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02:江見凜乃。②

 奏多たち三人はボロアパートから出て、紫鳥の後を追っていた。奏多はスマホを見ながら歩き、麻代がそのスマホの画面を見て問いかけた。


「何それ?」

「スマホ。何、ガラケー時代の人ですか?」

「ははっ、ガラケーって何?」

「はいはい、そうかよ」

「それで? その画面は何なの?」


 奏多が見ているのは一見すれば地図であったが、普通の地図に色とりどりの線が加えられ、一部には建物を覆う緑や赤の円が存在していた。


「陰陽師が使うパワースポットとか龍脈、それに登録した霊力を感知することができるアプリだ」

「えっ、何それ陰陽師なのにハイテク。それに欲しい。ちょうだい」

「ほしいなら陰陽師にでもなることだな。これは陰陽師しか使えないからな」

「何で? また嘘?」

「人をウソつき呼ばわりするな。……このアプリ、というかこのスマホは霊力を一定以上送らないと機能しない、普通のスマホの電気が霊力になった陰陽師バージョンのスマホだ。だから一般人が使おうとしても使えない」

「でもそのスマホに霊力を溜めてたら使えるってことだよね?」

「……まぁ、そうだな」

「ならちょうだい! 充電? 充霊? がなくなったら奏多に会いに行くから!」

「お前は鬼畜か。俺をガソリンスタンドか何かだと思っているのか?」

「そんなことないよー。奏多は私の大切な大切な玩具(おさななじみ)だよー」

「絶対に幼馴染とか思ってないだろ」


 麻代の気持ちのこもっていない言葉にため息を吐いて諦めたように反応をする奏多。そんな二人を見て、凜乃はくすりと笑った。


「麻代ちゃんって、土御門さんと本当に仲が良いんだね」

「そう見える?」

「うん、こんなに嬉しそうな麻代ちゃんは見たことないもん」

「……うん、幼馴染だから」

「おい、なにそんなしみじみとした顔で言っているんだ、お前は。そんなこと欠片も思っていないくせに」

「あっ、バレた?」


 こんな幼馴染と早く離れたいと思っていた奏多であるが、結局は麻代が奏多の家に週四以上で通う結果となってしまっている。


「それよりも、このスマホを凜乃も欲しいよね?」

「えっ? えっとぉ……、でも使えなかったら意味がないから別に良いかなぁ」


 突然麻代から凜乃の方に質問が来たため、凜乃は戸惑いながらもどちら側にもつかない回答をした。


「ねぇ、奏多。これって他にどんな機能があるの?」

「……ないな」

「はいダウト! 幼馴染に嘘は通用しないことを知らないの?」

「俺はお前の嘘を見抜けたことはないがな。……まぁ、悪霊がいる場所は分かるな。それにカメラ機能を使えば悪霊を見ることもできる」

「もーらい!」

「おいっ!」


 奏多の言葉を聞いた瞬間に麻代は奏多から陰陽師専用のスマホを奪い取って操作し始める。


 奏多は麻代から取り戻そうとするが、凜乃から見れば嬉しそうな顔をする麻代がスマホを抱きかかえて奏多が後ろから抱き着いているラブラブした状態にしか見えなかった。


「奏多、この状況を客観的に考えて」

「……ふぅ、それで俺を脅しているつもりか? だが残念だな。好きに叫べばいい」


 奏多が自身がどういう状況なのか理解できたが、奏多には陰陽師として霊力が低い人間の記憶を少しだけいじる術を使えるため怯えるつもりはなかった。


「凜乃! 写真を撮って!」

「えっ⁉ う、うん!」

「待て、江見さん。これから助けようとしている俺の弱点を作るつもりか?」

「えっ、えっとぉ……」


 麻代に写真を支持された凜乃であったが、麻代と奏多に両挟みにされた凜乃はどうしたらいいのか分からなかったが、とりあえず麻代の言う通りに写真を撮ることにした。


「江見さん⁉ 血迷ったか⁉」

「ナイス凜乃! さすがは私の友達だね!」


 まさか取られるとは思っていなかった奏多は驚き、麻代は良い笑顔をしている。


「さぁ、奏多。凜乃が撮った写真をおばさまに送られたくなければこれをちょうだい」

「……分かった。でも後にしてくれ」

「うん、最初からそのつもりだよ」


 そう言った麻代は大人しく奏多にスマホを返した。こういう何でも自分の思い通りにする辺りがとても奏多の心労をかけてくる。


「でも思ったんだけど、陰陽師専用のスマホって言う割には、機能が陰陽師専用じゃない気がするのは気のせい?」


 麻代の頭の良さに奏多はさすがと思う反面、毎回毎回厄介だと思いながらも、隠そうが隠さまいが一緒だと思い言うことにした。


「麻代のお察しの通り、それは本来陰陽師だろうが一般人だろうが使えるようにしたスマホだ。まぁ、陰陽師はそのスマホでできることをほとんどできるように習っているから、不得意分野をスマホで補ったり、霊感がないけど悪霊を知っている人に渡したりしている」

「えっ? 奏多って、これがなくてもすべてのことができるんじゃないの? 安倍晴明以上の力を持っている天才とか……あー、そういうこと?」

「お前はたまに変に考えるから一応言ってくが、別に俺はこれがなくても問題はない」

「それなら何で使ってるの? 弱みを隠しているの?」

「違うって言っているだろうが。ただ単にこっちの方が無駄に集中力を使わないだけだ。すべてのことに効率を求める、これこそが現代の陰陽師の姿だ」

「何か思っている陰陽師と違うからスマホを使うのをやめて」

「お前は鬼か」


 主に奏多と麻代が話している間に、タクシーを駆使して紫鳥がいる場所にたどり着いた。


「ここって……」

「うん、この道はそうだと思っていたかな」

「ここが例の場所か」


 目的の場所にたどり着いた時、凜乃は顔を青白くさせ、麻代も少し顔をこわばらせているが、隣にいるバカそうな顔をしている奏多を見て平常運転に戻った。


『かなたぁ~、もどってもいい~?』

「あぁ、ありがとう」

『どういたしまして~。……ねるぅ~』


 紫鳥が奏多の肩に乗りそう会話すると紫鳥は消えていった。ただし、それを奏多にしか見えていないため、肩を見てお礼を言っている奇妙な光景が目に入っていた。


「麻代と江見さんはここに居てくれ。俺が一人で行ってくる」

「えっ?」


 凜乃が奏多の言葉で驚いている間に、奏多は一人でその曰く付きの物件に入ろうとする。


「まぁ待ってよ」

「言っておくが同行不可だ」

「安倍晴明を超える陰陽師の除霊現場なんてそうそう見れないんだからお願い~」

「ダメだ」


 麻代が肩をつかんで同行しようとするが、奏多からは頑なな意志を感じた麻代。いつも通りに答えている奏多であるが、幼馴染である麻代には丸わかりである。


「そんなにこの中はやばいの?」

「……ヤバいかヤバくないか、麻代たち一般人の感覚で答えるならヤバいだろうな」

「どれくらい?」

「まぁ、今の状態で入れば間違いなくその場で殺されるくらいだ。来るのが二ヶ月前で良かったな」


 その言葉を聞いた凜乃はゾッとした。そんなにヤバいものに憑かれていたのかと思うと震える自身の体を抱きしめる。


「大丈夫だよ、今は奏多がいるから」

「……うん」


 それに気が付いた麻代は凜乃を後ろから抱きしめて安心させる。それを見ていた奏多はだからこそ待っていればいいのにと思っていた。


「奏多、やっぱり除霊している光景を見ていた方が凜乃が安心すると思うよ」

「お前らは見えないだろ」

「それならさっきのスマホを使えば見れるんじゃないの?」

「……それはあまりおすすめしないぞ?」


 奏多は麻代の言葉にチラリと曰く付き物件の方に目を向ける。麻代の目には曰く付き物件だから誰の手にもかかっていない建物でしかなかった。


「それでも見せて」

「分かった、だが覚悟して見ろよ」


 こういう時の麻代は頑固だと思い、奏多は麻代にスマホを渡した。受け取った麻代はスマホを操作してカメラ画面に切り替え、スマホを横にして曰く付き物件にカメラを向けた。


「ひっ……⁉」

「だから言っただろ」


 スマホ画面を見た麻代は驚きのあまりスマホを放して後ずさりした。落ちそうになるスマホを奏多はキャッチして言わんこっちゃないというような顔をしていた。


「……普通に、あんなにいるの?」

「そんなわけがないだろ。これは稀な状況だ」


 驚きの表情が未だに取れていない麻代の脳裏には、曰く付き物件に悪霊が大量に漂っており、こちらに視線を向けている悪霊がいる光景が焼き付いていた。


 麻代は悪霊という存在をいることは分かっていたが実際に見たことがなかった。幼い頃から悪霊に狙われやすいということで幼馴染のよしみで奏多に守ってもらっていたからふわふわした感覚でいるのだと理解していただけだった。


 だが、つい今しがた見た悪霊があんなにもおぞましいものだとは思っていなかった麻代は、少し怖くなって奏多の服の袖をつかんだ。


 そんな麻代を見ていた凜乃も、感化されて怖くなり麻代とは反対の奏多の横に陣取った。


「これくらいのレベルだと、依頼が来てそうだけどな」


 そんな二人を見てこいつらどうして曰く付き物件に行ったんだろうかと思いながら、奏多はスマホでアプリを開く。


「やっぱり来ているな」


 奏多の言葉で二人は奏多のスマホ画面を覗き込んだ。両側から女の子に挟まれていることで奏多はドキドキしながらも、平常心を保つ。


 スマホ画面には奏多たちの目の前の曰く付き物件の住所とその写真が載っており、上級悪霊と書かれていた。


「奏多、これは?」


 奏多の近くにいることで幾分か余裕を取り戻した麻代がスマホ画面の中のことについて聞いた。


「これは除霊依頼のアプリだな。こうして自分に合ったレベルの悪霊を除霊することで報酬を貰える仕組みになっている」

「陰陽寮? とかから依頼が来るわけじゃないの?」

「陰陽寮は陰陽師の総括をしている組織だが、そこはあくまで陰陽師を管理する組織だ。悪霊を祓うのは陰陽師の意志や依頼でやることが多い。まぁ、大災害が起こる悪霊が出れば、陰陽寮から緊急招集がかかるようになっている」

「ふうん、それって一般人が何人死んでも良いっていう考えってこと?」

「国が成立していれば良いという考えだな、国も、陰陽寮も」

「何か嫌な考え方」


 奏多は陰陽師の人手不足も原因があるんだがなと思いながらも、最後の麻代の言葉に何も反応しなかった。


「それでこの上級悪霊ってどれくらいの強さなの?」

「上から二番目の強さだな」

「下からは?」

「三番目の強さだ」

「下から強さを言ってもらっても良い?」

「低級、中級、上級、特級の四つだ」

「上級って、どれくらいヤバいの?」

「だから言っただろ? 無防備な一般人なら一瞬で弄ばれて殺されるか、そのまま殺されて喰われるか。まぁ殺されるな」


 麻代は曰く付き物件を見てヤバさを悟り、情報でもヤバさを悟った。そしてどれだけヤバいところに足を踏み入れたのだろうかと考えた。


「とにかく、俺は祓ってくる。二人は待っておけばいい」


 ここで話をしていても何も解決しないし、何よりこれを放置していればもっとヤバいことになることは目に見えていたため、奏多は入ることにした。


「私も入る!」

「バカか」


 何故さっきまで怖がっていたのに入るという思考になるのか分からずに奏多は反射的にその言葉を発してしまった。


「あははっ、奏多よりはバカじゃないよ~」

「お前は違うベクトルでバカなんだよ。それよりもどういう心境なんだよ」

「いや、やっぱりこういう機会を逃したらもったいなくない? 何事も経験だよね!」

「世の中にはいらない経験もあると思うぞ」


 呆れてしまった奏多ではあるが、それでもいつもの調子に戻った麻代に少しだけ安堵した。こんなことで安どするような自分はいかれていると思った奏多であった。


「凜乃はどうする? 待っとく?」

「こいつの頭がおかしいだけだから待っておいた方が良いぞ」


 麻代と奏多はそう言うが、凜乃はここで待つのなら一人になってしまうことに身震いした。


「い、行きます! 一人は怖すぎます!」

「あー、そう言えばそうだな。それじゃあ行くか」

「ちょっと待って、奏多」

「何だよ」


 今度こそ行こうとした奏多であるが、再び麻代に止められて眉間にしわを寄せて振り返った。


「これが一番重要だけど、奏多はこの悪霊を祓うことができるの?」

「それは最初に聞くことだと思うぞ。それに俺が安倍晴明以上の力を持って生まれたって言っていただろう? 俺に祓えない悪霊はいない」


 自信満々に言い放つ奏多に麻代と凜乃は安心感を覚えた。ただ麻代はフラグか何かではないかと考えたが、今まで守ってくれていた奏多を信じることにした。


 奏多が進み始めると、麻代と凜乃は奏多の横に立って腕をつかみながら歩き始める。まるでお化け屋敷に来た気分だと思いながら、奏多たち一行は曰く付き物件の私有地に足を踏み入れた。


 その瞬間、麻代と凜乃は体の至る所から変な汗が出てくるほどの重圧がのしかかってくるのを感じた。麻代は何とか耐えたが、凜乃は耐え切れずに崩れ落ちそうになる。


「大丈夫か?」

「……は、はい、たぶん……」

「私、陰陽師じゃないのに、ここが、ヤバいって感じるよ」


 耐えている麻代だが、本能でこれ以上進むなと体が拒んでいることを感じた。いつもは人間で遊んでいる麻代でも、今の麻代の状態は完全に遊ばれる側だと肌で感じる。


「あっ、すまん。結界を張るのを忘れていた」


 素で忘れていた奏多はすぐに二人に結界を張ったことで、さっきのことが嘘のかのように重圧がなくなり呼吸を整える。


「ふんっ!」

「いたぁっ!」

「忘れるなんて信じられない!」

「仕方がないだろ、いつもはこんな結界を張らないんだから」


 いつも一人で悪霊を祓っている奏多は本当に忘れていただけだった。


「奏多は自分に結界を張らないの⁉」


 だがそれを喰らった麻代はいつもの余裕はどこにやら、かなりキレている様子であった。今までのことに仕返しを受けたのではないかと思ったほどであった。


「俺は張るわけないだろ。陰陽師の第一条件は対峙する悪霊に耐性があることだ。この結界は一般人を保護するために使う結界だ。正確に言えば、霊力を遮断する結界だから使うわけがない」

「……ほんと?」

「ホントホント」

「……帰ったら覚えておいてね」


 ヤバい相手にヤバいことをしたかなと思いながら、凜乃の呼吸が整ったことで奏多は進むことにした。


 ただ、二人、特に凜乃の足取りはとてもゆっくりなため凜乃に合わせて奏多は歩く速度を変えた。


 一分かけてようやく玄関にたどり着いた奏多は家の扉を開けようとすると、勝手に開いたことで歓迎していることが理解できた。


「……鍵、いらなかったね」

「こういう時は本当に除霊の時に便利だ」


 ポケットから鍵を取り出していた麻代だったが、ポルターガイストを目の当たりにしてそう言いながらポケットに鍵をしまった。


「おじゃましまーす」


 奏多は適当な声を上げながら靴を脱がずに土足で家に上がり、二人も土足で家に上がる。だがそれと同時に開け放っていた扉はしまり、家のあちこちから物が動く音が聞こえてきた。


「ッ……!」

「こわぁ……」


 凜乃と麻代はそれを聞いて思わず奏多の腕に抱きしめる。とてもモテている気分だと感じながら、奏多はとりあえず洗面台に行くことにした。


「洗面台に向かって、悪霊と出会うぞ」

「オッケー!」

「……はい」


 奏多の言葉に麻代は無理に元気よく返事をして、凜乃は麻代とは対照的に消え入りそうな声で返事をした。


 奏多は誰に言われることなく一直線に洗面台の方に向かっているが、ポルターガイストが止まることなくずっと音が家の中に響いている。


「うぅ……」

「り、凜乃、もう少し頑張ろ?」

「う、うん……」

「私も漏らさないように頑張るから……!」


 泣きそうになっている凜乃を励ましているのか一緒に頑張ろうとしているのかが分からない奏多は、こうなるなら来なければ良かったのにとまた思っていた。


 そして三人は洗面台にたどり着いて、奏多が洗面台の前に立とうとしたが、それを凜乃に止められた。


「あ、あの、本当に大丈夫なんですか……?」


 不安げに凜乃が上目遣いで奏多に問いかけてくる。一般人からすればこの状況をただ一人に任せられるのか分からないという気持ちは分からなくもないと奏多は思った。


 実際に陰陽師っぽくない外見で、奏多のアパートで祓ったところを見れていないということで奏多が一番理解していた。


「大丈夫だ。江見さんは絶対に俺が守る。ついでに麻代もな」

「ついでは余計だよ~」


 奏多の真っすぐな瞳を見た凜乃の心は恐怖や不安がなくなっていることに気が付いた。


「大丈夫、一瞬で終わらせる」

「は、はい……」


 もう一度重ねて言われた奏多の言葉に凜乃は自然に足が前に進んでいた。そして洗面台の前に立った三人は、それほど広くない場所であるがくっついている三人の姿を鏡が映し出していた、その背後に奏多のアパートで祓った四十代くらいの男が笑みを浮かべて立っているのも。


「ッ!」

「お願い奏多!」


 二人にも鏡に映っている鉈を持った男が見えていた。その男が鉈を振り上げたことで凜乃はすぐに思いっきり目を閉じ、麻代はしっかりと奏多にしがみつきながらそう叫んだ。


藍蛇(あいじゃ)

『お任せを』


 奏多の言葉を聞いてすぐに家中のポルターガイストの音が消えたことに気が付いた凜乃はゆっくりと目を開けた。


「……蛇?」


 凜乃の目には鏡に映っている三人と、さっきまで凶悪な笑みを浮かべていた男が藍色の巨大な蛇によって締め上げられており、苦しそうにしていた。


「喰らえ」


 そして藍蛇は口を大きく開けて男を動いている状態で丸呑みをし始めた。ジタバタと抵抗している悪霊であったが、一切意味を成さず食べられた。


 藍蛇の胴体は悪霊の大きさで膨らんでいたが、すぐにしぼんだことで完全に悪霊の気配はなくなった。藍蛇は役目をはたして消えていった。


水未(すいび)

『へいへーい、お呼びか奏多ぁ!』


 今度は水色の毛をした未が出現した。


「藍蛇の悪霊から奪い取った生気を元の人に返せ」

『はぁぁっ⁉ どれだけしんどいと思ってんだぁ⁉』

「良いからやれ」

『全くよぉ! 未使いが荒いぜぇ⁉』


 文句を言いながらも水未は仕事を行い、水色の毛が綿のようになり家の中を透過してどこかに飛び去って行く。


 さらに凜乃の体にもその綿が入り込み、凜乃はとてつもなく元気が溢れてきたことを感じた。


『これで終わりだぜ全くぅ!』

「ありがとな」

『これくらいお安い御用だぜぇ!』


 終始荒い言葉遣いだった水未が消え、残りの仕事である上級悪霊が呼び込んでいた低級悪霊を奏多は単純な霊力を曰く付き物件全体に放出することで消し飛ばした。


「終わったぞ」


 藍蛇を出したところを麻代と凜乃は鏡越しで見ており、そこから家の異常性がなくなったことを感じ取ったことで、すでに不安や恐怖はなくなって奏多から手を放していた。


「何と言うか……、本当にあっという間だったね」

「レベルが同等ならもう少し時間がかかるけど、まぁ、上級悪霊と俺くらいなら一瞬で終わる」

「すごいですね……!」

「ど、どうも」


 麻代は呆気なさを感じ、凜乃は藍蛇や水未を鏡越しに見たことで羨望の眼差しで奏多のことを見ていた。奏多は凜乃の視線に少しだけ恥ずかしさを覚える。


「それから、江見さんの奪われていた寿命はもう返しておいた。さすがにすべて、とはいかないが失われた分はせいぜい二年くらいだ」

「は、はいっ、ありがとうございますっ!」


 奏多の言葉に凜乃は深く頭を下げてお礼を言った。半ば脅されてやったから特にお礼を言われなくても良いと思った奏多だが、素直に受け取ることにした。


「ねぇ、結局あの気持ち悪い悪霊の正体って何だったの?」

「殺人鬼」

「殺人鬼? そんなヤバい悪霊だったんだ」

「あれは悪霊になってから上級悪霊になったと思うから、俺たちの感覚で行けばそこまでヤバくはないな」


 麻代と奏多が会話しながら、三人は曰く付き物件から出た。その際に扉の鍵は簡単に開き、外から見ても中から見ても至って普通の家に成り上がり、曰く付き物件の影すらなくなっていた。


「俺は除霊の報告をしてくるから、ここで解散だな」

「私も行きたい!」

「無理だ。陰陽寮に一般人は入れない」

「ちぇ~。それなら奏多の家で待ってても良い?」

「帰れ」

「鍵ちょうだい」

「そんなに家に帰りたくないのならそこに家があるだろ。ちょうど鍵も持っているな」

「それならこの鍵と交換して?」

「さっさと家に帰れ」


 奏多はそう言って麻代と凜乃に背を向けて歩き始める。そんな奏多に麻代は彼の背中に文句をぶつけ、凜乃は少し顔を赤くしながら頭を深々と下げて奏多が見えなくなるまで下げ続けた。

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