指名依頼
「はあ、まさか買い物に行ってきただけで指名依頼を引っ提げてくるとは……本っ当将来有望ですね」
シンシアの声に皮肉めいた響きがあることは気のせいではないだろう。
「すでにギルドにジンさん当ての指名依頼が届いています。依頼主はリバーテイルの魔獣対策防護服部門統括責任者様」
「あの店員さん、そんな偉い人だったのか」
確かに得体のしれない圧のようなものを感じたが。
「依頼内容はクリムゾンオーガの硬皮の納品。報酬はそれで作られた防具……これで間違い無いですか?」
「ええ、合ってます」
あの店で話し合った通りの内容だ。
「クリムゾンオーガってどんな魔物なんですか? ガロックにはいなかったんですけど」
報酬については申し分ない、最初から防具を欲していたジンにとって願ったりの内容。
ただ懸念があるとすれば、戦う相手が少年も知らない未知の魔物であることだ。
「そうですね、見た目はその名の通り真紅の鬼、赤熱した鉄のような表皮とそれに守られた鋼の肉体。人間の大人の倍以上ある巨体に額に生えた角。一言で言えば強敵です」
「強敵か……俺に倒せそうですか?」
「どうでしょう、ジンさんガロックでトロルの討伐実績がありましたよね? それに近い魔物ではあると思います。ですが注意すべき点として、クリムゾンオーガには知性があります」
トロル、ガロック周辺の魔物の中でも一際厄介な魔物だった。固くて分厚い脂肪、木を根元から引き抜くような腕力。それでもジンがあの魔物を相手どれたのはトロルには致命的な弱点、頭が極端に悪いという欠点があったからだ。
「厄介だな、どうすっかな?」
この指名依頼受けるかどうかの返事はまだ保留としてある。その理由の一つはクリムゾンオーガを知らず、倒せるかどうかわからなかったこと。
そしてもう一つ、指名された理由が1級ハンターレイノルズの関係者であると思われているためだ。
「なんて言うか、あの人の名前を勝手に借りて指名を取ったみたいで申し訳ない……」
正直に言えば気が乗らないのだ。
妖精連れのジンの名は王都で多少広まっているようだが、物珍しさのみでその実力は全く知られていない。
にもかかわらず指名依頼を取れたのは、ひとえにレイノルズの名前があったからこそだろう。
「確かにジンさんに指名依頼がきたのはあのレイノルズがあなたをハンターに推薦したからだと思います。対外的に見ればあなたはレイノルズの直弟子ですからね」
「やっぱりか……」
「報酬が新製品である防具の現物支給という点も、おそらくあなたを広告塔にするつもりでしょうね。あのレイノルズの弟子が愛用! って形で」
「…………受付さん、俺やっぱりーー」
「だからなんだというんですか?」
依頼を受けない、と言おうとしたその瞬間鋭い視線が少年を射抜く。
「まさかコネで仕事を取ってくるなんてずるいから受けない、なんて甘っちょろいこと考えてませんよね?」
「そ、それは……」
「コネも人脈もその人の実力の一部です。使うことを躊躇ってはいけません」
少年を見据える強い眼。
「クリムゾンオーガの素材はどれも一級品、魔石はもちろんのこと牙や角は各種武器の素材に、内蔵は薬になります。にもかかわらず納品するべきは硬皮だけ、つまり他の素材はジンさんの懐に入るわけです」
売ればかなりの儲けになるのだという。
「挙げ句の果てに報酬がリバーテイルの新作防具だなんて……はっきり言いますがこの依頼の報酬は破格です。条件が良すぎる、その理由が分かりますか?」
「……いえ」
「あなたへの投資ですよ。ジンさんは期待されているんです」
その言葉はやけに少年の胸に響いた。
「もちろんレイノルズの名前は大きい、なんならジンさんはオマケに過ぎないかもしれません。ですがリバーテイルという大きな組織がほんの少しでもあなたに期待しているのだとしたら、妖精連れのジンと人脈を築こうとしているのならば、このチャンスを逃す手はありません」
富と名声、以前もこのチャンスを逃してはいけないと言われた。
「持てるもの全てを使って成り上がる、それがハンターという存在です。ジンさんあなたには実力以前にその覚悟が足りません。そのことをよく考えた上で決断してください」
考える。
成り上がるつもりはあるのか?
正直に言って考えたこともなかった。ハンターになろうとした理由はその特権を使い世界中をめぐることで記憶を取り戻すため、他のことを考えている余裕はなかった。
ハンターになろうとガムシャラになって行動してここまで来れた、だけどその後は?
記憶を取り戻すために行動するその点は変わらない。だがそれだけでいいのか?
考える。
ハンターとなった自分が記憶を取り戻す以外でやりたいことはないのか?
そして、決断する。
「……受けます、この依頼」




