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朝焼けの中

 月明かりだけが差し込む獣道を、少年は駆ける。


「はっ……はっ……!!」


 手には鞘に収まった剣が一振り、これ以外は邪魔だった。


「あぐっ!……ぐっ!!」


 暗闇の中では不安定な足元など見えるはずもなく、少年は何度も転ぶ。


「ぐぅっ!!……があああっ!!」


 それでも少年はスピードを一切緩めることなく、傷だらけになりながら全力で走る。


「はっ……はっ……はっ……!!」


 このまま進めばあの化け物と戦うことになるのはわかっていた。だが体力を少しでも温存しようという考えは微塵もなかった。


「はっ……ぐっ……はっ……っ!!」


 少年には1秒でも早くイオナを救う、それしか頭になかった。


 全身が傷と泥にまみれ、血を吐きそうなほど肺を酷使しながら、何時間も走り続ける。


 そして月が沈み、太陽が顔を出し始めた頃に少年は山頂まであと少し、渓谷を見下ろす断崖絶壁にたどり着く。


「はあ……はあ……よう……会いたかったぜ」


 息を切らし今にも倒れ込みそうな少年の目の前には、全身を赤錆まみれの金属で覆った獣が唸り声を上げ立ち塞がっていた。


 思わず口から漏れた言葉は本心だった。


 剣を抜き鞘を放り捨てる。


 ゆっくりと、剣を構える。


「いくぞ、化け物」




 ジンがまず選択したのは正面からの突貫だった、自身の持てる最高速で獣に肉薄する。


「おらあああ!!」


 全身全霊を込めて剣を振り下ろす。だがその一閃は金属音とともに弾かれる。


 手に感じる痺れを無視して、続け様に横なぎに振るう、さらに袈裟斬り、斬り上げ。


 何度も、何度も剣閃をお見舞いするが、どれも獣の赤錆をわずかに落とすだけだった。


 獣は、避けるそぶりすら見せなかった。


 呼吸すらも忘れて連続攻撃を繰り返すが、傷一つ与えることができない。


 やがて、獣は鬱陶しそうに前脚を振る。


 少年はとっさに左腕で受ける。獣からすれば軽く降っただけの一撃は、少年の骨を軋ませ、吹き飛ばす。


「ぐうううっ!!」


 地面に倒れ込んだ少年は慌てて跳ね起きる。


 次の攻撃が来る!


 そう思ったが獣からの追撃はなく、じっと少年を観察していた。


「…………ふざけやがって」


 敵としてすら認識されていない。その事実に怒りがこみ上げる。


「ふうううう…………ふっ!!」


 短く息を吐き、再度突撃する。


 頑強な金属の装甲を破壊できないのなら、可動する関節を狙う。


 脚の関節、そこは複雑な歯車が絡み合っており他と比べれば脆弱なはずだ。


 狙いを定め、先ほどよりもコンパクトに剣を振る。


 だが獣はわずかに体を動かし、少年の狙いを外す。


 攻撃が当たったのは脚の装甲部分。


 鈍い金属音が鳴り響く、だが少年は笑みを浮かべる。


「避けたな? やはりそこは弱いんだな」


 一筋の光明、わずかに見えた勝機。


 それを逃すまいと、少年は猛攻を仕掛ける。


「はあああっっ!!」


 鋭い剣閃、足を使い右へ左へとフェイントを織り混ぜる。


 しかし獣は少年が思っていたよりも巧みだった。


 最短の動きで攻撃をかわし、脆弱な関節ではなく頑強な装甲で剣を受ける。


 ジンの小手先のフェイントすら、全て読み切られた。


 そして獣はただやられているわけじゃなかった。


 剃刀のように鋭い爪撃、それだけで少年の体は切り刻まれる。


 しかしそれよりも恐ろしいのはその全身を使った体当たりだった。


 想像して欲しい。全身が重い金属でできた巨大な化け物が繰り出す突進の威力を。


 体をわずかに捩っただけの一撃で、少年は全身が砕かれたかのような衝撃を感じた。


「がっ! ごほぅ!!」


 その体当たりを何度くらっただろう?


 呼吸がおかしい、口から血の味がする。


「まだ……まだだ」


 だがそれだけでは少年は止まらない。そんなもので諦めるようじゃ、最初っからこの場所に立っていない。


 ボロボロの体に鞭打ち、再び駆ける。


「クソッタレが!!」


 狙うは獣の首、そこに向かって剣を突き立てる。


 決まったと思った、自身が出せる最高の一撃。


 だがその一撃すら、届かなかった。


「嘘……だろ……」


 今まで開くことの無かった獣の大顎。


 その中に生える無数の金属歯が、剣を噛んで受け止める。


 そして、いとも容易く剣は噛み砕かれた。


 金属をすりつぶす音が響き、残ったの根元から砕かれた剣の柄のみ。


「う……う、うおおおお!!」


 破れかぶれになった少年は、驚くほど軽くなった剣を獣に叩きつけるが、そんなものが効くはずもない。


 何度目になるかわからない体当たりをくらう。


 そのまま吹き飛ばされる。


 今度は地面にではない、底が見えないほど深い渓谷に投げ出される。


「……あ」


 間抜けな声が出る。


 奇妙な浮遊感、一瞬自分は空を飛んだのかと思った。


 思わず手を伸ばすが、届かない。


 崖の上の獣は、こちらを向いてすらいなかった。


「イオ……ナ……」


 少年は何もできないまま、下へ、下へと落ちていった。

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