01:江見凜乃。①
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
もうあのアニメを見ていたらこういう作品を書きたくなりました。
ある平日の昼下がり。ある男はロクに手入れされていないアパートの一室で惰眠をむさぼっていた。普通なら誰も彼もが起きている時間帯であるが、彼は大学生の本分を全うせずに授業をさぼり寝ていた。
そんな気持ちのいい時間帯に寝ている彼だが、彼の部屋に備え付けられている古臭いインターホンの音が鳴り響いたことで薄っすらと彼は目を覚ました。そしてもう一度鳴らされたことで目を覚ましたが、気持ちよく寝ていたため不機嫌なことこの上ない。
「……誰だよ」
不機嫌であるが、それとは関係なく彼はインターホンに応じるつもりはなかった。こんなところに来る人は決まってセールスマンであると考えたためである。
「……寝よ」
もう一度布団に寝転がり、目を閉じて惰眠をむさぼろうとした。だが今度はインターホンがあり得ないほどに連打されていることで寝ようにも寝れずに、どこかのクソガキがインターホンを鳴らしているのだと思って眉間にしわを寄せた。
「クソが……」
彼は苛立ちを隠しきれずに悪態をつき、扉の方に近づいて行く。そしてドアアイを覗いて誰なのかと見ようとするが、真っ暗になっていることで誰かが覗かせないようにしているのだと彼は考えた。
「誰ですか?」
寝起きなため声が低くなっているのと不機嫌なことが相まって野太い声になっていることに彼は気付いているが、そうさせているのが扉の向こうの誰かであるためそんな声になっていることはあちらに責任がある。
「すみませーん、ちょっと道を尋ねたくて」
扉の向こうから可愛らしい女性の声が彼の耳に聞こえてきたが、そんなことで彼は釣られない。すでに彼は女性と聞いても食いついて行かない領域にいるのだ。
「……調べてください」
そして追い返すために彼はそう言った。このご時世でスマホを持っていない人はそうそうおらず、ここに聞きに来るのも怪しいものがあると考えたからである。
「調べても少し地図が分からなくて……、できれば教えてくれませんか?」
「交番にでも行ってください」
「その交番の行き方も分からないんです」
「それじゃあ他の家の人に聞いてください。自分は今忙しいので」
「他のところにも聞いて行ったのですが、誰もいなくて。それに少し急いでいるので教えていただけるとありがたいです」
「でも自分もあまりここら辺の立地に詳しくないので他の人に当たってください」
「いえ、話を聞いてくれるだけでも良いので」
かなりしつこく来ている扉の向こうの女性に彼はさすがにイラつき始めた。もう構う必要はないと思い、扉から離れて三度、寝しようと布団に寝転がった。しかし扉から離れたと分かった扉の向こうの女性は再びインターホンを連打し始めた。
しばらく無視していた彼であるが、数分以上それをされたことで堪忍の緒が切れ、強い足音を立てながら扉まで行き勢いよく扉を開け放った。
「うっせんだよ!」
「やっほー」
彼が扉を開け放った先には長く美しい黒髪を持っている端正な顔立ちの女性が手を軽く上げて立っていた。それを見た彼はすぐさま扉を勢いよく閉めようとするがその女性が足を入れて防いだ。
「いったぁ!」
「足を入れているからだ! 早くどけろ閉めれないだろ!」
「ふふふっ、そんなことを言われて足をどける私だと思う?」
「そうか。それなら足とは今日限りでお別れだな」
そう言った彼は女性の足が入っているのにもかかわらず思いっきり扉を閉めようとしている。
「いたたたたたっ! 本気で冗談にならないでしょ⁉」
「足とおさらばしたくなければどけろ」
「一回扉を開けないとどけれないよ!」
「……それもそうだな」
美人な女性の言葉に納得した彼は扉を閉める力を緩めて足を引っ込めれるようにした。しかし、そんな時に美人な女性がそれを見計らっていたかのように思いっきり扉の縁をつかんで引っ張る。
「凜乃! あなたも引っ張って!」
「え、え? わ、私?」
「そうよ!」
扉の向こうから美人な女性とは違う女性の声が聞こえてきたことで彼は扉の向こうには二人いることが分かった。ここで扉を閉めることも可能だが、そうすれば女性の手足に大けがを負わせてしまうと思った彼は扉を閉める力を急に抜いた。
「きゃっ!」
「わっ!」
彼がそうしたことで扉を引っ張っていた彼女たちは後ろにこけた。そして彼は扉を開けて外にこけている女性二人を見た。
「ちょっとー、急に力を抜くのはナシでしょ!」
「それなら引っ張らなければ良い話だ」
尻もちをついている美人な女性は近くに来た彼に手を伸ばしたところ、彼はその意図が分かって手を引いて立ち上がらせた。そして彼は隣にいるもう一人の女性に彼が目を向けると、誰にも気が付かないくらいに眉を動かしたが平静を保った。
「ほら、凜乃にも手を貸してあげて」
「……お前がすればいいだろ」
「私って筆記用具より重い物を持てないんだよね~」
「嘘つけ。そこら辺の男よりも力持ちのくせに」
「うん?」
「はいはい」
美人な女性から凜乃と呼ばれている弱弱しい雰囲気の二つ結びをしている女性、江見凜乃に彼は手を伸ばした。凜乃は恐る恐る彼の手を取って立ち上がった。
「それじゃあ入るね」
「勝手に決めるな」
「何? 見られたら困るものでもあるの? エロ本? アダルトグッズ?」
「あっても言うわけないだろ?」
「お邪魔しまーす!」
「おい」
美人な女性は彼に構わず彼の部屋に入っていく。そこで取り残されたのは彼と凜乃であるため、彼はため息を吐いて凜乃を部屋の中に招き入れる。
「どうぞ。どうせあいつに振り回された口だろ? 止めても止まるわけじゃないからな」
「ははっ、確かにそうですね」
彼の言っていることに凜乃は儚げに笑って彼に言われるがままに部屋の中に入る。彼の部屋は1Kとなっており、入ってすぐのところに狭いキッチンスペース、その奥にさっきまで彼が寝ていた布団と台がある。
「何この冷蔵庫? 何も入ってないけど」
「勝手に人の冷蔵庫を漁るな」
美人な女性は彼の許可なしに冷蔵庫を漁っているが、設置されている冷蔵庫には何も入っていない。彼が昨日使い切ったためである。
「ほら凜乃。汚いところだけで座って」
「あの、麻代ちゃん? 少し勝手をし過ぎじゃないの?」
「良いの良いの。小さい頃から知っている仲だからこんなことをしても日常茶飯事だから」
「それを日常茶飯事にしたのはお前だけどな」
美人な女性、神山麻代はケラケラと笑っているがそれを彼が死んだ目をして突っ込んでいるところを見て、凜乃は彼らの関係性を理解して彼に同情した。
「ねぇ、何か買ってきて? 私のどが渇いた~」
「水道水でも飲んでろ」
「それに茶請けか何かないの?」
「そこら辺の雑草でも食べてろ。食べ放題だぞ」
「ねぇ~」
「……はぁ」
麻代の我がままが永遠に終わらないことを身をもって分かっている彼は、大人しく近くのコンビニに買いに行くことにした。それを凜乃が手伝おうとしたが、麻代が止めて彼一人が行くことになり、数十分後に帰ってきたことでようやく本題に入ることができた。
「やっぱり奏多は私のことをよく分かっているよね。こんなにも私が好きな物を買ってきてくれるんだから」
「毎回毎回駄々をこねられたら嫌でも買ってくる。それで? どうしてここに来たんだよ」
麻代は美味しそうに駄菓子を食べて目の前に座っている彼、土御門奏多をほめているが奏多は今までのことを思い出して嫌な顔をしながら無理やり本題に移した。
「どうしてって、奏多ならもう分かっているんじゃないの?」
麻代はそんな突拍子のないことを奏多に言っているが、奏多は訳の分からないと言った顔をして麻代に答える。
「一体何の話だ? 俺には何のことだか全く分からないぞ?」
「嘘ばっかり。分かっているでしょ?」
「分かっているわけがないだろ? 俺を超能力者か何かかと思っているのか?」
奏多が分かっていると一方的に決めつけている麻代をバカにしたような感じで奏多は言った。だが奏多は分かっているため、どうやったら何もやらなくて済むのか考えている。
「ねぇ、麻代ちゃん。彼がこう言っているんだから、頼るのは……」
「大丈夫だよ、凜乃。だってこの目の前の男、土御門奏多は陰陽師の家系に生まれた本物の陰陽師なんだから」
「えっ……陰陽師?」
麻代から奏多が陰陽師だと聞いて凜乃は陰陽師が本当に存在していたのかと新種の生物を見るような目で奏多を見た。
「そうそう! しかもあの安倍晴明以上の力を持って生まれた超すごい陰陽師なんだよ。だからこの奏多に頼めば凜乃の悩みなんてすぐに解決するから」
奏多はそう簡単に素性を明かすんじゃねぇよと麻代に内心愚痴を言いながらも、まだ奏多は諦めていなかった。
「そうだとしても、そこの彼女が悩んでいることが陰陽師と何か関係があるのか? 俺にはそうは思えないが」
「ふぅん、そういう態度を取るんだ。……凜乃、最近起こっていることを言ってみて?」
「う、うん、分かった」
奏多の言い分に鋭い視線を送る麻代は凜乃にそう言って事の顛末を話すように促して、凜乃は奏多に向けて話し始めた。
「あの、二ヶ月くらい前なんですけど、麻代ちゃんともう一人の友達と一緒に曰くつきの物件に丑三つ時に行ったんです。その家の洗面台にある鏡を見て私の後ろに知らない男の人が立っていたんです。一緒に見ていた麻代ちゃんたちは何も見ていなかったので、その時は気のせいかと思っていたんですけど、最近身の回りで不可思議なことが起こっていて気のせいとは思えなくなっているんです」
「不可思議なこと?」
「はい。突然何かが肩に乗っているのかと思うくらいに重くなったり、気分が悪くなったり、寝ている間に枕元に誰かが立っていると感じたり、知らない間に傷ができていたり、色々なことが起こっているんです」
「へぇ……。それはまた不可思議だな」
凜乃の話を聞いても、他人事のように返している奏多はやっぱりとしか思わなかった。
「一ヶ月くらい前から霊媒師や霊能者に頼ったり神社に行ったりしたんですが、全く祓うことができませんでした。祓ったと嘘をついてお金を貰おうとしている人、祓おうとすれば発狂しだす人、門前払いをする人など様々でした。その間にもずっと不可思議なことが起こっていて、ずっと眠れていないんです」
凜乃の目の下には化粧をして一見分からないようになっているが、よく見れば目の下が黒くなっていることから奏多はそれが本当のことだと理解できた。
「もう……、どうしたらいいのか分からなくて……」
相当精神に来ているのか凜乃は目に涙を浮かべて声を震わせている。麻代はそんな凜乃の肩を抱いて奏多の方を見た。
「ねぇ、本当はいるんでしょ? 凜乃に取り憑いている何かが」
「……さぁな」
泣いている女性がいるのにもかかわらず、奏多は知らんふりを続けた。その態度を見た麻代は満面の笑みを浮かべ始めたことでそれを見た奏多は背筋を凍えさせた。
「奏多?」
「な、何だよ?」
「言って?」
「……だ、だから俺は何も知らないって」
「言って?」
「そ、そんなことを言われても……」
「言って?」
麻代のその一言だけで奏多は冷や汗が止まらなかった。奏多は麻代にこれまで幾度となく口では言えないくらいの仕打ちを受けてきたため、本能的に逆らえないようになっているのだった。
「……あぁ、彼女には取り憑いている」
「もぉ、分かっているのなら早く言えば良いのに」
奏多は観念して本当のことを口にしたことで麻代の笑顔の圧は消えた。こうなってしまえば他人事のように言うのもバカバカしいと奏多は思った。
「それで? 凜乃は何が取り憑いているの?」
「そうだな……」
麻代に聞かれた奏多は、希望にすがる目をしている凜乃の背後を見た。奏多の目には気持ち悪い笑みでこちらを見ている四十代くらいの男が包丁を持っている姿が見えた。
「専門家のところに行った時、何が取り憑いているとか言われなかったのか?」
「えっ……、言ってくれる人はいませんでした」
「そうか……」
「そ、それがどうかしましたか?」
「いや、確認だ。気にするな」
普通の男ではないことは一般人がこの姿を見ても明らかだった。ただ、奏多の目にはその幽霊が特殊な幽霊だと見抜いた。そして奏多はさっきの質問で取り憑いている幽霊が霊媒師などでも見抜けない部類なのだと判断できていた。
「結論から言えば、もう不可能だ」
「……えっ?」
「もう、祓うことは不可能だと言っている。諦めて余生を全うすることだな」
奏多は凜乃にそう言って死刑宣告を行った。それを聞いた凜乃は奏多が何を言っているのか分からずに何も反応できないでいた。
「奏多?」
「こればっかりは無理だ。もう手遅れだ」
また笑みを浮かべようとした麻代だが、そう言い切った奏多が本当のことを言っているのだと理解できて笑みを収めた。
「どうして手遅れなの?」
「幽霊ってのは、人間に取り憑いていたら基本的に生気を吸ったり取り憑いている人を殺しに行こうとする。だが、稀に魂を喰らいに来る悪霊がいる。それが彼女に取り憑いている幽霊の正体だ」
「どうしてそれで手遅れなの?」
「もう彼女の魂は四分の三くらい喰らわれている。これではこの悪霊を祓ったところで彼女は長く生きられない」
奏多の言葉に麻代は奏多の目を真っすぐ見て、ニヤリと笑ったことで隠していたことがバレたと思った。麻代が口を開こうとしたが、その前に話を理解できた凜乃が口を開いた。
「え……、わ、私、もう死ぬの? ……いや……、いやぁぁぁっ‼」
凜乃は自身の震えている体を抱いて涙を流して声を荒げた。奏多の目にはその凜乃の姿を見て滑稽に笑っている悪霊の姿があった。
「落ち着いて、まだ死ぬと決まったわけじゃないわよ」
「でも、陰陽師の彼がそう言ったじゃないですか!」
「うん、そうだね。でもそれは冗談だから信じなくていいよ」
「……じょう、だん……、冗談?」
「奏多、そうだよね?」
「本当のことだけどな」
「やっぱり本当じゃないですかぁ!」
「……奏多、あとでお仕置きね」
「……本当のことを言えと言われて、言ったのにこの仕打ちだよ」
泣いている凜乃にそれを落ち着かせようとしながら奏多にキレている麻代、麻代の言葉に辟易としている奏多と混沌としていた。そしてしばらくして凜乃が落ち着いたことで奏多は麻代に視線で話すように言われたことでさすがに言うことにした。
「こいつに取り憑いている悪霊は本体の一部分でしかない。さらに厄介なことに一部分が喰らったものは本体に送られている。だからそれを祓ったとしても本体に魂をもっていかれているから魂は戻ってこない。逆に言えば、本体さえ探し出せれば魂を取り返すことくらい俺には容易いことだ」
「なら今やるべきことは悪霊の本体を探すことなのね?」
「そうだな」
「それなら簡単ね。奏多が探せばすぐに見つかるでしょ?」
「は? 何で俺がそんなことをしないといけないんだ?」
「……またぁ? もういい加減に手伝ってくれても良いじゃない」
「それをして俺に何かメリットでもあるのか? それに、彼女が取り憑いてる悪霊を始末するのが面倒だから俺はやりたくなかったんだよ」
凜乃を一目見た時から奏多はすべてを理解していたため、知らないふりをしていたのだ。だが、それをして怒らない人はいない。麻代はニコニコとしながらバックからスマホを取り出して電話帳からある名前を見つけて発信した。
「おい、どこに電話しているんだよ」
「あなたの実家」
麻代の言葉に奏多は顔を真っ青にして麻代からスマホを奪おうとしたが、するりと避けられた。
「あっ、おばさま? 麻代です。……はい、元気です。……おばさまも元気そうで何よりです。……実は、あなたのおうちのお孫さんが……はい、代わります」
麻代は真っ青な顔をしている奏多をあくどい笑みを浮かべながら見下ろして、スマホを奏多に渡した。それを奏多は恐る恐る受け取り、諦めて口を開いた。
「もしもし」
『もしもしじゃないよ!』
「ッ⁉」
奏多の耳に強烈な自身の祖母の声が聞こえてきたことで奏多はスマホを耳から離した。そしてげんなりとしながらスマホを耳に当てる。
『あんた、もしかしなくても悪霊がいるのに祓ってないんじゃないだろうね?』
「べ、別にいいだろ。俺にそんな義務はないんだから」
『奏多、あんたまだそんなことを言っているのかい? いい加減自分の立場を理解したらどうだい』
「そんな立場は俺が決めたことじゃないんだから……」
『確かにそうだけど、生まれた時からあんたはそう言ってられない立場じゃないんだよ。文句ならあんたを陰陽師最強として産んだ母親にでも言うんだね』
「あぁ、文句を言いたいね。ばあちゃんの娘にね!」
『あぁ、あんたの母親に言いな! とにかくごちゃごちゃ言わずにさっさと祓いな。祓えば何か良いことでも起こるかもしれないよ?』
「そんないい話があるわけないだろ。結局は力のあるやつが損をするんだから」
奏多はそう言ってスマホを耳から離して通話を終了させて面倒くさいことこの上ないみたいな顔をしながら麻代にスマホを返した。
「ほらよ、お前の思い通りになったぞ? 嬉しいか?」
「うん、最高!」
「地獄に落ちろ」
思いっきり麻代を睨みつけた奏多であったが、当の麻代は平然な顔をしていた。こいつと関わると本当にろくでもないことにしかならないと奏多は思いながら、凜乃の方に向いた。
「おい、そこの悪霊。今すぐにどこかに行けば、今は祓わずに済ませるぞ?」
奏多は男の悪霊にそう言ったが、悪霊は気持ち悪い笑みをしたまま答えなかった。それを見た奏多は今までの状況も相まって相当腹を立てた。
「ハァ……、まぁ悪霊に話をすること自体がバカなことか」
悪霊が自ら凜乃から離れれば、悪霊は本体に戻るしかないため追跡がしやすいと思っていた奏多だがこんな面倒な状況にしてくれた悪霊は早々に祓う方が面倒じゃなくて良いと思った。
「獄炎」
『ッ⁉ が、がああああぁあぁっ⁉』
奏多が一言そう発すると余裕の表情をしていた悪霊は想像していなかった苦痛を与えられて苦しみ始めた。そして奏多のことを止めるために包丁を振り上げて奏多に襲い掛かろうとした。
「最初からこうしておけばよかった」
『ッ⁉』
だが、この奏多は最強の陰陽師であるため悪霊の顔面を掴んで地面に叩きつけた。触られたことに驚いている悪霊だが、それ以上に触れられたことで奏多の中にある膨大な力に恐れおののいた。
「消えろ」
短く奏多が悪霊に向けてそう言うと、悪霊は苦しみながら一瞬で消え去った。その瞬間、悪霊の一部分だけがか細い線で凄まじい速さでどこかに向かった。
「紫鳥」
『はぁーい?』
「追え」
『あれを? りょうかーい』
奏多が紫鳥と呼んだ肩乗りサイズの紫色の鳥は奏多に言われてその線を追っていった。
「……あれ? 何だか、体が軽くなっている気が……」
「それはそうだ。原因の悪霊を祓ったからな」
「あぁ、奏多が一人でやっていたあれはそれだったんだ」
「それ以外に何があるんだよ」
「中二病の名残りかと思った」
「ぐはっ!」
麻代にそう言われて奏多は精神ダメージを受けた。霊感がない二人からすれば一連の奏多の動きは何か言い始めたかと思えば何かを持って何かを床に押し付けている光景だったからだ。
「……助けてやったのにこれかよ。とにかく、俺は行ってくる」
「どこに?」
「それは悪霊のところに決まっているだろ。悪霊退治だ」