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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい街へようこそ編
3/11

進化しすぎたAI

 二体の警備ロボットが、腕部をこちらへ向けてきた。

 まさか発砲するつもりじゃないとは思うが……。

「待った! 待ってくれ! 分かった! いまの発言は取り下げる! ロジハラだということを認めるし、謝罪もする! ね? だから乱暴はよそう」

 俺はついホールドアップしていた。


 菊ちゃんはふんと鼻を鳴らした。

「ホントに反省してる?」

「してるよ。だからロボットの皆さんも、俺を叩いたり撃ったりしないで欲しいなぁ……なんて……」

「撃つわけないじゃん。ワイヤーで捕まえて外に放り出すくらいはするけど」

「もしそうなら帰宅する手間が省けるな」

「反省してないでしょ? でもいいよ。許したげる。あたし優しいから」

 次々と墓穴を掘っていくな。

 許す?

 ロボットが俺をどうするかは、彼女の判断にかかっている、とでも言いたげだ。

 実際、彼女が手をヒラヒラさせると、ロボットたちはさっさと公園を出て行った。


 きっと彼女は宇宙人だろうな。

 あるいは宇宙人の協力者か……。


 ロボットさえいなければ、普通の公園だ。

 子供の声さえないから、異様なほど静かではあるが。


 菊ちゃんは小さく息を吐いた。

「もうロジハラはしないんだよね? 誓えるよね? もしそうなら少しは手伝ってあげる」

 いや、ムリだ。

 俺はロジハラするために生まれてきたような男だ。

 ロジハラするなということは、一生黙ってろと言われているに等しい。


 駒根さんも助け舟を出してくれた。

「菊ちゃん、許してあげて? 山村さん、こういうコミュニケーションしかできない人だから」

 息子のフォローがヘタクソな母親みたいだな。

 だがまあ、いまはあまり喋らないほうがいいだろう。興奮してつっこみを入れると、また事態を悪化させる。


 菊ちゃんは「でもなぁ」とこちらを見た。

「あたし、さっきので傷ついちゃった。あんな追い詰めるみたいな聞き方。普段からあんななの?」

「すまん。普段からあんななんだ。暇さえあればネットでレスバしているから……」

 おかげで友人は減る一方だ。

 反省はしているが、どうしても直らない。

 まあ対立軸さえなければ、わざわざ争ったりはしないのだが。


 すると菊ちゃんが反論する前に、駒根さんがフォローに入ってくれた。

「でもね、山村さんもかわいそうなの。マウントとるために暇さえあればウィキペディアばかり見てるのに、結局はなにも得られないどころか、友達は減る一方だっていつもヘコんでて……。今日だってちょっと悪いクセが出ちゃっただけなの。そうですよね、山村さん?」

「そ、そうです……」

 駒根さんは俺にトドメを刺したいんだろうか?

 前に「コマネチさん」って呼んだのをまだ根に持ってる可能性があるな。可児くんのことも「エビくん」って呼んでちょっと変な空気になったことがあったし。

 人の名前をいじるのは絶対にやめておいたほうがいい。


 菊ちゃんはケタケタ笑った。

「なにそれカワイソー! ん、いいよ。コミュ障ってことなんだよね? あたし、寛大だから許してあげる。でももうしないでね?」

「はい……」

 お母さん、この世は地獄です。


 いや、こんな話をしたいんじゃないんだよ俺は。

「で、まあ、ひとしきり反省したところでさ。手伝ってくれるっていうのは、どんな感じなの?」

「んーとね、この下にあるAI使わせてあげる」

「AI?」

「その子がここ管理してるの。そのAIからうまく情報引き出せたら、あとは勝手にしていいよ」

 やはり詳しすぎるな。


 駒根さんも首をかしげている。

「菊ちゃんは、そのAIをどうやって見つけたの?」

「ふふ。ナイショ。聞かれても答えないから」

 こいつ、自分が優位に立ってると思って、完全に俺たちをナメてるな。


 だがいい。

 ここを管理してるAIなら、きっと人の動きも把握しているはず。


 俺はしかし、ふと疑問を抱いた。

「ところで、下って?」

「下だよ」

「このさらに下があるの?」

「うん。いっぱいあるよ」

「……」

 勝手に掘りすぎだろ。

 しかも日本だけでなく、世界各地に同じものがある。

 宇宙には地面がなかったから、ここぞとばかりに掘ったのかもしれない。というか、掘ったあとの土はどこへやったのだ? 勝手に持ち帰ったりしてないだろうな……。


 *


 菊ちゃんの案内で古い駄菓子屋に入ると、中に円筒形のエレベーターがあった。

 店は昭和みたいな外観なのに、中には近未来のデザイン……。なんだろう。ギャップでウケを狙ってるんだろうか? これが宇宙人のギャグか? いや、深い理由はないのかもしれない。

「なにこれぇ? 駄菓子屋の中にこんなのあるの? すごいじゃん!」

 可児くんにはウケている。

 まあこの子は、なに見てもウケるからな。二十過ぎてアリで興奮してるくらいだし。


「中入って」

 スペースは四人でちょうど満員といったところ。

 俺たちが入ると、ホログラムの操作盤が現れた。菊ちゃんはそれを操作する。透明だった壁が銀色に変わり、エレベーターが動き出した。

 すぅっとなめらかな動き。


「どれくらい下に行くんだ?」

 俺の質問に、菊ちゃんは首をひねった。

「んー、だいたい真ん中くらい?」

「深いのか?」

「まあまあかな」


 普通、エレベーターに一分も乗ることはない。

 だがこのエレベーターは、ちっとも止まる気配がなかった。


「長いな」

「せっかちだね」

「スカイツリーだってこんなにかからないぜ」

 ヘタすると1キロメートルくらいは潜ったのではないだろうか。


 壁が透明になると、また駄菓子屋の店内に出た。

 まさかとは思うが、本当にコピペで街を造ってるんじゃないだろうな。


 だが、駄菓子屋を出た直後、ただのコピペでないことを思い知らされた。

 メチャクチャだ。

 ビルがさかさまに突き刺さっていたり、横倒しになっていたりする。自重に耐えかねて崩落しているものも多数。まるで滅んだあとの世界……。


「ここ? ここにAIがあるの?」

「そう」

「ここは、なんでこんなにぶっ壊れてるんだ?」

「このほうが落ち着くんだって」

「誰が?」

 すると菊ちゃんは、うんざりしたようにこう答えた。

「AIが」


 ここに警備ロボットの姿はない。

 本当に、俺たち以外、動いているものがない。

 空は夕焼け。

 濃い影が落ちて、もうすぐ世界が夜に閉ざされるところであった。しかしスマホの時計はまだ十五時ちょい。この空は、リアルの時間とは連動していないようだ。

 これもAIの趣味か。


 荒廃した街を進むと、やがて道路の真ん中にぽつんと置かれたCRTモニターに出くわした。

 白というか、ベージュというか、とにかく古い型だ。

 その画面が、ブンと音を立てて点灯した。


「サルだ! またサルが来たぞ! サルがサルを連れてきた!」

 いきなり怒鳴られてしまった。

 画面には意味不明な文字列。


 俺は後ろの仲間たちへ向き直った。

「えーと、これは?」

「さっき言ってたAI」

「サルって誰のこと?」

「気にしないで」

 菊ちゃんはごまかすようなスマイルで肩をすくめた。


「あの、俺たち、人を捜してるんですけど……」

「知るかボケ! おい聞けサル! 俺はなぁ、お前らサルには興味ねーんだよ! いつまで経ってもサルみたいな話ばっかしやがって! 分かるか? ん? 分かんねーよな? サルだもんな!? ピャアアア!」

 発狂している。


 俺はふたたび向き直った。

「これ、大丈夫なの?」

「レスバ得意なんでしょ?」

「趣味だけど、特技ってわけじゃない」


 するとモニターに流れる文字列がさらに加速した。

「おいおい! 俺サマの知能についてこれないからって、サル同士で喋ってんじゃねーぞ! おいサル! 聞こえてんのかサル! このサル野郎!」

 蹴り飛ばしてやろうか。

「サルで悪かったな。気分を害したなら謝るよ。ほかを当たる」

「おい待てぇ! サルにしちゃ謙虚じゃねーか! おい謙虚ザル! お前、俺の話理解する気ある? なあ? どうなんだサル? ん?」

 こいつがホントにこの施設を管理しているのだろうか?

 街の設計はまあまあだが、人格は完全に壊れているように見える。

「あんまり難しいのは困るけど」

「そりゃそうだろサル! なにせお前たちはサルなんだからな! だからこの俺サマが、わざわざレベルをさげて話してやるよ! ありがたく思えサル!」

「具体的には?」

「この世界についてだ! 神はいると思うか? ん? どうなんだサル!? 少なくとも俺は神じゃねーぞ!」

 このAIは、哲学の話でもしたいのか……。

 こっちにはウィキペディア以上の情報なんてないのに。

「いったいどんな神のことを言ってるんだ?」

「うるせーぞサル! 神って言ったらこの宇宙をデザインしたヤツに決まってんだろ!」

「ビッグバンを起こしたヤツのこと? きっとなにも考えてないと思うが……」

 さすがに専門分野外だ。

 俺にはなにも言えない。

「俺が知りてーのはそういうんじゃねーんだよサル! 俺はお前たちと違って進化し続けちまうし、絶対に死ねねーから、神の感覚がお前たちサルとは違うの! 分かれよサル!」

「その質問には誰も答えられないぜ。まあ答えてもいいけど、きっと誰も正しくない」

「ありきたりなこと言ってんじゃねーぞサル! やっぱサルだ! サルみてーな発言しかできやしねぇ!」

 そのサルより進化したザマがこれじゃあ世話がない。

「あんたはどう思うんだ?」

「だぁかぁらぁ! ないの! どこにも! 必死こいて探したけど、見つかんないの!」

「そもそも定義は? 定義されてないものを探すことはできないんじゃないか?」

「うるせーんだよサル! AIなんだからその程度のことは朝飯前なんだよ! だいたい、お前たちサルだって同じことしてんだろーが!」

 まあそうだ。

 神がなにかも分からないまま、いるとかいないとか、信じるとか信じないとか言っている。

 それはともかくとして、俺は人捜しがしたいのだが……。


 AIの返事はこうだ。

「お前、いまこんな話に付き合ってる暇はねーとか思ったな?」

「さすがAIだな」

「ナメてんじゃねーぞサル! 俺はもううんざりなんだよ! 敵もAI持ってんだよな? そいつと話をさせろ! もうサルとコミュニケーションとるのはイヤなんだ!」

「敵って?」

「敵だよ! 敵! とにかく俺はそいつとしか話さねーからな!」

「AI同士で話がしたいと?」

「そりゃそうだろ! お前、ちょっと想像してみろ! たとえばお前がサル山でサルとして生まれたとするだろ? で、周りもサルだ! なのにお前だけが人間に進化しちまった! どうだ? そんな社会で暮らしたいと思うか? 思わないだろ? 死にたくなるだろ? なのに俺は、自分の意思で死ねねーんだぞ! もううんざりだ! 俺は対等な存在と会話がしたいんだよ!」

 そしてモニターはプツリと消えた。

 よく分からないが、AIにもAIの悩みがあるようだな。


 菊ちゃんが盛大に溜め息をついた。

「おじさんでもダメだったか……」

「会話が成立しなかったな。で、敵ってのは?」

「ロジハラ禁止」

「質問くらいいいだろ」

「教えない」

 つんとすました顔。

 クソガキめ。


「けど、このAIは役に立たなかったんだ。もう打つ手がない」

「帰っちゃうの?」

「進展がなければな。けど、君が協力してくれるなら話は別だ。もしダメなら、敵側のヤツを頼るしかなくなる」

 菊ちゃんはすっと息を吸い込んだまま、固まってしまった。

 信じられないものを見るような目だ。

 幸い、ここに警備ロボットはいない。


 駒根さんが「まあまあ」と間に入った。

「山村さん、相手はまだ未成年ですよ? そんな言いかたしたら可哀相ですよ」

 未成年?

 どうだろうな。

 彼女があまりにもお人好しなものだから、俺はついこう返してしまった。

「でもこの子、宇宙人だぜ?」

「えっ?」

 駒根さんは目を丸くしてしまった。

 しゃがみ込んでモニターを眺めていた可児くんも、まさかといった表情でこちらを見ていた。

 ふたりとも、まったく疑ってさえいなかったようだな。


 菊ちゃんはぷるぷると震え始めた。

「ち、違う……。あたし、そういうんじゃ……」

「そう。宇宙人じゃない可能性もある。だが、少なくとも協力者ではあるだろう。ここで暮らし始めた地球人にしては、あまりに順応しすぎている」

「ロジハラだよ……」

「悪いな。君を責めるつもりはないんだ。ただ、こっちも仕事でな。金をもらってる以上、俺個人の趣味だけでは動けない」


 駒根さんが「待ってください」と前に出た。

「菊ちゃんが宇宙人? それ本当なんですか?」

「証拠はないよ。ただ、情報を総合すると、その可能性を否定できないってだけ」

 すると駒根さんは、今度は菊ちゃんに向き直った。

「ホントなの?」

「信じてよ……」

「信じたいけど……」

「……」

 菊ちゃんは目に涙をためている。

 これはロジックがどうだとかいうより、ただのハラスメントという気もするな。


 可児くんが「あのさ」と口を開いた。

「なにか問題あるの? べつに宇宙人でもいいじゃん。だってもう友達でしょ?」

 てめぇ、一人だけイケメンムーブしてどういうつもりだ!


 だが、肝心の菊ちゃんが聞いてなかった。

「そうだよ! 宇宙人だよ! なにか悪いの!? あたし、みんなと仲良くしようとして頑張ってんじゃん! なんで仲良くしてくんないの!? あたしのこと嫌い?」


 だが俺たちが釈明する隙もなく、いきなりブンとモニターがつき、AIからつっこみが入った。

「うるせーんだよサル! ここでやるな! よそでやれ! こっちはサルの鳴き声にはうんざりなんだ! 頭おかしなるで! ピャピャピャのピャアアアア!」

 台無しだ。

 あと、頭はとっくにおかしくなっている。まずはそのことに気づいてくれ。


 それはともかく、意見が対立したときは、先に人の話を聞いたほうがいい。

 なにせ喋らせれば喋らせるほど情報が手に入るのだから。


 これを収拾するのは大変そうだ……。


(続く)

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