鎧の男
「い…………ってえ」
どれくらい落ちたのだろう。落下する途中、木の床を何度も突き抜ける感触があった。
3階から落ちて最後には硬い地面に叩きつけられた。
「……どこだここ?」
見渡すと、見たことのない光景が目に入った。
とてつもなく広い空間。
床は一面大理石の豪華な作り、その上にかつてはこの部屋を照らしていたであろう大きなシャンデリアが残骸となって積み重なっていた。
薄暗いその部屋は、ジン達が屋敷に入ってから一度も立ち入っていない部屋だ。
「ダンスホールってヤツか? おかしいな、ほとんどの部屋は見たはずなのに…………って、まさかここ地下か!?」
そんなところまで突き抜けてきた事実に愕然とする。我ながらよく無事でいたものだ。
見上げると自分が落ちてきたであろう穴がある。
「アリア! ウィル! 聞こえるか?」
大声をあげるが巨大な空間に虚しく響き渡るのみ。
仕方なく出口を探すべく再度あたりを見渡すと、光の差さないちょうど影の空間にそれを見つけた。
それは朽ちた鎧だった。
壁にもたれかかるように座り込む鎧、薄暗くてよくわからないが青みがかった色合いをしている。
顔までしっかりと覆うフルフェイスの全身金属鎧。
その鎧には肩から脇腹にかけて大きく切り裂かれた跡があった。
「こいつが侵入者か?」
この屋敷に入る前、門のかんぬきが破壊されていたことを思い出す。
「騎士? ……いや違うな」
街中で見かけた騎士の鎧とは違う、あちらはもう少し華やかな外観をしていた。
それと比べるとこの鎧は無骨すぎる、傍に落ちている長剣も実用性重視の作りで飾りっ気はない。
「ハンターか、ただの物好きか。どっちかわかんねえけど、ここで何かと戦って力尽きたってところかな?」
肩から脇腹にかけての裂傷、間違いなくこれが致命傷となったのだろう。
「弔ってやりたいが、まずは出口を探さねえと」
そう言ってその場を離れる。
その時だった。
ガシャり、と金属の擦れる音が聞こえた。
振り返ると鎧の人物が動き、立ち上がろうとしていた。
生きてる!?
力が入らないのか、何度も立ち上がろうとしてはその度に膝をついていた。
「おい! あんた大丈夫か!?」
慌てて駆け寄る。
まさか生きているとは思わなかった。先ほど近づいた時は呼吸も鼓動も一切聞こえなかった。
「……ココ……ハ?」
兜のせいかその男の声はくぐもっていた。
「嘆きの屋敷だ」
「嘆キ……ノ屋敷?」
立ち上がろうとし、また崩れ落ちた。
ジンは駆け寄りその体を支える。
「……え?」
その体は不自然なほど軽かった。
少年より大柄なその男、それに加えて全身鎧を着込んでいるのに重さをほとんど感じない。
「へ、下手に動くな! あんた名前は!?」
「名前、名前…………」
頭を抱え、苦悶の声をあげる。
「オ、思イ出セナイ……!」
「……なんだって?」
その言葉に心臓を掴まれたような感覚を覚える。
「我ハ、誰ダ? 何故ココニイル?」
「あ、あんたも記憶が?」
「グッ、ウウウウウ!!」
苦痛にうめき、悶える。
「おい、しっかりしろ!」
ただごとではない様子の男、だがジンにはその苦痛が痛いほど理解できた。
「まずはここを出て、あんたの治療をしないと! 記憶に関してはそれからーー」
「……ドコダ?」
「え、何が?」
「ドコニイル!!!」
突如一変し、怒声をあげる。
男は自身を支えていた少年を驚くべき力で振り払う。
「がっ!」
そのまま地面に吹き飛ばされる。
「ドコダ! 一体ドコニイル!!」
立ち上がり、体をうねらせながら彷徨い歩く。
「落ち着け! そんなに動いたら死んじまうぞ!」
鎧の上から傷口は見えないが、重症であることはわかった。
明らかにあの切り裂いた跡は、鎧の奥の肉体に深く届いている。
記憶がないことに混乱し、痛みすら忘れて無我夢中で動いている。
ーーそう思っていた。
「ジン!!」
妖精の悲鳴のような叫び声が響く。
「アリア?」
「離れて! それは人間じゃない、魔物だっ!!」
「…………へ?」
彼女が何を言っているのかわからなかった。
直後、後方に気配……いや、恐ろしいほどに膨れ上がった殺気を感じた。
振り返れば、鎧の男がこちらに向けて剣を振りかぶっていた。
「うおおお!!?」
驚きながらかろうじて大剣で受け止める。
本気の一撃、間違いなく少年の命を狙ったものだった。
「ってんめえ、何しやがる!!」
思わず前蹴りで男を蹴り飛ばした。そして感じる違和感。
軽い。
いくらなんでも軽すぎる。まるで、中に人間が入っていないのではないかと思うほどに。
後方に吹き飛んだ男はゆらりと立ち上がる。
「おい! あいつは一体なんなんだ!」
ここにきてようやく、少年もあの鎧の男がただの人間ではないことを理解する。
「……あれはアンデットアーマー」
ウィルが油断なく鎧を見据えながら答える。
「死んだ人間の怨念が取り憑いた鎧の魔物です」
立ち上がった鎧、その眼孔と胸の傷口から覗く暗闇。
その暗闇から突如、青い炎が立ち上がった。
炎は鎧の中心で燃える。
底冷えするような冷たさを感じる炎だった。
「くるよ!」
鎧は長剣を両手で持ち、再度少年へと突撃する。
その勢いのまま振われる横薙ぎの一閃。
少年はバックステップでかわすが、すかさず距離を詰められる。
再び長剣が振るわれる。何度も、何度も。
「ぐっ、こいつ強え」
一撃一撃が鋭く、重い。
淀みなく放たれる連撃、少年は防ぐだけで精一杯だった。
すると、鎧は長剣を下に構えたまま半身を前にする。
大きなその体躯に隠れ、長剣が少年の視界から消える。
「……黒隠」
身を翻し剣閃が放たれる。
死角からの一撃。
一度見失った剣に反応できなかった。
「……やべ」
迫り来る死に周囲の景色の流れが遅くなる。
そのまま剣は少年の首元へと迫りーー
「“顕現! 石弓の陣!!“」
轟音と共に剣が吹き飛ぶ。
ウィルの魔術によって放たれた石の砲弾が鎧の両腕を捉え、少年の危機を救った。
「ぼさっとしないで! 今です!!」
鎧は剣を失い無防備。
ジンは大剣を渾身の力で振り抜く。
グシャリと鈍い音と共に、鎧の腹部がひしゃげる。
そのまま倒れ伏した。
「……斬れねえ、なんて硬さだ」
「でも、倒したよね?」
通常であれば再起不能の一撃。鎧は腹部を中心にくの字に折れ曲がっている。
もう動きはしないだろう、そう確信していた。
だが次の瞬間、鎧に再び炎が灯った。
「な……!」
目の前で起きている光景に唖然とする。
くの字に折れまがってひしゃげた鎧が、時が戻るかのように再生していく。
ゆらり、ゆらりと立ち上がる。
「……なんだよあれ」
立ち上がった鎧は、胸の切り裂かれた跡を残し、一切の傷すらなかった。
「……違ウ」
鎧はつぶやく。
「貴様ハ違ウ。我ノ探シテイル者デハナイ。…………何ヲ探シテイル? 我ハ、我ハ何者ダ?」
こちらを見ることなく、虚空に向かって囁く。
「ドコダッ!! ドコニイル!! 我ノ探シ求メテイル者ハ一体何ダァァァァ!!」
絶叫。
その声は地獄から響くかのようだった。
「……っ!」
思わず立ちすくむ。
動けなかった、その鎧の姿を見て胸が締め付けられるような切なさを覚えた。
「“顕現、大氷界の陣!“」
鎧が凍りつく。
そして鎧とジン達を阻む大きな氷の壁ができる。
「ウィ、ウィル?」
青年は魔力を使い果たし、地面に倒れ込んだ。
「逃げましょう!」
「で、でも!」
「あれはただのアンデットアーマーじゃない! 再生するなんて、あれじゃあいくら攻撃を加えても意味がない!」
氷壁の奥、鎧が動き出す音が聞こえる。
「これじゃあ時間稼ぎにしかならない、早くギルドに戻って報告しないと!」
「ジン、ここはウィルの言う通りにしよう」
「……わかった」
青年に肩をかし、ダンスホールを後にする。
後ろから聞こえる叫び声は、何かを嘆いているように聞こえた。




