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身体測定結果

「…………ひでえ目にあった」

「ジン大丈夫?」


 ジンの顔は血の気が引いて真っ青だった。


 服をひん剥かれて全身を調べ回された挙句、得体の知れない装置の様なものに繋がれそうになった時は流石に悲鳴をあげそうになった。


 対照的にイヴは楽しげだ。心なしか血色も良くなっている気がする。


「いやはや、なかなか面白い調べ物だった。ウィリアム、興味深い検体を連れてきてくれて感謝するよ」

「検体って……それで、何かわかりましたか」


 もしこれで何もわかりませんでしたじゃ、たまったものじゃない。


「ふむ、そうだな。まず記憶喪失の件から話そうか」


 いきなりの本命、少年はガバリと顔を上げる。


「一般的に記憶を失う原因には3パターン考えられる。一つは怪我などによる物理的要因、二つ目は精神的ショックなどの心因的要因、そして魔術による要因だ」

 

 イヴは3本指を立てる。


「一つ目の要因については、まあ説明するまでもないだろう。頭部に強い衝撃を受けることで記憶が飛んでしまう、なんて良く聞く話だろう? ただ彼の頭部にはそれらしい怪我の痕もなく、生まれてからの記憶全てが無いということを考えるとこの可能性は薄いかな」


 少年は思わず自身の後頭部に触れる。当然そこには怪我の痕なんてなかった。


「そして二つ目、過去少年が何か悲惨な目に遭い、そのショックで自身の辛い記憶を封じ込めた場合だ。……もしこれが記憶喪失の原因だとすればカウンセリングでも受けることをお勧めする。もしくは思い出さない方が幸せかも知れないね」


 そして三つ目。


「魔術による記憶喪失。これには2つの可能性がある。一つは記憶の封印、君の中の思い出に鍵をかけて思い出せなくする魔術だ」

「……鍵」

「正直に言って、記憶を取り戻したいのであればこのパターンが一番簡単で楽だったんだけどね。なにせその鍵を解くだけで記憶は戻るのだから。だが、君の頭の中にはこの魔術の痕跡はなかった」

「じゃあ、もう一つの可能性は?」

「記憶を奪う魔術だ」


 その言葉を聞いた時、少年は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。


「記憶を奪われた……消されたってことか?」

「消す? はっ、ありえないね。この世界に消滅なんて現象は存在しない!」


 吐き捨てるように否定される。


「ジン、存在を消滅させる魔術は無いんです。この世界に存在するあらゆるものはバラバラになろうと、姿形が変わろうと、その姿が失われようと、消えて無くなることは無い。魔術における未到領域の一つです」

「まして“消滅“なんて、“蘇生“、“転移“に並ぶ三大禁忌だ。研究しただけで世界中でお尋ね者になるような魔術を、たかだか一個人の記憶のためだけに発動するような酔狂な人間がいるとは思えん」


 言っていることはよくわからなかったが、とりあえず少年の記憶は消されたわけではなさそうだ。


「とにかく、もし君の記憶が奪われたのであればその記憶はこの世界のどこかに存在する」

「じゃ、じゃあそれを取り戻せば……!」

「ただし!」


 わずかに見えた希望、だがそれを冷静な女魔術師は否定する。


「その記憶がどこにあるのか、誰が奪ったのか、そもそも奪われた事実が存在するのか、全く不明だ。君、これは広大な砂漠の中からあるかもわからないたった一粒の砂金を見つけるようなものだよ?」


 告げられる事実に、体の熱が冷めていく。


「結論としては、君の記憶喪失をどうにかする方法は現状存在しない。取り戻せる確率は限りなくゼロだ」


 目の前が真っ暗になったような気がした。


 気落ちする少年を無視して話は続く。


「次に魔法魔術を発動できない理由だが、その原因はわかったよ」

「本当ですか、イヴ」

「ああ、彼の体を調べて解ったのだが、彼の霊穴(れいけつ)は完全に閉じている」

「なんですって!!」


 ウィルは大声と共に立ち上がり、イヴに向かって詰め寄った。


「馬鹿な! そんな人間いるはずがない。現に彼は基礎身体強化魔法を使っているんですよ」

「そこが面白いところなのだよウィリアム。彼の霊穴は閉じ切っているが、霊脈はちゃんと開いているんだ」

「そんな……信じられない」


 呆然と言った様子で椅子に座り直す。


「…………ねえ、お願いだからわかる言葉で喋ってくれない?」


 妖精の遠慮のない言葉がありがたかった。少年も何が何やらさっぱりだ。


「これは失礼、ふむ何から話せば良いやら……人間の体には霊脈と呼ばれる魔力の流れる器官が存在する。もっとも物理的に存在しているわけではないが、その話はいいだろう。とにかく、その霊脈は血管のように全身を走っているんだ」


 以前ウィルに教わった基礎強化のコツ、全身に流れる魔力の存在をジンは感じ取っていた。


「そして霊穴とは、体内の魔力を外に放出させるための、その名の通り全身に存在する小さな穴だ。普通の人間であれば普段閉じている霊穴からもわずかに魔力が漏れ出すはずなのだが、少年にはそれが一切ない。これじゃあ天地がひっくり返っても魔術が発動しないわけだ」


 何が面白いのかクツクツと笑う。


「そしてここからが本当に面白い。本来、霊脈も霊穴も生まれたばかりの人間は完全に閉じ切っているんだ。呼吸によって大気の魔素を取り入れ魔力へと変換し、その魔力が体内を循環することによって徐々に徐々に霊脈と霊穴は開いていく。およそ10歳くらいで完全に開き切るかな?」

「……それが、なんなんだ?」


 絞り出すような声。これ以上彼女の話を聞くのが怖かった。


「君の霊脈はここ1年以内に無理やり開いた形跡がある。つまり1年前まで君の霊脈も霊穴も、完全に閉じ切っていたはずなんだ」

「なっ!!」


 ウィルが絶句する。


「ば、馬鹿な。この年になるまで霊脈が閉じていた? いや、それよりも、霊脈を無理やり開いた? そんなことできるんですか?」

「理論上は可能だ。例えばそうだな、誰かが彼の肉体に魔力を無理やり注ぎ込み、霊脈を押し広げる。と言ったふうにね」

「そりゃあ、理屈の上ではできるでしょうが、でもそんな真似……」

「そう、他者の霊脈に魔力を流し込むような繊細な魔力コントロールをできる人間なんてそういない。この学院でもエンドール先生ぐらいじゃないかな? そして何よりも、霊脈を無理やり広げるなんてことをしたら確実に肉体が拒否反応を起こすだろうね」

「……例えばどんな?」

「そうだねウィルアム、君、急性魔素吸入発作は知っているな?」

「確か、魔素の濃い場所に幼児を連れていくと、体の痛みを訴える症状だったかと。……まさか」

「そう、それは濃い魔素を吸入することで生み出された魔力に対して、幼児の未発達な霊脈が耐えきれないことが原因の発作だ。大変痛ましい病気でね、症状がひどいと痛みのあまりショック死する事例もあるくらいだ」

「じゃ、じゃあ彼の場合は」


 視線が全て少年に集まる。


 少年は自分の体がわずかに震えていることに気づいた。


「想像を絶する痛みだっただろうね。全身の毛穴に焼けた針を刺すような、血管に溶解した鉛を流し込むような。どちらにせよ、地獄の苦しみだったはずだ」


 知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。


 記憶がないはずなのに、まるで体が痛みを覚えているかのようだった。


「もしかしたら、記憶がないのはそのせいかも知れないね。その痛みを、体が思い出すのを拒絶している可能性はある」

「…………誰が……なんのために」


 少年の口から出た言葉は、消え入りそうなくらいかぼそかった。


「さあね。ただ一つわかることがある。君の霊穴が開いていないのは、君の霊脈を開いた人物による配慮だ」

「配慮?」

「そう、配慮なんだよ。普通の人間の霊穴は普段は閉じていて、必要な時にのみ開くようにできている。これは霊脈の発達と共に備わる機能だ。だが君の場合は、急激に霊脈を開かれているためこの機能が備わっていない。もし君の霊穴が開くように魔力を流し込まれていたら、霊穴を閉じることができず、君の魔力は干からびるまで外に流しっぱなしになる。そうならないように君の霊脈は開かれたんだ」


 わからない、なぜそんな真似をされたのか。


「興味が尽きないね。君の言う通りだ、誰が、なんのために? そして何より興味深いのは、君だ」


 無遠慮に投げかけられる視線。


「君は一体何者だ? その歳になるまで霊脈が完全に閉じている人間など聞いたことがない。まるで魔素が全く存在しない場所から来たみたいじゃないか。ふふふ、ありえない。魔素が存在しない場所なんてこの世界には存在しない」


 その視線に耐えきれず、少年は目を逸らした。


「君の存在そのものが、ありえないことなんだよ」

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