合同討伐
「2級ハンターのバズだ」
テーブルに向かい合わせに座った男が短く自己紹介をする。
「隣のこいつは同じく2級ハンターのウッド」
「…………」
声を発することなく頷く男。どうやらこれが彼なりの挨拶らしい。
「で、こっちの坊さんがーー」
「僧侶のブロスと申します」
髪を短く刈り込んだ僧衣の男が丁寧に頭を下げる。
ハンター2人に外部協力者1人のパーティであるらしい。
「俺たちと、妖精連れのあんたパーティ。二つのパーティ合同でアンデッドアーマーの討伐に当たる。これがギルドからの依頼だ、いいな?」
「……ああ」
ギルドに嘆きの屋敷での出来事を報告してすぐ、アンデッドアーマーを退治するための指定依頼がジン達に出された。
そしてジン達に加え、彼らも討伐に参加することになった。
その理由は、彼らの過去の討伐実績によるもの。
「俺たちは過去に何度もアンデッド系の魔物を討伐したことがある…………ま、言うならその道のプロってわけだ」
「聞けば、ゴリアテ殿はグレース教の信徒とのこと。ならばグレース教の僧侶たる私の鎮魂の祈りが通じるはずです」
グレース教?
「……世界で最も信者の数が多い宗教のことです」
首を傾げている少年にウィルが耳打ちする。
「あーっと、その鎮魂の祈りってのは?」
「この世に未練を残したアンデッド系の魔物。彼らの魂を沈め、天に還すための術です」
「今回の相手、なんでも不死身らしいじゃないか。ならうちのブロスが切り札になる、だからこそ俺たちに依頼が回ってきたのさ」
自慢気に胸を張るバズ。
「さて、合同で仕事をするために決めなきゃならんことがある」
「……なんだ?」
「アンデッドアーマーとの戦闘に関してだ」
手を組み、真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「戦いの際、お前らには手を出さないでもらいたい」
「な! ちょ、ちょっと待ってよ!」
妖精が抗議の声を上げた。
「ギルドからは合同で討伐するようにって言われてるんでしょ!? なんで私たちをのけ者にするような真似するのさ!」
「落ち着けよちっちゃいの。別にお前さんらが邪魔だって言ってるわけじゃない。当然仕事を横取りするつもりもない、こっち3人、そっち……えーと3人でいいのか? 報酬は1:1の当分でいい」
妖精を見てやや迷いながらも、報酬の完全な山分けを提案してくる。
「俺たちとお前さん達は完全に初対面、こんな即席のチームがいきなり連携取れるわけないだろ?」
彼の言っていることは正しい。
「わかった、あんたらの邪魔はしない」
「助かるよ」
それに、これから挑む魔物はかつて1級ハンターだった男だ。彼は決して口にしなかったが、ルーキーであるジン達には荷が重いと思っているのだろう。
それが理解できるからこそ、悔しい。
「お前さん達には道中の魔物の処理、それとできればブロスの護衛を頼みたい、この男が頼みの綱だからな」
「ああ、任せてくれ」
話し合いは終わり、仕事に取り掛かるべく席を立つ。
その時だった、ギルドの扉が音を立てて開かれる。
そこにいたのは全身を包帯で巻かれた男だった。
「ボルデン?」
かつてジン達が救出した武人の男が足を引きずりながらギルドに入ってくる。
「……ゴリアテが、死んだだと?」
扉の近くにいたハンターに詰め寄る。
「あ、ああ。そうらしい」
「……あいつがアンデッド化したというのは、本当か?」
「……本当だ」
それを聞きわなわな震えたかと思うと、足早にギルドから去ろうとする。
「待て待て! どこへ行くつもりだ!?」
「ゴリアテの元へ……! 奴の介錯をせねば!!」
「無茶言うな! その怪我で戦えるわけねえだろ!」
「離せっ!! 止めるな、これは俺の役目だ!!」
怪我を押して戦いに向かおうとするボルデンをハンターが数人がかりで止めに入る。
しかし、それでも男は止まらなかった。引きずるように足を進める。
「俺の役目って……、あんたとゴリアテは大して親しくなかっただろうが!?」
「だとしてもだっ!!」
絶叫、ギルドにいる全ての人間が彼に注目する。
「確かに、奴と交わした言葉は少ない! だが奴のことは武人であるこの俺が一番理解している!」
男は涙を流していた。
「奴がなぜアンデッドと化したか、どんな未練を残したのか、俺にはわかる。武人である俺が奴の無念をはらさねばならんのだ!!」
血を吐くような雄叫びをあげる。
結局、ボルデンは大人数のハンターに連れられ治癒院へ押し込まれた。
「……なあ、ゴリアテって」
「ああ、武人だよ」
武人。
まただ、と思う。
その言葉を聞くたびにジンの胸はざわつく。
少年には理解できない存在。そのはずなのに、どうしてもその存在を忘れることができない。
「武人の鑑のような男だった。武を極めるためにはどんな危険な戦いも惜しまない、そんなハンターだった。俺は武人じゃないが、彼の強くあろうというその姿を心から尊敬してたよ」
どこか遠くを見るようなバズの表情。
「どんな未練かわかる……か。武人どうし、何か通じあうものがあるのかも知れねえな」
「なあ、聞いても良いか?」
「なんでしょうか?」
ギルドを出て嘆きの屋敷へと向かう道中、ジンは僧侶のブロスへと問いかける。
「アンデッド系の魔物の討伐実績が多いって言ってたな、どんなのがいたんだ?」
少年にはアンデッド系の魔物との戦闘経験はない。
だからこそ知りたかった、その魔物のことが。
「そうですね、魔力が宿り蘇る対象は鎧だけに止まりません。生前、故人にとって思い入れのある物であった剣や盾がアンデッド化するケースもあります。以前私たちに持ち込まれた依頼には、アンデッドと化したネックレスが市場に流れ、そうと知らずに購入した持ち主が取り憑かれて暴れ出す。なんてものもありましたよ」
もちろん、持ち主を救うことはできました。と続ける。
「一番悲惨なのは遺体そのものがアンデッド化するケースですね」
「遺体って、そんなことがあるのか!?」
「ええ、言い方は悪いですが、魂を失った身体は所詮ただの物ですからね」
「そうか……で、何が悲惨なんだ?」
なんとなく嫌な想像はつくが。
「アンデッドと化した死者の親しい者、身内であったり恋人であったり、彼らが討伐の邪魔をするんですよ。あの人はまだ生きてるって言って」
「……やりきれないな」
「ええ、本当に。そのせいで犠牲となる人も多いんです」
想像する。死んだと思った家族、恋人が目の前に現れ、喜びのあまり無防備に近づく人間を。
そしてそのままーー
「なあ、やっぱりアンデッド化すると生前の記憶を失うのか?」
屋敷にいた鎧の魔物の様子を思い出す。
あの魔物は、自身の記憶ないことに苦しんでいた。
「……多くの場合はそうです」
ほんの少しだけ、答えるまでに間があったことに少年は気づいた。
そのことを指摘すると、やや困ったような様子でポツリポツリとつぶやく。
「その、生前の記憶という表現が正しいのかどうか……」
「どういうことだ?」
「……こんなこと、僧侶の私が言うのはおかしいと思いますが。正直に申しまして、アンデッド化した物体に死者の魂が宿っているのかどうか、私にはわからないのです」
「はあ!?」
あまりの物言いに、少年は素っ頓狂な声を上げた。
「待ってくれよ、この世への未練で蘇ったのがアンデッドなんじゃないのか?」
「蘇る、と言うのがそもそも違います。死者の蘇生などこの世の理から外れた行為ですから。彼らはあくまで魔力が宿ったことによって生まれた魔物です」
「生きてた頃の人間とは全く別の存在だって言うのか? じゃあ……じゃあなんであんなに辛そうだったんだ」
あの鎧は間違いなく苦しんでいた。
記憶を失い、自分自身が誰なのかわからず悲鳴をあげていた。
最初からそんな記憶が存在せず、ただの魔物でしかないだなんて。
「……そんなの、悲しすぎるだろ」
今やっとわかった。
少年はあの魔物と自分を重ねていたのだ。
記憶を失い、当てもなく世界を彷徨い続ける自分を。
「……アンデッドが生まれるには死の魔力が必要。ですがこの魔力、そう簡単に作り出せるものではありません」
もしそうだったら、人が死ぬたびにアンデッドが生まれ、今頃世界は大変なことになっていると言う。
「自身の生命力を燃やし尽くすために必要なもの、それは強い思いです」
執念、妄執、怨念。
「その強い思いが未練となり、その残滓が魔力と共に宿っているのがアンデッドだと、私は考えています」
「残滓……」
「……いえ、私の考えは間違っていて、本当に魂と呼ばれるものが宿っているのかも知れません。ですが、私はその方が辛い」
「……なんで?」
少年の問いかけに、僧侶は悲しげに目を伏せる。
「私が行う鎮魂の祈りは、アンデッドを強制的に祓う術。もし、もしアンデッドに魂が宿っているのであれば、私の行いは彼らの思いを無視して、無理矢理天へと送り返す真似に違いないのですから」
彼らの無念を晴らす訳ではないらしい。
「未練か……一体何なんだろうな?」
あの魔物は何かを探していた。
それがわかれば、あの魔物を救うことができるだろうか?
「私にはわかりません。残した家族への想い、叶うことのなかった願い、自身を殺した者への恨み。いずれにしても、私たちにはどうすることもできません。私たちにできることは、一刻も早く苦しみから解放することです」
「……ああ」
そして、ジンたちは屋敷にたどり着いた。
屋敷の外からでも聞こえる、どこまでも苦しそうで、そしてどこまでも悲しい嘆きの声が。




