魔術学院
王立魔術学院、この国の最高学府にして、世界最高峰の魔術研究機関だとウィルは鼻高々に自慢してきた。
外観を見たときの第一印象は城だ。ぐるりと装飾された壁にに囲まれた大きな建物。高く積み上げられた石造りのそれは古城を思わせる。
正直、街の中央に本物の城があるのにこんな表現はいかがなものかと思うが、それ意外に例えようがない。
「えらい厳重な門だな?」
学院へ入るための門はしっかりとした金属製、その表面にはウィルが使う魔法陣の様なものが刻まれている。槍を持った騎士までいる。
「そりゃあ、この国最重要の施設ですから。この門をくぐったら離れないでくださいね、侵入者よけの魔術や秘密保護のための攻勢魔術まで様々な罠が仕掛けられてますから」
「おっかねえな」
「まあ、僕が近くにいれば発動しませんから心配入りませんけどね。…………あ、でもこの時間は中庭で学生の実践授業の時間か。火の玉とか飛んできますけど、気にしないでください」
「……本当におっかねえな」
その後、飛んでくる火の玉や氷塊の雨をくぐり抜け中庭を突っ走り、なんとか魔術学院の中に入ることができた。
「そういやよ、元々王都に来たのはお前に俺の体を調べてもらうためだろ、別に急かすつもりはないが、なんでこんなに待たされたんだ?」
急かすつもりはないと口にしつつも、少年は失った記憶の手がかりを得ることができるかもしれないこの日を待ち侘びていた。
それこそ、何度青年にいつ魔術学院に行くのかと問い詰めようかと思うくらいには。
「ああ、言ってませんでしたっけ? ジンの体を調べるのは僕ではありません。僕の同僚に調べてもらうんです」
「え、そうなのか?」
「ええ、同僚は人体魔術学のプロ。僕の専門は戦闘魔術学でその手のものは全く知見がありません。だから同僚の都合がつくまで時間がかかったんです。すみせん、お待たせしてしまって」
「いやまあ、謝られる様なことじゃねえけどよ」
バツが悪くなり頭をかく。
「ねーねーウィル。ウィルってはみ出しもので、同僚たちから嫌われてるんじゃなかたっけ?」
「おいアリア、もうちょい言葉を選べよ」
「ははは、僕にだって仲のいい同僚くらいいますよ」
流石の青年も苦笑いをしている。
「それにあまり大きな声では言えませんが、その同僚もはみ出しものなんです。そのせいか彼女とは何かと馬が会いましてね」
彼女?
そう問いかけようとしたその時、ウィルの後ろから1人の男が現れた。
「帰ってきたのかね? ウィリアムくん」
低くゆったりとした声の持ち主は、白く長い髭を蓄えた老人だった。
「え、エンドール先生!!」
ウィルの背筋がピンと伸びる。老人は背を伸ばしたウィルが見上げるほどの長身だった。
「元気そうだね、君の言っていた純魔術の研究は順調かね?」
「は、はい! ほんのわずかですが、道が見えてきました!」
「……そうか、それは上々」
穏やかに微笑む老人と、緊張しながらも頬を上気させているウィル。
「ところで、彼らは?」
「か、彼は研究に協力していただいてるハンターのジンと……」
「妖精のアリアだよ!」
妖精は明らかに只者ではない老人に、いつも通りの気安い挨拶を交わす。
しかし彼は気にした様子もなく微笑む。
「妖精、そうか妖精か。会うのは随分と久しぶりだ」
「他の妖精に会ったことがあるの?」
「ああ、君とは違う種族だがね」
そして、ジンに視線を向けた。
「ジンくん……と言ったかね?」
「え、ええ」
「ウィリアムくんを頼むよ。彼にはどうも若さゆえの危なっかしさがあるからね」
そう言ってそのまま去って行った。
「……なんだったんだ今の爺さん?」
「モージ・エンドール先生、この学院の学院長です」
ウィルは興奮気味だ。
「学院長? ほーん、まあ雰囲気はあったけど」
「間違いなくこの国で最高の魔術師です! まさか声をかけてくださるなんて!!」
「……ちょっと落ち着けよ」
恋する乙女か、と言う言葉をグッと飲み込む。
「ほら行くぞ、俺の体を調べてくれるっと人のところに案内してくれ」
案内されたのは地下にある研究室。
明らかに学園の外れにあるその研究室は、扉を開けると薬品の様な匂いが漂う。
「やあ、よくきたねウィリアム」
あまり整頓されているとは言えない部屋の奥に、その女性はいた。
「久しぶりです、イヴ」
歳のころはおそらくウィルのいくつか上といったところ。背中まで伸びた髪はまとめられることもなく、無造作に放ってかれている。
よく見れば整っているであろう顔立ちだが、化粧っ気がなく肌は荒れている。目元にはひどい隈があった。
「彼かい? 手紙で言っていた妙な体質の持ち主というのは」
「ええ、ハンターのジンです。ジン、彼女はイヴ・エヴァンス先生」
「……どうも」
「初めまして! 私、そよ風のアリア!」
「ほお……妖精か」
イヴは小さな妖精を興味深そうに眺める。
「文献は読んだことがあるが実物を見るのは初めてだな。隅から隅までじっくり調べ回したいところだが、今日はウィリアムの依頼がある。今回は我慢しておこう」
「……この人ちょっと怖いんだけど!」
「ははは、彼女なりのジョークですよ」
少年には彼女が冗談を言いている様には見えなかった。
「さて、問題は彼だ。記憶がなく、魔法も魔術も使えないと聞いたが?」
「ああ、最後に思い出せるのは半年ま……むぐ!」
突如、顔面を両手で掴まれ顔を覗き込まれる。
「ふむ、黒い髪に黒い瞳、彫りはそこまで深くない……東の華国系の顔立ちだな。肌は良く焼けているが、おそらく元の色素はそこまで濃くない。おや、これは!」
「おい、いきなり何を……」
「額のこれはニキビか! ふふふ、素晴らしい、若さの象徴だな! 歳はおよそ15、6といったところか」
「おい! 俺の話を……ぐげっ」
「歯は……綺麗に生えそろっている、虫歯ひとつないな。舌の色も鮮やか、絵に描いたような健康優良児だな」
「ひたほふはむま!」
遠慮なしに体をいじくりまわされる。
「さて、詳しく調べさせてもらおうか。こっちへきてくれ」
そう言って奥の部屋の扉を開ける。
部屋の中にはベッドが一つ置かれていた。……明らかに血の跡と思われるシミがついている。
「おいウィル! 大丈夫なのか!」
「ええ、彼女は人体魔術学の権威。人間の体を調べることにかけては右に出る者はいません」
「俺が心配しているのは腕前じゃなくて、人間性だ!!」
少年は確信した。ウィルが彼女と馬が合うと言っていたのは、変人同士波長があってしまっていたのだと。




