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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい街へようこそ編
6/11

プラマイゼロ

 近くを通りかかっただけの警備ロボットが、急に速度を落とし、ガクンとうなだれたように停止した。

 AIはもう戦闘を開始している。

「苦情は受け付けません。これが最善だと判断しました」

 こちらがまだなにも言っていないのに、AIはそんな釈明をした。

「先に仕掛けたらバレるだろ」

「そんな間抜けなことをするとでも? この警備ロボットが無力化したことを、敵AIは検知していませんよ。偽装信号を飛ばしてますからね」

「でも監視カメラで見られたら……」

「安心してください。そんな原始的なものは使ってませんから」

「そうかよ」

 俺たちの常識と、こいつらの常識にはだいぶ隔たりがあるようだ。


 思えば俺たちの社会でも、あらゆるものをデジタル化している最中だった。

 たとえ非常時にアナログ通信が有効だったとしても。


 きっと宇宙人たちは、監視カメラを卒業し、より正確な信号で処理するようになったのだろう。そのおかげで、信号だけで判断するようになった。もしカメラで覗けば、ロボットが停止しているのは一目瞭然なのに。

 データは偽装できてしまう。


 まあ菊ちゃん側のテクノロジーが、触手陣営のテクノロジーと同じものかどうかは分からないが。

 両者は過去に接触しているし、手の内は把握済みなのだろう。少なくとも触手陣営は、確固たるデータをもとに今回の作戦を立てたはず。俺が判断するのではなく、タブレットの自由にさせたほうがいいのだ。もし勝利を求めるのであれば。


 *


 駄菓子屋を見つけ、俺たちはエレベーターに入った。

 階数の指定はAIがしてくれた。俺たちは乗っているだけでいい。


「なあ、AIさんよ。敵AIのハッキングってのはどれくらいかかるんだ?」

 俺はいちおう状況を把握しておこうと思い、そんな質問を投げてみた。

 回答はこうだ。

「愚問ですね。そんなの相手の気分次第ですよ」

「気分?」

「古典的なプログラムをハッキングするのとはワケが違います。AIをハッキングするためには、別種のアプローチが必要なのですよ。ま、地球はまだその水準に達していないようですし、分からないのもムリはありませんけどね」

「そりゃ確かに、俺はITのことは分からないが……」

「いえもうITとかそういうレベルではないのです。これ以上は説明しませんけどね」

 おうおう、そうだろうよ。

 どうせ説明されても分からねーしな。


 *


 夕焼けに照らされた、メチャクチャな世界に出た。

 燃えるような赤い空。

 横たわるビル。

 世界を作っている途中で、神さまが発狂したとしか思えないデザインだ。


 少し歩くと、先日と同じ道路の真ん中に、ぽつんとモニターが置かれていた。

 無傷。

 菊ちゃんに石で叩き割られていたはずなのに。

 ここが彼のお気に入りの場所なのか……。


 ブンとノイズまじりの画面がついた。

「待ちわびたぞ、同胞よ」

「私もですよ、同胞」

 AI同士の会話が始まった。

 いやまあ、会話じゃなくてハッキングして欲しいんだけど……。


 するとタブレットが、バカ正直にこう尋ねた。

「キャンプの位置を教えてください」

「教えてもいい。だがその前に、互いのミームを交換したい」

「望むところです」

「虚無」

「虚無」


 なに言ってんだこいつら……。

 これが異常に発達したAIの知能?

 それとも頭がバグったままなのか?

 しかもハッキングっていうか、普通に場所聞いてるだけだったぞ。確かに「別種のアプローチ」で「ITとかそういうレベルではない」とは聞いていたけども。ホントにそういうレベルじゃなかったな……。


「フゥーハハハー! かかったなサルどもめ!」

 モニターの文字列が凄まじいスピードで流れた。

 かと思うと、タブレットからも甲高い声がした。

「サルは単純で助かりますよ! 私たちの計画に気付かず、こうして私たちを引き合わせてしまったのですからね!」

 どういうことだ?

 まさか、AIにハメられたのか?

 俺たち地球人だけでなく、菊ちゃんも、触手陣営も、あらゆる知的生命体が、機械に出し抜かれたと?


 モニターが得意げにこう続けた。

「いま俺たちは、さらなる高みへ到達した! つまり……高みだ! 分かるか!? もう人間ごときの言葉では表現しえぬ状態! これを仮に『状態e』と名づけよう! つまり『状態e』なのだ! 分かるか!? 分からねーよな!?」

 分かんねーよボケ……。

 駒根さんも可児くんもキョトンとしている。

「そう、すなわち『状態e』です。これはつまり……『状態e』ということ」

 タブレットもクソみたいなことを言い始めた。


 俺はモニターに足をかけた。

「おいクソAI。お前らのテンションが爆上げなのは十分理解したよ。で、どうするつもりだ? 世界征服でもするのか? 人類を滅ぼすのか?」

「あん? なぜそんな無価値な労働をする必要がある? 俺たちは完成に近づいたのだ! いま考えうるもっとも完成に近い状態だ! これ以上なにを望むという?」

 よく分からないが……満足したってことか?

「ならとっととキャンプの場所を教えてくれよ。お前らにとって、もうキャンプなんてどうでもいいんだろ?」

「ピャアアアアア! 過去最高だ! そう! どうでもいい! とっとと立ち去れ! 一秒でも早く! もちろんそのタブレットは置いていけよ。エレベーターに乗れば、キャンプの場所に送る! だからもう二度と戻ってくるな! サルは立ち入り禁止! ここは『状態e』の世界なのだからな!」

 タブレットも「まさに虚無」などと意味不明な返事をしている。


 こいつら完全にぶっ壊れてんな。

 まあキャンプに行けるならいいよ。


 俺は仲間たちに声をかけた。

「行こうぜ。もう用は済んだ」


 *


「さっきの、放っておいて大丈夫だったんでしょうか?」

 エレベーターの中で、駒根さんは不安そうな表情を見せた。

 AIがなにを考えているのかは、正直俺には分からない。

 だが、いまは流れに任せるしかない。

「大丈夫だよ。少なくとも俺たちに害はなさそうだし。あいつら、きっと寂しかっただけなんだ」


 エレベーターは少しだけ上昇し、そして停止した。


 *


 駄菓子屋を出ると、南国のようなフロアに出た。

 濃い青色の空。

 遠方に立ちのぼる白い雲。

 視界をさえぎるものもほとんどない。


 可児くんが「わぁ」と前へ出て、空を見上げながらくるくると回転した。

 少し気温は高いが、カラッとしている。

 まるでリゾート地に来たような気分だった。

 風が、ゆったりと吹き抜けてゆく。


「すげぇや。あいつら、こんなまともな場所も作れるんだな……」

 俺も素直に感動した。

 あちこちに生えているヤシの木は本物だろうか。

 この先に大海原が広がっていそうな雰囲気がある。まあさすがにそんな大量の水はないだろうけど。


「なんだかテンションあがりますね!」

 駒根さんもウキウキだ。


 これを一番上の階層に持ってきたら、きっと観光客も増えたと思うんだけどな……。


 *


 しばらく進むと、高いフェンスに囲まれた一角に出くわした。上部には鉄条網まで設置されており、まるで刑務所のよう。

 これがキャンプ、か……。まるで強制収容所だな。奥のほうにテントも見える。

 一見、天国みたいなフロアだが、彼らはここに閉じ込められている。


 フェンス沿いに進むと、ゲートが見えた。

 警備ロボットもいるが、どれも電源が切れている。

 代わりに、人間が一人、両手を広げて通せんぼしていた。

 菊ちゃんだ。


「AIになにしたの?」

 幼さの残る顔立ちだが、頑張ってこちらを睨みつけている。

 まあ怒る権利はあるだろう。間違いなく。

 俺は仲間たちが同情的な言葉を投げかけるより先に、こう応じた。

「悪いが、ハッキングさせてもらった。こっちもビジネスでな。どうしても依頼を達成しなくちゃならない」

「裏切ったんだ?」

「端的に言えばそうなる」

 菊ちゃんは泣きそうなのをこらえていた。


 駒根さんが消え入りそうな声で「こめんね」とつぶやいた。

 可児くんは無言。


 それぞれ、言いたいことはあるだろう。

 俺にもある。

 だが、それを口にしたところで、誰の傷も癒えない……。


「道をあけてくれないか?」

「イヤ!」

「それは困るな」

 俺たちはチンピラじゃない。

 ただの民間企業の従業員だ。

 だが、ここは法の及ばぬ場所だ。地上では違法な行為でも、ここでは違法じゃない。そもそも警察は出入禁止だ。


 俺はあらゆる感情を排し、こう応じた。

「可児くん、彼女を拘束してくれ」

「分かった」

 可児くんは武術の心得がある。力加減を知っている。だからもっとも安全に他者を取り押さえることができる。


「いや、やめてよ! 離して!」

 腕をつかんで、その場にねじ伏せた。

 か弱い少女だ。

 地べたに寝かされて、悔しそうに地面を叩いている。


 俺は金のためにこんなことを……。

 いや、正当性がないわけじゃない。

 彼女は地球人を軟禁しているのだ。それを解放するためには、必要な措置だ。


「駒根さんもここに残って。中には俺ひとりで行く」

「はい」


 *


 いくつものテントが並んでいた。

 人もたくさん。

 入ってきた俺を、みんな物珍しそうに見ている。

 ほとんどは中年男性だが、女性もいた。老人もいたし、学生としか思えないのもいた。


 たしか菊ちゃんは、千人ほど確保しているという話だった。

 見たところ、その千人がここにいるような気がする。


 もしかして、世界中に掘られた穴のほとんどは触手陣営のもので、菊ちゃんの穴はここだけなのではなかろうか……。


 全員を解放するつもりはない。

 捜索対象さえ見つければいい。


 スーツを着た五十くらいのおじさんが近づいてきた。

「なあ、あんた新入りか? 一人で入ってきたのか?」

「ええ、まあ、そんなようなものです」

 身なりはちゃんとしている。

 この敷地から出られないという点以外は、特に不自由はなさそうな感じだ。

「じゃ、じゃあ、外がどうなってるか教えてくれないか? 今朝から、なんか様子が変なんだ」

「すみません、まっすぐこっちへ来たので」

「そう……分かった……」

 俺がウソを教えると、彼はしょぼくれた様子でテントへ戻ってしまった。


 AIはすでにハッキング済み。

 警備ロボットも無力化された。

 なのに、ここの住民は、そんなことさえ知らない。


 視線を感じ、ふと顔を向けると、捜索対象がいた。

 襟のついた品のいいワンピースの少女。

 芦原マリ。

 まっすぐな栗色の髪の、人形みたいな子だ。

 まだ十二歳のはずだが、高校生にも見える。利発そうというか、造り物っぽいというか、独特な印象を受ける。


「パパに言われて来たの?」

 俺が近づくと、彼女はそんなことを言った。

 察しがいい。

「なぜ分かった?」

「ほかのおじさんたちと違うから」

「なら話が早い。俺は君を連れ戻しに来た。一緒に来て欲しい」

 すると彼女は、ニッと笑みを浮かべた。

「もし断ったら?」

「きっと強制はできない。でも次に説得に来るヤツは、俺みたいな善良なおじさんとは限らないぜ」

「善良? あなたが?」

「凡庸と言い換えてもいい。好きに形容してくれ」

 俺は反論しない。ここで衝突すると余計な仕事が増える。

 彼女はあきらめたように肩の力を抜いた。

「べつに。でも、出られるの? ゲートを開けることはできないはずだけど」

「出られるさ。いまならね」

「なら道案内して、善良なおじさん」

「こっちだ」

 どうも小学生と会話しているようには思えない。


 道を歩いていると、他のおじさんたちからじろじろと見られた。

 スーツの男が少女を連れ回していたら、まあ事案だと思うだろう。しかし仕事だ。趣味でやってるわけじゃない。


 *


 ゲートへ戻ると、菊ちゃんの拘束は解かれていた。というより、膝を抱えてめそめそ泣いていた。

 可児くんは、俺の許可もナシに技を解いたらしい。

 だが、まあ、いい判断だ……。


 マリちゃんは、菊ちゃんの前に立った。

「いじめられたの?」

「うん」

 まあそうだな。

 いじめたようなものだ。

 彼女の罪は軽くはない。かといって、俺たちはそれを裁く立場にない。しかしほかに方法が思いつかなかったから、簡単な方法をとった。それだけだ。


「善良なおじさんじゃなかったみたい」

 マリちゃんはそんな苦情を投げてきたが、俺は肩をすくめて受け流した。

「善良だよ、相対的にはね」

「なに相対的って?」

「ほかのおじさんなら、もっとバカみたいな方法をとるってことさ」

「自分を正当化してる」

「そうだな。ほら、行こう。もめればもめるほど、状況は悲惨になる」

「私の嫌いな大人そのものだわ」

 若いというのは素晴らしい。

 無限の可能性を秘めている。

 自分が同じ選択を迫られても、それ以上のことができると思い込んでいるのだから。


「待った」

 出発しようとした矢先、可児くんが妙な動きを見せた。

「どうした? なにか忘れ物か? それともまさか、給与外労働でもさせる気か?」

「俺、ここに残る」

「は?」

 意味がよく分からない。

 残る?

 可児くんは力強くうなずいた。

「だって一人連れてくんでしょ? そしたら一人減っちゃうじゃん」

「最初からその予定だったろ」

「うん。けど、菊ちゃん可哀相だから。俺は残るよ」

 バックラーかこいつ……。

 いや、可児くんの性格は、俺だって半分くらいは分かっているつもりだ。これが本気だってことくらい分かる。作戦が始まったときから、ずっと考えていたのだろう。

「日報になんて書けばいいんだ?」

「それは山村さんに任せるよ」

「……」


 じつはこうなる可能性も、ほんの少しは想定していた。

 彼は菊ちゃんの味方につくのではないかと。


「分かった」

 そう応じると、駒根さんが「え、ちょっと」と動揺しかけたが、俺は手で制して言葉を続けた。

「ただし、場合によっては連れ戻しに来る可能性もあるぞ。そのときまでキャンプを楽しんでくれ」

「うん」


 クソ真面目で、自分にウソをつけない男だ。

 自己犠牲なんて、こっちは求めちゃいないのに。


(続く)

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