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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい秩序へようこそ編
9/11

良心の呵責

 拷問官が、今日も俺たちの茶をいれにきた。

「駒根さん、体調悪そうだね。大丈夫?」

「あーいいのいいの、私のことはほっといて。どうせ私のイケメソ☆パラダイスは、私の心の中にしかないんだから」

「そうなの?」

 可児くんも駒根さんも平常運転だ。


「なあ可児くん、ビールってないのかな? 俺にビールを与えないのは、たぶん拷問に相当する行為だと思うぜ。まあ拷問官の君に言うのもなんだけどさ」

「え、拷問?」

「ビールだよ! ビール! 冷えてなくてもいいから!」

「いちおう言ってみるけど、たぶんダメだと思うよ?」

「そこをなんとか! アルコールを出せば支持率もあがるから! ね? それ菊ちゃんに教えてやって! 友達増やしたいんでしょ?」

「う、うん。じゃあ俺、そろそろ……」

 怯えたような顔でテントを出て行ってしまった。


 うう、生きて虜囚の辱めを受けるとは……。しかもビールがないとは……。

 炭水化物さえあればアルコールを生成できるはずだが、メシがあのラムネみたいな宇宙食では……。いや、いけるのか? しかし日々の栄養が……。


 テントが開いた。

 はやくもビールが?


 除いていたのはマリちゃんだった。

「おじさん、お酒欲しいの?」

「聞いてたのか……」

「大きな声だったから。でもやめたほうがいいよ。お酒なんて、頭おかしくなるだけだもん」

 愚かな子供だな。

 俺はふっと笑った。

「いいんだよ。頭をおかしくするために飲むんだから」

「軽蔑……」

 サッと幕を下ろして彼女は立ち去ってしまった。


 いいじゃんよ。酔って暴れるわけじゃないんだから。そりゃちょっとはウザくなるとは思うけど。定期的に愚かにならないと、人はもたないんだよ。


 *


 昼をすぎたころだろうか、急に外が騒がしくなった。

 暴動か?

 それとも災害か?


 菊ちゃんが大慌てでテントに飛び込んできた。

「ちょっと山村さん! 駒根ちゃん! 来て!」

「なんだよ急に。ビールでも運んできてくれたのか?」

「共和国が攻めてきたの!」

「ほう……」

 時は来た。

 つまり、俺たちの救出作戦が始まったということだ。


「ほら、駒根さん。起きて。行くよ」

「ぱらいそさいくだ」

 いちおうのそのそと立ち上がってくれた。

 大丈夫かな……。


 *


 攻めてきた、というのは誇張表現で、実際のところ交渉に来ただけのようだった。

 まあ警備ロボットを複数体引き連れての参上ではあるが。


 先頭に立っているのは、いや浮いているのは、真っ白いクラゲのような美しい女性だった。手足は触手だが、つるりとしたフォルムは神々しさを漂わせていた。表情からなにから、超越的な存在に見える。

 人々も「おぉ」と感嘆の声を漏らしている。


「キクタス星人の生き残りへ告ぐ。我はプラタナヤ共和国の代表、パルパルペル・ヤーミである。我らの同胞を拉致監禁せしことについて、釈明を求めたい」

 透明感のある美しい声だ。

 同胞というのは俺たちのこと……だよな?


 菊ちゃんはズカズカと前へ出て行った。

「なによ同胞って? この二人のこと? あたしの友達よ! 残念だけど、あんたらの同胞なんかじゃないから!」

 うわぁ、拒否しづれぇ……。


 だがパルパルペル氏は冷静だった。眉ひとつ動かさない。というか眉がない。

「いまの発言を証拠1として記録する。では次に、我が同胞二名の意思を確認したい。もし同胞でなければ救助できぬので、慎重に回答するように」

 早くも勝負が見えたな。


 つまり彼女たちは、雇用関係にある俺たちが監禁されたのを口実に、ここへ乗り込んできたというわけだ。俺たちは最初から監禁される予定だったのだ。


 俺は挙手をした。

「その前に、ひとつだけ。駒根さんは、俺の命令に従って動いてただけなんだ。巻き込まないでやって欲しい。それを許可してくれるなら、あなたがたの質問に答える」

 別にカッコつけてるわけじゃない。

 彼女を犠牲にして俺が助かるなら、話は変わってくるだろう。しかしこれはそういう話じゃない。彼女だけは無関係ということにできる。そもそも決定権は俺にしかないわけだし。

 ノーリスクで一人の人間を救えるなら、それに越したことはない。


 パルパルペル氏は「構わない」と即答してくれた。

 菊ちゃんは少しだけ迷ってから「分かった」とうなずいた。


 だが、駒根さんはまだ興奮していた。

「山村さん、なにを言っとるんですか!? こうなったら私だって戦いますよ! 徹底抗戦すわ!」

「いやいや、落ち着いて。ていうか問題を増やさないで。話をスムーズに進めるためだから」

「へー、女は戦力にならないと?」

「いや、見てくれあの警備ロボットを。男でも戦力にならないよ。ただ、俺はリーダーだし、君らより給料もらってんだからさ。責任取る立場なわけ。理解してくれよ」

 いまの彼女にまともな話が通じるかは分からないが……。

 駒根さんは、しかし急に正気に戻った。

「や、山村さん? 本当に? 本当にいいんですか?」

「ああ、本当だ。リスクは分散させておきたい。もし俺になにかあったら、次は君がリーダーになるんだからな。いまはおとなしく指示に従ってくれ」

「けど山村さんは……」

「いいから、早く」

「はい……」

 駒根さんはおとなしくなり、脇へハケていった。


「さて、では俺の立場を表明しよう。確かに、誰かに金で雇われている。だが、どちらの味方でもない。しいて言えば、地球人の味方だな。こんな回答でどうだろう?」

 菊ちゃんは信じられないといった様子で目を丸くし、パルパルペル氏は不快そうに目を細めた。

 天下三分の計よろしく最善手を打ったつもりだったが、もしかすると両者を敵に回しただけかもしれない。


 いや、触手陣営を敵に回す必要はなかったのだが……。

 なんとなく気に食わなかった。


 パルパルペル氏は溜め息まじりにこうつぶやいた。

「いまの発言を証拠2として記録する。続けて問いたい。山村耕作。あなたをここへ送ったのは誰か?」

「会社のボスだよ」

「そのボスは、誰の依頼を受けた?」

「守秘義務がある。明かせない」

 だが、パルパルペル氏はこの程度では動じなかった。

「ならば我が明かそう。依頼主は我だ。契約書もある。見よ、紙の契約書だ」

 ハンコまで押してある。

 これはもう言い逃れできないな。

 俺も腹を決めて、触手陣営につくか。最初からそのつもりだったし。菊ちゃんには悪いけど。


 菊ちゃんは地団駄を踏んだ。

「ていうかルール違反だよ! 武装して乗り込んで来て!」

 するとパルパルペル氏はニヤリと笑みを浮かべた。

「ルール違反? 地球人を監禁していることか?」

「監禁じゃない! みんな自分の意思でここにいるの!」

 住民たちからも「そうだそうだ!」と声があがった。


「黙りなさい。ルールでは、地球人の出入は自由にすべしと明記されているはず。しかしここは……鉄柵で囲まれている。まるで強制収容所ではないか。なぜこのような設備が必要か、説明できるのか?」

「外から悪いヤツが来ても平気なようにしてるだけ!」

「どんな理由であれ、明記された内容に違反しているのでは話にならない。よって釈明できぬものと判断する」

「判断するな!」

 メチャクチャだな。

 反論になってない。


 俺は思わず挙手していた。

「しかし疑問じゃないか? もしここが強制収容所なら、なぜ菊ちゃん本人が住んでるんだ? 自分で自分を拉致監禁してるのか? 違うな。ここはただの住居だ。強制収容所じゃない」

 筋が通ってるかどうかはともかく、反論するならこれくらいのことは言って欲しいものだ。


 パルパルペル氏の額にぐっと血管が浮かんだ。

「あなたの意見は求めていない」

「まあまあ。地球人代表ということでさ」

「それ以上の発言は、交渉の妨害とみなす」

「てことは、俺はあんたらの味方じゃないってことになるぜ。もしそうなら、あんたがここに踏み込んできた根拠はなんだ? 行為の正当性を失うのでは?」

「ルール違反を指摘しに来たのだ」

「ゲートを見てくれ。あんたら、まっすぐ入ってこられたろ? 出入自由だったんじゃないのか? 拉致監禁なんて言いがかりだよ」

 ま、セキュリティがオフなのは、触手陣営のテクノロジーのおかげなのだが。もしそんなことを言い出せば、ますます彼女たちが不利になる。


 パルパルペル氏は黙り込んでしまった。

 かと思うと、触手をうねうねと動かし始めた。

 イライラしているようだな。


「まあまあ。誤解があったんなら、謝って帰りゃいいじゃないですか。ね? 同じ人間なんだから、ミスだってするでしょ?」

 これにパルパルペル氏は顔をしかめた。

「いったいどういうつもりだ?」

「俺はね、善良な地球人なの。正しいほうの味方なんだ。筋の通らない攻撃はご遠慮願いたいね。だいたい、煽り運転したのそっちなんだろ? 理由をつけて異星人をハメてるようにしか見えないよ」

「地球人には関係のないこと」

「いいや、関係あるね。この調子じゃ、次にターゲットになるのはこの地球だ。あんたらの好きにさせといたら、どうなるか分かったもんじゃねーぜ」

 我ながら、まるで正義のヒーロー気取りだな。

 二億を捨ててまでやることじゃない。


 パルパルペル氏は怒りを鎮めるかのように、しばし目を閉じた。

「分かった。では今回は、明確なルール違反は確認できなかったということにしよう。ただし、疑念が晴れたわけではない。引き続き釈明を求める。それと山村耕作。あなたには相応の報いを受けてもらう。覚悟しておくように」

「お手柔らかに」

「ではな」

 くるりを向きを変え、彼女は警備ロボットを引き連れてゲートを出て行った。

 住民たちは「うおおお!」と歓声。


 菊ちゃんが駆け寄ってきた。

「ありがとう! 山村さん、やっぱり友達だったね!」

「よくある『良心の呵責にさいなまれた』ってヤツだ。許してくれとは言わないが」

 とはいえ、本当に、なんでこんな一円にもならないことをしたんだか。

 ビジネスで来ていたはずなのに。


 ともあれ、俺が強気に出られたのは、触手陣営に対する信頼があったからだ。

 彼女たちは、基本的に暴力を行使しない。しかも可能な限りルールを守ろうとする。そういうたぐいの文明人だ。もしただのサルなら、俺だって逆らったりしなかっただろう。

 ま、それだけに、今後どんなねちこい手で来るか、不安ではあるが。


 俺は駒根さんに向き直った。

「というわけで、俺は地上に戻れないから、ここに残るよ」

「えっ?」

「だってなにされるか分からないし」

「車どうするんですか? 私、免許持ってないですよ?」

「そうだった」

 カッコつけてしまったばかりに、いろんなミスをした気がする。

 駒根さんは溜め息をついた。

「いいですよ。私も残りますから。ここでの生活にも慣れましたし」

「すまん」

 結局、俺のエゴに巻き込んでしまったな。

「謝らないでください。私もスカッとしましたから」


 だが、スカッと気分がよくなるのは一時的だ。

 長期的に見て正しかったかどうか。


 俺は菊ちゃんに尋ねた。

「ところで、あの触手たちとホントはなにがあったか、そろそろ隠し事ナシで教えてくれないか? もしかしたら、煽り運転の前になにかあった可能性があるからな」

「うっ……」

 素直だな、菊ちゃんは。

 周りにAIしかいなかったから、おそらく対立に慣れていないんだろう。まあAIとは対立してたかもしれないが。あんなの会話と呼べるものじゃない。

 大人の力が必要だ。


(続く)

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