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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい街へようこそ編
2/11

機械的な感情論

 捜索は再開された。

 地図は……もうよく分からないので、見ないことにした。二千円損した。


「ねーねー、山村さん、さっきさぁ」

「なに?」

 可児くんが枝を振りながら話しかけてきた。

「アリの墓ってさー、いっぱい作る気だったの?」

「いっぱいって?」

「だっていっぱい死んでたじゃん。全部の墓作るの大変でしょ?」

「いやイッコだよ。イッコありゃ十分でしょ。分かってくださいよ」

 もっとも、そのイッコさえ作る気はなかったがな。

 なにせ場を和ませるためのジョークなので。

 本当です。


 後ろでは駒根さんが菊ちゃんとお喋りしていた。

「ふーん、じゃあ休日はなにしてんの?」

「基本はネットしてます。あとはアニメ観たりとか……」

「外で遊ばないの?」

「お買い物には行くかな」

「ひとりで?」

「はい……」

 こいつ、人のプライヴェートにずかずかと……。


 歩けど歩けど、街並みには変化がなかった。

 似たような景色がずっと続いている。十字路を挟んで郵便局がある。同じところをぐるぐる回っているわけでもないのに。きっと宇宙人は、この街をコピペでデザインしたのだろう。


 枝を振るのに飽きた可児くんが、キョロキョロし始めた。

「ねー、山村さん。あれなんて書いてあんの?」

「たぶん意味なんてないよ」

「なんで?」

 文字は幾何学模様のようなものだ。

 もしかしたら意味はあるのかもしれない。しかし推測さえできなかった。

「だって、あのコンビニの看板見てみ。で、近くに同じコンビニあるよね? 書いてある文字が違うの分かる?」

「うん」

「もし同じコンビニなら、書かれてる文字も一緒でしょ? 店の名前なんだから」

「たしかに」

「だから俺たちにとって、あまり意味のあるものじゃないと思うぜ。もしかすると一意のナンバーかもしれないけど」

「いちいのナンバー?」

「建物を管理するために、個別の番号が振ってある可能性があるってこと。まあ住所みたいなものだよ」

「すごいね。なんでそこまで分かるの?」

「いや。たいしたことない。そこまでしか分からないんだから」

 頭のキレるヤツなら、記号の類似性からもっといろいろ推測するのかもしれないが。残念ながら俺はそこまで頭が回らない。


 ふと、後ろで菊ちゃんが爆笑した。

「え、マジ? そんなのに引っかかったの? バッカだぁー」

「ちょ、ちょっと。声が大きいです……」

 聞かれちゃマズいような話か。

 ま、人にはそれぞれ事情があるからな。聞くべきじゃないだろう。


 すると菊ちゃんは、スピードをあげて俺の隣に来た。

「ねーねー、ホント? ハニートラップに引っかかったって?」

「……」

 駒根さん、君はいま自分の失敗談ではなく、俺の失敗談をバラしていたのか……。

 彼女はバツが悪そうに目をそらしている。

 あとで個別にお話ししないといけないな。


 俺は咳払いをした。

「おい、それは企業秘密だぜ。部外者は知るべきじゃない」

「なに部外者って? もう友達じゃん? 詳しく教えてよ」

 いつ俺たちが友達になったんだよ!

 俺はなぁ、自慢じゃないが友達なんてほとんどいねーんだよ!

 クソ……。

「なにが知りたいんだ?」

「美人だった?」

「ああ、美人だったよ。俺たちは『何でも屋』でな。いろんな仕事受けてる。正体不明の荷物を届けたりとか……。だから、依頼主のライバル企業が妨害してくることもあるんだよ。その一環だ」

「ヤりまくったってこと?」

 俺の高尚な説明を無視し、ひどく下世話な質問を投げつけてきた。

 セクシャルハラスメントでは?

「内容は教えられない」

「なんか喋ったの?」

「喋ってない。俺にはなんの情報もなかったからな。いつも言われたことをやってるだけだ。情報はボスしか知らない。依頼主の名前さえな」

「じゃあヤリ得じゃん!」

「ああ、ヤリ得だよ。笑いものにされたこと以外はな」

 俺の皮肉もスルーして、彼女はキャハキャハ笑っている。


 *


 本当に美しい女性だった。

 艶のある長い黒髪、切れ長の目で、絵に描いたような和風美人。むかしはそういうベタなタイプにいまいちピンとこなかったが、いざ近くで見ると一気にテンションがあがった。ただ容姿が美しいだけじゃない。この世界の何物にも注目していないような、少しぼうっとした表情もよかった。


 あの日、荷物を届け終えた俺は、一人でビールを飲んでいた。彼女も隣のテーブルで飲んでいた。そこへナンパ男が来た。きっとそいつもグルだったのであろう。

 男のしつこい誘いを断ってから、彼女は俺の席へ近づいて来た。

「あの、もしよろしければ、一緒に飲んでることにしてくれませんか? 一人だといつもこうで……」

 俺はできる限りキリリとした顔を作り、「もちろん、どうぞ」と紳士ぶって応じた。

 彼女はサングリアを飲んでいた。

 よく虚空を見つめていた。

 たまに店内の音楽にあわせて身をゆらしたりもした。

 俺がつまらないジョークを言うと、うっすらほほえんでくれた。

 笑顔の素敵な人だった。


 帰り際、彼女は少しフラッとして、こちらへ寄りかかってきた。

「ごめんなさい、少し飲みすぎちゃったみたい……」

「帰れる? タクシー呼ぼうか?」

「家が遠いので、タクシーは……。ね、あそこに入りましょう。休めるみたいです」

 ホテルだった。

 すべてが彼女の計算だったことに、俺は気づけなかった。そもそも、自分がターゲットになるなんて思いもしなかった。


 その後は、まあいろいろあって……。

 彼女は、ほとんど経験がなくて恥ずかしい、みたいな演技をしてきた。もちろん俺は信じ込んだ。ほとんど経験がないのは俺のほうだったわけだけど。

 すべてが終わってから、彼女はこうつぶやいた。

 じつは開発中の商品を産業スパイに盗まれて、なんとしても取り返せと上司に言われて困り果てているのだと。

 話を聞けば聞くほど思い当たる節があった。

 俺が荷物を受け取った場所、荷物のサイズ感、担当者の容姿などなど。あらゆる情報が一致した。

 だからつい、俺も口を滑らせてしまった。自分の運んだ荷物がそうなのかも、くらいだが。

 そもそも俺は、ロクになにも知らされてなかった。ボスが教えないようにしていたのだ。こちらは指示された通りに動くだけ。だから彼女の力になれなかった。


 数日後、ボスに呼び出された。

 俺が女とホテルにシケ込んだのがバレていたのだ。

 女の顔写真を見せられた。

 通り名は「夕霧」。

 彼女はいろいろな企業に雇われて、ハニートラップで情報を集めるプロと聞かされた。

 俺との接触が発覚したのもただの偶然ではなく、夕霧を追っていた第三者からの情報提供だったようだ。

 ボスの会社は、かつては探偵事務所だった。だから当時の協力者とのつながりがある。

 俺は特に叱責されなかった。ただ、今後は気を付けてくれと念を押された。


 それだけだ。

 それ以来、彼女とは一度も会っていない。いったいいまどこでなにをしているのやら。恨みを買うような仕事でもあるから、もしかするとこの世にはいないかもしれない。


 *


 また公園に入った。

 ベンチと遊具があるだけの、低い鉄柵で囲まれたエリアだ。

 見ても意味がないと分かっているのに、つい地図を広げてしまう。なにせ手掛かりがないのだ。こうして気分を紛らわしたくなってしまう。

「えーと、この郵便局が……」

「こっちじゃないでしょうか?」

「じゃあ向きはこうで」

「いえ逆ですね」

 まあ逆だろうと逆でなかろうと、いずれにせよ地図は役に立たない。

 可児くんは「おしっこして来るね」と行ってしまった。彼はアリを観察するか、おしっこをするためだけに、うちのチームにいるのだろう。


 菊ちゃんは棒付きのアメをくわえながら、空を見つめていた。

「カーラースー」

 おそらく空調によるものだと思うが、この地下都市には風が吹いている。

 生ぬるくて、ゆったりとした風だ。


「山村さん、ごめんなさい」

 駒根さんが急に頭をさげてきた。

 親に叱られた子供みたいな顔をしている。

「え、なに?」

「さっきの……。ハニートラップのこと……。話題が欲しくて、つい……」

「ああ、あれね。まあいいよ。でも今後は気を付けてね。いちおう業務上の内容だから、外部にバラしちゃマズいからさ」

「はい……」

 とはいえ、バレたからどうだということはないのだ。

 ただ、あれもこれも喋っていいということになると、際限がなくなってしまう。ゆえに、業務上知りえた情報は、原則として外部に出さないことになっている。


 俺は話題を変えるべく、菊ちゃんに話を振った。

「なあ、菊ちゃん」

「カーカー」

 カラスなんて飛んでないのに、カラスの歌に夢中だ。天井のスクリーンにさえ映っていない。

「君はこの辺に詳しいんだろ? なにか知らないか?」

「なにかって?」

「人が住んでそうな場所」

「んー」

 考え込むような顔。

 だが、俺の質問に対して本気で悩んでいるというよりは、教えてやるべきかどうか吟味している様子だった。得意げな顔でニヤニヤしているようにも見える。

「知らないならいいよ」

「まーまー、そうすねないで。教えてあげるから」

「条件でもあるのか?」

「んー、まーね」

 やけにもったいぶってきやがる。

 時間のムダだ。と、言いたいところだが、ほかに手掛かりがない以上、どんなヒントでも欲しいところだった。

 たとえば、駅前で人と待ち合わせをするのでさえ大変なのに、この広大な街から人を一人捜し出すっていうんだから。


 駒根さんが勢いよく立ち上がった。

「教えて、菊ちゃん」

「教えてあげてもいいけど、そこ住んでる人いるからさ。勝手に教えたら迷惑かけちゃうなーって」

「でも、どうしても捜したい人がいるんです。お願い」

 いつになく押している。

 さっきのミスを取り返そうとしているのか。

 菊ちゃんは肩をすくめた。

「ま、いいけど。でも条件あるかんね。そこに入っていいのは、住むのを希望してる人だけなの。いっぺん入ったら出られなくなるけど、それでもいい?」

「えっ……」


 いや待て。

 とんでもないことを言い出したぞ。

 これは単に、俺たちが入ったら出てこられないというだけの話じゃない。もし捜索対象がそこに入り込んでいた場合、連れ戻すことができなくなる。


 俺は横から割って入った。

「詳しく説明して欲しい。そこは要塞みたいな場所なのか? 警備状況は?」

 菊ちゃんは目をパチクリさせた。

「え、なに? 攻め込むつもり?」

「まさか。俺はシルベスタ・スタローンじゃない。情報だけ手に入れて、いちど事務所に持って帰る。判断はボスがする」

「帰っちゃうの?」

「俺たちは定住を希望してるわけじゃないからな」

「ふーん」

 アメの棒をくいくいと動かした。

 もしかすると、悪い印象を与えてしまったかもしれない。しかし情報欲しさにウソをつくと、あとでそのウソに悩まされることになるのは自分自身だ。ウソはなるべく少ないほうがいい。


「俺、べつにいいけど」

 トイレから戻ってきた可児くんが、いきなりそんなことを言い出した。


 いい?

 なにが?


 彼はベンチに腰をおろした。

「俺、ここに住むの全然いいよ。住めるなら」

 菊ちゃんも「ホント!?」と大興奮だ。

 なぜ興奮しているのかは分からない。

 誰かに住んで欲しいのか?


 俺は咳払いをした。

「ま、君の意思は尊重する。だがその前に、ひとつ確認しておくべきだな」

 この言葉に、可児くんも、駒根さんも、ぎょっとした顔を見せた。

 そう。

 俺がこういう言い回しをしたときは、空気を読まない発言をするときだ。

 分かっていないのは菊ちゃんだけ。

「なあ、菊ちゃん。質問だ。君はどうやってその場所を知った? こうして自由に出歩いてるってことは、少なくとも住人ではないということだな? 誰に教えてもらった? よかったら、詳細を教えてくれないだろうか?」

 彼女は最初からどこか怪しい。

 ハニートラップではないかもしれないが、あきらかになにかに引き込もうとしている。


 菊ちゃんは露骨に動揺した様子で、あちこち視線を泳がせた。

「ええっと……。それは……その……噂で……」

「噂? 誰が噂してたんだい? いまや観光客なんてどこにもいないようだが」

「むかし! まだ人がいっぱいいたころに!」

「具体的にはいつごろ?」

「分かんないけど……半年ぐらい前……。疑ってるの?」

「いいや。ちょっと疑問に思っただけだよ。教えてくれてありがとう」

 もちろん疑っている。


 この地下都市にまつわる行方不明者の話は、じつはちらほら出回っていた。

 ただ、宇宙人たちは、迷子になった観光客は必ず助けてくれる。だから誘拐説は、あるにはあったが、さほど強く主張されてこなかった。

 しかし希望者を誘導しておいて、二度と出られないようにしているのなら……。

 それは半強制的な抑留と同じことだ。


 俺は立ち上がった。

「場所を教えてくれ。中には入らない。外からちょっと見るだけだ。それならいいだろう?」

「それは困るよ」

「誰がどう困るんだ?」


 これをケンカだと判断したのか、警備ロボットが入ってきた。

 今度は二体。

 じつになめらかな挙動だ。高い技術力で造られているのだろう。


 俺はしかし引かなかった。

「俺たちは『話し合い』をしているんだ。邪魔しないでもらおうか」

 ロボットからの返事はない。

 ただ無言でたたずんでいる。

「さ、菊ちゃん。答えてくれ。誰が、どう、困るんだ?」

「住んでる人たちが……」

「住んでる人たちが? いったいどんな不利益を受けるんだ?」

「ロジハラだよ!」

 菊ちゃんはダンダンと地面を踏みつけた。模範的な地団駄だ。だいぶやりなれている。

 ロジカルハラスメント――。つまり論理的に話を進めると、ハラスメントになってしまう。ちょっとした裏技だ。

 まあいい。

 なら質問相手を変えてやろう。

「なあ、ロボット諸君。どう思う? ロジカルに話を進めるのは、ハラスメント行為なのか? どう思う? ん?」

 彼らの回答はこうだ。

「排除します」

 こ、こいつら、感情論で判断した……。


(続く)

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[一言] ロボットの誇りはないのか!?
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