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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい秩序へようこそ編
11/11

オーダー

 一番上のフロアは、しんと静まり返っていた。

 ロボットは停止しているし、人通りもない。


 しばらく散策したが、ホントに誰もいない。

 急にやる気をなくした俺たちは、公園で休憩することにした。


「なんで誰も来ないのーっ!?」

 菊ちゃんは勢いをつけてブランコをこぎだした。

 叫んだところで、誰の耳にも届かないというのに。

 可児くんもアリの観察に忙しい。


 俺の会話相手は、駒根さんしかいなくなってしまった。

「どう思う?」

「はい?」

「この戦いの行方だよ。いまは菊ちゃん陣営がリードしてる。けど二百人差なんて、すぐ追い越されるぜ。なんせ相手は宣伝工作まで始めてるようだし」

「そうですね。なんとかしてあげたいとは思いますけど……」

 実際、厳しいよな。

 触手陣営は、地球側のインフラを活用し始めている。

 すでにネットなどで、日本の地下都市は危ないという情報を拡散しているはず。

 バカ正直に穴にこもっているのは菊ちゃん陣営だけだ。


 びゅんと菊ちゃんはブランコから飛び出して、両足でズンと着地した。

 けっこう痛かったらしく、ぶるぶる震えていた。

「分かった。こうなったら増やすしかないね」

 なにが分かったんだ?


 菊ちゃんはこちらへ向き直った。

「増やすの! 人間を! その気になったらいくらでも増えるんでしょ? ねっ?」

「やめろ、セクハラだぞ!」

 駒根さんが怯えていたので、俺はいちおう盾になった。

 まあただのジョークだと思うが。


 菊ちゃんは「あぁん?」とガラの悪いツラになった。

「山村さんだって、親がやることやったから増えたんでしょ? ん? そこんとこどうなん?」

「君なぁ、そんなこと言ってると友達なくすぞ」

 えげつない発言には、相応の発言で返さざるをえない。

 俺が急所を突いてしまったせいで、菊ちゃんは「ひっ」と身をちぢこめた。

「そ、それは困るよ……」

「宇宙人の倫理観どうなってんだよ」

 子供を作るかどうかは本人の気持ち次第だ。

 宇宙人の戦争の都合で人口を増やせなんて、バカげてる。


 菊ちゃんも反省したらしい。

「駒根ちゃん、ごめんね。変なこと言っちゃった」

「あ、うん。大丈夫。でもほかの人には言わないでね」

「優しい。好き……」

 すっと抱き合った。

 駒根さんはやや困惑気味だが、まあよかろう。


 俺はひとつ呼吸をし、あたりを見回した。

 うむ……。

 そろそろ頃合いか。


「あのさ、俺、ちょっとこの辺見て回ってくるから、みんなはここにいてくれないか」

「え、脱走?」

「違うよ。侵入者の痕跡がないか、軽く見て回るだけだ」

「うん」

 いまいち信用されていない。

 いま脱走したところで、触手陣営にボコられるだけだというのに。


 *


 ひとり公園を出て車道を横切り、反対側へ向かった。

 じつは俺は見つけたのだ。

 怪しい小瓶を。


 そう!

 ビールだ!

 しかも栓抜きを使わずとも開けられるタイプの!


 などと興奮して拾っていると、もう一本見つけた。

 きっと観光客が捨てていったのだろう。

 まったくマナーがなってねーな。

 とはいえ、未開封のまま捨てるとは、なかなか立派な……いやけしからん地球人もいたもんだ。


 幸い、菊ちゃんたちは気づいていない。

 どこかでこっそり飲んでから戻ろう。


 手近な路地裏に入ったところで、後ろから声をかけられた。

「まさか本当にかかるとはな」

「ボス……」

「動くなよ。俺のP228はトリガーが軽いぞ」

 クソ、罠かよ。

 俺は振り返ることもできず、その場で固まった。

 しかも拳銃って……。

「奥まで歩け」

「はい……」

「瓶も置け」

「なぜ?」

「なぜって? さすがに置くだろ普通」

「いや死ぬ前に一本くらいは……」

「いいから置けよ。あとで好きなだけ飲ませてやる」

「はい」

 さすがはボスだ。

 話が分かる。


 俺はそっと瓶を置き、ホールドアップして奥まで進んだ。

「いいか、山村。いま俺が握ってるP228はエアガンだ。だが、俺の後ろにいるヤツは、実銃を所持してるぞ」

「後ろ?」

「振り向くな。おとなしく従え」

「はい」


 俺は行き止まりまで歩き、両手をあげたまま壁へ張り付いた。

「これからする質問に答えろよ。お前が依頼主とモメたせいで、俺の立場が危ういんだ」

「は、はい。もちろん」

「芦原マリはどこにいる?」

「エレベーターを降りた別フロアに……。キャンプがあるんで、そこにいます」

「エレベーター? どうやって操作するんだ?」

「たぶんAIが自動で案内してくれますよ」

 すると俺の背後でなんらかのやり取りがあり、またボスが声をかけてきた。

「お前が案内しろ」

「ええっ?」

「ウソだったら頭を撃ち抜くと言っている」

「誰が?」

「監視役だ」

 監視役なら監視だけしてろよ。

 無法地帯だからって好き放題しやがって……。


「案内するためには、向きを変えないといけませんが……」

「許可する」

 ボスが銃をひっこめたので、俺はおそるおそる向き直った。

 見慣れたサングラスのボスの後ろに、黒服のオカッパ女が一名、無言で立っていた。中東系だろうか。目鼻立ちがクッキリしている。

「誰なんです?」

「言っただろ。監視役だ。それ以上は詮索するな」

 俺はボスの手に握られたP228を見た。

 ホントにエアガンだろうか? 背中に突き付けられたとき、やけにゴツく感じたのだが。


「あ、ビール置きっぱなしにするのもったいないんで、拾って……」

 俺がそう言いかけた途端、瓶は木っ端微塵になった。

 女が銃で撃ち抜いたのだ。

 消音器のせいか発砲音もわずかだったし、瓶の砕けた音もたいしたことはなかった。だが、あまりの躊躇のなさに、俺はもう言葉を発することもできなくなった。

 無言で何度かうなずいて、路地裏を出た。


 明らかにプロだ。

 警備ロボットが停止したせいで、こういう連中も入れるようになったのだろう。

 罪のないビールを撃ちやがって。

 人の心はないのかよ。


 駄菓子屋へ向かう途中、俺は振り返りもせず言った。

「仲間と一緒に来てるんです。俺が戻らないと不審に思いますよ?」

「だからって戻すわけないだろ」

「あとで問題になると思うなぁ……」

「仕事中だ。私語をつつしめ」

「はい……」

 芦原マリがターゲットということは、触手陣営の仕事ではなさそうだ。

 彼女の父親はベンチャー企業の役員とかいう話だったが、ホントはもっと違う職業の方なのかもしれない。いや、なにが事実かは知らないほうがいい。


 駄菓子屋のエレベーターに入ると、なにも操作していないのにドアが閉まり、勝手に動き出した。

 全自動だ。

 AIは俺たちの行動を監視している。

 素直にキャンプまで運んでくれるだろうか。あるいはそれ以外のどこかへ送られる可能性もある。


 *


 青空の広がるフロアに出た。

 AIは、侵入者どもに協力するつもりらしい。

 どんな人間が死のうが生きようが、どうでもいいのかもしれない。

「こっちです」

「ずいぶん天気のいい場所だな」

「いいのは天気だけですよ」

 毎日ラムネみたいなメシしか食えない。

 密造酒は腹をくだす。

 飲食に関しては褒めるべき点が見当たらない。


 監視役の女が、ボソボソとなにかをつぶやいた。

 ボスは渋い顔。

 なにか言いたいことでもあるのだろうか。

「え、なんですって?」

「ここは嫌いだとよ」

「へえ。ボス、外国の言葉分かるんですか?」

「日本語だよ」

 ただ声が小さかっただけか。


 しばらく行くと鉄柵が見えてきた。

 奥には立ち並ぶテント。

「あの中にいますよ。ゲートは向こう側です。あー、ただ、暴力はやめてくださいよ。みんな善良な市民なんですから」

「もちろんだ。この銃は、あくまでお前を説得するための材料だからな。もしここの市民を一人でも傷つけてみろ。宇宙人のツラに泥を塗ることになるぞ」

 もちろんそうだ。

 戦争相手の触手陣営でさえ、暴力を行使しなかった。俺たち民間人が勝手なことをすれば、両者の怒りに触れる。プロ野球の試合に、観客が乱入するようなものだ。


 ゲートの入口に、マリちゃんが立っていた。

 仕立てのいい服を着た、人形のような少女。

 きっと俺たちの姿を見つけて、事情を察したのだろう。


 監視役の女が前へ出た。

「お前が芦原マリか?」

「そうよ。お姉さんは?」

「父親に依頼されてきた。ここを出て帰るぞ」

 マリちゃんは不審そうな顔だ。

「もし断ったらどうなるの?」

「あなたの友達が傷つくことになる」

「分かった。行くわ。本当に、善良なおじさんの言った通り。乱暴な人が来ちゃった」

 最初からあきらめたような表情だったが、さらに落胆した様子を見せた。

 いままさに、大人たちの愚かな振る舞いが、子供を失望させている。


 ここで解散かと思いきや、監視役の女はまっすぐな瞳でこちらを見つめてきた。睨むわけでもないのに、かなりの威圧感だ。

「足を止めるな。お前も来るんだ。もう一人の依頼人が会いたがってる」

「はい?」

 触手陣営か。

 つまり彼女は、芦原マリと、この俺を連れ戻しに来たというわけだ。

「もし断ったらどうなるのかな?」

「死体を連れて行く」

「い、いや、もちろん行きますよ。生きたままね。運ぶの大変でしょうし。へへへ……」

 せっかく場を和ませようとしたのに、返事は舌打ちだけだった。


 *


 帰りは迂回したため、菊ちゃんたちと鉢合わせることもなかった。

 脱走したと思われたことだろう。

 今度という今度こそ、完全に嫌われたかもしれない。


 俺は両手を拘束され、車の後部座席に押し込まれた。となりには監視役の女。

 運転はボス。


「あのー、あくまで仮定の話なんですが、もしおしっこしたくなったらどうすれば……」

「死にたいのか?」

「あ、我慢します。はい……」

 つっこみがキツ過ぎる。

 ビールを飲まなかったのは正解だった。


 *


 車はやがて倉庫の立ち並ぶ港湾へと入っていった。

 そこで俺と監視役だけが下りて、ボスとマリちゃんは退場。


 うーん。

 お魚の餌にされそうな予感がするぞい……。


「お連れしました」

 背中に銃を突き付けられたまま、白塗りのリムジンの中に押し込まれた。

 豪奢な装飾、革張りのソファ。

 そこにパルパルペル氏ら触手陣営が腰をおろし、地球生活を満喫していた。

「よろしい。あなたは外へ」

「はい」

 監視役は俺を残し、ドアを閉めて出て行った。

 ひとまず、銃口からは逃れることができたようだ。


 明るい照明に照らされて、触手陣営の方々は、じつに優雅に触手をうねらせていた。

 基本的にはつるりとした白色なのだが、末端だけふわふわしたフリルのようになっており、うっすらと青や赤だったりする。体の表面がつるつるなのは、ボディスーツだろうか。

 まるで地上の水族館だ。いや竜宮城かもしれない。

「久しぶりだな、地球人代表・山村耕作」

「これはこれは、ご機嫌うるわしゅう。女王陛下」

「女王ではない。我は共和国への奉仕者。まあ、行政府の長だと思ってよい」

 両手が拘束されたままだが、俺はなんとか正座になった。

 パルパルペル氏はつるりとした顔に、にこりと笑みを浮かべている。

「そう緊張するな。我らは文明人だ。粗暴な振る舞いは好まぬ」

「ははは……」

 俺が乾いた笑いを出すと、彼女たちも身をゆすって笑った。

 できれば死刑制度のない文明だと嬉しいね。

 あの監視役は殺す気マンマンだったけど。


 パルパルペル氏はグラスからシャンパンを流し込み、目だけをこちらへ向けた。

「先日のディスカッションはじつに有意義であった。まさか地球人が、莫大な報酬を放り出し、まったくメリットのないキクタス星人に味方するとは……。さすがの我にも予想できなかったぞ」

「えへへ。奇遇ですね。じつは俺にも予想できませんでした」

 本当です。

 パルパルペル氏はにぃっと笑みを浮かべた。口が柔らかいせいか、顔の半分くらいまで口角があがっている。

「我らよりも、キクタス星人に魅力を感じたわけだな。もちろん、あなたがたの身体的特徴はよく似ておるからな。本能的な判断かもしれぬ。そう、本能。あまり理性的でない動物が、もっぱら判断材料に使う能力」

「……」

 はい、サルです。

 クソ、こいつら。言いたいことがあるなら早く言えばいいものを。


 なにか言葉を待っている様子だったので、俺は期待に応えてやることにした。

「なぜこんな戦争を?」

「対話で解決できぬ問題に直面したゆえだ。それにしては牧歌的な戦争であろう?」

 彼女は笑みを崩さなかった。

「隕石がぶつかったと聞いたが?」

「まさか。もちろん撃ち落とした。しかしキクタス星人の船から、我らの船へ向けて隕石が投げ出されたのは事実」

「彼女は事故だと言っていたぞ」

「知っている。しかしキクタス星人の代表者は、ろくに釈明もせずマゴついておるだけだった。否定しなかった以上、彼女らが隕石を投げたと推定し、慰謝料を請求せねばならぬ」

 なんだろう。

 相手が子供であるにも関わらず、法に則って粛々と慰謝料を請求したわけか。

「ホントに事故だったらどうする?」

「ならばその証拠を提示すればよい。証拠があるのならな。我らとて本意ではないのだ。しかし故意かもしれぬのに、無条件で許すわけにもゆかぬ。我らの規定では、船への攻撃は、船で支払うことになっている。いちおうの温情はかけたぞ。それがこの戦争だ」

 たしかに、力づくでぶんどろうと思えば、簡単にできたはず。

 だが、それならなお疑問がある。

「なぜ地球を巻き込んだ?」

「新たな知的生命体とコンタクトを取りたかったのだ。なるべく友好的な方法でな。幸い、近くにこの星があった」

「偶然ってことか。もっと友好的な方法もあったのでは?」

「あったろうな。しかし我らも楽しみたかった。せっかくの邂逅なのだぞ。普通に出向けば、地球側は政府ばかりが出てくるだろう。しかし我々は、市民レベルの交流を求めた。政府主導の交流など面白くなかろう」

 なるほど、ちょっとしたパーティーといったところか。

 地球人にとっては初めての経験だというのに。


 俺は観念し、溜め息をついた。

「それで? 俺はどうすればいい? 目的があって連れてきたんだよな? まさか、ただの見世物ってこたないだろうし……」

 パルパルペル氏は微笑のままグラスを置いた。

「依頼したい仕事がある」

「仕事?」

「我らは寛大だ。挽回のチャンスを与えようというのだ」

「次は誰を連れ戻せばいい?」

 彼女は静かにかぶりを振った。

「今度のターゲットはAIだ。またハッキングを依頼したい」

 そう来たか。

「ハッキング? どうせまた会話させるだけなんだろうけど……」

「その通り。簡単であろう?」

「そりゃまあ……。で、それをしたらどうなるんだ?」

「やれば分かる。きっと楽しいことになるぞ」

 パルパルペル氏は勝利を確信したような表情。

 ただ機材を置いてくればいいのだろう。それで許してもらえるなら安いものだ。

 AIからは、二度と来るなと言われたばかりだが、新たなAIを持って行けば入れてくれるだろう。


(続く)

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