彼の未練は
屋敷に入ってから魔物の襲撃はなかった。どうやら前にジンたちが訪れた際に屋敷内の魔物はあらかた討伐できていたらしい。
幸運だった。余計な消耗をせずに済む。
そして地下のダンスホールにたどり着く。
ダンスホールはウィルが放った氷の魔術の影響で冷え切っていた。
うっすらと霧がかかったような冷気の中、その鎧は胸に炎を抱き佇んでいた。
ジンたちが逃げた後切り刻んだのだろう、周囲には氷の残骸が転がっていた。
「……信じたくなかったな。本当にゴリアテの鎧だ」
2級ハンターのバズが、かつて1級ハンターとして活躍していた男の成れの果てを見て吐き捨てる。
「やるぞウッド、ブロス。ゴリアテの弔い合戦だ」
バズの戦い方はとても堅実なものだった。
右手に盾、左手に片手持ちの短槍を装備し、魔物に真正面から対峙する。
鎧の魔物の剣撃を冷静に見極めて盾で受け流し、短槍による刺突で反撃を繰り出す。シンプルではあるが完成されたもの。
対して相棒のウッドの戦い方は派手だった。
自身の周りに魔法でできた光球を浮かべ、それを身の丈ほどの長さの杖で弾き飛ばす。
当然鎧はその光球を避けるが、光球の軌道は後から飛んできた別の光球にぶつかることで変わり、鎧に直撃する。
ウッドは踊るように光球を打ち続け、数を増やした光球は空中でぶつかり、軌道を変え、弾ける。
空間を支配する妙技。
そしてこの技の最も驚くべきところは、鎧とウッドの間にいるバズにただの一度も当たらないことだ。
空間を跳ね回る光球の数はもはや数えきれないほど、しかしバズはその全てを把握しているように位置どり、鎧と光球がぶつかるように誘導している。
鎧の下からの斬り上げがバズの盾を大きく弾いた。そしてガラ空きになった胴体向けて斬り下ろす。
しかしバスがわずかに頭を傾けると、その頭の真後ろから飛んできた光球が鎧の持つ長剣にぶつかり剣閃をずらした。
反撃の刺突。
鎧は短槍をかわすが、かわした先にはすでに光球が待ちかまえていて、弾ける。
「……すげえな」
少年は舌を巻く。恐ろしく洗練されたコンビネーション。
ほんのわずかでも呼吸がずれれば自爆する。お互いがお互いの力量を完璧に理解し、信頼し切っているからこそできる芸当だ。
「これは確かに、俺たちが入り込む余地がねえわ」
下手に介入しようものなら一瞬で光球の嵐に飲み込まれる。
曲芸のような連携を可能とするのは、2級ハンターとしての確かな実力。
だが、相手はかつて剣術のみで1級ハンターに上り詰めた男。光球の動きに対応し始めていた。
剣の腹で打った光球がウッドにかえる。
ウッドは打ち返すが、さらに打ち返される。
光球が鎧とウッドの間を何度も往復する。
命がけのキャッチボール。鎧はこのやり取りを、バズを相手取りながら行っていた。
「……っ!」
ここにきて、ウッドは焦りの表情を浮かべる。徐々に押され始めていた。
「慌てるなウッド!」
それを敏感に察知したバズが叱咤する。
「冷静に対処しろ! 俺たちはこいつを倒す必要はない!」
そう、この攻撃の全ては鎧に対する足止めのためのものだ。
その鎧は恐ろしい耐久力を誇っていた。バズの短槍での攻撃も、ウッドの光球の直撃も致命傷にはなり得なかった。
その上、ほんのわずかな傷でさえも再生していく。
結果だけ見れば、鎧は未だ無傷。今までの攻防で与えたダメージはゼロだ。
しかし、はなっからバズはこんなもので鎧を倒そうなんて考えちゃいない。
バズたちの役目は時間稼ぎ。
「ーーーー!」
手を組み、玉のような汗を額に浮かべる僧侶のブロス。
唱えているのは呪文ではなく、祈りの言葉。
この世に留まり、彷徨い続ける哀れな魂に捧げる鎮魂の祈り。
この祈りが完成まで、後少し。
「ソレヲ……ヤメロ!」
自身にとって最も致命的な存在に気づいた鎧はブロスに斬りかかろうとする。しかしその行手をバズが遮る。
「させるかよ!」
短槍による刺突、さらにいくつもの光球が襲う。
「ドケッ! 貴様ラ!」
鎧の声色に焦りが含まれている。
お互い一歩も引かない攻防が繰り広げられる。
やがてーー
「ーーーー魂よ安らかに、全ての命が生まれし母の元へ」
「ヤメロオオオオオォォォ…………!」
断末魔の悲鳴と共に手を伸ばす。
しかし、その手は届くことなく膝をつく。
そして、胸の炎が消えた。
「……終わった」
バズは深く息を吐く。ウッドもブロスも息を切らし、今にも倒れそうだ。
「こんなに手強いアンデッドは初めてだ。さすがゴリアテと言ったところだな」
畏敬の念を込めた台詞。
「妖精づれ、手を貸してくれ。この鎧を持って帰ってやらねえと」
「……ああ」
動かなくなった鎧に近づこうとしたその時だった。
「……だめ」
妖精が何かに気づいた。
「だめ! まだ、消えてない!!」
妖精が叫ぶ。だが、遅かった。
「ーーーー赤薙」
「……へ」
振り抜かれる長剣。
一瞬遅れ、バズの胸から鮮血が飛ぶ。
「バズッ!!」
ジンは咄嗟に駆け寄り、大剣を振るう。
轟音と共に鎧は飛ぶ。大理石の床を何度も転がり壁に直撃する。
「ッゴ……ぶふっ!」
バズの口から赤い液体が漏れる。
「バズ! しっかりしてください!」
床に崩れ落ちたバズの元にブロスが駆け寄る。
「あ……が、あ、あいつ……まだ……」
震える手で指差す。その先には立ち上がろうとしている鎧がいた。
少年から受けた大剣の一撃はすでに再生している。
「そんな馬鹿な!! 鎮魂の祈りで鎮めきれないなんて、いったいどれほどの未練が!?」
あまりに強すぎる未練。祈りでは断ち切れないこの世への執着。
そしてまた、鎧に炎が灯る。
「て……撤退だ。早く、この屋敷から……」
「ダメです! この傷は動かすとまずい、今この場で癒しの祈りを……」
一眼見てわかるほど深い傷。すぐさま治療しなければバズの命はないだろう。
だがーー
「そんな時間は……な、い」
鎧がこちらに向かって歩き出していた。ゆっくり、一歩ずつ。
「……ウッド、肩、を……」
支えられ立ち上がるバズは顔を歪める。
わずかに動かすだけで、おびただしい量の血が床に落ちた。
「…………っ! 俺が時間を」
「無理だ……ウッド。わかってる、だろ?」
バズと2人でやっと足止めしていた相手、たった1人で相手取るのは自殺行為だった。
「時間なら僕が!」
ウィルが地面に手をつき、大きな魔法陣を構築する。
「“顕現! 大氷界のーー」
直後、鎧の一閃が魔法陣を切り裂いた。
魔法陣の光が胡散し消えていく。
「……そんな……魔法陣が……」
目の前で起きたあり得ない現象に戦慄く。
鎧は、さらにこちら近づく。
「……違ウ」
「コイツラジャナカッタ……」
「コイツラガ違ウノナラ、一体何ダ?」
「我ハ何ヲ探シテイル? 何モ分カラナイ、何モ思イ出セナイ」
「我ハ何者ダ? 何故ココニイル?」
「アア…………アアアアアア!!」
頭を押さえ、絶叫する。
「……早く、逃げ……なくては」
「喋らないで! 今すぐ治療を!!」
「…………ブロス、頼む」
「……だ、めだ。……行くな、ウッド!」
室内は混乱の極みにあった。今すぐ逃げなくてはみんなあの鎧に殺される、だがこの場で治療を施さなければバズは命を落とす。
八方塞がりだった。
「……ジン、僕とあなたで時間を稼ぎましょう」
「そんな! 2級ハンター2人がかりでやっとだった相手だよ!? そんなの……ジン?」
だが、ただ1人ジンは無言だった。
無言で、鎧を見つめていた。
何故、あの魔物はあんなに苦しんでいるんだろう。未練とは一体なんだろう?
どうすれば、彼を救えるのだろう?
そんな場合じゃないにも関わらず、どうしても考えることをやめられなかった。
「ジン! 一体どうしちゃったの!?」
妖精の言葉が耳に入らない。ただ、鎧の嘆く声だけが聞こえていた。
一緒だ、そう思った。
自分が何者なのか分からず苦しみ続ける鎧の姿を見て、震えが止まらなかった。
その苦しみが、孤独が、痛いほど理解できてしまったのだから。
「……あいつは、俺なんだ」
目の前の鎧と、自分が重なる。
『奴がなぜアンデッドと化したか、どんな未練を残したのか、俺にはわかる』
1人の武人の言葉を思い出す。
『武人である俺が奴の無念をはらさねばならんのだ!!』
「……そうか」
ストンと、胸に落ちるものがあった。
嘆き続ける鎧の理由がわかった。
「何処ダ! 何処ナンダ!」
少年はあの鎧の未練が何なのか、はっきりと理解した。
「我ノ探シテイル者ハ、何処ニイルゥゥゥゥゥゥ!!!」
「…………此処にいるぞっっっ!!」
鎧の動きがピタリと止まる。
少年が声をかすれさせるほどの大声をあげる。
「ここにいる! お前の探している相手は…………此処にっっっ!!」
部屋中の視線が少年に集まった。
「ジ、ジン? 何言ってるの?」
妖精の戸惑うような声。急に声を上げた少年の行動が理解できなかったのだろう。
だがこのことに一番驚いているのはジン本人だった。
こんなことするつもりはなかった。完全に無意識、気がつけば叫んでいた。
「……貴様ガ?」
「……そうだ」
だけどもう止まらなかった。
「貴様ガ…………ソウナノカ!」
「そうだ!!」
一度溢れた思いは止まらない、堰を切ったように溢れ出してくる。
「俺がお前の探している…………武人だ!」
その言葉に鎧は雷の直撃を受けたように硬直する。
これが少年の出した答え、彼を救う唯一の方法。
そして、鎧はゆっくりと剣を構える。
それに応えるように少年も大剣を鎧に向ける。両者の間に張り詰めた緊張感が漂う。
「こいよ、俺があんたの無念を晴らしてやる」




