幻の…………?
「出して! 出してー!」
檻の中にいるその小さな存在を見て、時間が止まったかと思うほどの衝撃を受けた。
鮮やかなブロンドの髪に、それこそまるで人形のように整った顔立ち。
木の葉の色に似たワンピースに包まれたその体は華奢で、作り物のように美しい。
そして背中から生えた羽。蝶を思わせるその羽は、半透明で神秘的な光を放っている。
絵本から飛び出したような妖精のその姿に言葉が出ない。
「ど、どうしようお兄ちゃん! 本当に捕まえちゃった」
流石のイオナも動揺しているようだ。
「い、いくらで売れるかな?」
「イオナ!?」
動揺してんだよな?
「ひっ! 私を売っちゃうの!?」
「お、落ち着けよ。そんなことしないって」
「嫌だー! 変態貴族に売られてこの美しい身体を好き勝手されちゃうのは嫌だー! 神に選ばれたこの美しさのせいでそんな目に合うのは嫌だー! 」
「…………。」
やかましいな、こいつ。
思っていた妖精像がぶち壊される。
「む、村に来る行商人さん。お金持ちの知り合いいるかな?」
「イオナっ!!」
混乱しているのだと信じたい。
「まさかこの平和な森に、こんなにも巧妙かつ、狡猾な罠が仕掛けられているなんて…………」
「いや、そこまでのものじゃないよ? 子供が仕掛けたあからさまなものだよ?」
「それに何より……モグ……この食べ物の甘さと来たら……モグ……本能が逆らうことを許さない……モグ」
「…………もしかしてこの状況で食ってる?」
「モグ、モグ……モグモグモグモグーーっ!!!」
「実は余裕あんだろお前!」
一通り大騒ぎし、妖精を解放するまで随分と時間がかかった。
「私! そよ風のアリア!」
檻から出た妖精はそう名乗った。
ひとまずこちらに害意はないことを理解してくれたらしい。
「ほらほらお兄ちゃん! 妖精さんは本当にいたんだよ!」
「ああ、俺もちょっとびっくりしてる」
目をキラキラと輝かせ興奮気味なイオナ。
かく言う少年も、お伽話の存在を目の当たりにして少しワクワクしている。
「私はイオナ!」
「ジンだ」
「ねえねえ妖精さん! 妖精さんはこの森に住んでるの?」
「そうだよ。私達森の妖精族は、遥か昔からこの森に隠れ住んでるの! アリアのおじいちゃんのそのまたおじいちゃんの代からずっと」
「わー!! すごいな、すごいな!!」
ピョンピョンと飛び跳ね全身で喜びを表現している。
妖精に出会えたのがよっぽど嬉しかったらしい。…………売り飛ばそうとしていたのは気の迷いだろう。
「なあ、妖精族って村の人間と交流あるのか?」
絵本にはそう書いてあったが…………
「ううん、何代か前までは交流してたみたいだけど、捕まえて売ろうとした不届きものがいたせいで交流が途絶えちゃったみたい」
「…………ごめんな、本当に」
「お兄ちゃんどうしたの?」
人間の愚かさを思い知る。
「ねーねー人間さん。さっきのお菓子まだある?」
「……まだ食うつもりか? あんな目にあっていおいて」
ちなみに仕掛けた焼き菓子は全てこの妖精の胃の中だ。
どう考えてもこの小さな体には収納できなさそうな量があったのだが、一体どこに消えたのやら。
「だってあのお菓子の美味しさときたら……! 口いっぱいに広がる幸せな甘み! 果物や木の実では表現できない芳醇な甘み! 複雑ながらも一つにまとまったあの甘み!」
「ようするに甘けりゃいいんだな」
「さぞ名のある料理人が作ったと見たね! はっ! ……まさか宮廷料理人が近くに来てるの!?」
「…………作ったのは料理上手のお袋さんだよ」
ここまで褒めてもらえりゃイベルタさんも幸せだろう。
「悪いがさっき食ったので全部だよ。他にはない」
「えーー! そんなあ……」
本気で落ち込むアリア。心なしか羽の輝きが小さくなった気がする。
その様子を見たイオナがアリアに声をかける。
「妖精さん、妖精さん。良かったらイオナが作って持って来てあげようか?」
「本当!?」
「うん! だから今度来たときもまた遊んでね!」
少女と妖精は約束を結び、別れる。
森から帰る中スキップをするほど上機嫌なイオナを見て、ジンの表情が緩む。
「イオナ、よかったな。妖精と出会えて」
「うん! 今度いっっっぱいお菓子持ってくるんだ!!」
「そうか」
この子の幸せそうな顔を見るだけで、少年の胸に温かい何かが流れる。
記憶ない少年にとって、彼女の存在は心の拠り所となっていた。
「そうだお兄ちゃん、妖精さんのためのお菓子作りの特訓するから味見役お願いね!」
「…………え?」