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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい街へようこそ編
7/11

歴史は繰り返す

 電話で一報を入れてから、俺は車で北千住へ向かった。

 途中、サービスエリアに寄ったが、誰もアイスを食わなかった。

 いつもは可児くんが言い出してたからな……。


 十六時二分、事務所着。

 秋風が吹いていた。


「戻りました」

 事務所に入ると、応接室から中年男性が飛び出してきた。

「マリ!」

 ツーブロックでアゴヒゲ。いちおうスーツだが、ネクタイはしていない。ベンチャー企業の役員とかいう話だった。

 マリちゃんはちょっと身構えた。

「ごめんなさい、パパ」

「いや、いいんだよ。お前が無事で。ホントによかった。心配したんだぞ」

「うん」

「ひどいことされなかったか? 怪我はないよな?」

「平気よ」

 完全に二人の世界に入っている。


 ボスが近づいてきた。

「詳細はのちほどあらためてご連絡します。本日は娘さんとごゆっくりなさってください」

 そこで男は、ようやく我に返った。

「ありがとうございます。残りの分もすぐに入金します。ほら、マリ行こう」

「うん」

 ペコリと頭をさげて、事務所を出て行った。


 ドアが閉まると、急にしんと静かになった。

 一件落着だ。

 表向きは。


 ボスは盛大な溜め息とともに、手近な椅子へ腰をおろした。

「で? 可児は? ホントに残ったのか?」

「はい」

「座れよ」

「はい」

 俺も椅子へ腰をおろし、駒根さんにも手で勧めた。

 ボスは「うーん」と天井を見上げた。

「なんで残ったんだ?」

「そういう男です」

「お前はいいのかそれで?」

「よくありませんけど、彼の意思も尊重しないと。あそこでモメたら、なにも手に入らなかった可能性もありましたよ」

 話がモメると、しばしば無関係な事態に飛び火する。

 たとえば俺たちがあそこで怒鳴り合えば、マリちゃんも心変わりしてキャンプに残ったかもしれない。菊ちゃんもなにか奥の手を出してきたかもしれない。AIが想定外の動作をしたかもしれない。

 今回の選択が最善だったとは言わないが、少なくとも目的の達成へと導けた。

 実際、芦原マリは父親と再会することになった。


 するとボスは、駒根さんへ顔を向けた。

「駒根、今日の日報はお前が書け」

「へっ?」

「頼んだぞ。提出は明日でいい」

「え、ちょ……」

 ボスは問答無用とばかりに社長室へ行ってしまった。


 どうやら俺は信用されていないようだ。

 というより、ボスは以前から、俺の日報をこころよく思っていない節があった。俺が余計な所感を書くからでもあるが。

 だから今回の仕事も三人チームになったのだろう。

 本来、これは一人でもできる仕事だった。

 車を動かせる俺だけで十分。

 なのに、駒根さんと可児くんまでつけた。

 俺の釈明を聞きたくなかったのだ。言い訳だけは得意だからな。いつでも事態を正当化する。


 *


 その後、ボスは用があるとかで社を出た。

 気を使ったつもりかもしれない。

 駒根さんは日報を書かないといけない。俺は鍵を管理しているので、残らないといけない。


「日報なんて、どう書けばいいんですかぁ……」

 駒根さんはパソコンを前にして、しょんぼりしてしまっている。

 普段バチバチ打ち込んでいるBL小説のようにはいかないようだ。

「箇条書きでいいよ。どういう経路で移動して、どういう事件があったか」

「可児くんのことは?」

「本人の意思で残ったと」

「たった一行だけ?」

「所感は書かなくていいよ。ただ事実だけ書けば」

「事実ってなんですか……」

 泣きそうになっている。


 死んだわけじゃない。

 だが、仲間を失った。

 もしかすると、もう二度と会えないかもしれない。


 駒根さんは顔をあげた。

「可児くんは、ホントに残る必要があったんでしょうか?」

 納得いかない、か。

 まあ分かる。

「ないよ。でもそれは俺たちの意見であって、可児くんの意見じゃない」

「山村さん、なんで止めなかったんですか?」

「さあね」

 彼女の苦情を、俺はバカげているとは思わない。だったら自分が止めろとも言わない。あのとき現場を仕切っていたのは俺だった。責任を負うのも俺だ。


 駒根さんは少し鼻をすすった。

「すみません、言いすぎました」

「もしアレなら、今日はあがろうぜ。ボスも、提出は明日でいいって言ってるしさ」

「いえ、書きます。帰ったら、きっとなにもしたくなくなっちゃいますから」

「分かったよ。俺はちょっとコンビニ行ってくるよ」

「はい」


 *


 コンビニで買い物をしたあとで、公園に入った。

 誰もいやしない。

 それでも地下都市の公園と違い、かすかな騒音があった。街の活動する音だ。自動車の音。電車の音。ときおりヘリコプターの音。たまに通りがかる人たちの会話。


 少し時間をつぶして事務所へ戻ると、駒根さんは日報を進めていた。

 そこには感想はなく、事実しか記述されていない。

 簡素な内容。

 それでいい。


 *


 社を出て一人になった俺は、またパブへ入った。

 オーダーはビールとナッツ。

 なんならメシなんていらないくらいだ。とか言って、帰りにコンビニで買ってしまうわけだけど。


「タブレットは置いてきたんですね」

 隣の席に一条さんが来た。

 今日はいないと思っていたのに。

「あの場を丸く収めるために必要な措置だった。そうしないと、あいつらエレベーター動かしてくれそうになかったし」

「ええ、大丈夫ですよ。雇用主もそのシナリオは想定してましたから」

「そうかい」

 AIにさえタコ呼ばわりされていた触手陣営だが、俺より頭の回転は速いかもしれない。

 ま、俺と違って、ずっとあのAIと付き合ってきたわけだしな。なにを求めているかは、とっくに分かっていたのかもしれない。

「『状態e』だってさ。分かる?」

「なんの話?」

「AIが言ってたんだ。ミームを交換して……それで虚無がどうのって」

「ごめんなさい。私には難しいみたいです」

 まあそうか。

 もし知りたければ、触手野郎に直接聞くしかなさそうだな。


「それにしてもさ……。俺っていつの間にかおじさんになってたんだなって、この数日で思い知らされたよね」

 いろいろあったはずなのに、口をついて出たのはその話題だった。

 無意識で可児くんの話題を避けたせいかもしれないが。


 すると一条さんは、うっすらと笑みを浮かべた。

「なにかあったんですか?」

「菊ちゃんとマリちゃんに、おじさんって言われてさ……。まあ三十四だし、おじさんなのは間違いないけど」

「おじさんではないと思いますよ」

「そう?」

「体も元気ですしね」

 邪気のない笑みを浮かべてくる。

 まったく……。

 彼女が普段どんな年齢層を相手にしてるのかは知らないが、勝手に想像する限りでは、俺なんてまだ若いほうなのかもしれない。


 彼女はサングリアをひとくち飲み、こうつぶやいた。

「それに、もし山村さんがおじさんなら、私だっておばさんってことになっちゃいます」

「えっ?」

 いくつなんだ?

 てっきり二十代後半だと思っていたが……。もしかして年上の可能性もあるのか?


 彼女は妖しくほほえんでいる。

 うかつに質問したら大変なことになりそうだ。


 いや、何歳だろうといいのだが。

 これだけ経験豊富ということは、最低でも三十代かもしれない。


「いちおう言っとくけど、今回の件は正式な業務提携だから、いつもみたいな手口は使わなくていいぜ。こっちの情報は、ほとんどそっちに行くはずだし」

 なにか聞きたいなら、ここで聞いてくれということだ。

 すると彼女は少し興ざめしたように目を細めた。

「山村さん、やっぱり私のことそういう目で見てたんですね」

「いや、そういうわけじゃ……あるけど。だってそういう職業なんでしょ?」

「相手の方に、気持ちよくお話ししていただいているだけですよ」

「……」

 肌の露出はほとんどないし、隙もない。

 なのに、距離感だけがおかしい。

「ナッツ食べる?」

「いただきます」

「聞きたいことあったらいまこの場で聞いてね。お願いだから」

「ずいぶん警戒するんですね」

「これでも反省してんだよ……」

 仲間が現場に残ったってのに、自分だけエンジョイするわけにもいかない。

 いや、可児くんの場合、あっさりあの場になじめそうだけど。


 俺はビールをあおり、グラスを置いた。

「あー、そういや、こっちから質問するのってアリなのかな?」

「たとえば?」

「君の雇用主について」

 規模や思想など、いまだに詳細が分からない。分かっているのは、菊ちゃんの宇宙船をぶんどろうとしたことだけ。

 彼女は愉快そうに眼を細めた。

「教えても構いませんけど、私の情報は高くつきますよ」

「金とるのか? じゃあいいよ。財布に余裕もないし」

「べつにお金で払う必要もありませんけど」

「労働しろって? 合法で、なおかつ簡単なら受けられないこともないけど」

「そうですか。ならあとでお願いしちゃおうかな」

 いや待て。

 彼女との取引は、ホントに高くつきそうだ。

「いや、ナシだ。やめておこう。俺はなにも聞かない。契約もしない。リスクが高すぎる。それに、気づいてないかもしれないけど、あんたマークされてるぜ? あんまりウカツなことはしないほうがいいと思うよ」

 彼女は、しかし表情を変えない。

「ありがとうございます。もちろん気づいてますよ。でも、害もありませんし、傷つけるようなことをするつもりはありません」

「やっぱり怖いな」

「そんなこと言わないでください。私、平和主義者なんですから。ケンカしているより、仲良くしたほうがいいって思いません?」

「お、思うよ……」

 顔が近い。

 いやそんなに近すぎというわけでもないのだが、ちょっと身を乗り出してくるから、急に距離が縮んだ気がしてしまう。


 *


 その日、俺は一人で帰宅することに成功した。

 彼女がなんの策もなく近づいてくるわけがないから、きっとなにかの布石なのだと思うが……。


 ともあれ、それからの数日は、特に事件もなく経過した。

 事件がない、ということは、仕事もないということだが。


「おはようございます」

 無気力なまま事務所へ。


 例の捜索依頼は達成した。依頼主への報告書も仕上がった。入金もあった。俺たちへの手当もついた。

 本来なら、ちょっと浮かれた気持ちになっているはずだった。


 待機所では、テレビがつけっぱなしになっている。

 世情を調べるためだ。

 これは情報源にもなる。


 芸能人の不倫のニュースが終わると、大塚氏と矢野氏のプロレスの結果が報じられた。ビクトル投げからの膝十字固めで大塚氏が勝利したらしい。ホントにただの大学教授だったのか?

 いや、いまはエンタメニュースにはしゃいでいる気分ではない。


「山村、暇か?」

 昼頃、ボスがそんなことを言い出した。

「はい、残念ながら」

「皮肉はよせ。ちょっと話がある」

「はい」


 社長室のデスクには、なんだかよく分からない資料が山と積まれていた。

 ちゃんと目を通しているのだろうか。


 ボスは皮張りの椅子へ腰をおろし、落ち着いた様子でこう告げた。

「共和国側から依頼が来た」

「共和国?」

「お前が触手呼ばわりしてる連中だよ。お前を名指ししてきたぞ」

「……」

 じつにイヤな予感がする。

 一条さんの誘いには乗らなかったはずだが。

「依頼内容は?」

「例の地下都市にもぐって、すべての地球人を解放すること」

「合法なんですか?」

「あそこに法はないだろ。そもそも軍と警察の出入を禁じたのは彼女自身だからな」

 そうだった。

 法などないのだ。

 すべては警備ロボットが解決してきた。


 すると俺が言葉を発するより先に、ボスはこう続けた。

「三億だ」

「さ、三億? 円で?」

「そうだ。三億円だ。人質を救出できる上、三億の金が手に入るんだぞ。ま、手間賃としていくらか会社でハネさせてもらうが。お前は二億でいいよな?」

「二億……」

「不服か?」

「いやいやいや……」

 贅沢さえしなければ、働かずに暮らしていける額だ。

 しかも人質まで救出できる。いや、本音を言えばそんなのはどうでもいい。大事なのは、可児くんを連れ戻せるということだ。


 深呼吸をした。

 俺は金と仲間を手に入る。

 すると菊ちゃんは、すべてを失う。


 いや、そもそも宇宙人同士の戦争なんて、彼女たちが勝手に始めたことだ。

 勝敗の行方がどうなろうが、俺の知ったこっちゃない。


「額のデカさに浮かれてましたけど、なんで俺なんです? もっと適任がいるでしょう?」

 こういうのはタフな男の仕事だ。スタローンにでもやらせるべきだろう。ジェイソン・ステイサムでもドウェイン・ジョンソンでもいいが。とにかく俺じゃない。


 ボスもうなずいた。

「そうだな。二億も取れるなら、俺が代わってやりたいくらいだ。しかし担当者は、お前をご指名だぞ。俺にはどうにもできん。イヤなら断ってもいい。だが、結局受けるハメになるだろう」

「なぜです?」

「その担当者ってのが、例の夕霧だからだ」

 そりゃムリだ。

 俺の行動は、彼女に支配されているといっても過言ではない。いや過言だが。いまのところ全敗なのだ。もう結果は決まったようなものだ。


 俺は思わず腹をさすった。

「考える時間をください」

「ああ、そうだな。選択肢があると思ってるうちに好きなだけ悩め」

「はい」

 現実は非常である、ってやつだな。


 こういうとき、いつも思うのだ。

 菊ちゃんが女の子で、しかも一人で頑張っているから、同情してしまうのか、と。

 しかも対立関係にあるのは触手陣営だ。

 イメージだけで考えれば、あきらかに菊ちゃんの味方をしたくなる。そもそも煽り運転してきた触手野郎が原因なわけだし。


 ただ、俺はすべての事実を把握しているわけじゃない。

 狭い見識だと言われようとも、見えている範囲で判断しないといけない。


 電話が鳴った。

 ボスが受話器を取るよりさきに、待機所で駒根さんが取った。


 ややあって、社長室に駒根さんが入ってきた。

「失礼します。ボスに、芦原さんからお電話です。なんでも、また娘さんが行方不明になったとか……」

「……」


(続く)

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