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クリムゾンオーガ

「“顕現! 焔弾の陣!“」


 魔術師の両手の先に小さな魔法陣が浮かび、そこから炎の弾丸が雨のように止めどなく放たれる。


 しかしその魔術は硬い魔物の皮膚を突き破ることができず、かろうじてその歩みを止めさせるのみ。


「こっっっのチクショウがっ!!」


 その隙を狙って少年は渾身の一振りをお見舞いする。


 地面を踏み抜き腰の捻りを最大限に加えた一撃、だがその一撃は魔物の腹部を浅く傷つけるだけで終わる。


「硬すぎんだろ! こいつ!」


 悲鳴をあげるがそんなこと知ったことじゃないとばかりに魔物は棍棒を振るう。


 それをしゃがむことで回避するが魔物はそれを読んでいた。身をかがめた少年に前蹴りをお見舞いする。


 間一髪、蹴りと肉体の間に大剣を滑り込ませてガードするが、凶悪なまでに鍛え上げられたその脚はガードごと少年を拭き飛ばした。


「ジン!!」


 妖精の自分を呼ぶ声を聞きながら立ち上がる。


「ああ、クソッ。強えなこいつ」


 クリムゾンオーガとの戦闘は苛烈を極めていた。






 かの魔物の生息地は王都の西門から出てすぐに広がる荒野にあった。

 

 見渡す限り広がる荒野。


 緑はなくおよそ生命といった存在が感じられないように見えたが、よく見ればこんなところでも逞しく生きる命があった。


 群れで移動する岩羊、その群れを狙うギャングウルフ、そしてそのおこぼれにありつこうとする死食鳥。


「すげえ…………」


 そしてその先にある大きな渓谷。


 鉄分が混じって赤くなった剥き出しの岩肌、切り立った険しい崖、そこが見えないほど深い谷。


 それが視界の先、地平線の果てまで伸びている。


 偉大な渓谷(グランドリバー)


 少年は言葉が見つからないほどの感動を覚えていた。


 まだ見ぬ世界がそこに広がっていた。


「ジン、ハンターになってよかったね」

「…………ああ」


 ハンターになる前はこんな景色を拝むことができるなんて思いもしていなかった。


「感動しているところ申し訳ありませんが、本来の目的をお忘れなく」

「ああ、わかってるよ」


 今回の依頼であるクリムゾンオーガの硬皮の納品。


 当然皮を剥ぎ取るには魔物を討伐する必要がある、そしてその相手は一筋縄ではいかない強敵だ。


「いやー、それにしてもリバーテイルって太っ腹だね」


 報酬の前払いとしてなんと防具の進呈があった。


 ジンの発した重すぎるという感想が考慮されたのか、もらった防具は全身鎧ではなく、胸当てや膝当てといった要所要所を守る軽鎧だ。


「うーん、これでもまだ重いな」

 

 体に残る違和感に一抹の不安があった。


「それも魔鉄で鍛えあげられた結構いい装備なんですけど。なんて贅沢な人なんだ」

「仕方ねえだろ、そう感じるもんは」


 本当はこんなもの着るつもりはなかったのだが、そのことをギルド職員のシンシアが許してくれなかった。


「それよりアリア、気配を感じるか?」

「うーん、もうちょい先のあの岩山の辺り、強い気配を感じるよ」


 こういう時にアリアがいてくれて本当に良かったと思う。こんな広い荒野を魔物1匹探すためにしらみつぶしに歩き回る羽目になるのはごめんだ。


「何匹いる? ちゃんと1匹か?」


 クリムゾンオーガを討伐する際ギルドから一つだけ警告を受けていた。


 2匹で行動しているクリムゾンオーガには手を出すな。


 クリムゾンオーガは基本的に群れることはないが、ごく稀に繁殖を目的としてつがいで行動することがあるそうだ。


 その時この魔物の危険度は跳ね上がる。


 知能があるため連携をとってくる上、メスの個体は普段の倍以上気性が荒くなるらしい。


「…………いつの時代も女は怖いってことだな」

「何言ってんのジン?」


 どうやらアリアが見つけた個体は独り身らしかった。


「こいつか」


 一眼でこれがクリムゾンオーガなのだとわかった。教えられた通り筋骨隆々の真紅の巨体に、見るからに凶悪そうな面構えの額に生えた禍々しい角。手にはなんらかの魔物の骨を削り出して作ったであろう棍棒が握られていた。


 近づいてきたジン達を見据えるとすぐさま咆哮、臨戦態勢に入った。


「さて、やるか」



 

 そして戦闘開始から数十分後、剣を地面につき立てゼーゼーと荒い息を吐くハンターの少年と、魔力が底をついて疲労困憊の状態の魔術師の青年がいた。


 クリムゾンオーガは地面に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなっていた。


「なんだコイツ……強すぎんだろ」


 魔物狩りには自信があった。


 ガロックで様々な魔物を相手どっただけでなく、大氾濫(スタンピード)まで乗り越えたのだ。


 しかしクリムゾンオーガは強かった。かろうじて勝てたものの今までの自信が粉々に打ちのめされるほどには。


「……まさか僕の魔術がここまで効かないとは。本当自信なくなりますよ」

「そう言うな、コイツがおかしいんだ。なんだこの皮膚の硬さ」

「…………まともに攻撃が効かないからといって口の中に剣を突っ込んでマウント・ギア使ったりする? もうちょっと綺麗に倒してよ」


 クリムゾンオーガの顎から上は完全に吹き飛んでいた。咄嗟に取った苦肉の策だがおかげで勝つことができた。


「これは牙と角はダメになってますね。高く売れるのにもったいない」

「お目当てはこいつの硬皮だろ。……まあ報酬が俺の装備だから申し訳ないが……だけど魔石も内臓もしっかり残ってる。いい金になんだろ」


 腰のナイフを抜き死骸に近づく。


 硬い皮膚を切りさくのに苦労し、解体を終えるまでさらに時間がかかった。


 


「しかしこいつでできた防具は期待出来そうだな」


 内臓と魔石をポーチに入れ、剥ぎ取った皮を担ぎ街に戻る。


 あの巨体だけあって皮はかなりの量となっているが、その頑強さに反してかなり軽い。


「これだけ苦労させられたんです、それなりの性能がなきゃこっちだってやってられませんよ」


 ガス欠で足取りの重いウィルは愚痴っぽいため息を漏らす。


「でもこれで防具作るって、ちょっと色が派手すぎじゃない?」

「そうか? 俺はめっちゃかっこいいと思うけど?」


 なんて会話を続けながら荒野を戻っていると、妖精がピタリと止まった。


「どうした?」

「……この先にクリムゾンオーガがいる。それも2体」

「は? まじかよ」

「う、迂回しましょう! この状態で連戦なんて無理です」


 しかも相手はつがいだ。


 今すぐ迂回してこの場を離れようとするが、妖精はそれに待ったをかける。


「待って、もう一体いる。この気配は……人間!?」

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