良心の呵責
拷問官が、今日も俺たちの茶をいれにきた。
「駒根さん、体調悪そうだね。大丈夫?」
「あーいいのいいの、私のことはほっといて。どうせ私のイケメソ☆パラダイスは、私の心の中にしかないんだから」
「そうなの?」
可児くんも駒根さんも平常運転だ。
「なあ可児くん、ビールってないのかな? 俺にビールを与えないのは、たぶん拷問に相当する行為だと思うぜ。まあ拷問官の君に言うのもなんだけどさ」
「え、拷問?」
「ビールだよ! ビール! 冷えてなくてもいいから!」
「いちおう言ってみるけど、たぶんダメだと思うよ?」
「そこをなんとか! アルコールを出せば支持率もあがるから! ね? それ菊ちゃんに教えてやって! 友達増やしたいんでしょ?」
「う、うん。じゃあ俺、そろそろ……」
怯えたような顔でテントを出て行ってしまった。
うう、生きて虜囚の辱めを受けるとは……。しかもビールがないとは……。
炭水化物さえあればアルコールを生成できるはずだが、メシがあのラムネみたいな宇宙食では……。いや、いけるのか? しかし日々の栄養が……。
テントが開いた。
はやくもビールが?
除いていたのはマリちゃんだった。
「おじさん、お酒欲しいの?」
「聞いてたのか……」
「大きな声だったから。でもやめたほうがいいよ。お酒なんて、頭おかしくなるだけだもん」
愚かな子供だな。
俺はふっと笑った。
「いいんだよ。頭をおかしくするために飲むんだから」
「軽蔑……」
サッと幕を下ろして彼女は立ち去ってしまった。
いいじゃんよ。酔って暴れるわけじゃないんだから。そりゃちょっとはウザくなるとは思うけど。定期的に愚かにならないと、人はもたないんだよ。
*
昼をすぎたころだろうか、急に外が騒がしくなった。
暴動か?
それとも災害か?
菊ちゃんが大慌てでテントに飛び込んできた。
「ちょっと山村さん! 駒根ちゃん! 来て!」
「なんだよ急に。ビールでも運んできてくれたのか?」
「共和国が攻めてきたの!」
「ほう……」
時は来た。
つまり、俺たちの救出作戦が始まったということだ。
「ほら、駒根さん。起きて。行くよ」
「ぱらいそさいくだ」
いちおうのそのそと立ち上がってくれた。
大丈夫かな……。
*
攻めてきた、というのは誇張表現で、実際のところ交渉に来ただけのようだった。
まあ警備ロボットを複数体引き連れての参上ではあるが。
先頭に立っているのは、いや浮いているのは、真っ白いクラゲのような美しい女性だった。手足は触手だが、つるりとしたフォルムは神々しさを漂わせていた。表情からなにから、超越的な存在に見える。
人々も「おぉ」と感嘆の声を漏らしている。
「キクタス星人の生き残りへ告ぐ。我はプラタナヤ共和国の代表、パルパルペル・ヤーミである。我らの同胞を拉致監禁せしことについて、釈明を求めたい」
透明感のある美しい声だ。
同胞というのは俺たちのこと……だよな?
菊ちゃんはズカズカと前へ出て行った。
「なによ同胞って? この二人のこと? あたしの友達よ! 残念だけど、あんたらの同胞なんかじゃないから!」
うわぁ、拒否しづれぇ……。
だがパルパルペル氏は冷静だった。眉ひとつ動かさない。というか眉がない。
「いまの発言を証拠1として記録する。では次に、我が同胞二名の意思を確認したい。もし同胞でなければ救助できぬので、慎重に回答するように」
早くも勝負が見えたな。
つまり彼女たちは、雇用関係にある俺たちが監禁されたのを口実に、ここへ乗り込んできたというわけだ。俺たちは最初から監禁される予定だったのだ。
俺は挙手をした。
「その前に、ひとつだけ。駒根さんは、俺の命令に従って動いてただけなんだ。巻き込まないでやって欲しい。それを許可してくれるなら、あなたがたの質問に答える」
別にカッコつけてるわけじゃない。
彼女を犠牲にして俺が助かるなら、話は変わってくるだろう。しかしこれはそういう話じゃない。彼女だけは無関係ということにできる。そもそも決定権は俺にしかないわけだし。
ノーリスクで一人の人間を救えるなら、それに越したことはない。
パルパルペル氏は「構わない」と即答してくれた。
菊ちゃんは少しだけ迷ってから「分かった」とうなずいた。
だが、駒根さんはまだ興奮していた。
「山村さん、なにを言っとるんですか!? こうなったら私だって戦いますよ! 徹底抗戦すわ!」
「いやいや、落ち着いて。ていうか問題を増やさないで。話をスムーズに進めるためだから」
「へー、女は戦力にならないと?」
「いや、見てくれあの警備ロボットを。男でも戦力にならないよ。ただ、俺はリーダーだし、君らより給料もらってんだからさ。責任取る立場なわけ。理解してくれよ」
いまの彼女にまともな話が通じるかは分からないが……。
駒根さんは、しかし急に正気に戻った。
「や、山村さん? 本当に? 本当にいいんですか?」
「ああ、本当だ。リスクは分散させておきたい。もし俺になにかあったら、次は君がリーダーになるんだからな。いまはおとなしく指示に従ってくれ」
「けど山村さんは……」
「いいから、早く」
「はい……」
駒根さんはおとなしくなり、脇へハケていった。
「さて、では俺の立場を表明しよう。確かに、誰かに金で雇われている。だが、どちらの味方でもない。しいて言えば、地球人の味方だな。こんな回答でどうだろう?」
菊ちゃんは信じられないといった様子で目を丸くし、パルパルペル氏は不快そうに目を細めた。
天下三分の計よろしく最善手を打ったつもりだったが、もしかすると両者を敵に回しただけかもしれない。
いや、触手陣営を敵に回す必要はなかったのだが……。
なんとなく気に食わなかった。
パルパルペル氏は溜め息まじりにこうつぶやいた。
「いまの発言を証拠2として記録する。続けて問いたい。山村耕作。あなたをここへ送ったのは誰か?」
「会社のボスだよ」
「そのボスは、誰の依頼を受けた?」
「守秘義務がある。明かせない」
だが、パルパルペル氏はこの程度では動じなかった。
「ならば我が明かそう。依頼主は我だ。契約書もある。見よ、紙の契約書だ」
ハンコまで押してある。
これはもう言い逃れできないな。
俺も腹を決めて、触手陣営につくか。最初からそのつもりだったし。菊ちゃんには悪いけど。
菊ちゃんは地団駄を踏んだ。
「ていうかルール違反だよ! 武装して乗り込んで来て!」
するとパルパルペル氏はニヤリと笑みを浮かべた。
「ルール違反? 地球人を監禁していることか?」
「監禁じゃない! みんな自分の意思でここにいるの!」
住民たちからも「そうだそうだ!」と声があがった。
「黙りなさい。ルールでは、地球人の出入は自由にすべしと明記されているはず。しかしここは……鉄柵で囲まれている。まるで強制収容所ではないか。なぜこのような設備が必要か、説明できるのか?」
「外から悪いヤツが来ても平気なようにしてるだけ!」
「どんな理由であれ、明記された内容に違反しているのでは話にならない。よって釈明できぬものと判断する」
「判断するな!」
メチャクチャだな。
反論になってない。
俺は思わず挙手していた。
「しかし疑問じゃないか? もしここが強制収容所なら、なぜ菊ちゃん本人が住んでるんだ? 自分で自分を拉致監禁してるのか? 違うな。ここはただの住居だ。強制収容所じゃない」
筋が通ってるかどうかはともかく、反論するならこれくらいのことは言って欲しいものだ。
パルパルペル氏の額にぐっと血管が浮かんだ。
「あなたの意見は求めていない」
「まあまあ。地球人代表ということでさ」
「それ以上の発言は、交渉の妨害とみなす」
「てことは、俺はあんたらの味方じゃないってことになるぜ。もしそうなら、あんたがここに踏み込んできた根拠はなんだ? 行為の正当性を失うのでは?」
「ルール違反を指摘しに来たのだ」
「ゲートを見てくれ。あんたら、まっすぐ入ってこられたろ? 出入自由だったんじゃないのか? 拉致監禁なんて言いがかりだよ」
ま、セキュリティがオフなのは、触手陣営のテクノロジーのおかげなのだが。もしそんなことを言い出せば、ますます彼女たちが不利になる。
パルパルペル氏は黙り込んでしまった。
かと思うと、触手をうねうねと動かし始めた。
イライラしているようだな。
「まあまあ。誤解があったんなら、謝って帰りゃいいじゃないですか。ね? 同じ人間なんだから、ミスだってするでしょ?」
これにパルパルペル氏は顔をしかめた。
「いったいどういうつもりだ?」
「俺はね、善良な地球人なの。正しいほうの味方なんだ。筋の通らない攻撃はご遠慮願いたいね。だいたい、煽り運転したのそっちなんだろ? 理由をつけて異星人をハメてるようにしか見えないよ」
「地球人には関係のないこと」
「いいや、関係あるね。この調子じゃ、次にターゲットになるのはこの地球だ。あんたらの好きにさせといたら、どうなるか分かったもんじゃねーぜ」
我ながら、まるで正義のヒーロー気取りだな。
二億を捨ててまでやることじゃない。
パルパルペル氏は怒りを鎮めるかのように、しばし目を閉じた。
「分かった。では今回は、明確なルール違反は確認できなかったということにしよう。ただし、疑念が晴れたわけではない。引き続き釈明を求める。それと山村耕作。あなたには相応の報いを受けてもらう。覚悟しておくように」
「お手柔らかに」
「ではな」
くるりを向きを変え、彼女は警備ロボットを引き連れてゲートを出て行った。
住民たちは「うおおお!」と歓声。
菊ちゃんが駆け寄ってきた。
「ありがとう! 山村さん、やっぱり友達だったね!」
「よくある『良心の呵責にさいなまれた』ってヤツだ。許してくれとは言わないが」
とはいえ、本当に、なんでこんな一円にもならないことをしたんだか。
ビジネスで来ていたはずなのに。
ともあれ、俺が強気に出られたのは、触手陣営に対する信頼があったからだ。
彼女たちは、基本的に暴力を行使しない。しかも可能な限りルールを守ろうとする。そういうたぐいの文明人だ。もしただのサルなら、俺だって逆らったりしなかっただろう。
ま、それだけに、今後どんなねちこい手で来るか、不安ではあるが。
俺は駒根さんに向き直った。
「というわけで、俺は地上に戻れないから、ここに残るよ」
「えっ?」
「だってなにされるか分からないし」
「車どうするんですか? 私、免許持ってないですよ?」
「そうだった」
カッコつけてしまったばかりに、いろんなミスをした気がする。
駒根さんは溜め息をついた。
「いいですよ。私も残りますから。ここでの生活にも慣れましたし」
「すまん」
結局、俺のエゴに巻き込んでしまったな。
「謝らないでください。私もスカッとしましたから」
だが、スカッと気分がよくなるのは一時的だ。
長期的に見て正しかったかどうか。
俺は菊ちゃんに尋ねた。
「ところで、あの触手たちとホントはなにがあったか、そろそろ隠し事ナシで教えてくれないか? もしかしたら、煽り運転の前になにかあった可能性があるからな」
「うっ……」
素直だな、菊ちゃんは。
周りにAIしかいなかったから、おそらく対立に慣れていないんだろう。まあAIとは対立してたかもしれないが。あんなの会話と呼べるものじゃない。
大人の力が必要だ。
(続く)