゥディア・フィン・ラビリンスから最初の〝天恵スキル〟が与えられ、それに合わせた〝魔力属性〟と〝クラス〟も判明、ラビリンスに挑戦できるようになる。これを天恵スキルの発現という。
〝クラス〟はラビリンス挑戦時の役割適正のようなもの。
〝天恵スキル〟は、常に発動している特殊効果のようなものだ。
そして、主人公に発現した天恵スキルは〝絆の恩恵〟――共に過ごしている人に、EXPを分け与える魔法だった。
EXPとはラビリンスを攻略するキャラが積み上げていく経験値のことであり、クラスレベルを上げるために必要な数値だ。……つまり、主人公のそばにいる人は、それだけで強くなれるのである。
そんな〝絆の恩恵〟を与えられた主人公は、様々な夢や野望を抱えたキャラクターたちに求められ、日常生活を共に過ごしていくことになる……という導入らしい。
「なるほどねぇ。んで、こっちのページはゲームシステムか」
ゲームシステムとしても、重要となってくるのはやはり主人公に与えられた〝絆の恩恵〟のようだ。
主人公と、育てたいキャラクターのスケジュールを合わせる。ホームページには『公園デート』と『図書室勉強会』の画面が表示されており、他にもいくつかありそうだ。アプリを閉じている間も主人公とそのキャラクターはスケジュール通りに行動し、『内容』と『一緒に過ごした時間』と『親密度』によって、得られるEXPが変わってくるとのこと。
終了時刻が来る前に様子を見にいくと、古き良き恋愛ADVゲームのように選択肢付きの会話劇が始まり、正しい選択肢を選ぶと親密度の上昇量が増えるらしい。
そうして成長したキャラクターでラビリンスを攻略させることにより、メインシナリオが進んでいく。
また、親密度が一定量貯まると、キャラクターシナリオが解放される。それを読むことで親密度がアップし、〝絆の恩恵〟で得られるEXP倍率にボーナスがつくようだ。ただしキャラクターシナリオがあるのは☆5キャラクターだけらしい。
「で、肝心のストーリーは――」
ウェブページを切り替えようとしたタイミングで、リビングのドアが開き、洗濯かごを抱えた母親が声をかけてくる。
「あれ黎太、なにやってんの? そろそろ出かける時間じゃ」
「あ、やべっ」
黎太はすぐにテレビを消して、出かける支度を整える。今日は始業式、必要なものは特になし、おっとスマホをしまわないと――。
最後にチラリとホームページを見ると、リリースはなんと明日の零時となっていた。
* * *
学校では一日中友人たちにデフォルトネーム一致ネタでからかわれ、それぞれ『好きな声優がいるから』『このキャラ可愛い、俺もやる』みたいな感じで意気投合、最終的には『じゃあフレンド登録できるようになったらID交換しようぜ』と約束し――無事に帰宅。
こうしていよいよ、配信開始の瞬間が訪れた。
「よし、インストール完了、と」
スマホの画面に増えたアイコンをタップすると、しばらくのダウンロードの後、今朝のCMで流れていた可愛い声がタイトルをコールする。
『雲海のラビリンス! ラビリンスの謎を解き明かそう!』
表示されたタイトル画面は、白く大きな城のような雲を背景に、五人の少女が並ぶ一枚絵。
すぐに浮き出た『To Tap』の文字列をタップすると、大容量のデータをダウンロードする警告文が表示され、Wi-Fi環境であることを推奨される。
黎太はすぐに『YES』をタップして、ローディングを開始し、テレビをつける。
二階で親が寝ている手前、アニメの音量は小さめにして、黎太はリアルタイムでアニメ第一話も同時に視聴。
偶然とはいえ、自分の名前が主人公として扱われるのだ。黎太はけっこうドキドキしていた。
アニメ制作スタッフの名前が表記されつつ、さっそく物語が始まった。一方、アプリのローディングはまだまだ時間がかかりそうである。
この調子だと、アプリを始められるのは一話を視聴したあとになりそうだ。
『黎太……! いい加減、起きなさいっ!』
物語の冒頭の定番、ヒロインに叩き起こされるパターンだ。
ヒロインの名前は空埜未果。綺麗な黒髪を短く切り揃えた、小顔が可愛らしい女の子だ。ゲームでは、プレイヤーをナビゲートしてくれるキャラクターであり、設定上は主人公の幼馴染でもある。
「ほかにも数人、ホームページでキャラクターは見たけど……やっぱり未果が一番可愛いな」
あくまでも黎太の個人的な感想である。
テレビ画面ではカメラワークが切り替わり、主人公の顔が映された。
「それにしてもアニメの俺、めっちゃ美化されてるじゃん。声もイケメンだし」
アニメ特有というか、二次元特有の、穏やかで整った顔立ちの少年。これでリアル黎太より一つ年下の高校一年生という設定だ。……そもそもリアル黎太がモデルになっているわけではないのだから、美化もなにもない。
『――なんで未果が我が家にいるんだ……』
『昨日私たち、ここに引っ越してきたばかりでしょ』
『そうだ、今日から学生寮暮らしだったんだ!』
それから両親が長期の出張で不在になることや、黎太も未果も同じ高校に進学することなど、そういった事情が明かされていく。
「で、あたりまえのように男女一つ屋根の下なのな」
その点については、特に言及されなかった。いっそ潔さすら感じる。
アニメはそのままリビングのシーンへ。美少女ばかりが食卓を囲うおしゃれな空間に、未果と寝起きの黎太が入ってくる。
リビングで朝ご飯を食べている美少女は五人。みんな高校の制服を着ているが、制服のデザインは三種類ある。通っている学校が違うのかもしれない。
ちなみにこの五人は、ソシャゲの事前登録をしていれば、一人を選んで最初から仲間に加えることができるキャラクターたちである。もちろん☆5で、だ。せっかくだからこの話を見てからどのキャラを選ぶか考えてもいいかもな、と黎太は五人を観察する。
「赤い髪のポニーテールはやたらでかいし、金髪はやたら長くてボリュームあるし、ピンク色の髪の子は髪が猫耳になってるし……校則どうなってんだ、なんて突っ込むのは野暮か。つか、小学生まで出てきた――ってこの子が大家なのかよ!?」
ブツブツ呟きながら、黎太はアニメを見続けた。
第一話では、二階建て一軒家の学生寮と、アニメ黎太たちが通う学校で、キャラ見せのような話が描かれていく。
選べる☆5キャラをそれぞれ一言で表すと、姉御肌なスポ根女子、もの静かで内向的な文学少女、元気いっぱいで甘え上手な女の子、理系っぽいけど霊感があるらしい女子、わがままなお嬢様気質の少女、といったところか。
エンディングテーマは、そんな初期☆5の五人が組んだユニット『ラビリンスしんりゃくし隊!』による賑やかなキャラソンだ。
ちなみに、CMで空埜未果のキャラソンがエンディングテーマとして紹介されていたので、二話目以降は、ラビリンスしんりゃくし隊! がオープニングを、未果がソロでエンディングを歌うのだろう。
終わった、と思ったらCパートが始まり、初老の男性が厳かな顔で新入生の名簿を睨む一幕が流れた。
『我が校に入学してきたか……これも運命なのかもしれんな』
写真付きの名簿一覧がチラリと画面に映される。一年一組――黎太と未果の顔写真も含まれていた。
「え、これ校長先生キーキャラクターな感じ? てか、クラゥディア・フィン・ナントカとかいう天使? 結局出てこなかったな……」
こうしてCMが流れ始め、黎太はテレビを消した。一方、スマホのローディング画面は、ちょうど『100%』になったところ。せっかくだ。
「よし、やってみるかな」
『雲海のラビリンス! ラビリンスの謎を解き明かそう!』