悪夢
検査は終了し、ジンたちは学院を後にした。
ウィルとはその場で別れ、ジンとアリアはそのまま王都で借りている宿屋に戻る運びとなった。
しかし、ジンは自分がどうやって宿屋まで帰ったのか覚えていなかった。それほどにショックが大きかった。
王都に来て数日が経とうとしている、その間にギルドに自身の人相書を手配してもらったり、アクセサリー屋を巡って自分が唯一身につけていたネックレスを売った店がないか調べるなどして、過去の自分の手がかりを追っていた。
だが収穫はまだない、たった数日とはいえこうも手応えが無いという事実に少年は落胆していた。
だからこそ、今回の検査にはかなりの期待を寄せていた。
なぜ自分は記憶を失ったのか? 自分は一体何者なのか?
王国一の研究機関であればその答えがわかるのではないか。それだけが唯一の希望とさえ思っていた。
しかしその希望は打ち砕かれた。
告げられたのは、自身の記憶が戻る見込みは限りなくゼロに近いという絶望的な事実。
そして、少年の体質はありえないものだという言葉。
『君の存在そのものが、ありえないことなんだよ』
女魔術師の言葉が頭から離れない。何度も、何度も頭の中で繰り返す。
自分の存在そのものを否定された気分だった。気を抜いてしまうと、自分が今立っていることすら忘れてしまいそうだった。
『個人的には君は違法な研究機関で生み出されたばかりの人工生命体という説を推すよ』なんて冗談まじりに言われたが全然笑えなかった。
おぼつかない足取りで宿屋に帰ると、いつもであれば山盛りの夕食を妖精と共に食べるところだがそんな食欲もなく、すぐさまベットに横たわった。
目を閉じても、思考が堂々巡りを繰り返しなかなか寝付けなかった。
しかしそんな状況であっても、目を閉じ続けるとやがて頭が霞みがかったようになっていき、少年は深い眠りへと落ちていった。
そしてまた、夢を見た。
ーーねえ、なんで自分は自分なんだろうって、考えたことある?
…………いや、哲学の話じゃないよ。そういうのじゃなくて、寝る前にベットの中でこういうこと考えたりしない?
……しないの? 自分が生まれる前は意識はどこにあったんだろうとか、世界が始まる前は何があったんだろうとか、そういうの考えて眠れないこととかないの?
……ないんだ、私だけなのかな?
私ね、よく夢の中で私以外の人間になったりすることがあるんだ。
夢の中だとそのことを不思議に思わないで受け入れてて、私が私であったことを忘れちゃってるんだ。
それでね、夢が覚めるとしばらく自分が誰なのかわからなくて混乱しちゃうんだ。あれ、私って誰だっけ? ……あっそうだ私だってね。
変だよね、自分が自分であることを不思議に思っちゃうんだもん。
でもその度に思うんだ。なんで私は私として生きているんだろうって。
もしかしたら夢の中みたいに他の人として生きている可能性はなかったのかなって思うんだ。
今と全く別人の、もしかしたら男の子になってた自分もいるんじゃないかなって、そういうことを考えるんだ。
鏡を見て自分の顔をペタペタ触ると、ああ、これが私なんだ。なんでこれが私なんだろうって、思うことはない?
……ねえ、ーーはそういうの考えたことない?
今こうして生きてるーーが、不思ーー思ったり、他のーー違う生ーーがでーーんじゃないーーて。
ーーが何者ーーーーうって、ーーでここにーーーーーーって。
ーーーー、ーーーーーーーー。
ーーーー
お前は誰だ?
「っ!!!」
跳ね起きる。
「はあ、はあ、……っはあ!」
呼吸が荒い。
どんな夢を見たのか思い出せない、だけど体の震えが止まらなかった。
「っ、ぐ!」
部屋に備え付けられた洗面台へと駆け寄る。
「ッグ! っう、オエっ、げ、ッゴホ!」
全身汗でグッチョリなのに、喉だけが砂のように乾き切っていた。空えずきを繰り返す。
夕食をとっていなかったのが幸いしたのか何も出てこない。ただ、いい表せない吐き気だけが込み上げる。
「……んもー、なにー? ジン起きたのー?」
目を覚ました同室の妖精の寝ぼけ混じりの言葉に返す余裕がなかった。
ふと、顔を上げ鏡を見る。
鏡の向こう、こちらを見つめ返す少年。
その少年には顔がなかった。
「ひっ!!」
後退りし、後ろに倒れ込む。
「ちょ、ちょっとジン! どうしたの!?」
ようやく只事ではないと気づいたアリアが少年の元へ駆け寄る。
ただの幻覚。
そんなことわかり切っているのに、もう一度鏡を見る勇気がなかった。
「お、俺は…………」
必死に声を絞り出す。その言葉を、誰に投げかけているのか少年にもわからなかった。
『君の存在そのものが、ありえないことなんだよ』
頭から離れない。
「俺は………………誰だ?」




