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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい街へようこそ編
4/11

示談の条件とは

 菊ちゃんが瓦礫でモニターを粉砕したのち、俺たちはエレベーターで別のフロアへ移動した。

 ひとまず公園で話し合おうということになったのだ。


 そこも特に代り映えのないコピペの街。

 警備ロボットはいない。


「あたし、戦争してるの」

 菊ちゃんはブランコに座ったままそう切り出した。

 なにを言っているのかサッパリ分からないが、とにかく続きを聞くとしよう。


「あたしたちって、宇宙船で旅してる一族なの。でもだんだん人口が減ってきちゃって、あたしが最後の一人になって。AIもあんな調子だし、人間のいっぱいいる星に行きたいなって思って……」

 会話相手はあのAIだけか。拷問に等しいな。

 菊ちゃんはまた涙目になった。

「そしたらね、別の宇宙船が近づいてきたの。でね、あたし、お友達になれるかもって思ったの」

「どうなったんだ?」

 俺は好奇心を抑えきれなかった。

 知的生命体同士の、宇宙空間での邂逅だ。

 きっとドラマチックな事件だったはずだ。


 だが、彼女の返事はこうだ。

「煽り運転してきたの」

「は?」

「けっこう近くまで迫ってきて、バンバン煽ってきて。だからあたしAIに言ったの。あれ撃ち落としてって」

「で、戦争に?」

「ううん。そのときはAIに拒否されちゃって。戦っても勝ち目ないからやりたくないって。そしたら通信が来て」

「なんて?」

「分かんない。使ってる言語が違ったから。で、向こうも困って……。それで三週間くらいかな、翻訳できるようになってから、ようやく交渉が始まって……」

 なんだか思ってたのと違うな。


 菊ちゃんはがっくりとうなだれた。

「そしたらね、うちのAIもひどかったけど、向こうのAIもひどかったの。もう人間なんて滅ぼしちゃおうって。ふたりで意気投合しちゃって」

「とんでもねークソAIだな……」

「で、向こうの宇宙人が、AI抜きで交渉しようって。あたしはオーケーしたの。そしたらよく分かんないけど、いっぱい慰謝料請求されて……」

「チンピラかよ」

「宇宙船ごとよこせって言われて。でも、そんなことしたらあたし死んじゃうし、ムリだって言ったの。そしたら戦争だって」

 戦争――。

 宇宙人のテクノロジーを駆使した破壊的な戦争が起きた、というわけか。


 菊ちゃんは両手で顔をおおった。

「触手レスリングで勝負しろって言うの! ムリじゃん! あたし触手なんて生えてないし!」

「……」

「そんなの卑怯じゃん! だいたいなんなの触手レスリングって! えっちじゃん!」

「ま、まあ考えようによってはえっちだな……」

「えっちすぎるじゃん!」

「……」

「いろいろアウトじゃん?」

「……」

 あえて触れないようにしているのに、勝手に自分で掘り下げるんじゃない。

 困るだろ。


 菊ちゃんはぐすと鼻をすすった。

「でね、ムリだから違う条件がいいって。そしたら近くに地球あるから、あそこで互いの存在を競い合おうってことになって」

「なにで勝負することになったんだ?」

「うん。どっちがいっぱい地球人と仲良くなれるか。つまり種の魅力を競い合うんだって」

 だから友達を増やそうとしていたのか。


 ん?

 てことは、敵の触手野郎も、どこかに穴を掘っているのか?


 菊ちゃんは涙をぬぐってこちらを見つめてきた。あどけない顔に、宝石のような紫色の瞳。最初はカラコンかと思ったが、これが本来の色なのかもしれない。

「だから友達になって? お願いだから」

「んー、まあダメじゃないけど、いま勤務中だしなぁ……」

 俺がそう言いかけると、駒根さんが「えっ」と声をあげた。

「かわいそうですよ! こんなに困ってるのに……。お友達になってあげましょうよ? 山村さん、友達ひとりもいないって言ってたじゃないですか?」

「い、いや何人かはいるよ……」

 本当だよ。

 たぶん。


 可児くんもうなずいた。

「少なくとも俺はもう友達だよ」

 こいつ、会った人間全員に言ってそうだな。


 菊ちゃんはふるっと震えた。

「嬉しい! ずっと仲良しでいようね? で、戦争に勝って、みんなで宇宙に帰ろう!」

「は?」

 俺は思わず顔をしかめた。


 戦争に勝って?

 みんなで?

 宇宙に帰る?


「いやちょっと待ってくれ。友達になると戦争に巻き込まれる上に、宇宙に行かないといけないのか?」

「そだよ」

 そだよじゃねーんだよ!

 このクソガキ、自分がなに言ってんのか理解してないのか?

「可児くんだって、さすがに宇宙はイヤだろ?」

「うーん」

「迷うんじゃない! 即座に否定して!」

 こいつはマジで、生きていければどうでもいいのか?

 器がデカすぎるぞ。


 だが駒根さんは、さすがに困惑していた。

「私も宇宙はちょっと……」

 当然だろう。

 ちょっと行くくらいならまだしも、永遠に地球とオサラバするのだ。ハードルが高すぎる。


 菊ちゃんは駒根さんにすがりついた。

「え、なんで? 駒根ちゃんも行こうよ! あたしが誘ってもおじさんしか来てくんないから、女の人は貴重なんだよ!」

 ひでぇ話だな。

 つまり定住希望者の大半はおじさんということだ。

 そんなの引き連れて宇宙に行くなんて、きっと地獄だぞ。


 駒根さんも怯えてしまっている。

「わ、私はパスかなぁ……」

 狭い宇宙船でおじさんに囲まれて暮らしたくはないだろ。

 俺だってイヤだよ。


 だが厄介だな。

 捜索対象は、菊ちゃんにとって貴重な駒のひとつだ。きっと返したくないはず。

 俺たちは「何でも屋」ではあるが、だからってなんでもできるワケじゃない。強行突入は専門外だ。いっぺん帰社して、ボスの判断を仰ぐしかない。


 俺はスマホの時計を確認した。

 もうすぐ十六時といったところ。移動時間も考えると、そろそろ引き上げるタイミングだ。

「帰るの?」

 菊ちゃんが不安げな顔を見せた。

 この思わせぶりな態度で、いったい何人のおじさんを落としてきたのやら。

「いったんね。いちお給料もらってるからさ。会社に戻らないと」

「できれば、このことは政府の人に言わないで欲しいんだけど」

「言わないよ。ただ、業務上必要な内容に関しては、上司には伝える。悪いけどそこは了承してくれ」

「そのボスって人、信じていい人?」


 ボスか……。

 もとは探偵だった。それだけじゃ食っていけなくなって、何でも屋に鞍替えした。謎のコネクションがあり、合法だか非合法だか分からない仕事をとってくる。ジョークはキツいが、口が悪いというほどではないし、金払いもちゃんとしている。ただ、なにを考えているのかは分からない。

 ま、余計なことはしない人だ。それは間違いない。


「おそらくな。ただ、少なくとも、君の利益は侵害しないと誓う。もし約束を守れなかったら、俺が宇宙に行く。それでどうだ?」

「分かった。じゃあ信じる」

 少なくとも彼女は、今回の仕事における現場の協力者だ。

 互いの利益は侵害すべきじゃない。


 *


 地上に出た。

 場所は群馬県の畑のド真ん中。いまは周囲の土地を政府が買い取り、柵で囲っている。警備員もいる。とはいえ、基本的にフリーパスだ。入るのは自己責任。

 円筒状のエレベーターで出入りする。ただしこのエレベーターは行き先が決まっていて、地下都市の一番上のフロアにしか行けない。


 俺は社用のボロいセダンに乗り込んで、エンジンをふかした。

 助手席には可児くん、後部座席には駒根さん。ホントはふたりとも後ろにいて欲しいんだが、可児くんは景色が見たいと言っていつも前に座る。


「ったく、とんでもない日になったな……」

 俺は車を進め、ハンドルを切りながらそうつぶやいた。

 この意味不明な事態をまとめて、日報を書かないといけない。

 まさか日報に「宇宙人」なんて単語を書く日がこようとは……。


 駒根さんはノートパソコンをカタカタ打っているが、日報を書いているわけではない。きっと趣味のBL小説でも書いているのだろう。本人は隠しているつもりかもしれないが、とっくにバレている。


「ね、途中でアイス食べたい」

 可児くんはいつもの調子だ。

 おかげでサービスエリアに寄るハメになる。まあトイレもあるからいいんだが。


 *


 寄り道した挙句、北千住の事務所についた。

 駅から少し離れた雑居ビルだ。線路に面しているから、電車が通るたびけっこうな音がする。


「ただいま戻りました」

 クソ狭いオフィスだ。

 入ってすぐが待機所、ほかに応接室、社長室、ロッカールームがあるのみ。トイレはビルの共同。


「どうだった?」

 社長室にいればいいのに、ボスはいつも待機所にいる。

 デカすぎるサングラスをかけた角刈りの男。オーダーメイドのスーツを着て、黒いグローブをしている。探偵というよりは、古い刑事ドラマのコスプレみたいだ。

「どうもこうも……。宇宙人に会いましたよ」

「ホントか? どんな感じなんだ?」

「女の子ですよ。その子が対象の居場所を知ってるようでした」

 するとボスは「ほう」とサングラスを押しあげた。

「てことは、明日には依頼を達成できるってことでいいんだな?」

「じつはですね……」


 宇宙人が、対象を帰したくないこと。

 対象も、本人の意思で残っているであろうこと。


 この二点を、まあまあボカして伝えた。

 ボスは眉間にしわを刻んでいる。

「面倒になってきたな」

「強行突破しようにも、政府でさえ手を出せないレベルですからね。俺らじゃムリですよ」

「力で勝てるなんて思っちゃいない。だが、お前の口八丁ならどうだ?」

「今日もさんざん滑り倒してきましたよ」

 力でも策でもムリということだ。

 ボスは天井をあおいだ。

「さすがに無理筋みたいだな。分かった。依頼人とも相談してみる。これ以上は民間の仕事じゃない」

 かといって、公権力が動いてくれるとも思えない。

 宇宙人の件に関して、どこの政府も腰が重かった。きっと裏でなにか取引していて、完全にやり込められているのだろう。宇宙人にしてみれば、地球人を懐柔するなどたやすいことなのだ。

 菊ちゃんにしたって、あくまでルールの限定されたゲームに勝てないから困っているだけで。ノールールで地球を征服しようと思えば、きっと可能だ。なにせあの警備ロボットは、地球の軍事力を凌駕している。


 *


 解散後、俺はパブに入った。

 先にカウンターでビールだけ買って、好きな席で飲めるタイプの店だ。


 どっと疲れがきた。

 ナッツをかじりながら、ビールをやる。あまり冷やしすぎないイギリスのビールだ。苦みは淡く、甘味がほのかにある。

 テーブルに置いたスマホを時々いじりながら、ただナッツとビールを交互にやる。若いころは、友達と飲むのが楽しかった。だが、いまは飲んでるだけでよくなった。

 コミュニケーションよりも、アルコールの摂取がメインになってしまっているが……。


 あらためて見ると、ここは地下都市とは大違いだ。

 文字が読めるし、騒音もある。なにより人がいる。カラスもいる。ハトもいる。たまにネコも見かける。


「こんにちは」

 女が近づいて来た。

 黒いスーツの、目の覚めるような美人。しかし表情が優しいから、ほとんど壁を感じさせない。すべて演技なのはもう分かっているのだが。

「こんにちは。久しぶりだね」

「はい。きっとまたお会いできると思ってました。お隣、いいですか?」

「どうぞ」

 今日は荷物を運んじゃいない。

 だから用があるとすれば、宇宙人に絡んだ話だろう。


 彼女はグラスからサングリアをひとくちやって、はぁと天井を見上げた。

 本当に、ただ飲みに来ているかのような態度。


 俺は手っ取り早く話を進めてやることにした。

「じつはもう、君の正体は知ってるんだ」

「夕霧、ですよね……。一条夕子というのも偽名です。お気を悪くしたのならごめんなさい」

「いいよ。俺が間抜けだっただけだ」

 しかもいま、まさに許してしまいそうになっている。

 見た目がよければなんでもいいのか、と、自分につっこみたくなる。とはいえ、世界が人の容姿に払っている額を考えれば――つまり動いているエネルギーの量を考えれば、俺みたいな凡人が抗しうるわけもなく。


「地下都市、行かれたんですよね?」

「よく知ってるね。でも先に言っとくけど、俺はなにも知らないぜ。質問されてもクソみたいな情報しか流せない」

「あらら、嫌われちゃってますね、私」

 嫌いになろうと努力してるんだよ。

 俺はナッツを口に放り込み、ビールで流し込んだ。

「誰の依頼で来たの?」

「もしかして、私から情報を引き出そうとしてます? だったらもっとサービスして欲しいな、なんて」

「ナッツでもどうぞ」

「ええ、いただきます」

 小皿を差し出すと、彼女は指でつまんで一粒食べた。

 どう考えても俺の勝てる相手じゃない。ちょっと反撃しようとしても、すべて受け流されてしまう。そもそも、即座に話を打ち切って追い返せない時点で、俺の負けなのだ。

 どうしてもズルズルと話を続けたくなってしまう。


「一条さん、悪いけど、ボスからもう近づくなって言われてるんだ」

「勤務時間外でも?」

「そうだよ」

「せめて飲み終わるまで、一緒にいちゃダメですか?」

「まあ、一杯だけなら……」

 同じ酒飲みとして、飲んでる最中に追っ払うのは可哀相だ。


 彼女はまたグラスからひとくちやって、じっとこちらを見つめてきた。

「あの、もしかしたら誤解してるかもしれないので……」

「なに?」

「たしかに私はスパイみたいな仕事をしてます。でも、誰にでもああいうことをするわけじゃないんです。だって、お話を聞くだけなら、ここでもできますから……」

 あなただけは特別、というわけだ。

 こんなので喜ぶバカがいるんだろうか。

 まあここに一人いるけど。


 俺はつい目をそらした。

「べつに、君のことをそんなふうに思ってるわけじゃない。ただ、業務上、支障があるから……」

「安心してください。今日はそういうつもりじゃないんです。なんの準備もしてませんし。ホントにただお見掛けして、挨拶したかっただけなので……」

 信じたくなってしまう。

 信じたら、またいい思いができそうな気がするから。

 緊張で内臓がぞわぞわしてきた。

「宇宙人に会ったよ。向こうから接触してきてさ」

 口を滑らせたわけじゃない。餌をまこうと思っただけだ。彼女の依頼主が誰なのか、知りたかった。きっと俺が宇宙人と接触したことは、とっくにバレているはず。核心について話さなければそれでいい。


 一条さんはにこりと笑みを浮かべ、かすかに息を吐いた。

「もう、気を使わないでください。ホントに探るつもりはないんですから」

「そうなの?」

「はい。それより、山村さん、今日もビールなんですね? お好きなんですか?」

「惰性で」

「どんな味なんでしょう? ひとくちいただいても構いませんか? あ、もちろんお嫌でなければ……」

「いいけど……」

 いやダメだ!

 敵の攻撃を受けているぞ!

 俺はなんてバカなんだ……。


(続く)

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