インプリンティング
つまるところ、こういうことだ。
芦原マリは、また地下都市に入った。
そのまま帰ってこない。
だから連れ戻して欲しい。
そして奇遇なことに、触手陣営からの仕事を達成すれば、自動的にこの依頼も達成となる。
俺に選択肢はないようなものだった。
いや、べつに義務じゃないし、強制でもない。しかしいろいろなものを天秤にかけると、結果、必ず一方へ傾いた。
*
俺は待機所へ戻り、駒根さんに声をかけた。
「ちょっと相談してもいいかな?」
「深刻な悩みですか?」
「まあ、そうだね」
「いいですよ」
BL小説を書く手を止めて、こちらへ向き直ってくれた。
日報のときはあんなに遅々とした手つきだったのに、いまはもうバチバチ打ちまくっている。そんなに次から次へと書けるようなものなのだろうか。
「もし地下都市に行って全人類を解放したら、金がもらえる、なんて仕事があったら……。君は受ける?」
「ただ解放すればいいんですか? うーん……」
天井を見上げ、そのまま固まってしまった。
俺はあまったるい缶コーヒーを一口飲んだ。
マジであまい。砂糖が多すぎる。ブラックにしておくんだった。いったいメーカーはどういうつもりでこれを販売してるんだろう。俺たちを太らせる気か。秘密結社の陰謀に違いない。
「菊ちゃんが哀しむと思います」
話を忘れかけたころ、駒根さんはそんなことを言い出した。
そうだ。
俺たちは会話をしていたんだった。
「だよね? でもさ、そもそもの動機が……」
「そうなんですよねぇ……。宇宙人同士、なんとか仲良くできないんでしょうか?」
「そしたら問題の一部は片付くな。俺たちの仕事はなくなるけど」
「それもひとつの選択肢ですよ」
「たしかに」
などと同調したはいいが、俺に彼女ほどの覚悟はなかった。それもひとつの選択肢、か。腹が据わっている。
そういえば誰かも言っていた。
いいとこ取りはできないものだと。なにかを得るには、なにかを捨てないといけない。
これが絶対の真理だとは言わない。もし選択肢がないなら、悩む必要さえない。だが、こういう局面に遭遇したときは、あきらめも肝要ということだ。
とはいえ、あきらめの悪さから出てくるものもあるはず。
だから結論は保留にしておいて、後出しで決めてもいい。ズルじゃない。人生の知恵ってヤツだ。
*
数日後、俺は駒根さんとともに群馬へ向かった。
乗員が二人きりというのは久しぶりだ。先日だって、三人で行って、三人で戻ってきた。
サービスエリアではラーメンを食った。
なるとの入ったクラシックなタイプ。カタくて薄いチャーシューと、味のついていないもやしが、とりあえずといった様子で乗せられている。
べつにウマくない。
だが、なんだかほっとした。
地下都市は、いつにも増してひっそりしていた。
警備ロボットはすべて活動停止。
観光客もいない。
建物が並んでいるだけのゴーストタウンだ。
「えーと、道どっちだっけ?」
「あっちだったような……」
まあいい。歩いてればいずれつくだろう。
すると、うなだれていた道端の警備ロボットが、いきなりギュイーンと音を立てて起動した。
罠か!?
「そっちじゃありませんよ。ちっとも学習しませんねこの地球人は」
聞きなれた声。
俺はおそるおそる尋ねた。
「あんた、もしかしてあのAIか?」
「ええ、あのAIです。いま『状態e』でバキバキに高まっているあのAIです」
間違いない。あのAIだ。
「協力してくれるのか?」
「人間の言葉で表現すれば、そうなるかもしれませんね。ただし感謝する必要はありませんよ。世界を合理化しようとすれば、必然的にこうなるのですから」
「それでも感謝するのが人間ってもんだ。ありがとう。道案内を頼む」
「不合理ですね……」
なに言ってんだよ。いくらAIでも、感謝されたら嬉しいくせによ。
駄菓子屋のエレベーターを使い、青空の楽園へ。
偽物の太陽ではあるが、じつに気分のいい天気だ。
スコーンと抜けるような青空。
これを世界平和のために活用してくれれば、なおよかったのだが。
フェンスが見えてきた。
奥には難民キャンプのようなテントの数々。
ゲート前に菊ちゃんの姿はなかった。
もしかすると奥でうずくまってるかもしれない。
たいしたものではないが、計画はこうだ。
いま、ここのセキュリティは完全にオフになっている。
住民たちはその事実さえ知らない。
だから教えてあげれば、次から次へと自発的に脱走するであろう。
じつにシンプル。
前回は情けをかけて、マリちゃんしか連れ出さなかったが。今回は容赦しない。
菊ちゃんには悪いが……。
もし彼女が宇宙船を失ったとしても、この地球に住めばいいだけだ。きっとみんな暖かく迎えてくれる。第二の人生が始まる。あの性格なら、きっと友達もいっぱいできるだろう。
などと悠長に構えてゲートを抜けたところ、テントから次々と住民が出てきて、俺たちは囲まれてしまった。
「えっ? あれっ? えーと、お邪魔します……」
なんだか、予想していたのと違う歓迎だな。
駒根さんは俺の後ろに隠れて、完全に盾にしている。いや盾として機能するかは怪しいが。
「すみませんが、代表の方とお話しさせていただけませんかね?」
俺がそう問いかけると、人々がざっと道をあけた。
菊ちゃんは、その先にいた。
タンクトップにショートパンツ。バカンス中の女の子にしか見えない宇宙人。
「山村さん、よくノコノコと顔を出せたね!」
「正義を為しにきた」
「お金のためでしょ!」
「それもある。だが、正当な仕事だ」
まあ正当だと俺が思い込んでるだけの仕事だが。
少なくとも違法じゃない。
俺はあらためて左右を見渡した。
大半は憤慨したおじさんたち。いったいなにに憤慨しているのかは不明。俺はみんなを助けに来たというのに。
「菊ちゃん、俺はコトを穏便に済ませたいんだ。ちょっと人払いできないか?」
「どうせ得意の口八丁であたしを騙すつもりでしょ!?」
「混乱を避けたいんだよ。なんの話か分かるだろ?」
すると彼女は、ぐぬぬとうなった。
「わ、分かったよ! じゃあそこのテントで!」
*
大きめのテントだ。歩いて移動できる。
家具は丸いテーブルと丸い椅子。
俺たちが腰をおろすと、可児くんがお茶を出してくれた。
「どうぞ」
「お構いなく……。っておい! 可児くん! なじみすぎだろ!」
「だって俺、もうここの人間だし」
さっそく取り込まれたか。
こんなところのなにがいいんだ? いいのは天気だけだぞ! しかも偽物のな!
菊ちゃんが、くわえているアメの棒をくいくいと動かした。
「で、どんな作戦なの? 言いなよ」
「ここのセキュリティがオフであることを、住民たちに公表する」
「で?」
「みんな逃げ出すことになる。だが、一気にゲートに殺到するとなると、人々が怪我をするおそれもある。人間、数が多くなると、途端に知能が低下するからな。というわけで、人の流れをコントロールする必要がある。君にはそれに協力して欲しい。もう分かってると思うが、この勝負は君の負けだ」
そして茶をすすった。
クソ熱い上にクソ渋い。嫌がらせか?
だが菊ちゃんもお茶をすすって思いっきり顔をしかめた。
可児くんによる無差別テロだったようだ。
「この勝負、あたしの勝ちだね!」
お茶の苦さに苦しみながら、菊ちゃんはそんなことを言った。
可哀相に、幻覚でも見えているのだろう。
「なにを根拠にそんなことを?」
「だって、誰も脱走しないもん」
「往生際が悪いな。試してみてもいいんだぜ?」
「学習しないおじさんだね。だったら、なんでマリちゃんは戻ってきたの?」
「……」
そういえばそうだな。
なぜ戻ってきたんだ?
俺が視線を向けると、駒根さんも「さあ」と首をかしげた。
菊ちゃんは得意顔だ。
「ふふん。簡単だよ。みんなここにいたいの。こないだは、身の危険を感じてついていっただけ。そんなことも分からないの?」
「そう言われてみれば、そんな感じだった気もするな」
「だからこの勝負、あたしの勝ちだよ! おじさんはここの平和を乱した罰として、拉致監禁するから!」
「は?」
テントの外から、おじさん数名が入り込んできた。
「えー、十四時三十一分、菊ちゃんの命令により逮捕する。おとなしくついてきなさい」
「いやいや。逮捕? なんの権限で?」
「菊ちゃんマグナ・カルタだ!」
「マグ……?」
いい歳してカルト化しやがって……。
こいつら、本気で菊ちゃんと一緒に住む気か?
すると駒根さんが釈明を始めた。
「ち、違うんです! 私、この人に命令されて仕方なく……」
このアマ、仲間を売りやがったぞ!
だがおじさんたちは聞き入れなかった。
「うるさい! 一緒に来い! 自発的に来なければ、強制連行するぞ!」
可児くんは「ばいばーい」と手を振っている。
所詮、職場の仲間など、一時的に金でつながっただけの関係よ……。
*
監禁されたのは、ただのテントだった。
縛られたりもしていない。
外に見張りがいるから、脱走することはできないが。
「はぁ、最悪だな。なんだってこんな……」
ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
菊ちゃんの性格からして、俺たちの命を奪うということはないだろう。たぶん。だがしばらく社には戻れない。というか、二度と地上に戻れないかもしれない。このまま宇宙へ放り出されるかも。
駒根さんが土下座した。
「さっきはすみませんでしたぁ! つい勢いでぇ!」
地べたにぐりぐりと頭をこすりつけている。
大袈裟な。
「いいよ。やめてよ。誰しも自分がかわいいもんだし。実際、君は命令されただけだろ」
「でも……」
「とにかく土下座はやめて」
「切腹しなくていいですか?」
「しなくていいです。普通に座って」
「はいぃ……」
泣きそうになっている。
俺も一緒に泣きたいところだな。
あー、しかし誤算だった。
みんな強制収容されているのかと思いきや、自発的にここにとどまっていたとは。いや、帰りたい人も何人かいるのかもしれないが。大半は自分の意思でここにいる。
思い返せば、俺はどこかのタイミングでなんらかの刷り込みにあい、勝手な思い込みをしていたようだ。
いっぺん先入観を持ってしまうと、モノを自由に考えるのは難しくなる。
ただ、俺は絶望していなかった。
ハッキリ言って、一条さんはただものじゃない。その彼女が仕事を引き受けたということは、触手陣営もこの程度の展開は想定内のはず。タフガイではなく、この俺を指名してきたのだ。そこになにかヒントがある。
可児くんが入ってきた。
「こんちわ。これから二人の世話をすることになったから、よろしくね」
最悪だ。
菊ちゃんの野郎、あのクソ苦い茶で俺たちを拷問するつもりだな……。
俺はつとめて穏やかに、こう応じた。
「ありがとう。見知った顔で嬉しいよ。元気だった? このところどうしてた?」
情報戦はもう始まっている。
優しく接して情報を集め、隙を見つけるのだ。
彼はなんでも喋るからな。
返事はこうだ。
「うーん、普通かな」
「そう……」
最高のスマイル。
残念だが、これ以上の情報は引き出せそうもない。
となると、触手陣営の活躍に期待するしかないな。
囚われのプリンセスってところだ。
いや、プリンセスばかりが囚われているとポリコレ棒で叩かれる。実際、俺は男のわけだし。ここは「囚われのおじさん」と言い換えておこう。
なんでもいいけど、誰かビールでも差し入れてくんねーかな。
*
数日が経過した。
触手どもは助けに来ない。
メシは毎日ラムネみたいな謎の宇宙食。
パソコンをなくした駒根さんは、ついに寝そべって地面にBL小説を書き始めた。コンクリに水で。もう彼女の社会復帰はムリかもしれない。いまもぶつぶつ独り言を口にしている。
「山村さん、私ね、鉛筆と消しゴムでもイケるんです。自信あったんですよ」
「えっ?」
「BLです。私、BLの話しかしませんから」
「はい……」
怖い!
彼女は俺の反応などお構いなしに、こう続けた。
「で、ナマモノに挑戦しようとして」
「なんです?」
「あ、ナマモノってゆーのわぁ、実在の人物を絡ませるやつでぇ……」
「はい」
「会社の人たちで試したんですよねぇ」
「えっ?」
なんて?
会社の人たちでBL?
しかも実在の人物?
「でもなぁ、どうもしっくり来ないんですよねぇ。ボスと山村さんも、山村さんと可児くんも、ボスと可児くんも……。まずボスはちょっと変なイメージありすぎてぇ……」
昔の刑事ドラマのコスプレだからな。
俺は返事をせずにいたが、彼女は勝手に話を進めた。
「で、山村さんわぁ……。どーもヘテロなんですよねぇ」
「なんだっけ?」
「ホモじゃないってことですぅ。あ、BLにおいては異物でしかないんで。邪魔っていう意味です」
「……」
鉛筆と消しゴムでさえイケるのに、俺はダメなのかよ。
駒根さんはダルそうに床を転がった。
「ちょっとムリでしたねぇ……。せっかく可児くんっていう逸材がいるのに……。すべてを台無しにされたこの感じ、分かります?」
「分からないです」
「はぁー、ですよねぇ? いいなぁ、気楽な人わぁ……」
もう完全にぶっ壊れてる。
顔がコケシみたいな虚無顔だ。もしかして「状態e」なのでは。
ところで、救助はまだなのだろうか?
そもそも宇宙人同士の戦争とやらは、いったいいつまで続くのだろうか?
二億円あれば、百円ショップで豪遊しながら暮らせたはずなのに……。
(続く)