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武人VS武人

 対峙する武人と武人。


 ゴリアテの胸の内に宿る炎はその輝きが増し、周囲の景色が歪むほどの熱量を放っている。


 感じるプレッシャーが先ほどまでより明らかにましている。


 対してジンは胸から血を流し、どう見ても劣勢。


「っ! “顕現、焔弾のーー」

「ウィル! 手を出すな!!」


 見かねたウィルが魔術で援護しようとする。しかし少年がそれを止める。


「な!? 何考えてるんですか!」


 ウィルが戸惑うのも無理はない。


 相手はかつての1級ハンターで、不死身の再生力を持つ化け物だ。

 

 3級ハンターで今日初めて武人を名乗ったジンに勝てる道理などない。


 いや、そもそももう勝つ必要はないのだ。


「バズさんの治療はもう終わったんです! これ以上戦う理由はありません!」


 ブロスの癒しの祈り、そして専門外ではあるがウィルの治癒の魔術によって、バズは命の危機を脱した。


 あとはほんのわずかに時間を稼ぎ、撤退するだけでいいはずだ。依頼は失敗となるが、あとはギルドから別のハンターを派遣して貰えばいい。理屈で考えればこれ以上の戦闘は無意味なのだ。


 しかし、そんなことはジンにとってはどうでもいいことだった。


 この戦いに意味がないとか、命をかける理由がないとか、そんなことは些細なことなのだ。


「…………これは武人の戦いだ」


 戦う意味も、命をかける理由も、彼らにとってこれだけで充分なのだ。


「ヨクゾ言ッタ!!」


 鎧が嗤う。


 どこか満足げな鎧と、それに応えるように大剣を構える少年。どちらも止まる気はなさそうだった。


「……何考えてるんですか、あの馬鹿は」


 青年はそんな2人を見て、理解できないと呟く。


「ウィル、ジンの好きにさせてあげよ」

「アリア……」


 しかし、妖精は少年をじっと見つめながら青年を諭す。


「ジンは何も考えてないよ、馬鹿だから」


 彼はただ自らの衝動のままに動いている。


 理屈ではない。胸の奥で叫び続ける心の声に従い、頭で考える前に走り出しているのだ。


 そうなった少年はもう止められない。この世界で最も近い場所で彼を見続けてきた妖精にはそのことがよくわかっていた。


「それに……」


 鎧と対峙する少年は、今まで見たことがないほど生き生きとしている。


「何だかジン、楽しそう」


 そんな少年の邪魔をするのは野暮なことに思えてしまった。



「行クゾッ! ジン!!」

「来い! ゴリアテぇぇ!!」


 雄叫びを上げた2人の武人は、突撃し、部屋の中心でぶつかり合う。


 鎬を削る大剣と長剣、その余波が衝撃となり大理石の床を砕く。


「ぐ、おっらあああ!!」


 そのまま大剣を振り抜き鎧を吹き飛ばす。


 後方に飛ばされ、軽やかに着地した鎧に追撃の横薙ぎをお見舞いする。


 しゃがんで回避した鎧は下から振り上げるように長剣を振るう。


 首を狙った一撃、少年は上半身を逸らすことで避けようとーー


紫電(シデン)

「そう来るのはわかってるよ!」


 直後、軌道を変え腹部を狙った長剣を大剣で受け止める。そして反撃の一撃を繰り出す、それを鎧は当然のようにいなし、攻撃へと転じる。


 繰り返される攻撃の応酬、お互い一歩も引かないぶつかり合い。


 何度も、何度も、何度も繰り返される。


「ククク、ハハハハハ!!」

「あはははははははっ!!」


 そんな極限の命のやり取りの中、2人は笑っていた。


 楽しい。


 楽しくて仕方がない。


 肌がひりつくような緊張感。死の淵ギリギリまで踏み込むスリル。全身から溢れ出すのではないかと錯覚するほど流れ出るアドレナリン。


 それが病みつきになりそうほど心地良かった。


 馬鹿だとは思う。命のやり取りが楽しいと思うなんて愚かだとは思う。だけどもうだめだ、これを一度知ってしまったらもう止まらない。


「ハハハ! 良イ! 良イゾ、ジン!!」


 そして彼らにとって幸運だったのは、自らの全てを受け止め、ぶつけることができる存在に巡り会えたことだ。


 お互いがお互いを高め合うことができる存在、最高の宿敵。


 剣の一振りごとに自身が強くなるのがわかる。彼と戦い続ければどこまでも強く、武の高みへと登っていける気がした。


 この時間が永遠に続けばいい、本気で思い始めていた。

 

「ナラバ、コレハドウダ!!」


 顔の高さに構えた長剣の刀身に手を添え、切先をこちらに向ける。


 そして、猛烈な踏み込みと共に刃先を突き出す。


銀閃(ギンセン)!!」


 連続で繰り出される刺突の嵐。


 目で追えないほどの超スピード。辛うじて視認できるのは、ぼやけた切先の銀色だけだった。


「うおおおお!!」


 それをジンは大剣で受け続ける。


 受け止めることも、避けることもできず届いた鋭い刃に、少年の全身が切り裂かれ血が噴き出す。


 しかし、それでもなお少年は立ち続けていた。


「…………全く、嫌な野郎だ。まだ隠し球を持っていやがったか」


 致命傷となる一撃()()を避け、それ以外の全てを全身に受けた少年は、朱に染まった顔で笑う。


「……マサカコノ技ヲ喰ラッテナオ、立ッテイラレルトハナ!!」


 その姿に鎧は心からの賞賛を送る。そして、また剣が交わされる。



 この時間が永遠に続けばいい。


 本気でそう思っていた。だが、戦いが続くにつれ一つの思いが心の中で大きくなっているの感じていた。


 

 勝ちたい。



 最初はただの同情だった。

 

 自分が誰なのかわからず苦しみ続ける姿に自らを重ね、なんとかしてあげたいと思っていた。


 武人を名乗ったのもただの思いつきだ。


 だが、戦い続けるうちに救いたいという思いはどこかへ行ってしまった。


 この武人に、これまで対峙した中で最も強い男に勝ちたい。


 その一心で剣を振り続ける。


 自らが武人という生き物になったのだと理解した。


 全身から流れる血と共に、少年の体から力が抜けていく。


 大剣を握る手の感覚はとうにない。


 命を削る戦いに疲労が蓄積し、体力はとっくの昔に底をついている。


 それでも剣を振り続ける。


 気力を振り絞り、歯を砕けるほど噛みしばり愚直なまでに剣を振る。



 その思いが、届き始める。



「ーーっ!!!」

「ッ! コレハ!?」


 少年の猛攻が鎧を押し始める。大剣の一撃一撃が、より鋭く、重くなっていく。


 鎧の足が後ろに下がる。


 斜め上から振り下ろされる大剣、それを鎧は受け止めようとするがーー


紫電(しでん)

「ッ!?」


 大剣の軌道が変わり、鎧はそれを避ける為に更なる後退を余儀なくさせられる。


 そこへ、さらなる追撃が繰り出される。


赤薙(あかなぎ)っ!!」

「ッ、マサカ!?」


 上体をそらし、辛うじて避ける。体制が大幅に崩される。


「マサカッ!!」

 

 半身を向ける少年。大剣が鎧の視界から消える。


黒隠(くろがくれ)ぇぇ!!」


 死角からの一撃が、長剣の上から鎧を叩き伏せる。


「グオオオ!!」


 音を立てながら床に叩きつけられる。


 追撃ーーしかしその前に少年は膝から崩れ落ちる。


 その隙に鎧は立ち上がり、距離を取る。


「…………驚イタ、マサカ我ガ技ヲ使ウトハ」

「文字通り……この身に、刻み込まれた技だからな」


 大剣を床に突き立てながら、少年も立ち上がる。


「……ソウカ」


 鎧の声に、嬉しそうな響きが含まれていたのは気のせいではないだろう。


「ナラバ、コノ技ヲ受ケテミヨ」


 長剣を両手に持ち、肩に担ぐように構える。


「我ガ研鑽ノ全テ、積ミ上ゲテキタ武ノ全テヲ!!」


 そして少年へと突撃する。


 踏みしめた床が砕けるほどの速度、一瞬で少年との距離が埋まる。


 長剣が上から振り下ろされる。


 全身全霊を込めた一撃。


 それは特別な技ではなかった。ただ上から下へと剣を振るだけの動作でしかなった。

 

 しかしその動作こそが彼の武の原点。ここから全てが始り、積み重ねてきた。


 何百、何千万と繰り返してきた動作。この動きを高め、極めようとここまで歩んできたのだ。


 ゴリアテと言う名の武人の、武の全て。


 その技に冠されたその名は、彼そのものであったのは必然であろう。



青鈍(アオニビ)!!」



 極限まで鋭く重いその一撃。


 ジンはそれを見て、これまでにないほど明確に死を感じていた。


 死を目前に思考が加速する。周りの景色が不自然なほどスローモーションになる。


 避けなくては。


 少年の頭の中の理性的な部分がそう訴えかける。


 しかしその選択肢を即座に捨てる。


 ゴリアテはこの技を受けろと言ったのだ。


 合理的ではない判断。だがこれでいい、武人そのものが合理的ではないのだから。


 両の手で大剣を堅く握りしめる。


 全身に魔力を行き渡らせ、高速で循環させる。


 呼吸。大量に吸い、吐き出す。


 腰を低く落とし振り上げる準備に入る。


 あと足りないもの…………それは気合でカバーだ。


「っっっっ!!!!!」


 交差する剣と剣。


 ぶつかりあった衝撃が、屋敷を揺らす。


 剣風とでもいうべきだろうか、真空の刃が少年の肌を切り裂く。


 重い、重い。


 受け止める足場が砕け、陥没していく。


 巨大の鉄の塊が空から降ってきたような重さを感じる。今にも押しつぶされそうだ。


 だが、少年は折れない。


 この男の全てを受け止めると決めたのだ。


 そして、それ以上に…………この男に勝ちたかった。


「おっっっっらああああああ!!」


 気合の雄叫びをあげる。


 全身の筋肉が悲鳴を上げ、血管が破裂する。


 そしてーー



 長剣が宙に舞った。



 ガラ空きになったゴリアテの胴体。


 ジンはそこに大剣を振り下ろす。


「ーー見事だ、武人よ」


 斬り伏せられた鎧は再生せず、胸に再び炎が灯ることはなかった。

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