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キルジエイリアンズ  作者: 不覚たん
新しい街へようこそ編
1/11

勝手に穴を掘ってはいけない

「みんな、悪い。そろそろ限界だ。俺はここまでかもしれない」

 恥を忍び、俺は仲間たちへそう告白した。


 行方不明者の捜索のため、地下都市を進んでいる最中だった。

 チームは総員三名。

 公務員ではない。民間企業だ。


 隣を歩いていた気の弱そうな駒根さんが、目を見開いた。

「ウソ……ですよね?」

「ウソだったらどんなによかったか。だが、もう持たない」

「そんな……」


 この地下都市は、宇宙人が作ったものだ。

 それも、日本政府に無断で。

 どんな技術力なのかは知らない。空間はドーム状になっており、天井のスクリーンにはまばゆいばかりの青空が映し出されていた。疑似的な太陽まである。


 俺たちの任務は、ここへ迷い込んだ少女を捜すこと。

 なのだが、俺の体は限界を迎えていた。


 もうひとりの仲間、可児くんが口をへの字にしてこちらへ向き直った。

「大きいほう?」

「そうだよ。大きいほうだよ。いかに危機的な状況か君にも分かるだろう?」

 出かける前にトイレを済ませておく。

 そんな基本的なことさえ忘れていた。なにせちょっと来てすぐ帰る予定だった。俺はきっと昼メシを大盛りにすべきではなかったのだ。


 地下都市とはいうが、遺跡のようではない。

 俺たちが普段暮らしている街を模したもの。

 ただし、完璧なコピーではない。文字は幾何学模様のようなものに置き換えられていて、読むことができない。


 可児くんは路地裏を指さした。

「あそこでしてきたら?」

「いや待ってくれよ。犬じゃないんだからさ」

「でもほかにするところないよ」

「まあそうなんだけど……」

 そういう現実から目をそらしたくて、なんとかあがいてるんだよね、俺はさ。


 すると駒根さんが、斜め下から遠慮がちに声をかけてきた。

「私、大丈夫ですよ。あっち向いてますから」

「ああ、そうだな……」

 あっちを向いていてもらわないと困るよ。

 出るものも出なくなる。


「あー分かった。提案を受け入れる。けど、ティッシュ足りるかな」

「よければ私のを」

「ありがとう。この恩は一生忘れないよ」

「きっと帰ってきてくださいね。私、待ってますから……」

 態度はおどおどしているけれど、ノリだけはいい。

 きっと優しい子だから、俺が滑らないよう合わせてくれているのだろう。もし彼女がいなかったら、俺は可児くんに冷たい目で見られるだけの毎日だっただろう。


 *


 というわけで、危機的状況は脱することができた。

 ここを作った宇宙人には悪いが……。

 いや、だが彼らも彼らだ。もっとトイレを多めに作っておいてくれれば、こんなことにはならなかった。


「恥ずかしながら、帰ってまいりました。いやー、今日という今日はアウトかと思ったぜ」

 生きてるって素晴らしい。じつに晴れがましい気分だ。

 だというのに、駒根さんは身をちぢこめている。

「あとで手、洗ってくださいね?」

「水道がありゃね」


 ここは日本の街を模しているから、店はある。

 あるのだが、肝心の中身が空っぽだった。ガワしかない。よって基本的にトイレも水道もない。例外は公園だけ。まあないよりはマシだが。ここを作った宇宙人にも、公共性の概念はあったらしい。彼らも街を汚されたくはなかろうしな。


 それにしてものどかな景色だ。

 人はほとんどいないし、自動車も通らないから、街を独占している気分になれる。まあ自動車の代わりに、たまに宇宙服みたいなロボットが通過していくのだが。


「はぁ、しかし広いね。その上、スマホも圏外と来た。俺たちの迷子の子猫ちゃんは、いったいどこにいるのやら」

 俺は散歩でもしている気分だった。


 宇宙人は、ある日突然やってきた。

 しかも姿を見せず、声明だけ出した。

「地下都市を作りました。ぜひ観光に来てください」

 それだけ。

 日本だけではない。世界各地に、いつの間にか地下都市を建造していたのだ。


 日本の場合、まずは民間人の立ち入りが規制され、政府の調査チームが派遣された。

 だが、警備ロボットに追い返されてしまった。

 戦闘にはならなかったものの、人類側にはなすすべもなかったらしい。

 さらに、宇宙人からはこんな声明まで出された。

「軍と警察は出禁にします」


 やがて民間に開放されて、観光客がどっと押し寄せた。

 だが、それも最初だけ。

 ハッキリ言ってここにはなにもない。店もない。広大な空間に、それっぽい建造物が置かれているだけの場所。

 だから一年もしないうちに飽きられた。


 ただし危険な場所ではない。犯罪者が逃げ込むと、警備ロボットが捕まえて日本政府に引き渡すことになっている。動けなくなった人間も、希望すれば搬送してくれる。ケンカの仲裁にも入ってくれる。

 ホスピタリティの精神は行き届いている。

 どうせなら、迷子の少女も見つけてくれればいいのだが……。


 いや、彼女が帰ってこないのにはきっと理由があるのだ。

 ここでは、本人が滞在を望めば、犯罪者でもない限り、強制的に追い返されることはない。つまり定住できる。実際、どこかに住んでいる人間たちもいるようだ。

 食事をどうしているのかは不明だが……。


「あ、山村さん! 公園見えましたよ! 公園! 手、洗えますよ!」

 駒根さんが珍しく声を張って教えてくれた。

 ずっと探していたのだろう。

 正直、もういいかなと思っていたが。


 *


 俺たちは公園に入り、ベンチでミーティングすることにした。

 もちろん手を洗ってから。


「えーと、どの辺かな……」

 俺は地図をひろげた。

 インチキそうなおじさんが地上で売っていた怪しい地図だ。二千円もした。たぶんそんな価値もないのに。

 何本かの大通りと、それをつなぐ脇道が描かれている。ところどころに郵便局や学校の地図記号。

 紙の地図だから、GPSなんて対応していない。歩いてきた道の景色を、この雑な地図と照らし合わせなければならない。


「あ、アリだ」

 さっそく可児くんが集中力を切らした。

 この男、見た目だけは爽やかな好青年なのだが、精神年齢が小学生レベルだ。すぐに虫の観察を始めたり、木の枝を拾ったりする。

 ちなみに俺と駒根さんはスーツ姿だが、可児くんは私服だ。スーツを持っていないらしい。どうやって就職活動したのか分からない。まあまともな会社じゃないしな……。


 しかしこの人工的な都市にアリがいるとは。

 宇宙人の持ち込んだアリだろうか。それとも地球のだろうか。よく分からない。


 ギュイーとモーター音が近づいてきた。

 白い警備ロボットだ。

 とはいえ、ただの見回りであり、地球人に干渉してくることはない。勝手に通り過ぎて行くはずだ。


 俺は地図を回転させた。

「えーと、こっちから来たから……いまこの道かな」

 駒根さんも地図の回転に合わせて首をひねった。

「いえ、こっちじゃないでしょうか」

「だって郵便マークあるよ?」

「それはあっちの郵便局じゃないですか?」

「あ、ホントだ。ふたつあるのか。ややこしい街だな……」

 普通、十字路の対角にふたつも郵便局を作らないだろう。ここは俺たちの街に似せて造られてはいるが、細部がおかしいのだ。宇宙人の技術力にも限界はあるのかもしれない。


 足音が近づいてきた。

 女だ。

 俺たちの捜している少女じゃない。

 タンクトップにショートパンツ、頭にはキャスケット。棒付きのアメをくわえている。背は高くない。歳は十代後半から二十代前半といったところ。

「こんちゃー。なにしてんの?」

 それが彼女の第一声だった。

 フレンドリーというか、馴れ馴れしいというか。

 もしかして、この公園の住人だろうか。生活圏に無断で足を踏み入れてしまったかもしれない。


 鮮やかな紫色の瞳、うっすらと青みを帯びたプラチナのショートヘア……。

 まさか宇宙人ということはないだろうな。

 なにかのコスプレかもしれない。


 駒根さんが笑顔で「こんにちは」と応じたので、俺も警戒を解いて挨拶を返した。

「こんにちは。人捜しの最中でね。この子、見たことないかな?」

 俺はスマホに写真を表示して、彼女に差し出した。


 彼女は身を乗り出して、画面を凝視した。

「んー、知らない。誰? おじさんの彼女?」

「おじ……。いや、いいんだ。知らないならいい」

 まあいちおう三十代だし、おじさんと呼ばれるのも慣れないといけないかもしれない。


 すると彼女は、当然のようにベンチに腰をおろしてきた。

「え、なになに? 教えてよ。気になるじゃん」

「こっちは仕事なんだ。依頼内容をペラペラ喋るわけにはいかない」

「あっちのお兄さんはなにしてんの?」

 可児くんのことだ。

 俺は「おじさん」で、可児くんは「お兄さん」かよ。

 いいよ。まだ二十代だし……。

「アリを見てる」

「アリ? なんで?」

「楽しいんだろ、きっと」

「へー」

 へーじゃない。

 帰らないのか?

 仕事の邪魔なのだが……。


 すると気を利かせた駒根さんが、彼女の話し相手になってくれた。

「あなたはひとりなの? 散歩?」

「んー、まあそんなとこ。ね、お姉さんはさ、どっちの男と付き合ってんの? おじさんのほう? それともそっちのアリのほう?」

「えっ? いえ、あの……私たち、ただの仕事仲間で、まだそういう関係じゃ……」

「まだ? そのうちなるの?」

「ち、違います! ぜんぜん違います!」

 秒殺されてしまった。


 それにしても、いったいなんなのだこの会話は……。

 地図を見るところではないぞ。


 彼女は身を乗り出し、地図を覗き込んできた。

「なにこれぇ。ここの地図? だっさぁ……」

「は?」

「だってぜんぜんじゃん。この道なに? どこ?」

「二千円もしたんだぞ」

「お金払ったの? うっわ、カワイソー……」

 こいつ……。

 経費で落ちなかったら丸損だってのに。

 二千円ありゃ、百円ショップで豪遊できるんだぞ。クソ。安いツマミでビールが飲みてぇ。


 すると可児くんが顔をあげた。

「あ、俺、五百円なら出すよ」

 そして尻ポケットから財布を引き抜いた。

「いやいいって。経費で落とすから」

「落ちるの?」

「たぶん……」

「落ちなかったら払うから言って?」

「うん……」

 精神年齢は小学生だけど、根はいいヤツなのだ。


 女はすると遠くを見ていたが、急にこちらに向き直った。

「自己紹介してよ」

「なんでだよ?」

「せっかくだし。あ、あたし、菊ちゃんね。よろしくー」

 なんだこの距離感……。ホントに宇宙人か?

 俺が渋い顔をしていると、代わりに駒根さんが返事をした。

「私、駒根って言います」

「駒根ちゃんね。じゃあ次」

 待て! 相手は年上だぞ! 敬語を使え!


「俺、可児三郎。よろしくね」

「よろしくー。じゃあ次」

 このまま友達にでもなるつもりか?


「山村耕作。三十四歳。平社員だ。よろしくな」

「ちゃんと働いてんだね。すごい」

 お褒めにあずかり光栄だよ。

 自称菊ちゃんはどうしたって労働者に見えないが。ま、生き方は人それぞれだからな……。


「ねー、人捜してんでしょ? あたしも一緒に行っていい?」

「は?」

 思わず礼儀を欠いた返事をしてしまった。

 だが、やむをえまい。

 そもそもの要求がおかしい。

 なのに菊ちゃんはむくれてしまった。

「イヤなの? なんで? あたし、邪魔?」

「ま、まあ、正直なところ、作業妨害されているように感じないこともないな……」

「つまりどーゆーこと?」

「邪魔……かなぁ……」

「ひどい!」

 俺だってひどいこと言いたくないよ。

 でも仕事なんだから……。


 するとまた、モーター音が近づいてきた。

 白い宇宙服にローラーをつけたような警備ロボットだ。

 それも一体ではない。二体、三体と集まってきた。公園内に入り込んできて、取り囲まれてしまった。銃らしきものはないが……。


 菊ちゃんは焦ったような表情を見せた。

「違う違う! べつにケンカじゃないから! 集まんないでよ!」

 するとロボットたちはしばし黙考したかと思うと、ささっと解散してくれた。

 治安維持のための活動ってわけだ。

 ここで大声を出すのは、あまりよくなさそうだ。


 駒根さんがどっとベンチに腰をおろした。

「怖かったぁ……」

「ごめんね。あのロボット、大袈裟なんだ。過保護っていうか」

 菊ちゃんはしょんぼりしてしまった。


 まあそれはいい。いいのだが……。なぜいま彼女は謝ったのだ?

 過保護とは?

 警備ロボットは、ケンカを止めに来たのではなく、菊ちゃんを守りに来たということか?


「あー、いまのでアリが……」

 ふと、可児くんが哀しげな声をあげた。

 警備ロボットの乱入に巻き込まれたせいで、アリたちが車輪につぶされてしまったのだ。

 いやまあ、じつに気の毒ではあるが……。


 湿っぽい雰囲気になってしまった。

 ここは最年長の俺が、小粋なトークで場を和ませるしかあるまい。

 意を決して立ち上がり、ネクタイを直し、軽く咳払い。

「よし分かった。これもなにかの縁だ。ここにアリさんのお墓を作ろう。立派な墓標を立ててよ。で、この地図に印をつけて、毎年みんなで拝みに来るんだ。な? それでいいよな?」

「……」

「……」

「……」


 この世界は、明らかに俺を愛していない。

 いや「この世界」という主語が大きすぎるなら、こう言い直してもいい。

 「この三人は」と。

 マジで言ってんのかこいつ、という顔をしている。


 もちろんジョークに決まってるだろ!


 俺はベンチに座り直し、こう訂正した。

「やっぱいまのナシで」

 アリかナシかで言ったら、ナシだ。

 言わないけどな。


 もちろん返事はない。

 静寂に包まれている。

 地下都市だというのに、そっと風が吹き抜けている。


「えーと、そろそろ仕事に戻ってもいいかな?」


(続く)

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