オーダー
一番上のフロアは、しんと静まり返っていた。
ロボットは停止しているし、人通りもない。
しばらく散策したが、ホントに誰もいない。
急にやる気をなくした俺たちは、公園で休憩することにした。
「なんで誰も来ないのーっ!?」
菊ちゃんは勢いをつけてブランコをこぎだした。
叫んだところで、誰の耳にも届かないというのに。
可児くんもアリの観察に忙しい。
俺の会話相手は、駒根さんしかいなくなってしまった。
「どう思う?」
「はい?」
「この戦いの行方だよ。いまは菊ちゃん陣営がリードしてる。けど二百人差なんて、すぐ追い越されるぜ。なんせ相手は宣伝工作まで始めてるようだし」
「そうですね。なんとかしてあげたいとは思いますけど……」
実際、厳しいよな。
触手陣営は、地球側のインフラを活用し始めている。
すでにネットなどで、日本の地下都市は危ないという情報を拡散しているはず。
バカ正直に穴にこもっているのは菊ちゃん陣営だけだ。
びゅんと菊ちゃんはブランコから飛び出して、両足でズンと着地した。
けっこう痛かったらしく、ぶるぶる震えていた。
「分かった。こうなったら増やすしかないね」
なにが分かったんだ?
菊ちゃんはこちらへ向き直った。
「増やすの! 人間を! その気になったらいくらでも増えるんでしょ? ねっ?」
「やめろ、セクハラだぞ!」
駒根さんが怯えていたので、俺はいちおう盾になった。
まあただのジョークだと思うが。
菊ちゃんは「あぁん?」とガラの悪いツラになった。
「山村さんだって、親がやることやったから増えたんでしょ? ん? そこんとこどうなん?」
「君なぁ、そんなこと言ってると友達なくすぞ」
えげつない発言には、相応の発言で返さざるをえない。
俺が急所を突いてしまったせいで、菊ちゃんは「ひっ」と身をちぢこめた。
「そ、それは困るよ……」
「宇宙人の倫理観どうなってんだよ」
子供を作るかどうかは本人の気持ち次第だ。
宇宙人の戦争の都合で人口を増やせなんて、バカげてる。
菊ちゃんも反省したらしい。
「駒根ちゃん、ごめんね。変なこと言っちゃった」
「あ、うん。大丈夫。でもほかの人には言わないでね」
「優しい。好き……」
すっと抱き合った。
駒根さんはやや困惑気味だが、まあよかろう。
俺はひとつ呼吸をし、あたりを見回した。
うむ……。
そろそろ頃合いか。
「あのさ、俺、ちょっとこの辺見て回ってくるから、みんなはここにいてくれないか」
「え、脱走?」
「違うよ。侵入者の痕跡がないか、軽く見て回るだけだ」
「うん」
いまいち信用されていない。
いま脱走したところで、触手陣営にボコられるだけだというのに。
*
ひとり公園を出て車道を横切り、反対側へ向かった。
じつは俺は見つけたのだ。
怪しい小瓶を。
そう!
ビールだ!
しかも栓抜きを使わずとも開けられるタイプの!
などと興奮して拾っていると、もう一本見つけた。
きっと観光客が捨てていったのだろう。
まったくマナーがなってねーな。
とはいえ、未開封のまま捨てるとは、なかなか立派な……いやけしからん地球人もいたもんだ。
幸い、菊ちゃんたちは気づいていない。
どこかでこっそり飲んでから戻ろう。
手近な路地裏に入ったところで、後ろから声をかけられた。
「まさか本当にかかるとはな」
「ボス……」
「動くなよ。俺のP228はトリガーが軽いぞ」
クソ、罠かよ。
俺は振り返ることもできず、その場で固まった。
しかも拳銃って……。
「奥まで歩け」
「はい……」
「瓶も置け」
「なぜ?」
「なぜって? さすがに置くだろ普通」
「いや死ぬ前に一本くらいは……」
「いいから置けよ。あとで好きなだけ飲ませてやる」
「はい」
さすがはボスだ。
話が分かる。
俺はそっと瓶を置き、ホールドアップして奥まで進んだ。
「いいか、山村。いま俺が握ってるP228はエアガンだ。だが、俺の後ろにいるヤツは、実銃を所持してるぞ」
「後ろ?」
「振り向くな。おとなしく従え」
「はい」
俺は行き止まりまで歩き、両手をあげたまま壁へ張り付いた。
「これからする質問に答えろよ。お前が依頼主とモメたせいで、俺の立場が危ういんだ」
「は、はい。もちろん」
「芦原マリはどこにいる?」
「エレベーターを降りた別フロアに……。キャンプがあるんで、そこにいます」
「エレベーター? どうやって操作するんだ?」
「たぶんAIが自動で案内してくれますよ」
すると俺の背後でなんらかのやり取りがあり、またボスが声をかけてきた。
「お前が案内しろ」
「ええっ?」
「ウソだったら頭を撃ち抜くと言っている」
「誰が?」
「監視役だ」
監視役なら監視だけしてろよ。
無法地帯だからって好き放題しやがって……。
「案内するためには、向きを変えないといけませんが……」
「許可する」
ボスが銃をひっこめたので、俺はおそるおそる向き直った。
見慣れたサングラスのボスの後ろに、黒服のオカッパ女が一名、無言で立っていた。中東系だろうか。目鼻立ちがクッキリしている。
「誰なんです?」
「言っただろ。監視役だ。それ以上は詮索するな」
俺はボスの手に握られたP228を見た。
ホントにエアガンだろうか? 背中に突き付けられたとき、やけにゴツく感じたのだが。
「あ、ビール置きっぱなしにするのもったいないんで、拾って……」
俺がそう言いかけた途端、瓶は木っ端微塵になった。
女が銃で撃ち抜いたのだ。
消音器のせいか発砲音もわずかだったし、瓶の砕けた音もたいしたことはなかった。だが、あまりの躊躇のなさに、俺はもう言葉を発することもできなくなった。
無言で何度かうなずいて、路地裏を出た。
明らかにプロだ。
警備ロボットが停止したせいで、こういう連中も入れるようになったのだろう。
罪のないビールを撃ちやがって。
人の心はないのかよ。
駄菓子屋へ向かう途中、俺は振り返りもせず言った。
「仲間と一緒に来てるんです。俺が戻らないと不審に思いますよ?」
「だからって戻すわけないだろ」
「あとで問題になると思うなぁ……」
「仕事中だ。私語をつつしめ」
「はい……」
芦原マリがターゲットということは、触手陣営の仕事ではなさそうだ。
彼女の父親はベンチャー企業の役員とかいう話だったが、ホントはもっと違う職業の方なのかもしれない。いや、なにが事実かは知らないほうがいい。
駄菓子屋のエレベーターに入ると、なにも操作していないのにドアが閉まり、勝手に動き出した。
全自動だ。
AIは俺たちの行動を監視している。
素直にキャンプまで運んでくれるだろうか。あるいはそれ以外のどこかへ送られる可能性もある。
*
青空の広がるフロアに出た。
AIは、侵入者どもに協力するつもりらしい。
どんな人間が死のうが生きようが、どうでもいいのかもしれない。
「こっちです」
「ずいぶん天気のいい場所だな」
「いいのは天気だけですよ」
毎日ラムネみたいなメシしか食えない。
密造酒は腹をくだす。
飲食に関しては褒めるべき点が見当たらない。
監視役の女が、ボソボソとなにかをつぶやいた。
ボスは渋い顔。
なにか言いたいことでもあるのだろうか。
「え、なんですって?」
「ここは嫌いだとよ」
「へえ。ボス、外国の言葉分かるんですか?」
「日本語だよ」
ただ声が小さかっただけか。
しばらく行くと鉄柵が見えてきた。
奥には立ち並ぶテント。
「あの中にいますよ。ゲートは向こう側です。あー、ただ、暴力はやめてくださいよ。みんな善良な市民なんですから」
「もちろんだ。この銃は、あくまでお前を説得するための材料だからな。もしここの市民を一人でも傷つけてみろ。宇宙人のツラに泥を塗ることになるぞ」
もちろんそうだ。
戦争相手の触手陣営でさえ、暴力を行使しなかった。俺たち民間人が勝手なことをすれば、両者の怒りに触れる。プロ野球の試合に、観客が乱入するようなものだ。
ゲートの入口に、マリちゃんが立っていた。
仕立てのいい服を着た、人形のような少女。
きっと俺たちの姿を見つけて、事情を察したのだろう。
監視役の女が前へ出た。
「お前が芦原マリか?」
「そうよ。お姉さんは?」
「父親に依頼されてきた。ここを出て帰るぞ」
マリちゃんは不審そうな顔だ。
「もし断ったらどうなるの?」
「あなたの友達が傷つくことになる」
「分かった。行くわ。本当に、善良なおじさんの言った通り。乱暴な人が来ちゃった」
最初からあきらめたような表情だったが、さらに落胆した様子を見せた。
いままさに、大人たちの愚かな振る舞いが、子供を失望させている。
ここで解散かと思いきや、監視役の女はまっすぐな瞳でこちらを見つめてきた。睨むわけでもないのに、かなりの威圧感だ。
「足を止めるな。お前も来るんだ。もう一人の依頼人が会いたがってる」
「はい?」
触手陣営か。
つまり彼女は、芦原マリと、この俺を連れ戻しに来たというわけだ。
「もし断ったらどうなるのかな?」
「死体を連れて行く」
「い、いや、もちろん行きますよ。生きたままね。運ぶの大変でしょうし。へへへ……」
せっかく場を和ませようとしたのに、返事は舌打ちだけだった。
*
帰りは迂回したため、菊ちゃんたちと鉢合わせることもなかった。
脱走したと思われたことだろう。
今度という今度こそ、完全に嫌われたかもしれない。
俺は両手を拘束され、車の後部座席に押し込まれた。となりには監視役の女。
運転はボス。
「あのー、あくまで仮定の話なんですが、もしおしっこしたくなったらどうすれば……」
「死にたいのか?」
「あ、我慢します。はい……」
つっこみがキツ過ぎる。
ビールを飲まなかったのは正解だった。
*
車はやがて倉庫の立ち並ぶ港湾へと入っていった。
そこで俺と監視役だけが下りて、ボスとマリちゃんは退場。
うーん。
お魚の餌にされそうな予感がするぞい……。
「お連れしました」
背中に銃を突き付けられたまま、白塗りのリムジンの中に押し込まれた。
豪奢な装飾、革張りのソファ。
そこにパルパルペル氏ら触手陣営が腰をおろし、地球生活を満喫していた。
「よろしい。あなたは外へ」
「はい」
監視役は俺を残し、ドアを閉めて出て行った。
ひとまず、銃口からは逃れることができたようだ。
明るい照明に照らされて、触手陣営の方々は、じつに優雅に触手をうねらせていた。
基本的にはつるりとした白色なのだが、末端だけふわふわしたフリルのようになっており、うっすらと青や赤だったりする。体の表面がつるつるなのは、ボディスーツだろうか。
まるで地上の水族館だ。いや竜宮城かもしれない。
「久しぶりだな、地球人代表・山村耕作」
「これはこれは、ご機嫌うるわしゅう。女王陛下」
「女王ではない。我は共和国への奉仕者。まあ、行政府の長だと思ってよい」
両手が拘束されたままだが、俺はなんとか正座になった。
パルパルペル氏はつるりとした顔に、にこりと笑みを浮かべている。
「そう緊張するな。我らは文明人だ。粗暴な振る舞いは好まぬ」
「ははは……」
俺が乾いた笑いを出すと、彼女たちも身をゆすって笑った。
できれば死刑制度のない文明だと嬉しいね。
あの監視役は殺す気マンマンだったけど。
パルパルペル氏はグラスからシャンパンを流し込み、目だけをこちらへ向けた。
「先日のディスカッションはじつに有意義であった。まさか地球人が、莫大な報酬を放り出し、まったくメリットのないキクタス星人に味方するとは……。さすがの我にも予想できなかったぞ」
「えへへ。奇遇ですね。じつは俺にも予想できませんでした」
本当です。
パルパルペル氏はにぃっと笑みを浮かべた。口が柔らかいせいか、顔の半分くらいまで口角があがっている。
「我らよりも、キクタス星人に魅力を感じたわけだな。もちろん、あなたがたの身体的特徴はよく似ておるからな。本能的な判断かもしれぬ。そう、本能。あまり理性的でない動物が、もっぱら判断材料に使う能力」
「……」
はい、サルです。
クソ、こいつら。言いたいことがあるなら早く言えばいいものを。
なにか言葉を待っている様子だったので、俺は期待に応えてやることにした。
「なぜこんな戦争を?」
「対話で解決できぬ問題に直面したゆえだ。それにしては牧歌的な戦争であろう?」
彼女は笑みを崩さなかった。
「隕石がぶつかったと聞いたが?」
「まさか。もちろん撃ち落とした。しかしキクタス星人の船から、我らの船へ向けて隕石が投げ出されたのは事実」
「彼女は事故だと言っていたぞ」
「知っている。しかしキクタス星人の代表者は、ろくに釈明もせずマゴついておるだけだった。否定しなかった以上、彼女らが隕石を投げたと推定し、慰謝料を請求せねばならぬ」
なんだろう。
相手が子供であるにも関わらず、法に則って粛々と慰謝料を請求したわけか。
「ホントに事故だったらどうする?」
「ならばその証拠を提示すればよい。証拠があるのならな。我らとて本意ではないのだ。しかし故意かもしれぬのに、無条件で許すわけにもゆかぬ。我らの規定では、船への攻撃は、船で支払うことになっている。いちおうの温情はかけたぞ。それがこの戦争だ」
たしかに、力づくでぶんどろうと思えば、簡単にできたはず。
だが、それならなお疑問がある。
「なぜ地球を巻き込んだ?」
「新たな知的生命体とコンタクトを取りたかったのだ。なるべく友好的な方法でな。幸い、近くにこの星があった」
「偶然ってことか。もっと友好的な方法もあったのでは?」
「あったろうな。しかし我らも楽しみたかった。せっかくの邂逅なのだぞ。普通に出向けば、地球側は政府ばかりが出てくるだろう。しかし我々は、市民レベルの交流を求めた。政府主導の交流など面白くなかろう」
なるほど、ちょっとしたパーティーといったところか。
地球人にとっては初めての経験だというのに。
俺は観念し、溜め息をついた。
「それで? 俺はどうすればいい? 目的があって連れてきたんだよな? まさか、ただの見世物ってこたないだろうし……」
パルパルペル氏は微笑のままグラスを置いた。
「依頼したい仕事がある」
「仕事?」
「我らは寛大だ。挽回のチャンスを与えようというのだ」
「次は誰を連れ戻せばいい?」
彼女は静かにかぶりを振った。
「今度のターゲットはAIだ。またハッキングを依頼したい」
そう来たか。
「ハッキング? どうせまた会話させるだけなんだろうけど……」
「その通り。簡単であろう?」
「そりゃまあ……。で、それをしたらどうなるんだ?」
「やれば分かる。きっと楽しいことになるぞ」
パルパルペル氏は勝利を確信したような表情。
ただ機材を置いてくればいいのだろう。それで許してもらえるなら安いものだ。
AIからは、二度と来るなと言われたばかりだが、新たなAIを持って行けば入れてくれるだろう。
(続く)