1級ハンター
「屋敷が魔素溜まりの状態だと?」
「ええ、中の家具が魔物化するほどには」
「参りました、ダンジョン化しかけているかもしれませんね」
「早急に浄化作業を行なった方がいいかと。人気のない場所とはいえ、街中でダンジョンができたらどんな被害が出るか」
「わかりました、すぐに手配します」
屋敷から逃げ帰るようにしてギルドに戻ったジン達は、受付で報告を行っていた。
屋敷で起こった出来事はウィルのおかげでスムーズに伝えることができた。
「お疲れ様です。おかげで旧デズモンド家邸宅の異変について詳しく知ることができました、これで依頼は達成となります。……ただ、問題があるとすれば」
「……あの妙な鎧っすね」
アンデッドアーマー。
鎧の発する怨嗟の声。
何かを探し求め、彷徨い歩く亡霊の嘆き。
思い出すだけで体に震えが走る。
「言葉を発するアンデッドアーマーなんて……一体どれほどの未練が? ジンさん、交戦時の状況について詳しく話してもらえますか?」
「正直、めちゃくちゃ強かったですよ。長剣を自由自在に操る腕前に、やたらと頑丈な鎧……その上」
「その上?」
「鎧が再生したんですよ。どてっ腹にクリーンヒットかまして潰したのに、みるみるうちに修復されて傷跡ひとつ残さなかったんです」
「鎧が……再生した!?」
慌てたように目を見開く。
「そ、その鎧、他に特徴は!? 形とか、色とか!」
「え? ええと、確か形は飾りっ気のない無骨な感じで、かなり大柄でしたね。色は……あれなんて言う色なんだろうな?」
「かなり変わった青色だったよね。深いっていうか、緑色がかったような、灰色が混じったような」
うんうん頭を悩ませながら考える。数少ない知識を脳みそから引っ張り出す。
「……そうだ、あの色は確か……」
「青鈍色?」
直後、ギルド全体が静まり返った。
「え、え? な、何?」
妖精が戸惑いの声を上げる。
ギルドにいる人間全員が、食事をとっている者も含め全員手を止め、こちらを茫然と見つめていたのだ。
かく言う少年もその光景に唖然としていた。
いつも騒がしいくらいのギルドから一切の音が消えたことに加え、割と個人主義な面のあるハンターが他のハンターの仕事内容に注目する所など見たことがなかった。
痛いほどの沈黙に包まれる中、誰かがぽつりと呟いた。
「……ゴリアテだ」
ジンはその名を聞いたことがなかった。
だがその言葉の効果は劇的、ざわめきが波紋のように広がる。
「ゴリアテって、あのゴリアテか!?」
「嘘だ! あのおっさんが死んだなんて、俺は信じねえぞ!」
「再生する青鈍色の鎧なんて、彼以外の誰が持っていると言うのよ」
「……しばらく見ていなかったが、まさか死んでるだなんて」
普段とは明らかに違う喧噪。その理由がわからず困惑する。
「受付さん、ゴリアテって?」
はっきりと顔を青ざめた状態のシンシアに問いかける。
「……青鈍のゴリアテ。我がギルドに所属するハンターでした」
そしてーー
「数少ない、1級ハンターです」
1級ハンター青鈍のゴリアテ。
長剣を得物とする実力者で、剣の腕前だけで1級ハンターに上り詰めた男。
その二つ名の由来は、見た目の通り全身を包む青鈍色の鎧。
数ヶ月前から行方がわからなくなっていたそうだ。
「まさか、亡くなっていたなんて。その上アンデッドアーマーになんて……」
最悪の状況です、と続ける。
「彼の鎧が魔物化するのはまずい、本当にまずいですよ」
苛立つように爪を噛む。
「何がそんなにまずいんです? 確かにめちゃくちゃ強かったですけど」
いかなる時でも平静を保てるように訓練されているギルド職員が、ここまで取り乱すところなんて見たこともなかった。
「彼の着ている鎧、青鈍色の鎧は特殊な魔道具なんてです。その効果は、再生」
「な!? まさか……」
何かに気づいたように顔色を変えるウィル。
「とは言っても、その効果は微々たるものでした。日常的に漏れ出す魔力を用いて、戦闘で負った傷を徐々に修復し時間をかけて新品同然に再生させると言う程度の物。ですが、アンデッド化した今は違います」
「……死の魔力ですね?」
「はい」
受付嬢と、青年のかわす言葉の意味がわからなかった。
「おい、死の魔力ってなんだよ?」
こういった時、いつも置いてきぼりになるのは無知な少年だ。
「屋敷で、家具が魔物になる経緯をお話ししましたね?」
「ああ、魔力が宿ってどうちゃらこうちゃらって話だろ」
「そうです。生命体、非生命体に限らず、魔力が宿り体内に魔石が形成されると魔物になります。ですがその現象は一般的に魔素の濃い場所で時間をかけて行われるものです。ですが例外的に短時間で魔石が形成されるケースがあります」
それが、死の魔力。
「生き物には、魔力とは別に生命力という物が存在します。その生命力とは凄まじいエネルギーを秘めています。その生命力を燃やし尽くすことによって大量の魔力を得ることができる、それが死の魔力です」
「燃やし尽くすって、そんなことしたら」
「ええ、命を落とします。ですが、すでに命を落としかけていたとすれば? アンデッドアーマーとは、死の間際の人間がこの世への未練ゆえに死の魔力をもって生み出した存在なのです」
この世への未練。
あの男にどんな未練があったのだろうか?
「ね、ねえ。さっきシンシア、あの鎧は魔力によって再生するって言ってたよね? じゃあ、死の魔力が宿ったあの鎧はどうなるの?」
妖精の疑問は、この問題の核心をつくものだった。
「……死の魔力は膨大。その再生力は無限のものと考えた方がいいでしょう」
どこまでも深刻そうな表情。
「文字通り、不死身の鎧です」




