指定依頼
「怪我の具合はどうですか、ジン?」
「……問題ない」
腕に巻かれた新しい包帯、軽い打撲で痛みはあるが問題なく動く。
今日の仕事で不覚をとってしまい負った怪我だった。
「今日トレントと戦っていた時、何か別のことを考えていましたね?」
「…………」
「最近集中できていませんよね? あなたらしくもない」
お前に俺の何がわかるっていうんだ。
そんな言葉を寸前で飲み込む。この苛立ちを青年にぶつけるのは筋違いだということは流石に理解していた。
魔術学院での検査から数日、不注意から負傷することが増えた。
幸いにしてこれまで大きな傷を負うことはなかった。受けてきた仕事がクリムゾンオーガほどの強敵でないからだろう。
だがその幸運も長くは続かないだろうということも理解していた。
絶不調。
ハンターになりたてのルーキーがスランプを気取るなんてどうかとは思う。だが今のジンの状態を表すならこの言葉がピッタリだろう。
ウィルの言う通り戦いに集中できていない。もっと正確に言うならば、差し迫る自らの危機に関心を持てないのだ。
今日のトレントとの戦いもそうだった。横薙ぎに振われる樹木の一撃、下手をすれば命を落としかねないその一撃に対して、なんの危機感も持てなかった。
結果として、反応がワンテンポ遅れ攻撃を喰らう。最近そんなことの繰り返しだ。
自暴自棄になった……とはまた違う。命を捨てようなんて微塵も考えていない。
ただ、その命が他人事のように感じてしまうのだ。
原因は、わかりきっていた。
「……ねえジン、しばらく仕事休んだ方がいいんじゃない? お金に余裕はあるでしょ」
妖精の気遣う言葉、今はその気遣いが苦しかった。
「……いや、大丈夫だ」
今立ち止まるわけにはいかない。
そう思っていても、どこへ向かえばいいかわからなかった。
「ジンさん、あなたに指定依頼を受けてもらいます」
ずり落ちたメガネを正しながら、受付嬢にそう告げられる。
「依頼内容は、とある屋敷の調査です」
「調査?」
討伐や納品とは違う、今までに受けたことのない依頼だった。
「その屋敷は旧デズモンド家邸宅、かつての名門デズモンド家が所有していた物件です。しかしデズモンド家はすでになく、その血筋も20年以上前に途絶えたため、今は国が管理しています」
「はあ……」
「つい先日その屋敷の取り壊しが決まったのですが、一つ問題がありまして、それをなんとかして欲しいとギルドに依頼が持ち込まれました」
「問題って?」
「無人のはずの屋敷から、何者かの声が聞こえるそうです」
どうもここ最近噂になっているらしい。
「元々呪われた家と噂されているような場所だった上、そんな話まで出てきてしまったので解体業者も怖気付いてしまったんですよ。そこでジンさんにはその家を調査していただき、噂の声の正体を突き止めてほしい。そういう依頼です」
「突き止めろって……なんか曖昧な依頼ですね」
「十中八九そこに住み着いた浮浪者だとは思うんですが、万が一魔物だった時は討伐してくださって構いません。その時は別途報酬が出ます」
最後は魔物狩りになるかもしれない、というわけか。ならいつも通りだ。
「ね、ねえ。その声が聞こえる噂が広まる前から呪われた家って言われてたんだよね? なんで?」
「ふふふ、聞いちゃいますか? アリアさん」
ニタリと意地の悪そうな笑みを見せて受付嬢はその怪談を語り出した。
数十年前、王国でも指折りの名門貴族デズモンド家は、大きな大きな屋敷を建てました。
デズモンド家の旦那様は屋敷の完成を祝して夜な夜なパーティを開き、妻と幼い息子と一緒に幸せに過ごしていました。
ある時、1人の使用人が異変に気づきます。置かれたタンスの位置が微妙にずれていたのです。
はじめは気のせいかと思いました。
ですが次に日には食器棚が。そしてまた次の日にはベットが、その位置を変えていたのです。
怖くなった使用人は旦那様にそのことを告げますが、取り合ってもらえませんでした。
しかしある日、幼い息子が病に倒れてしまいました。
体が痛い、痛いと訴える息子を何人ものお医者に見せてもその原因はわからず、具合は悪くなるばかり。
そしてとうとう、体の痛みに悲鳴を上げながら息子は亡くなってしまいました。
幼い息子を亡くした妻は食事が喉を通らず衰弱し、そのまま亡くなってしまいました。
妻と息子を失った旦那様はショックで気が触れてしまい、自らの胸に短剣を突き刺しそのまま亡くなってしまいました。
こうして誰もいなくなった屋敷はその後何人もの手に渡りましたが、誰1人として長く住み続けることはできず、やがて不幸を呼ぶ呪われた屋敷と呼ばれるようになりました。
「ーーというお話です」
「…………えらい饒舌に喋りましたね。練習でもしてきたんですか?」
図星なのか頬を染め、そっぽをむかれた。
「……王都では知らない者はいない有名な怪談です。それに最近の不審な声の噂が広まるにつれて、こう呼ばれるようになりました」
「嘆きの屋敷と」




